conclusion:邪術の間は開かない②
「に、偽の邪術卿がこの中に……?」
「一体誰が……?」
川端、中田、牧村、来菜。
そして、実香は困惑する。
「でもなあ、九衛君。あの邪術の間について知っていたのも」
「だとしても、神谷さんが犯人なら……わざわざ、この邪術の間の扉の近くで人を暴れさせるようなトリックを実行するでしょうか? この扉を僕が開けようと試みた時ですら、大慌てでしたのに。」
「ううん……」
大門に疑問を呈す日南だが、一旦黙り込む。
しかし。
「いや、待て九衛君! それだったら、第1の殺人はどうなる? あの時、犯行ができたのは」
「ええ、一人だけです。ただし、それは神谷さんではありません。」
「!? な、何!」
大門の言葉に、神谷は驚く。
「どういうことだ?」
「まず、1日目の状況を整理してみましょう。」
大門は話を再開する。
まず、大門本人が新礼拝部屋βに詰められている間。
神谷と假屋崎は大門の洗脳を。
沢島は、他の信者たちの修行を監督・主導していた。
「ああ。それで修行していた面々は、一人ずつ自室に帰された。その後、沢島が教団幹部を除く全員の部屋に閂を外からかけた。だから、犯行可能だったのは神谷しか」
「ええ、確かに。……ただし。本当に皆さんは、自室に戻ったんでしょうか?」
「!? な、何!?」
大門の言葉に、反論していた日南をはじめとする全員が驚嘆する。
「だ、誰か嘘を言っているってことかい?」
「ええ、川端さん。……自室に戻る時、本当に自室に戻ったか監視されていましたか?」
「え?」
大門に尋ねた川端は、逆に聞き返される。
「いや、そんなことは……沢島さんも神谷さん、假屋崎さんも忙しいだろうし。」
「でしょうね。」
川端の答えは、大門の予想通りだった。
「その通りでしょう。あの時、全員が自室に戻ったかどうかは恐らく、沢島さんが外から閂をかける時に確認しただけのはずです。そして、神谷さん。改めてお尋ねします。……朝、あなたが巡回しながら各部屋の閂を外していった時、既に開いている部屋はありましたか?」
「い、いや……」
神谷は否定する。
既に聞いていたことなので、あくまで確認程度だが。
「そう、恐らく沢島さんも、さっき言った確認はもうしていることでしょう。彼が夜、きちんと外から閂をかけて行ったことは事実でしょうから。」
「それじゃあ、やっぱり」
川端は大門の言葉に、もう一度神谷を見る。
いや、他の信者も神谷を見る。
やはり、神谷しか犯行は無理なのではないか。
「だ、だから! 私は犯人じゃ」
「ええ、それはさっき言った通りです。……沢島さんの確認て、外から声をかけて中から返事があるか確かめるだけでしたよね?」
「あ、ああ……」
大門の問いかけに、神谷が頷く。
「部屋の中にいないまま、さも部屋にいるように返事をすることは可能ですよ。……これを使えばね。」
「!? そ、それは!」
大門が見せたのは、実香との連絡用トランシーバーだった。
「犯人はこれをあらかじめ自室においておき、いざ自室の確認を沢島さんにされた時に潜んでいる場所から、トランシーバーで声を自室に送ったんです。」
「!? ひ、潜んでいる場所!?」
またもや、場は混乱する。
「そ、それじゃ」
「そう、犯人は修行の後に自室に一人ずつ帰された際、自室ではなく潜む場所一一沢島さんの部屋に行ったんです!」
「!? さ、沢島の!」
皆息を呑む。
まさか、沢島の部屋に。
「ルームキーとなるカードも、恐らく沢島さんから配られたんでしょうが……犯人が偽の邪術卿だとしたら、その立場を利用してマスターキーを持つことは容易でしょう。」
「な、何てことだ……」
「そして、部屋の確認と外からの施錠を終えて戻って来た沢島さんを……待ち伏せしていた部屋で殺した。」
「!?」
