表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の証明終了〜QED evil〜  作者: 朱坂卿
certification3 mammon 同じ人は二人といない
25/105

偽の犯人

「何? それは本当か?」

「はい、間違いありません。」

「……ふむ。」


 部下からの耳打ちでの報告に井野は、口角を上げる。

 その表情のまま、顔を前に向ける。


 彼の前には、黒島美咲がいた。


 彼女には精神科診療所・麻上精神クリニックを荒らした容疑、さらには同診療所に勤める看護師・稲田殺害の容疑がかけられた。


 いずれも証拠不十分として直ちに釈放されたが、今回新たな容疑が加わる。


 それは、同じ診療所に勤める亡くなった稲田の同僚看護師・名張の殺人容疑だ。


 彼女を犯人第一候補と睨む井野は、名張の第一発見者が彼女だったこともあり今度こそ星を挙げられると息巻いていた。


 そしてそこへ、この報告である。


「おほん! 黒島さん。」

「……はい?」

「今、あんたに……逮捕状が出た。」

「! ……え?」

「被害者の口の中に、犯人のものと思われる毛髪があったんだが、それがあんたのものだとさっき分かったんだよ!」

「!?」


 美咲は、驚く。

 井野は彼女の様子に、満足げな笑みを浮かべる。


「黒島美咲! 稲田芳樹・名張陽子殺害の容疑で、あんたを逮捕する!」

「そ、そんな……」


 井野の言葉に美咲は、茫然自失となる。



 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「なっ……美咲さんが!?」

「ああ、現場のDNAが彼女と一致した。逮捕する理由としては上等だろう?」

「そ、そんな……」


 警察署のロビーで大門は、暗い顔になる。

 今目の前にいる井野から、事件のあらましと美咲の逮捕までの経緯を聞いていたからだ。


 今回は前のようにはいかないだろうと思っていたが、まさか逮捕されてしまうとは。


「それに、現場のホテルの受付からの、目撃証言もある。」

「!? なっ。」


 大門は井野の言葉に、驚く。

 受付からの目撃証言?


「受付の人が証言してるんだよ……仏さんの死亡推定時刻の少し前、黒島に似た女がチェックインしたってな。更に死亡推定時刻の少し後で、外出する所も見られている。」

「な、そんな!?」


 大門は驚きながらも、考えていた。

 もし、今回の被害者ーー名張が死亡したのが、大門と美咲が一緒に事務所にいた時間だとしたら。


「だとしたら井野刑事! 彼女は無実です。」

「ほう?」


 大門は井野に、名張の死亡推定時刻に美咲には自分と一緒にいたというアリバイがあることを告げる。


「では聞くが……何時何分頃あんたたちは一緒にいた? それを正確に証言できれば話は別だが。」

「……それは」


 大門は言葉に詰まる。

 常に時計を見ていたわけではない。


 彼女の無実を証明しようと思ったのならば、時間は常にチェックしておくべきだった。


「まあそもそも、あんたはあの娘に雇われてんだよな? 身内とはいかないまでも、そういう利害関係にある者のアリバイ証言は効力を持たない可能性がある。残念ながらな。」

「そういえば、そうですね……」


 大門は言いつつ、井野の目を見る。

 残念ながら、という言葉とは裏腹に少し底意地の悪い光が宿っている。


「とにかく、彼女の捜査は警察の領分だ! 探偵の出る幕はない、いいな?」

「くう……」


 大門もこの時ばかりは、素直に従うしかなかった。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「キー! ムカつくその刑事! 何でそんな言い方するかなあ!」

「お、お嬢様、落ち着いてください……」


 現在の探偵事務所にて。

 大門の話に妹子は、青筋を立てている。

 塚井は、この癇癪が激しくならないかと冷や冷やしている。


「そうですよ、遣隋使さんが怒ることじゃないですから。……さあ、ハーブティーをどうぞ。」

「そういう問題じゃ……うん、いい香り♡」

「ははは、お嬢様……」


 大門の淹れてくれたお代わりは、妹子の癇癪を瞬く間に収める。


 まったく、御し易いのやら御し難いのやら。

 塚井は肩をすくめる思いだ。


 さておき。


「でも、大門君。大門君の感覚が正しいなら、その名張って人が泊まっていたホテルに現れた美咲さんと、この探偵事務所にいた美咲さんは同時刻に存在したってことでしょ?」

「ま、まさか本当に……ドッペルゲンガー?」


 実香の言葉に、日出美が怯えたように自分の腕を抱く。


「そうですね……僕もそれは考えました。実際、防犯カメラの映像も見せてもらったんですけど……防犯カメラはフロアを斜め上から映すアングルなんで、その『チェックインした美咲さん』・『すぐに出ていった美咲さん』はどちらもつばの広い帽子を被っていて顔まではカメラ映像では確認できなかったそうです。」

「つまり、美咲さんがその時間にホテルにいたという映像は、残っていなかった?」

「そういうことになりますね。」

「うーん……」


 塚井は大門の言葉に、考え込む。

 確かに奇妙な事件だ。


 ドッペルゲンガーに、見せかけるトリック?

