conclusion:同じ人は二人といない
「なっ……何てことだ! 黒島美咲は、もう亡くなったんじゃ……」
井野は、思わず後ずさりする。
目の前の女性は、死んだ黒島美咲そのものだったからだ。
「いえ……こうお呼びすればいいですか?
黒島美郷さん!」
「!?」
女性一一黒島美郷は、立ち竦む。
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「どういうことだ、九衛君!」
「ご覧の通りです。今言った名前は生前、美咲さんが妹ができていたら名付けたいと語ってくれたものです。だから本名は知りませんが……彼女は、美咲さんと一卵性双生児の姉妹関係にあります。」
「!?」
「あ、ああ……」
井野がその言葉に驚き、麻上がこの世の終わりと言いたげな顔をする。
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「生き別れの……双子の姉妹ってことか? 」
「ええ。そして……美咲さんが言っていた、麻上さんと自分が愛人だったという話。あれは出鱈目です。」
「な、何!?」
井野はさらに、驚き。
言葉を失う。
「美咲さんが嘘をつかなければならなかった理由は、一つしかありません。」
「まさか、美咲と……美郷? は共犯だったと?」
ようやく、井野がこう尋ねる。
「そう。これなら、ドッペルゲンガーにも説明がつきます。これは一人を二人に見せかけるトリックと見せかけて、その実二人を一人に見せかけるトリックだったんですよ。」
「う、うむ……」
井野は美郷を見る。
今一つ、ドッペルゲンガーという言葉にはピンと来ないが。
つまり、美咲が行ったと思われた犯行は、全て彼女の犯行だったというわけか?
しかし。
「いや、待て! ……双子で協力してアリバイを作るならまだしも、何故双子の片割れが片一方を嵌めるような真似をしたんだ!? 何より……」
井野は困惑する。
確かに、それでは双子で協力し合うメリットがない。
何より、美咲を殺したのは。
「何より美咲を殺したのは……そこにいる共犯のはずの美郷ということになるぞ! 一体どういう」
「ええ。何より、二人は双子であると公には認識されていない。そして、双子の片割れが血を分けたもう一方であり、共犯であるもう一方を殺したという異常事態。それについては後ほど。今は、何故共犯のはずの片割れがもう一方を嵌めるような真似をしたのかということについて説明します。」
「あ、ああ……」
大門の淡々とした受け答えに、疑問でこんがらがっていた井野の頭も多少冷える。
「警察に逮捕されることで、警察署にいたという鉄壁のアリバイを作るためですよ。」
「な、何!? 」
井野はまた驚く。
警察署にいたという鉄壁のアリバイ?
「美咲さんは稲田さん・名張さん殺しの犯人として一度逮捕されることで、その間に美郷さんにより行われた殺人のアリバイを作りさらに同一犯と思われた先の二件の殺人についての容疑も晴らそうとしていました!」
「な、何? どういうことだ?」
井野は訝しむ。
「つまりこういうことです。稲田さん、名張さん、そして葛城さんは刺殺の際の致命傷の形状から、同一の凶器で殺されたと思われ、ならば犯人も同一と考えられました。」
「あっ、ああ。」
「しかし、美咲さんは第三の葛城さん殺しの時点で警察に逮捕されていた。これにより葛城さん殺しは鉄壁のアリバイとなり、そして同一犯と考えられた第一・第ニの事件についてもアリバイ成立ーーそう考えられた訳です。」
「しかし、それも……双子の片割れがいることによってでっち上げられたアリバイだったということか。」
井野は美郷を見る。
「そうです。そして……彼女こそがこの事件の、真の主犯ということになります。」
「!? し、真の主犯!?」
しかし、また大門から帰って来た言葉は井野の度肝を抜く。
「まあ、順を追って説明しましょう……麻上さん。あなたは、20年前に奥さんと一緒に産婦人科の勤務医の先生でしたね?」
「!?」
麻上は大門の言葉に、ギクリとする。
「そして、その病院で担当していた妊婦が……美咲さんたち姉妹の、お母さんだったんです。しかし。当時、美咲さんたちが双子の姉妹であることは、麻上さんどころか身籠っていらしたお母さんですら気がついていなかった。」
「な、なるほど……」
井野は頷く。
聞いたことはある。