皆その時の光景を、思わず想像してしまった。
「その後、朝まで遺体と共に沢島さんの部屋で過ごしてから、さも自室から出て来たように集会部屋に現れればいい。……これが、犯人の使った、沢島さん殺しのトリックです。」
「う、うう……」
大門が話し終わると、皆静まり返る。
しかし、そこで。
「でも、大門君。……それが事実なら、誰でも犯行は可能なんじゃない? 一体どうやって犯人を見分けるの?」
そこで、未だに新礼拝部屋βにいる実香が口を開く。
大門は、すぐに答える。
「いいえ、僕は先ほど、この犯行ができるのは一人だけと言いました。……それはつまり、このトリックを行えるのも一人だけということです。」
「この中に……」
「一人だけ……?」
たちまち、川端、中田、牧村、来菜、日南はお互いを見渡す。
「このトリックは、沢島さんの部屋から出て来る所を見られてはならないという制約があります。ですから犯人も、当然2日目の朝は見られない時間を狙い部屋を出たはず。」
「見られない、時間?」
日南が尋ねる。
「それは恐らく……皆が集会部屋に集まった後のタイミングでしょう。集会部屋に仕掛けた盗聴器か何かを使えば、そのタイミングは簡単に推し量れます。」
「つまり……2日目の朝に最後に集会部屋に現れた人物ってことか?」
「!? まさか、それって……」
大門の言葉を要約した日南の言葉を聞き、実香は気がつく。
「そう。この事件の真犯人、そして偽の邪術卿はあなたですよね?
一木来菜さん!」
「!?」
大門の指差す先には、来菜の姿が。
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「う、嘘……」
「い、一木さんが?」
皆は、信じがたいと言わんばかりの目である。
「ち、ちょっと待ってよ! ……大門君。来菜が犯人なら、何で假屋崎さん殺しの時に私を巻き込んだの?」
「そ、そうだな……それはどう、説明するんだ?」
実香は反論し、日南も問う。
大門を信頼しているはずだが、親友の犯人説は受け入れがたいようだ。
しかし、大門は。
「あれは計画外だった。……そうですよね? 来菜さん。」
「!」
「け、計画外!?」
川端が驚く。
「本来なら、別の人……恐らくは中田さん・牧村さんを目撃者に仕立て上げるはずだった。」
「!? わ、私たちを!」
中田と牧村は、驚く。
「ええ。これも先ほど言った通り、第2の殺人は邪術の間で行われたと印象づける必要がある。だから、部屋の内と外でそれぞれ目撃者を仕立て上げなければならなかった。当然犯人がそれを見越していたとすれば……その役に適役な人物として、中田さん、牧村さんは呼ばれたのでしょう。」
「て、適役……」
中田、牧村はその場にヘタリ込む。
「た、確かに……私は悪夢を見てたまたま目が覚めて……そしたら、偽の邪術卿が」
実香は補足として付け加える。
が、それはすぐに反論に戻る。
「で、でも! それで大門君が外の目撃者に仕立て上げられたのはどういうことなの?」
「それは、たまたまトランシーバーを実香さんと共有していたのが僕であることに気がついたからです。それによって、僕も部屋から引きずり出されたんでしょう。」
「……大門君、だったよね? それに関する証拠は?」
「!? ら、来菜……」
実香と大門の話に、来菜は口を開く。
「証拠は、あなたが今持っているカードキーです。……中田さん、すみません。来菜さんのボディーチェックをお願いできますか?」
「え? あっ、うん……」
中田は来菜に失礼、と声をかけてから持ち物を探る。
「……あれ? カードキーが二枚……」
中田は来菜から取り上げたカードを見せる。
「恐らく、どちらかがマスターキーでしょう。……さあて。二つとも来菜さんの部屋以外の部屋に使えば、どちらがマスターキーか分かるはずです。さあ、確かめてみましょう。……そして、聞かせてもらいましょうか。何故あなたが、マスターキーを持っているのか。」
