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悪魔の証明終了〜QED evil〜  作者: 朱坂卿
certification3 mammon 同じ人は二人といない
26/105

終わらない殺人

「くそっ、どうなって……」


 現場の葛城浩介宅にて、井野は頭を抱えていた。


 第1の稲田殺し・第2の名張殺しと、連続して麻上精神クリニックに勤める看護師が殺害された。


 第1の殺人に際しての目撃証言、そして第2の殺人に際しては目撃証言に加え、毛髪という決定的証拠により黒島美咲を逮捕したのだ。


 それなのに。


「か、葛城氏の脇腹の傷は……稲田氏・名張氏の傷と一致しました!」

「くっ……やはりな。」


 それはいうまでもなく、同一犯の可能性が高いことを示唆している。


 黒島美咲には、警察の監視下という鉄壁のアリバイができたわけだ。


「くそっ! まったく」

「井野刑事!」

「!? はあ、またあんたか!」


 事件のことで悩む井野には、泣きっ面に蜂とばかりに。

 大門がやって来る。


「よく、ここが分かったな。」

「ニュースの情報から、マップアプリで調べました。」

「ほお……まったく、最近の若いもんは。」


 大門の言葉の内容がよくわからない井野は、嫌味でごまかす。


「今回の、犯人は」

「ああ、少なくとも……第1、第2の犯人と同一人物という線はほぼ確実だな。」

「だったら、美咲さんは」

「待て! そうとも限らん。」


 井野は大門を、牽制するように睨みつける。


「黒島美咲と誰かが、共犯である可能性がある! ……あの、麻上精神クリニックの誰かがな!」

「そんな!」


 大門は驚く。

 美咲を何が何でも犯人にする気か。


 しかし、一応可能性の一つとしては筋が通っている。

 より多くの可能性を考えるならば、その共犯と見なされている麻上精神クリニックの誰かによる単独犯の可能性も考えるべきだが。


 さておき。


「いずれにせよ……麻上精神クリニックだ! 取り調べるぞ!」

「はっ!」


 井野は慌ただしく、部下を連れて行く。


「あの、すみません……宅配便の方ですよね?」

「あ、はい。僭越ながら遺体の第一発見者でして……」

「それはそれは。」


 大門は頷く。

 別にそこは謙遜すべきポイントじゃないんだが、という言葉は呑み込んだ。


「あの、あなたは?」

「えっと……僕は」


 大門は名刺を取り出しかけて迷う。

 "近藤大志"の名を出すべきか、それともーー


「九衛大門、といいます。私立探偵をしておりまして」


 結局、本名を出すことにした。


「へえ、探偵さんが何故?」

「少し訳がありまして、事件の関係者から調べ物を頼まれていまして。」


 大門は曖昧に返す。

 その後で、この宅配業者からはいろいろと聞き出すことができた。


 来る時間帯は指定されており、いざ来てみると。

 ドアは施錠されておらず、開けて見れば玄関先で倒れている被害者・葛城を見つけたという。


「玄関先、ですか……」

「ん? どうされました?」

「いえ、別に。」


 大門は曖昧に答え、少し考える。


 訪問者に応対して殺されたのだろうか?