双子が生まれるまで胎児は一人だと思われていたケースが、意外にも多いことを。
「だがなあ、九衛君。それは分娩時に、気づかれるんじゃないか?」
「ええ、麻上さんは気づいていました。そして、その補佐をしていた看護師たちも。しかし、お母さんは知りません。」
「!? 医師や看護師は知ったのに産んだ張本人は知らないだと? ……あ! ま、まさか」
大門の言葉尻から井野は、気づく。
「帝王切開か!」
「ご明察。……美咲さんたち姉妹は、帝王切開で生まれたんですね?」
井野の発言を肯定し、大門は次は麻上に問う。
麻上は、何も答えない。
「僕が初めて、診療所を訪ねた時……あなたと生前の葛城さんが話しているのを聞きました。カイザーと。カイザーーーすなわち、帝王切開のことですね?」
「な、なるほど……しかし。何故双子の姉妹は、生き別れなくちゃならなかったんだ?」
井野は首を傾げる。
双子も帝王切開で生まれることは珍しくない。
しかし、双子が生き別れさせられたばかりか、そもそも双子であるという事実まで抹消された理由は何なのか。
「そう、それこそがこの事件の発端でした。帝王切開、双子であることを親にすら知られなかった姉妹、これらが意味するもの。それは」
大門はもう一度、麻上を見る。
「……恐らく、双子の出産時にいたんでしょう。……医療ミスか何かでこの世を生まれたばかりにして去った赤ん坊がね!」
「!? なっ……」
これには井野だけでなく、麻上、そして美郷も息を呑む。
ということは、まさか。
「その時、その死を隠蔽するためにあてがわれたのが……双子であるということが母親にさえ知られておらず、性別も同じだった双子の片割れだった!」
「な、何と……!」
井野は驚くばかりだ。
「つまりこの事件は、双子であることが世間に知られていないことを利用して姉妹が立てた、復讐劇だった。」
「じ、じゃあ……」
「そう、黒島美郷さん……あなたがこの事件の、真の主犯だったんですね? ……そして、麻上さん。」
「!?」
大門は、美郷にかける言葉に続き、麻上にかける言葉を紡ぐ。
「あなたは、その双子の片割れである美郷さんと偶然再会し、もう一人の双子である美咲さんを始末する計画を美郷さんや診療所の看護師たちと一緒に立てましたね?」
「!? な、何!?」
井野は驚いて麻上を見る。
麻上は怯えた表情で大門を、見ていた。
「しかし、それは他の看護師たちに知らせた偽りの計画だった……実際は美郷さんに、他の看護師と美咲さんを殺して復讐を果たそうと唆しつつ、美郷さんも自ら始末する気だった。そうですね?」
「な……!? 」
「……」
井野は驚いてばかりだ。
麻上という男は、何という奴だ。
「美咲さんが死んだ後で、警視庁の管轄外で見つかるように身元不明状態にした美郷さんを遺棄すれば、警察は絶対に身元を割り出せないと踏んだんですね? 双子であることを知るものが自分以外いなくなれば、美咲さんが二度死ぬという記録上でも物理的にも不可能な状況だと判断されるから。」
「やめてくれ!」
麻上が声を上げる。
息が、激しく切れていた。
「君の言う通りだ……私は20年前に罪を犯した! 妻が医療ミスで殺した赤ん坊を、双子だと出生前には知られていなかった姉妹の片割れとすり替えることで妻の罪を隠すという罪をなあ!」
麻上は破れかぶれとばかり叫ぶ。
目には涙も浮かんでいた。
「私はそのことで気を病んだ妻のため、精神科医に転向した。……共犯の看護師たちを取り込んでな。しかし、そんなことも虚しく、妻は自殺を……」
「つまり、今回の事件も奥さんのためですか? 奥さんの罪を隠し続けるために?」
「ああ……そうだ!」
「なるほど……随分としおらしいですね。」
「な、何!?」
麻上の必死に聞こえる叫びに、大門は厳しい視線と言葉を返す。
「確かに、20年前双子を生き別れさせたのは奥さんを救うためでしょう。しかし、今回は違ったと思えますね。……奥さんの秘密を守ることにかこつけて、過去の罪に怯えていた自分を誤魔化しているだけに思えます。」
「くっ……うう……」
大門の言葉に、麻上は返す言葉なしといった様子だ。
しかし、大門の責めはまだ終わらない。
「まあ実際は、美咲さんと美郷さんの共犯によりおどらされていたというだけでしたが。」
「あ、ああ……まさか、私に協力する振りをして」
