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悪魔の証明終了〜QED evil〜  作者: 朱坂卿
certification3 mammon 同じ人は二人といない
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訪問者K

「むう……何で……」


 HELL&HEAVENの前で、道尾妹子はむくれていた。


「うん。時々あるんだよねえ〜、こういうの。」


 実香はケラケラと笑っている。


「大門も大門って感じだよね、本当に。」


 日出美は呆れ顔で、腕を組む。

 女性陣の目の先には。


『本日一身上の都合により、臨時休店いたします。

 いつも当店をご愛顧いただき、誠にありがとうこざいます。 店主』


 張り紙が一枚貼られた、看板の出ていない店のドアが一枚。


 新興宗教団体の本部で起きた殺人事件より、しばらく後。

 大門を慕い、妹子・実香・日出美は彼が探偵事務所の他に営業する喫茶店・HELL&HEAVEN (ヘルヘブン)を訪れていたのだが。


 いざ来てみればこの有様、という訳である。


「くうう……九衛門君め! ……こりゃあ、禁断症状が出そうだわ……」

「おお、妹子ちゃんなんかやらしい♡」

「えっ、ええっ!?」


 実香の煽りに、妹子は非常に動揺する。


「お、お嬢様! ……もう、実香!」

「ああごめん塚井、あんたもいたね!」


 悪戯っぽい笑みを実香が浮かべる相手は。

 妹子の執事にして実香の親友・塚井である。


「お嬢様はこういうの苦手なんだから! ……この前あんたが九衛さんにしてたことだって」

「ああ、塚井やめて! ……あれは、あれは!」

「わあお嬢様! すみません、私が軽率でした……」


 以前実香が大門にキスしていたことを持ち出され、妹子はすっかり赤面してしまった。


「もう、妹子ちゃん初心すぎ! 可愛い♡」

「もう、実香!」

「だあー! もう!」


 その場を宥めたのは、最年少の日出美だった。


「何度も言うけど……大門は私の旦那なんだからね! べっ、別にあんたたちの旦那じゃないんだから、誤解しないでよね!」

「いや、日出美さん……その言い方だと、九衛さんは皆の旦那様ということになってしまいますよ。」

「えっ、嘘!」


 塚井に突っ込みを入れられてしまうあたり、今一つ締まらないと言えるが。


 さておき。


「まあ、皆。ここは、あたしに任せて!」

「え、実香さん!」

「実香、悪い予感しかしないんだけど……」


 名乗りを上げた実香に、二者二様の反応をする妹子・塚井。


 しかし、そんな彼女らをよそに実香は、店に声をかける。


「たのもう! ……ムショ勤めの素敵な店主さん♡」

「ええ!?」

「ちょっと、実香!」


 塚井は言わんこっちゃないとばかり、慌てる。

 すると。


「はい、事務所(ムショ)勤めの別に素敵でもなんでもない店主です!」

「こ、九衛さん!」


 実香を除く皆が驚いたことに、大門が扉を開けてひょっこり顔を出す。


「またまた、ご謙遜を♡」

「まあ、お褒めに預かり光栄です。」


 実香の煽りを、大門は右から左へ受け流す。


「き、九衛門君……お休みじゃなかったの?」

「ひーろーと! 妻を差し置いてどういうつもり!」

「あ、皆さん……」


 大門は皆の姿を見て、少し恥ずかしげである。


「こ、九衛さん! すみません、うちの友達が!」

「あ、いや……実香さんは僕にとっても友達ですから、何も塚井さんが謝まらなくても」

「へえ、友達って言っちゃうんだ?」

「こ、こら実香!」


 大門の言葉に、実香は少しむくれる。

 塚井は慌ててフォローする。


「だって、初めての女なのに?」

「は、初めてえ!?」

「お、お嬢様! もう、実香!」


 実香が意地悪い口調で大門に言った言葉は、妹子を少なからず動揺させ、塚井を慌てさせる。


「み、皆さん! ちょっと騒がしいので、どうか!」

「……すみません。」


 結局、大門のこの言葉が鶴の一声となり皆黙る。


「おほん! ……すみません、話は全て聞かせていただきました。今日もご愛顧いただいてありがとうございます! ……今日は、ちょっと用事がありまして。それまでの時間つぶしにと店の掃除をしに来ていました。……明日以降はきちんと営業いたしますので、またよろしくお願いします!」