 うん、思いつきそうにない。


「でも、髪の毛が残っていたというのは……確かに決定的な証拠かもしれないですね。」

「いや、僕はそれもおかしいと思いました。」

「え?」


 大門の言葉に、塚井ーーのみならず、妹子・実香・日出美が揃って首をかしげる。


 何故か。

 DNAの証拠は、かなり有力なものになるのでは?


「僕は、名張さんの遺体に防御創がないと言いました。」

「被害者は、抵抗しなかったってことよね?」

「遣隋使さん、その通りです。しかし、犯人の髪の毛が被害者の口に入るという状況は、おそらく被害者と犯人が揉み合った末に、というのが通常考えられるはず。」

「あっ!」


 今度は女性陣は、合点した表情を浮かべる。


「じゃあ、あれは犯人の偽装だったと?」

「ええ、僕はそう考えました。」

「でも、なら誰が髪の毛なんか?」

「……よくぞ聞いてくれました。」


 日出美の呟きに、大門が意味深な声を上げる。


「美咲さんは、一度だけ麻上精神クリニックに行ったことがあると言っていました。つまり……髪の毛を取られたのだとしたら、その時じゃないかと。」

「!? だとしたら……あの診療所の人の誰かが、仲間を殺してその罪を美咲さんに?」

「実香さん、その通りだと僕は考えました。」


 大門は実香の問いかけに、満足げな笑みを浮かべる。


「僕はそう考え、あの診療所を調べることにしました。」


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



「よし、ここか……」


 美咲が逮捕された週の土曜日。大門はスマホの地図とにらめっこしながら、ようやくたどり着いた。


『麻上精神クリニック』


 看板にはその名と共に、診察時間も書いてある。

 土曜日は、他大多数の病院の例に漏れず、13時で診察終了だ。


 大門は時計を見る。

 12時30分。


 看板には13時ぐらいに診察終了となっているが、受付終了するとしたらまさにこのタイミングだろう。


 大門はまさに、このギリギリのタイミングを狙ってやって来た。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「では、お大事に。」