 ならば、状況的には名張の時と同じだ。


 ということはーー


「あの、宅配屋さん。亡くなった葛城さんから荷物の依頼を受けていたようですが、それはどういうものですか?」

「ああ……確か、果実の詰め合わせセットでした。」

「なるほど……ちょっといいお値段がしそうな?」

「ええ、銀座じゃ名の知れた店のでしたから。」

「ありがとうございます。」


 やはり、葛城も同じか。

 大門の睨んだ通りだった。


 名張の時の洒落た衣類と同じく、葛城も何か奢侈品を購入していた。


 しかも、訪問者に対して無防備だった。

 やはり名張と同じだ。不自然に不用心。

 一体、どういうことなのか。



 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



「では、黒島さん……一応の釈放となるが」

「はい、お世話になりました。」

「むう……」


 警察署の外にて。

 第一の稲田殺しで取り調べを受けた時の再現のように、美咲は井野に見送られていた。


「それじゃあ。」

「ああ……」


 事も無げに立ち去る美咲の後姿を、井野は苦々しく見送る。


「ううむ……この場合、黒島とあの診療所の誰かが」

「やっぱり、美咲さんを何としても犯人にしたいんですね?」

「なっ……た、探偵!」

「大門君……」


 ふと考え事により目線を下げていた井野は、前から聞こえる声に驚き顔を上げる。


 見ると、美咲を迎えに来たと思しき大門だった。


「失礼、声が聞こえたもので……で、あの診療所の方々は? アリバイはあったんですか?」

「ああ、院長の麻上も看護師の設楽もアリバイは無しだったよ……って! 誰があんたに教えるか!」

「お教えいただき、ありがとうございます。」


 井野が何だかんだ教えてくれたことに礼を言うと、大門はそのまま美咲を連れ立ち場を後にする。





「またお迎えに来てくれるなんて、あなた探偵じゃなくて執事なんじゃない?」

「いやいや、心配なので自主的に警護しに来ただけですから。」


 美咲の言葉に、大門は答える。


「へえ、心配? また、顧客として?」

「あとは、この事件の関係者として。」

「相変わらず、一言余計だな〜。」


 美咲は憎まれ口を叩く。


「美咲さん。……今回、あなたを犯人が解放したのは」

「分かってる。……私も、獲物だからでしょ?」

「美咲さん……」


 大門は、自分の恐る恐る発した言葉に対する美咲の反応に、口を噤む。

 分かっていたのか。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「なるほど。それで、大門君と美咲ちゃんの同棲生活スタートかあ〜」

「ど、どどど同棲!?」

「だから、実香!」


 恨めしげに発せられた実香の言葉に、案の定妹子が過剰反応しそれにより塚井が注意の言葉を返す。


 現在の探偵事務所にて。


 まったく、どうしてこの娘は敢えて空気を読まない発言をするのか。


「同棲じゃありませんよ、同居です。」

「いや、九衛さん! 反論が意味ないですよ!」


 塚井は突っ込む。


「くう……妻とも同居したことないのにい!」

「いや、日出美さん……」


 同居したことがないとは、その設定無理があるのでは?

 塚井は突っ込みかけるが、それを言えば日出美が暴れるだろうことを考慮し、呑み込む。


「ま、まあまあ皆さん。何をそんなに? ……とにかく、僕は彼女を、自宅も兼ねているこの探偵事務所に泊まらせることにしました。」


 大門は、話を続ける。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「お風呂、ここです。」

「ありがとう。……私、そんな臭う?」

「いやそんな! 留置所で何日か過ごされたのなら、あまり身体を洗う機会がなかったんじゃないかと思っただけで」


 大門は必死に、身振り手振りで弁解する。

 ここは、探偵事務所の入っている階の上の階を、生活スペースとして借り上げたものだ。


「ふふふ……いいよ、そんな慌てなくても。」

「す、すいません……みっともない所を。」


 美咲に笑われ、大門は顔を赤らめる。


「ふふふ、可愛い。」

「へ、ええ!?」


 大門は美咲の言葉に、さらに顔を赤らめる。

 笑った美咲の顔は、留置明けで少し疲れが浮かびながらも綺麗だった。


「ちょ、ちょっと……からかわないでくださいよ!」

「ふふふ、ちょっと反応が初心だったから……さあて、お風呂に……うん?」

「え?」


 美咲は風呂場に続く洗面所のドアを開けようとして、そのドアの横を通ろうとする大門を訝しむ。


「な、何? 覗かないでよ。」

「い、いやそんなことは! ……女性って、シャワーもトイレも音聞かれるのは嫌って聞きましたから、お風呂終わるまで下の事務所で待ってます。」


 美咲の言葉に弁解すると、大門はその先にある出口のドアに手をかける。


「はあ、たんま! ……まったく、男の子ならもっと下心あってもいいんだけどなあ。」

「え、ええ!?」


 美咲の続けての言葉に、大門は驚く。

 割合、理不尽な非難だ。


「あ、別に覗いていいわけじゃないから。……いいよ、大門君ならシャワーの音ぐらい。」

「は、はあ……」


 大門君なら、とはどういう意味か?