「は、はい! お疲れ様です。」


 大門のこの言葉に、塚井が女性陣を代表して返事する。

 大門は笑顔で女性陣に会釈する。


「大門君、今日はどちらまで?」

「ああ、今日はムショまで。では、また。」


 実香の呼びかけに、大門は笑顔を返し。

 店内に戻っていった。



 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「うう……九衛門君はどこ行くんだろう!」

「いや、お嬢様。さっき事務所(事、ムショ)まで行かれるとおっしゃっていましたが?」


 妹子の車に戻った彼女と塚井は、話す。

 駐車場からはHELL&HEAVENの前の道が、よく見える。

 あれから、大門は出てこない。


「まったく、休業日まで掃除に来るなんて。さすが、あたしの見込んだ男だねえ。」

「ち、ちょっと! 大門は私の旦那なんだからね!」

「いや……二人ともちゃっかり乗りすぎ!」


 助手席とそのすぐ後ろとで言い合う実香・日出美に、塚井は突っ込む。


「いやあ、乗りかかった舟ってやつでしょ?」

「うん、舟じゃなくて車! しかも乗りかかったんじゃなくて、あんたわざわざ乗ったでしょ!」


 実香の言葉に、塚井は少し大声で答える。


「つ、妻が夫のことを見守るのは悪いこと?」

「い、いやそれは……(まあ、結婚してないけど。)でも日出美さん、親御さんには……?」


 日出美相手には強く出られない塚井は、やんわりと諭すが。


「ああ、大丈夫! 今日は一日HELL&HEAVENにいるって伝えてあるから!」

「そ、そうですか……」


 日出美は腕を組み、その場を一歩も動くまいと目で訴えている。


 塚井は、これは未成年略取に当たらないかと本気で心配し出すが。


「あっ、九衛門君出てきた!」

「おやおや……ムショとは逆の方向だね♡」

「くう、大門! 本当にどこ行くの!」

「はあ……皆さん!」


 大門を追わんと、そろりそろりと車から出ていく他の女性陣に、塚井は呆れ混じりに声をかけるが。


「シー!!!」

「はっ、はい……」


 声がでかいと、逆に怒られてしまった。




 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「……?」

「!?」

「……?」

「!?」

「……」


 やはり気配を感じるのか、度々後ろを振り返る大門。

 女性陣は隠れ、また追い。

 大門が訝しんで振り返り、女性陣がまた隠れ。


 その繰り返しである。


「うーん……これ、確実にバレてますよねお嬢様……?」

「いいから! 塚井も早く!」

「……はい。」


 これぞ乗りかかった舟でしょ、と思いながら塚井は他の女性陣の尾行に仕方なく付き合う。


「しっかし、探偵が尾行されるなんて……ちょっとお間抜けだね♡」

「あ、そういえば……じゃあ、私たちは九衛門君を超えたってこと?」

「ふん、妻に抜かれるとは……やっぱり大門は、私がいなくちゃね!」

「いや、皆さん……」


 尾行されているのは事実だが気づかれているだろ、と塚井は心の中で突っ込むだけにしておいた。


 さておき。


「やや! ……ターゲット、花屋に入る! ……妹子隊員、状況報告を!」

「は、はい! ……た、ターゲット花屋に入る!」

「あ、私も! ……ターゲット、花屋に入る!」

「はあ……」


 実香の呼びかけに、妹子と日出美はすっかり乗っている。

 塚井はただ一人、そんな三人を冷ややかに見つめている。



 しかし、塚井はふと首をかしげる。

 花を買うような用事とは。

 しかも、事務所に行くなどと嘘をついてまで。


 これは、まさか。

 しかし、塚井は敢えて思い当たる節を言わないでおいた。


 それを言えば、たちまちこの場は阿鼻叫喚祭りだからだ。


「でも……花屋って……お葬式かな?」

「……! な、なるほどお嬢様……」

「ん? 塚井?」

「い、いえなんでも!」


 妹子の鈍感な察しに、塚井は拍子抜けしつつも落ち着く。

 よかった。


 しかし、そんな安心は間もなく、崩壊する。


「ああ、もしかして……」

「ちょっ!? 実香、タイム」

「私たちの他に女が?」

「!? うわあああ!!」

「もう、だから!」


 実香の空気を読まぬ言葉に、妹子・日出美の初心シスターズは阿鼻叫喚となる。


「はあ、やっぱり……こんな所までご足労いただくとは。」

「あ、大門君♡」

「!? う、うわああああ!」

「!? ちょ、遣隋使さん! 日出美!」


 騒ぎに気づき(というより、最初から気づいていた)大門が、花束を手に女性陣の隠れる物陰に様子を見に来ると。


