訪問者K
「むう……何で……」
HELL&HEAVENの前で、道尾妹子はむくれていた。
「うん。時々あるんだよねえ〜、こういうの。」
実香はケラケラと笑っている。
「大門も大門って感じだよね、本当に。」
日出美は呆れ顔で、腕を組む。
女性陣の目の先には。
『本日一身上の都合により、臨時休店いたします。
いつも当店をご愛顧いただき、誠にありがとうこざいます。 店主』
張り紙が一枚貼られた、看板の出ていない店のドアが一枚。
新興宗教団体の本部で起きた殺人事件より、しばらく後。
大門を慕い、妹子・実香・日出美は彼が探偵事務所の他に営業する喫茶店・HELL&HEAVEN (ヘルヘブン)を訪れていたのだが。
いざ来てみればこの有様、という訳である。
「くうう……九衛門君め! ……こりゃあ、禁断症状が出そうだわ……」
「おお、妹子ちゃんなんかやらしい♡」
「えっ、ええっ!?」
実香の煽りに、妹子は非常に動揺する。
「お、お嬢様! ……もう、実香!」
「ああごめん塚井、あんたもいたね!」
悪戯っぽい笑みを実香が浮かべる相手は。
妹子の執事にして実香の親友・塚井である。
「お嬢様はこういうの苦手なんだから! ……この前あんたが九衛さんにしてたことだって」
「ああ、塚井やめて! ……あれは、あれは!」
「わあお嬢様! すみません、私が軽率でした……」
以前実香が大門にキスしていたことを持ち出され、妹子はすっかり赤面してしまった。
「もう、妹子ちゃん初心すぎ! 可愛い♡」
「もう、実香!」
「だあー! もう!」
その場を宥めたのは、最年少の日出美だった。
「何度も言うけど……大門は私の旦那なんだからね! べっ、別にあんたたちの旦那じゃないんだから、誤解しないでよね!」
「いや、日出美さん……その言い方だと、九衛さんは皆の旦那様ということになってしまいますよ。」
「えっ、嘘!」
塚井に突っ込みを入れられてしまうあたり、今一つ締まらないと言えるが。
さておき。
「まあ、皆。ここは、あたしに任せて!」
「え、実香さん!」
「実香、悪い予感しかしないんだけど……」
名乗りを上げた実香に、二者二様の反応をする妹子・塚井。
しかし、そんな彼女らをよそに実香は、店に声をかける。
「たのもう! ……ムショ勤めの素敵な店主さん♡」
「ええ!?」
「ちょっと、実香!」
塚井は言わんこっちゃないとばかり、慌てる。
すると。
「はい、事務所勤めの別に素敵でもなんでもない店主です!」
「こ、九衛さん!」
実香を除く皆が驚いたことに、大門が扉を開けてひょっこり顔を出す。
「またまた、ご謙遜を♡」
「まあ、お褒めに預かり光栄です。」
実香の煽りを、大門は右から左へ受け流す。
「き、九衛門君……お休みじゃなかったの?」
「ひーろーと! 妻を差し置いてどういうつもり!」
「あ、皆さん……」
大門は皆の姿を見て、少し恥ずかしげである。
「こ、九衛さん! すみません、うちの友達が!」
「あ、いや……実香さんは僕にとっても友達ですから、何も塚井さんが謝まらなくても」
「へえ、友達って言っちゃうんだ?」
「こ、こら実香!」
大門の言葉に、実香は少しむくれる。
塚井は慌ててフォローする。
「だって、初めての女なのに?」
「は、初めてえ!?」
「お、お嬢様! もう、実香!」
実香が意地悪い口調で大門に言った言葉は、妹子を少なからず動揺させ、塚井を慌てさせる。
「み、皆さん! ちょっと騒がしいので、どうか!」
「……すみません。」
結局、大門のこの言葉が鶴の一声となり皆黙る。
「おほん! ……すみません、話は全て聞かせていただきました。今日もご愛顧いただいてありがとうございます! ……今日は、ちょっと用事がありまして。それまでの時間つぶしにと店の掃除をしに来ていました。……明日以降はきちんと営業いたしますので、またよろしくお願いします!」
「は、はい! お疲れ様です。」
大門のこの言葉に、塚井が女性陣を代表して返事する。
大門は笑顔で女性陣に会釈する。
「大門君、今日はどちらまで?」
「ああ、今日はムショまで。では、また。」
実香の呼びかけに、大門は笑顔を返し。
店内に戻っていった。