「ら、来菜……!」
実香の憂いの声に、来菜は歯ぎしりする。
先ほど大門は、わざと神谷を泊まらせている自室の見張りに隙を作っていた。
それはつまり、来菜がマスターキーで大門の部屋を開け、中の神谷を殺そうと現れるのを待っていたのだ。
「……降参。」
「……認めるんですね?」
「そ、そんな……」
ボディーチェックのため近寄っていた中田も、皆も来菜から離れる。
実香は、信じられないといった面持ちだ。
しかし来菜は、話す。
「……私は、兄の仇を討ちたかった。」
「なるほど。礼門四郎さんは、あなたのお兄さんだった。」
「ええ。でも……兄は、大学のサークルでの人間関係が上手くいかず引きこもりになり、それで、この教団に救いを求めて入信してしまった……」
両親とは大喧嘩し、勘当に近い形で家を出ていたため、妹である彼女とも音信不通になっていたという。
「その後、私も独り立ちしてから……この教団に兄の情報を求めて入信した。……そして、後はあなたの推理通り……」
邪術卿に取り入り、兄が彼を含めた教団幹部に殺害されたことを知り。
気がつくと、自分が殺した邪術卿の姿があったという。
「何が邪術よ! それで人々を救うなんてほざいてんじゃない! ……だから、私は決めた。兄の殺しを隠すために教団が仕掛けたこのトリック一一邪術を使って、私があいつらに復讐してやるって!」
来菜は、全て吐き出すように言う。
場には、沈黙が訪れていた。
「来菜……ごめん! あたしたちの仲だってのに……大切な、友達なのに……」
実香は、新礼拝部屋βに座り込み、泣く。
来菜も、ぐっと自らの目元を拭う。
「いいの、実香……私も、あんたを巻き込んだ。それに……まだ、この復讐劇は終わっていない!」
と、来菜はベルトに付けていた折りたたみ式ナイフを取り出す。
先ほどのボディーチェックでは、分からなかったものだ。
たちまち皆、怯え出す。
「皆さんも、ごめんなさい。巻き込んでしまって……でも! 私はそこの神谷を殺せば十分だから……皆さんはどいて下さい!」
言うが早いか、来菜は神谷めがけて走り出す。
「やめて! 来菜!」
実香は叫ぶ。
すると。
「ぐっ!」
「実香さんの言う通りです。罪を重ねることはもうやめてください!」
「……くっ」
大門は来菜を抑え込み、床に伏せさせる。
彼女はナイフを取り落とす。
大門は持っていたロープを出し、彼女を縛る。
と、その時である。
「ははは……まったく、兄妹揃って……この教団に刃向かうとは!」
神谷だった。
そのまま、彼は来菜の取り落としたナイフを拾い上げ、抵抗できない彼女に迫る。
「神谷さん!」
「ひ、大門君!」
神谷から来菜を庇い、大門が刺され一一
「ぐっ!」
「神谷学文……殺人未遂の現行犯で逮捕する!」
「え!?」
またもや皆が、驚いたことには。
なんと、大門は刺されず。
日南が、神谷からナイフを奪い、そのまま彼を取り押さえて手錠をかけた。
「ひ、日南さん……?」
「ああ、それは偽名だ……警視庁の、周防道廉。俺の本名さ、よろしく。」
「け、警察!?」
声を上げたのは、神谷だった。
「おたくの教団は、すでに内偵中だったということさ!」
「そ、そんな……」
神谷は、がっくりと肩を落とす。
「……来菜さん。確かに、この人たちがやったことは許されない。……でも、こんな人たちのために。あなたが人生棒に振る価値はなかったと思いますよ……」
「くっ……うわああああ!」
大門の言葉に、来菜は号泣する。
「実香さん、すみません。……これで、悪魔の証明終了です。」
「うん……本当にありがとう。大門君。」
実香も泣きじゃくりつつ、壁の向こうから礼を言う。