 たちまち妹子・日出美は、襲いかかる。


「き、九衛門君! その花誰にい〜!?」

「この浮気男があ! 何人女に手え出せば気が済むんじゃああ!」

「な、何のことですか! わ、分かった、分かりました! 僕には何をしてもいいですが、何卒花束には……うわああ!」

「こ、九衛さん!」


 塚井が止めようとするも間に合わず、阿鼻叫喚祭りに大門も加わることとなった。



 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



「たいっ、へん! 申し訳ございません! うちの主人が、親友が……あれ?」


 顔が絆創膏で溢れる大門を前に、塚井は謝罪をしようとするが。


 ただ一人、()()()ではない人が関係者にいることに気づき、戸惑う。


「えっと……ひ、日出美さんは」

「妻! ……大門の。」

「も、申し訳ございません! うちの主人が、親友が! 九衛さんの奥さんが! ……あれ?」


 いずれにせよ身内でないことに気づき、塚井は混迷を深める。


「塚井さんが謝ることじゃないですよ! ……痛たた……」


 笑いを返そうとする大門だが、表情筋を動かすことで顔の傷が疼く。


「ああっ、九衛さん! ……ほら、実香あんたも!」

「ええ〜! あたしは大門君のイケメンなお顔に傷なんて」

「あんたも煽ったでしょ! ほら早く!」

「いや、いいんですよ! さあ塚井さんも」

「……はい。」


 実香に謝まらせようとする塚井だったが、大門の優しさに押し切られてしまい勧められた紅茶を飲む。


 言うのが遅くなったが、ここはムショ一一もとい、九衛大門探偵事務所だ。


 大門が、熱る女性陣(妹子と日出美)を宥めようと連れて来たのだ。


 当人たちはどうにか、熱いお茶で落ち着いたようだ。


「……ごめん、九衛門君。」

「……ごめん、大門。」

「ごめん、大門君。」


 少し萎れた様子で妹子と日出美が、そしてこちらは変わらぬ様子で実香が大門に謝る。


「ああもう、いいんですって!」

「いいえ九衛さん! ……あなたはお人好しすぎます。ここは、おとなしく詫びを入れられてください!」

「……はい、すいません。」


 尚も女性陣に甘くし、逆に塚井に怒られてしまった大門である。


「……さあて。白状してもらおうかな大門君? その花、誰に? 」

「!? そ、そうね!」

「そうよ! 私という妻がいながら……」

「分かりました分かりました! ……別に、隠していたわけじゃないんですからね!」


 少し違和感のある語尾だが、大門は弁解を始める。


「まあ、これが女性に向けたものというのは事実ですけど。」

「!? えっ!」

「!?」

「……あちゃあ。」


 大門のその言葉に、女性陣一一さっきまではいつも通りだった、実香も一一は息を呑む。


「だ、誰なの」

「まあまあ! ……話すと長くなってしまいますが、ごく手短かに。」

「う、うん……」

「そ、そうだね。ひ、大門君から女の話なんて珍しいし!」

「ま、まあ……夫の浮気の言い訳を聞いてやるのも、妻の情けかな……」


 大門の言葉に、女性陣は三者三様に言いつつ聞く姿勢を見せる。


「……では。あれは、もう三年前。僕が、実家を出てこの事務所を開設した頃」



 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 その人は、ある日突然やって来た。

 ゴスロリ服の、若い女性だった。


「……あなたが、()()()さん?」

「いえ、()()()()です。」

「……そう。まあ、何でもいい。」


 そう言うと彼女は、探偵事務所に入ると勝手にソファに腰掛けてしまう。


「あっ、あの!」

「紹介状がないとダメなんだっけ? ……ごめんなさい。今生憎持ち合わせが……でも、私を助けなさい。報酬は弾むから。」

「は、はあ……」


 有無を言わさぬ雰囲気だった。

 本来ここで押し切られては、他の顧客に示しがつかないのだが。


 彼女の瞳に宿るただならぬ光に、大門はすっかり押し切られてしまう。


「分かりました……お姉さんのお名前は?」

「……黒島美咲(くろしまみさき)。お願い……私は、罪を着せられそうなの!」

「!? えっ」


 大門は驚く。

 しかし、彼女・美咲の言葉は、更に驚嘆に値した。


「……ドッペルゲンガーって、知ってる?」

「!? ……はい?」


 大門は、思わず聞き返す。

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