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「うう……九衛門君はどこ行くんだろう!」
「いや、お嬢様。さっき事務所まで行かれるとおっしゃっていましたが?」
妹子の車に戻った彼女と塚井は、話す。
駐車場からはHELL&HEAVENの前の道が、よく見える。
あれから、大門は出てこない。
「まったく、休業日まで掃除に来るなんて。さすが、あたしの見込んだ男だねえ。」
「ち、ちょっと! 大門は私の旦那なんだからね!」
「いや……二人ともちゃっかり乗りすぎ!」
助手席とそのすぐ後ろとで言い合う実香・日出美に、塚井は突っ込む。
「いやあ、乗りかかった舟ってやつでしょ?」
「うん、舟じゃなくて車! しかも乗りかかったんじゃなくて、あんたわざわざ乗ったでしょ!」
実香の言葉に、塚井は少し大声で答える。
「つ、妻が夫のことを見守るのは悪いこと?」
「い、いやそれは……(まあ、結婚してないけど。)でも日出美さん、親御さんには……?」
日出美相手には強く出られない塚井は、やんわりと諭すが。
「ああ、大丈夫! 今日は一日HELL&HEAVENにいるって伝えてあるから!」
「そ、そうですか……」
日出美は腕を組み、その場を一歩も動くまいと目で訴えている。
塚井は、これは未成年略取に当たらないかと本気で心配し出すが。
「あっ、九衛門君出てきた!」
「おやおや……ムショとは逆の方向だね♡」
「くう、大門! 本当にどこ行くの!」
「はあ……皆さん!」
大門を追わんと、そろりそろりと車から出ていく他の女性陣に、塚井は呆れ混じりに声をかけるが。
「シー!!!」
「はっ、はい……」
声がでかいと、逆に怒られてしまった。
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「……?」
「!?」
「……?」
「!?」
「……」
やはり気配を感じるのか、度々後ろを振り返る大門。
女性陣は隠れ、また追い。
大門が訝しんで振り返り、女性陣がまた隠れ。
その繰り返しである。
「うーん……これ、確実にバレてますよねお嬢様……?」
「いいから! 塚井も早く!」
「……はい。」
これぞ乗りかかった舟でしょ、と思いながら塚井は他の女性陣の尾行に仕方なく付き合う。
「しっかし、探偵が尾行されるなんて……ちょっとお間抜けだね♡」
「あ、そういえば……じゃあ、私たちは九衛門君を超えたってこと?」
「ふん、妻に抜かれるとは……やっぱり大門は、私がいなくちゃね!」
「いや、皆さん……」
尾行されているのは事実だが気づかれているだろ、と塚井は心の中で突っ込むだけにしておいた。
さておき。
「やや! ……ターゲット、花屋に入る! ……妹子隊員、状況報告を!」
「は、はい! ……た、ターゲット花屋に入る!」
「あ、私も! ……ターゲット、花屋に入る!」
「はあ……」
実香の呼びかけに、妹子と日出美はすっかり乗っている。
塚井はただ一人、そんな三人を冷ややかに見つめている。
しかし、塚井はふと首をかしげる。
花を買うような用事とは。
しかも、事務所に行くなどと嘘をついてまで。
これは、まさか。
しかし、塚井は敢えて思い当たる節を言わないでおいた。
それを言えば、たちまちこの場は阿鼻叫喚祭りだからだ。
「でも……花屋って……お葬式かな?」
「……! な、なるほどお嬢様……」
「ん? 塚井?」
「い、いえなんでも!」
妹子の鈍感な察しに、塚井は拍子抜けしつつも落ち着く。
よかった。
しかし、そんな安心は間もなく、崩壊する。
「ああ、もしかして……」
「ちょっ!? 実香、タイム」
「私たちの他に女が?」
「!? うわあああ!!」
「もう、だから!」
実香の空気を読まぬ言葉に、妹子・日出美の初心シスターズは阿鼻叫喚となる。
「はあ、やっぱり……こんな所までご足労いただくとは。」
「あ、大門君♡」
「!? う、うわああああ!」
「!? ちょ、遣隋使さん! 日出美!」
騒ぎに気づき(というより、最初から気づいていた)大門が、花束を手に女性陣の隠れる物陰に様子を見に来ると。
たちまち妹子・日出美は、襲いかかる。
