conclusion:邪術の間は開かない①
「な、何で……?」
川端は、大門の壊した土壁の向こうを見て、疑問の声を上げる。
新興宗教団体・邪術教本部の合宿に来て3日目。
1日目夜に第1の殺人、そしてこの3日目に第2の殺人が。
真相にたどり着いた大門は、今皆の目の前で教団最大の秘密を公にする。
それは、かつて神の怒りを買ったために封印されたというかつての礼拝部屋である今は開かずの間となっている、邪術の間。
果たして大門が、邪術の間に隣接する新礼拝部屋αの土壁を壊すと。
「こ、これは……どうなっているんだ?」
「何で、十市さんが邪術の間に?」
川端は疑問を口にする。
そう、壊れた壁の穴から見えたのは、実香の姿だったのだ。
しかし、実香から返って来た言葉は、皆の予想を大きく裏切るものだった。
「か、川端さんや大門君こそ……何で、邪術の間にいるんですか?」
「!? え、な、何言っているんだい……? 僕らがいるのは、新礼拝部屋αだよ。」
「ええ、私こそ……新礼拝部屋βにいるんですけど。」
「!?」
たちまち全員の脳を、思考が駆け巡る。
壁の向こう。壊された壁の穴から見えた実香の姿。
そして、彼女の言葉。
これらは既に、真相を告げている。
しかしそれは、受け入れがたいものだった。
「お、近江君……これは、まさか」
「ええ。ご覧の通りです。……邪術の間なんて、最初から存在しなかったんですよ。」
「……」
大門は事も無げに言う。
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「邪術の間が、存在しない……?」
来菜が、問う。
「そうです。そう考えれば、全ての辻褄が合うでしょう?」
「あ、ああ……」
未だ受け入れがたい表情の皆を置き去りに、大門は説明を続ける。
第2の殺人。
あれは新礼拝部屋αで行われたものだったが、『何故邪術の間を挟んでいるはずの新礼拝部屋βに、その物音や感触が伝わったのか』という疑問があった。
しかしその一件も、邪術の間がないことでようやく説明がつく。
そもそも新礼拝部屋βの壁の向こうは、邪術の間ではなく新礼拝部屋αだったからだ。
「何てことだ……僕らは、ありもしない部屋をあるように思い込んでしまっていたのか。」
「ええ、まさにその通りです。『箱の中の猫』一一シュレディンガーの猫ですよ。」
「し、シュレディンガー?」
牧村が問う。
大門は答える。
「言ってしまうなら……箱の中の猫は、その箱が開けられ状態が確かめられるまで存在が確定しないという話です。」
「そ、それはつまり」
「ええ。僕たちは開けて実在を確かめてもいない部屋を、存在すると思い込んでいた。その例えです!」
「では、邪術の間が開かないということも」
「ええ、そもそも存在しない部屋に、開くもへったくれもないですからね。」
「う、嘘だ!」
大門の説明に、神谷が声を荒げる。
壁に穴を開けられてから、意気消沈していたのだ。
「で、出鱈目だ! 近江君が何かトリックを使ったんだ!」
「トリックを使ったのは、あなたたちでしょう? ……この教団本部地下を迷路のように改装してまで、ありもしない部屋をでっち上げて。」
「!? な、何!」
大門の今の言葉には、皆が耳を疑う。
「こ、この迷路も、邪術の間をでっち上げるためのトリックだったのかい?」
「その通りです。この迷路は……距離感を見誤らせるための心理トリックでした!」
「!? き、距離感を……?」
皆は再び、首を傾げる。
どういうことなのか。
「今、ここ新礼拝部屋αから新礼拝部屋βへ行くには、かなりの大回りルートになっていますが……もしこれが、すんなりと回り込めるルートだったら、どうなりますか?」
「!? そ、そうか。」
日南は閃く。
他は神谷を除く全員が首を傾げたままだ。
「ど、どういうこと? 日南さん。」
「ああ、僕らは新礼拝部屋α・邪術の間・新礼拝部屋βが同じブロックの中にあると思っている。……しかし、新礼拝部屋αのすぐそばを通って裏の新礼拝部屋βに回り込めるルートだったら、さすがに距離感から邪術の間がないことがばれてしまうだろう?」
「!? そ、それでか。」
日南の説明により、ようやく首を傾げていた全員が合点する。
「ありがとうございます、日南さん。……そうして、神谷さん。あなた方教団幹部や教祖・邪術卿は、ありもしない邪術の間を作り上げることに成功しました。」
「くう……近江君。君は一体何者なんだ!」
神谷は声を荒げる。
やはりまだ、大門を従順な信者と信じていたようだ。
大門は呆れによるため息を呑み込み、話す。
「僕は九衛大門。どこにでもいる、普通の悪魔の証明者ですよ。」
「ふ、普通の悪魔の証明者……?」
「ああ、それで大門君か……。」
にっこりと人懐っこい笑顔で言う大門に、神谷、および実香を除く全員が拍子抜けする。
一体何を言っているんだ、この人は。
中田は首を傾げながらも、実香の呼び方に合点していた。
「まあ、悪魔の証明者一一もとい、私立探偵です。そこの実香さんから、一木来菜さんを教団から救い出すよう依頼を受け潜入させてもらっていました。」