「いいえ、あなただけじゃありません……殺された看護師さんたちも、騙されましたよ。自分以外は死に、20年前の罪は闇に葬られるとね!」
「な……!?」
麻上は驚く。
いや、麻上だけではない。
「ど、どういうことだ!?」
井野ら、警察もだ。
「先ほど言いました、そこにいる美郷さんこそ真の主犯と。……すなわち、この麻上さんも、他の看護師さんたちも思わされていたんです。自分こそが主犯で、自分以外全員が殺された後、美咲さんを殺し、実行犯の美郷さんも殺すことで20年前の罪を帳消しにしようと!」
「そ、そんな……」
「ほ、本当なのか?」
麻上も警察も、呆然とする。
大門は、更に続ける。
「そう、そして……麻上さん。あなた達は殺人教唆を受けていましたね? ソロモンから。」
「!?」
「な……あのソロモンか!」
またも麻上が、警察が驚く。
ソロモンは、警察にマークされつつその追跡を巧みに躱してきた殺人プランナーを名乗る教唆犯だ。
「あなたたち一人一人を主犯とした殺人教唆を、それぞれに受けていたんです。」
つまり、こういうことだ。
ソロモンが誰かと交わしていた、会話の数々。
例えば、第1の犠牲者・稲田殺害の後の会話。
「ああ、大丈夫。……全ては、あの女に擦りつけてしまえばね。」
「頼りにしてます……ソロモンさん。」
「ふふふ……」
あの女とは無論、美咲のことだが。
あの時ソロモンは、同じ内容の会話を麻上とはもちろん、名張・葛城・設楽ともしていた。
そして、第2の名張殺害の後に交わされた会話。
「どうにか、あの女に罪を着せることには成功したね。」
「ああ……しかし」
「分かっている。解放はさせないといけないな。……では、あの女が檻の中にいる間はあいつに罪を被ってもらおう。」
「そうか。……よし、これで」
「そうだな。」
「これで獲物を、籠から出せば……君のお望みは完遂となるな。」
「ああ……ははは!」
これも麻上・葛城・設楽たち全員で共通の内容だ。
ただ、無論それぞれに伝えられていた役割は異なるが。
麻上には、
主犯:麻上
美咲の勾留中に殺される役:葛城
美咲勾留中の罪を被り殺される役:設楽
と伝えられていた。
葛城には、
主犯:葛城
美咲の勾留中に殺される役:設楽
美咲勾留中の罪を被り殺される役:麻上
と伝えられていた。
設楽には、
主犯:設楽
美咲の勾留中に殺される役:葛城
美咲勾留中の罪を被り殺される役:麻上
と伝えられていた。
尤も、いずれも実行犯は美郷だったが。
「だから、美咲さん以外の被害者たちは皆さん、浮かれていたんですよ。僕はずっと疑問でした。自分が殺されてもおかしくない状況で、何故浮かれられたのか。それは……自分以外が死ぬことは、彼らにとって計画通りだったからですよ。」
「な、なんということだ……」
麻上は落ち込んでいる表情を、更に暗くする。
「まあ、お門違いでしたけどね。……人を実行犯にしておきながら、自分だけ助かろうなんて!」
「くっ……」
大門は追い討ちをかけるように、麻上に更に言い放つ。
麻上はもう、声も出ない。
「……吹石青子。」
「何?」
突然言葉を発した美郷に、警察官たちは驚く。
「吹石青子。それが黒島美咲と生き別れた、双子の片割れの戸籍上の名前。まあ……そこの麻上の奥さんに殺された、赤ん坊に与えられるはずだった名前でもあるけどね!」
「こ、殺しじゃない! あれは事故だ!」
麻上は美郷ーーではなく青子の言葉に、声を絞り出して返す。
なるほど、一応妻への愛はまだ本当にあるらしいと大門は冷めた考えで彼を見つめていた。
「何にせよ! 変わらないでしょ? あんたが吹石青子から、20年を奪ったってことには。」
「くっ……くうう……」
麻上は顔が見えないほど、うなだれる。
青子はそのまま、大門を見る。
「さあて……まだ、言うことはあるでしょ? 大門君。」
「ええ。……美咲さん。」
「……!? なっ!」
青子と大門のやりとりに、井野は驚く。
美咲? 何を言っているんだ?
「何を、言っているんだ? ……その人は」
「いや、分かりませんよ? ……彼女は、吹石青子かもしれないし、黒島美咲かもしれない。」
「何!?」
井野は、更に驚く。
大門は、青子ーーあるいは、美咲を見る。
「へえ……やっぱり分かるんだ。」
「いや、分からないからこう言っているんです。」
この時大門は、既に知っていたのかもしれない。
これが、長く続く悪魔の証明になることを。