「き、九衛門君! その花誰にい〜!?」
「この浮気男があ! 何人女に手え出せば気が済むんじゃああ!」
「な、何のことですか! わ、分かった、分かりました! 僕には何をしてもいいですが、何卒花束には……うわああ!」
「こ、九衛さん!」
塚井が止めようとするも間に合わず、阿鼻叫喚祭りに大門も加わることとなった。
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「たいっ、へん! 申し訳ございません! うちの主人が、親友が……あれ?」
顔が絆創膏で溢れる大門を前に、塚井は謝罪をしようとするが。
ただ一人、うちのではない人が関係者にいることに気づき、戸惑う。
「えっと……ひ、日出美さんは」
「妻! ……大門の。」
「も、申し訳ございません! うちの主人が、親友が! 九衛さんの奥さんが! ……あれ?」
いずれにせよ身内でないことに気づき、塚井は混迷を深める。
「塚井さんが謝ることじゃないですよ! ……痛たた……」
笑いを返そうとする大門だが、表情筋を動かすことで顔の傷が疼く。
「ああっ、九衛さん! ……ほら、実香あんたも!」
「ええ〜! あたしは大門君のイケメンなお顔に傷なんて」
「あんたも煽ったでしょ! ほら早く!」
「いや、いいんですよ! さあ塚井さんも」
「……はい。」
実香に謝まらせようとする塚井だったが、大門の優しさに押し切られてしまい勧められた紅茶を飲む。
言うのが遅くなったが、ここはムショ一一もとい、九衛大門探偵事務所だ。
大門が、熱る女性陣(妹子と日出美)を宥めようと連れて来たのだ。
当人たちはどうにか、熱いお茶で落ち着いたようだ。
「……ごめん、九衛門君。」
「……ごめん、大門。」
「ごめん、大門君。」
少し萎れた様子で妹子と日出美が、そしてこちらは変わらぬ様子で実香が大門に謝る。
「ああもう、いいんですって!」
「いいえ九衛さん! ……あなたはお人好しすぎます。ここは、おとなしく詫びを入れられてください!」
「……はい、すいません。」
尚も女性陣に甘くし、逆に塚井に怒られてしまった大門である。
「……さあて。白状してもらおうかな大門君? その花、誰に? 」
「!? そ、そうね!」
「そうよ! 私という妻がいながら……」
「分かりました分かりました! ……別に、隠していたわけじゃないんですからね!」
少し違和感のある語尾だが、大門は弁解を始める。
「まあ、これが女性に向けたものというのは事実ですけど。」
「!? えっ!」
「!?」
「……あちゃあ。」
大門のその言葉に、女性陣一一さっきまではいつも通りだった、実香も一一は息を呑む。
「だ、誰なの」
「まあまあ! ……話すと長くなってしまいますが、ごく手短かに。」
「う、うん……」
「そ、そうだね。ひ、大門君から女の話なんて珍しいし!」
「ま、まあ……夫の浮気の言い訳を聞いてやるのも、妻の情けかな……」
大門の言葉に、女性陣は三者三様に言いつつ聞く姿勢を見せる。
「……では。あれは、もう三年前。僕が、実家を出てこの事務所を開設した頃」
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その人は、ある日突然やって来た。
ゴスロリ服の、若い女性だった。
「……あなたが、九衛門さん?」
「いえ、九衛大門です。」
「……そう。まあ、何でもいい。」
そう言うと彼女は、探偵事務所に入ると勝手にソファに腰掛けてしまう。
「あっ、あの!」
「紹介状がないとダメなんだっけ? ……ごめんなさい。今生憎持ち合わせが……でも、私を助けなさい。報酬は弾むから。」
「は、はあ……」
有無を言わさぬ雰囲気だった。
本来ここで押し切られては、他の顧客に示しがつかないのだが。
彼女の瞳に宿るただならぬ光に、大門はすっかり押し切られてしまう。
「分かりました……お姉さんのお名前は?」
「……黒島美咲。お願い……私は、罪を着せられそうなの!」
「!? えっ」
大門は驚く。
しかし、彼女・美咲の言葉は、更に驚嘆に値した。
「……ドッペルゲンガーって、知ってる?」
「!? ……はい?」
大門は、思わず聞き返す。