「はい、ありがとう先生。」

「いえいえ。」


 今しがた診察が終わったばかりの患者を、院長の麻上守(あさがみまもる)はにこやかに送り出す。


 患者の笑顔を見るというのは、やはり綺麗事ではなく気持ちがいい。


「先生、あの若い母親。回復してきたみたいでよかったですね。」

「ははは……本当になあ。」


 看護師の葛城浩介(かつらぎこうすけ)の話に、麻上は笑う。


「こんな状況が続いている中で、一筋の光明といえるんじゃないですか?」

「ああ、そうだな……」


 麻上と葛城は、揃って顔を曇らせる。

 無論、『こんな状況』とは、この診療所に勤める稲田・名張が立て続けに殺害された件である。


「一体、誰が……本当にあの女なんでしょうか?」

「さあな。」

「しかし、あの難しい患者さんを治しちゃうなんて麻上院長はさすがですよね! 前の病院でカイザー」

「……何だ?」


 葛城の言葉に、麻上は急に、笑顔を凄んだ表情に豹変させる。


「ああいや……すいません。」


 葛城は慌てて謝る。

 そうだ、これは禁句だった。


 その時。


「院長! その、院長にお会いしたいという方が」


 受付担当の看護師・設楽清人(したらきよと)が診察室のドアを開ける。


「何だ? 今の患者さんで受付はもう終わりだろ?」

「いえ、それが……記者の方があの事件について知りたいと」

「記者だと?」


 麻上はまたかと言いたげに、椅子にもたれかかる。

 まったく、疲れる。


「その記者は、一人だけか?」

「ええ。」

「分かった。通せ。」





「すいません、わざわざ。」

「結構です。ではごく、手短に。」


 院長の書斎に通された。

 大門の偽名刺を、麻上は机の上の名刺入れの上に置いた。

 ここでは、フリーライターの近藤大志(こんどうたいし)と名乗っている。


「はい。……今回、こちらに勤めていらっしゃる看護師の方2名が殺害されていますが、やはり他の看護師の方々も心配されていますか?」

「それは、そうですな。今だってどうにか勤務できていますが、明日は我が身という思いですよ。」


 言いつつ麻上は、タバコを取り出す。


「タバコは吸われますかな?」

「いえ、非喫煙者です。」

「では、煙はお嫌ですか?」

「いや、それは大丈夫です。どうぞ。」

「それはありがたい。」


 麻上はタバコを、ペンのような機器に嵌め込む。

 電子タイプのタバコだ。


 たちまち匂いの少ない煙が漂う。


「明日は我が身……ですか。」

「ん? いかがされました?」

「いや、別に。」


 大門は麻上の問いに、曖昧に答えた。

 明日は我が身ーー


 頭の中で、麻上の言葉を反芻する。

 おそらく、名張もそう思っていたに違いない。


 違いない、はずなのだが。

 あの派手な服買い込みの件が、その点を怪しくしている。


 どういうことなのかーー


「おや?」


 大門はふと、麻上の後ろの棚の上にある写真を見つける。


「奥様ですか?」

「お? ああ、これですか……時子(ときこ)と言いまして、私の3年前に死んだ家内です。」

「! 亡くなられたんですか?」


 大門は驚く。

 ふと、事件の動機に繋がりそうな事案にたどり着いた気がしたからだ。


「ええ。……自殺でした。」

「それは、お悔やみ申し上げます……」

「ははは……いやいや。まあ未だに喪失感は拭えませんが……私たちには子供もいませんでしたから、それが結果的にはよかったかもしれない。」

「よかった、のですか?」


 大門は尋ねる。

 子供がいなくて、よかったのか。


「ええ。大切な者に去られる悲しみを受ける者は、少ない方がよい。私は、そう思いますよ。実際、精神科医をやっているそういう身内を失った悲しみを持つ患者さんに遭遇することも多い。」

「……なるほど。」


 大門は、それを語りながら少し小さくなってしまったように萎れる麻上の姿に、その言葉が真実であることを感じていた。


 大切なものに去られる人は、少ない方がよいーー


 大門は、父を亡くした時のことを思い出す。

 あの時も自分に兄弟がいなかったことは、逆によかったのかもしれない。


 そう、考えていた。

 さておき。


 その後、質問をいくつかした後、大門は帰路についた。

 麻上の妻、時子の死。


 特に根拠はなかったが、大門はこれが事件に大きく関係していると見ていた。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



「どうにか、あの女に罪を着せることには成功したね。」


 人差し指の指輪を弄びながら、ソロモンが電話口に話す。


「ああ……しかし」

「分かっている。解放はさせないといけないな。……では、あの女が檻の中にいる間は()()()に罪を被ってもらおう。」

「そうか。……よし、これで」

「そうだな。」


 ソロモンは口角を上げる。


「これで獲物を、籠から出せば……君のお望みは完遂となるな。」

「ああ……ははは!」


 ソロモンの言葉に、電話の向こうの相手は笑う。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「さあて、あれがそろそろ届く頃か……ん?」


 麻上のクリニック勤務後。

 自宅にいた葛城は、不意に訪問者を告げるチャイムに気づく。


「はい! ……なんだ、あんたか。」


 葛城はがっかりする。

 てっきり、あれが届いたかと思ったのに……


「まあ、いい。……今開ける。」


 葛城はため息混じりに玄関へ行き、そのままドアを開ける。


「どうした? 急に……!?」


 葛城は自分の脇腹に走る激痛に、驚く。

 訪問者が、葛城を刺したのだ。


「ま、まさか……どうし、て……」


 葛城はそのまま、倒れこむ。

 その頭が最後に考えていたのは、『何故自分が殺されるのか』という疑問についてだった。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「なっ!」


 大門は事務所にてテレビを見て、驚く。

 ほんの数時間前にいたあの診療所。


 そこに勤める葛城が、自宅で殺害されたという。


「くっ、葛城さんまで……ん?」


 大門はふと、考え込む。

 犯人が罪を着せようとしている美咲は、拘留中だ。


 その間に犯行をするなんて、まるで美咲の無実をーー

 いや、そうじゃない。


 大門はたちまち、事務所を飛び出しつつスマホを耳に当てる。


「あ、すみません! 井野刑事をお願いしたいのですが」


 早く、しなければ。

 犯人は、獲物を籠から出させようとしているのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