 一応覗かないとの信頼は得たようで、そのまま美咲がシャワーを浴びる間、大門は生活スペースに止まった。


 しかし、じっとしているのも落ち着かず。

 そのまま、ハーブティーを淹れ始める。


「大門君?」

「ああ、美咲さん。安心して下さい、いますよ。」

「うん、ありがとう。」


 美咲は壁越しに、大門に話しかける。

 やはり、不安はあるか。


「美咲さん、その……すいません、名張さん殺しの時は。僕がついていながら、アリバイ証明もできず……」

「許さない。」

「!? そ、そうですよね……」


 面目ないとばかり、大門は肩を落とす。

 が、美咲は。


「じゃあ……ハーブティー淹れてくれたら許す。」

「!? あ、ありがとうございます……」


 壁越しにテレパシーでも伝わったか。

 美咲の言葉通り、はたしてハーブティーは準備中だ。




「はあ、美味しい。久しぶりで懐かしいなあ……」

「それはそれは、何よりです。」


 言いながら、大門はしまったと思った。

 風呂上がりに、温かい飲み物はどうなのかと。


 しかし、美咲は特に気にした様子はない。

 美咲は、逮捕された当時のパーカーにスラックスから、今はTシャツとデニムに着替えている。


 来る途中、美咲の一人暮らしのアパートに寄って持ってきたものだ。


「まあ、何はともあれ……お疲れ様でした。」

「……うん、ありがとう。」


 美咲は茶を飲みつつ、言う。

 先ほどまでの笑顔は、消えていた。


「……ねえ、大門君。」

「はい。」

「……私は、罪を着せられるの?」

「いえ、もう美咲さんの鉄壁のアリバイは証明されたんですから、大丈夫ですよ。」

「……嘘つき。」

「……すみません。」


 軽率だったかなと大門は頭をかく。

 井野が、美咲と診療所の誰かが共犯ではないかと睨んでいることを、美咲も知っていることを、大門も知っていた。


 その美咲にこの言葉は、軽率だったか。


「……ごめん。あなたを責めても仕方ないのに。」

「いえ、そんな」


 美咲の謝罪に、大門は手をひらひらと振る。


「ごめん、暗くなっちゃうね。……大門君は、ご両親は?」

「あ、今は父が死んで、実家には母一人ですね。」


 美咲は話題を変える。

 大門もそれに答える。


「お母さん一人? 寂しい思いさせてない?」

「いやいや、そんな。……むしろ、僕がいなくて清々しているんじゃないですかね。」

「え?」

「あっ! すみません……」


 これも軽率だったかなと、大門は自分を責める。

 こっちの家庭の事情など、美咲に話しても仕方ないというのに。


「すみません、余計な」

「いやそんな……ねえ、大門君さえ嫌じゃなければその話、もっと聞かせて。」

「え!? は、はい……」


 思いの外美咲から話を求められ、大門は話を続ける。

 大門の母は元々子供好きではなく、昔から子育ては夫とお手伝いに任せきりだった。


「それって、ネグレクトにならない?」

「いや、確かに母自身は育ててないですけど……自分が母親を最初からやれないと分かりきっているから、お手伝いさんを母親代りにしたんだと僕は思いますけどね。」

「ふうん……むしろ、ネグレクトされるよりマシだったんだ……」

「美咲さん?」


 大門の言葉に、美咲は何やら考え込む。

 誰か、知り合いに思い当たる節でもあるのだろうか?


「あ、いや何でも……まあ、そう考えると構ってもらってただけいい母親だったのかもうちの親。不満があるとすれば……妹を産んでくれなかったことかな。」

「妹、ですか?」


 大門は尋ねる。

 下の兄弟が、欲しかったのか。


「ずっと欲しい欲しいって言ってたんだけどね……私を産む時、いわゆる難産だったみたいで。出産に自身なくしちゃったみたい。」

「それはそれは。」


 大門は美咲の言葉に、頷く。

 なるほど、出産て命がけなんだとつくづく感じさせられる。


 その点では、いくら子供が好きじゃないと言っても産んでくれた母には感謝すべきか。


 さておき。


「妹さんには、何て名前を?」

「うん、美郷(みさと)。美しいに、郷里の郷で美郷。」

「美咲さんと美郷さんですか……いい名前ですね。」

「はは、ありがとう。」


 大門の言葉に、美咲は微かに笑う。

 それからはまた、互いの家の話になった。


 大門の父は所謂入り婿で、今使っている九衛という姓も父の旧姓だということや、元警察官だったことなど。


 美咲の実家はそこそこ裕福で、何不自由なく育ててくれた両親には一応感謝はしているとのこと。


「ご両親……今回のことで、心配されているのでは?」

「ああ、そうだね……さっき電話したら、すごく心配された。」

「それはそうでしょう。」

「あ、でも。……信用できる男の子に()()守ってもらうからって言ったら安心してた。」

「あ、はい! それは。きちんとお守りしま……え!? い、一生!?」


 大門はまた、顔を赤らめる。


「やだなあ、深い意味は特にないよ! 浅い意味はあるけど。」

「あ、ああ……よか……なくて! なんですか、浅い意味って!」

「さあ、何でしょう?」

「もう……」


 何だか納得のいかない大門だったが、美咲が少なくとも見る限りでは元気なのでまあよしとした。


 今にして思えば、この時が最後だったのかもしれない。

 美咲と大門が、穏やかな時を過ごすことができた最後。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「ぷはあ! ああ、いいなあ……酒はうまい!」


 自宅のマンションにて、麻上精神クリニックの看護師・設楽はソファにふんぞり返り高級ブランデーを煽る。


 これで、ようやくーー

 そう思い、振り返る。


「さあ、あんたも飲まないか?」


 そう言った設楽は、先ほど注いだブランデーのグラスを客に進めるが。


「ぐっ!」


 設楽は、グラスを落とす。

 客の手がグラスを取らず、どころかナイフを持っており。


 そのまま刺されたのだ。


「ま、まさか……!? な、何故」


 ◆◇



「おお……ははは! これで、これで()()()から、開放されるぞ……!」


 テレビの前で設楽のニュースを見て、その()()()は狂気乱舞する。


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