「せ、潜入!?」
神谷は、さぞ激震が走ったことだろう。
再び、塞ぎ込む。
「わ、私を!? 」
「来菜、そうだよ。……塚井も心配してるって言ったでしょ? ほら、帰ろうよ。」
「実香……」
壁の向こうから、実香は来菜に呼びかける。
「しかし、近江……ではなく九衛君か。何故神谷たちは、ありもしない部屋を?」
日南は、大門に問う。
「それは、この扉一一まあ、土壁を鉄でコーティングしたものですけど。この壁を嵌め込む口実が欲しかったからですね。」
「!? か、壁を?」
再び皆は、首を傾げる。
「そう、この扉は……あるものを隠すためのものでした。」
「あるもの?」
「や、やめろ!」
大門の話を、また神谷は遮ろうとする。
しかし、大門は構わず続ける。
「それは、僕の推測ですが……恐らく数年前に神の怒りを買ったという信者の遺体ではないですか?」
「くっ……!」
「!? ほ、本当ですか神谷さん!」
その言葉に、皆が神谷を見る。
「そ、そんなこと……」
「信者の死因は……あなたたち教団幹部による、集団暴行ですね!」
「!? くっ、くうう……」
大門のこの言葉は、完全に図星だったようだ。
神谷はついに、手を上げる。
「ああ、その通りだ……あの信者、礼門四郎は生意気にも、この教団に楯突いた……!」
神谷は語り始める。
数年前、この教団の実態一一神に仕える、邪術使いの教団を謳いながら、実際には信者たちから金を巻き上げていただけということ一一を、礼門に暴かれてしまったことを。
「あいつはそのまま、警察に行くと言い出した。そんな、この教団に楯突くこと……許せるわけないじゃないか!」
そのまま邪術卿、神谷、假屋崎、沢島は。
礼門に制裁と称して集団暴行を働いた。
邪術卿は指示して見ていただけ(だけ?)で、神谷・假屋崎・沢島が実際に暴行に及んだという。
「……あとは、君の言った通りだ。気がついたら礼門は死んでいて……その後は左官だった假屋崎や、鉄工所勤めだった沢島が遺体を、そこに……」
神谷のその話を聞き、信者たちは扉から身を遠ざける。
忌々しいものを、見ているように。
「……礼門さんは恐らく、家族と絶縁していたか、はたまた天涯孤独だったかで失踪届も出されず、探されないまま数年が過ぎた、ということでしょう。」
「ああ……だが、私たちは間違っていない! あいつが警察に駆け込めば、この教団は、この教団は!」
「いいえ、集団暴行も殺人も死体遺棄も、絶対に間違っています。」
「!?」
醜く未だに非を認めない神谷に、大門は辛辣に返す。
その目は、冷たいものだった。
「ふ、ふん! 仕方なかった! この教団には信者たちが……絶対に正しいものを求めて来たんだ! それをぶち壊すような行為は、許せないじゃないか……!」
「だとしたら、皮肉ですね。……絶対に正しいことをしようとして、絶対に間違っていることをしてしまうなんて。」
「!?」
神谷には、その言葉が刺さったようだ。
ついに、完全にその場にへたり込んでしまう。
「とにかく、そうして遺体を隠したわけですが、この壁をそのままはめ込んだのでは、ここだけが鉄に覆われた壁という、奇妙な現象が起きてしまい、怪しまれると考えた。
だから、この壁をありもしない部屋・邪術の間の扉であるなどと偽ったわけです。」
「な、なるほど……この壁にそんな意味が。」
大門の続けての、邪術の間の扉の説明に対し。
日南が、納得する。
「ええ、まあ……ここを警察が調べて、この壁も調べられれば、遺体が隠されていることや数年前の殺人も分かることでしょう。」
大門は切るように言う。
それに反応したのは、神谷だった。
「お、おしまいだ……何もかも」
「いや、まだ終わってない。」
神谷の言葉に、日南が返す。
「そ、そうだね。」
「……まさか、数年前のその事件のことで揉めて」
「それで、神谷さんは」
「あの二人を……?」
「なっ、何!?」
川端、中田、牧村、来菜の言葉に、神谷が驚く。
「わ、私じゃない! 」
「本当に往生際が悪いな、あんたは!」
日南は神谷の、胸ぐらを掴む。
「うっ! わ、私じゃ」
「じゃあどう説明するんだ? 邪術の間もでっち上げだったとなれば、1日目の夜には」
「いや、神谷さんは今回の殺人の犯人ではありませんよ!」
「ほら、九衛君もこう言って……え!?」
大門の言葉に、神谷から日南は手を離す。
「犯人は……教祖・邪術卿です!」
「な、何!?」
この言葉には、神谷を含めその場の全員が驚く。
「な、何を言っている九衛君! 邪術の間は」
「ええ、ただし。偽の邪術卿ですよ。」
「!?」
大門の言葉に、場の混迷は更に深まる。
「に、偽の?」
「はい。恐らく犯人は、邪術卿に近づき……礼門さん殺害を知った。本物の邪術卿は既に、その時に犯人に殺されてしまったでしょう。」
「な、何ということだ……」
その言葉には、神谷も更に困惑する。
彼も、知らなかったのだ。
「そして、偽物の邪術卿となり、二人を殺害した人物は……この中にいます!」
大門は神谷を除く信者たちに、向き直る。




