箱の中
「うん……一体どう考えればいいんだ?」
大門は、実香の部屋の扉の前にしゃがみ、神谷を泊まらせている自室を見張りつつ考え抜く。
新興宗教団体・邪術教本部にあるという開かずの間・邪術の間。
その調査にやってきた大門と実香だが、強化合宿で訪れたその本部内で、1日目夜に第1の殺人が。
そして、現在3日目。
つい先ほどのことだった。
絶対に開かないという邪術の間において、第2の殺人が起きる。実香は拉致され邪術の間にてその殺人の目撃者に仕立て上げられ、大変恐ろしい思いをした。
探偵事務所の常連客にして友人でもある、実香をそんな目に合わせた犯人は必ず捕まえる。
そう思った大門は。
既に沢島を殺害したトリックと、その犯人は見抜いていた。
しかし。
「……犯人は、あの邪術の間にどうやって……?」
彼の推理は、そこで詰まり。
いつも、堂々巡りになる。
確かに、あの時。
扉越しに実香が暴れる物音を聞いた。
扉越しにその感触も伝わった。
やはりあの犯行は、邪術の間で行われたということか。
いや、何かトリックがあるはずだ。
大門は考える。
数年前に神の怒りを買ったということから、教団本部においてかつて礼拝に使われていた部屋は邪術の間として封印され、地下フロアは迷路状に改装された。
その改装が、何らかのトリックになっている可能性がある。
「急がないと……」
今回の犯人が狙うであろう獲物は、既に一人に絞られている。
その前に、早く解かなければ。
そう思い、立ち上がった時だった。
「大門、お困りみたいだね。」
「!? 日出美……いや、ダンタリオンか。」
「おっと、さすがにバレたか。」
目の前にいきなり、日出美一一の姿をしたダンタリオンが現れる。さすがに出現が唐突すぎて、すぐばれたが。
「何だい、また助言でもしてくれるのか?」
「あははは……私をあてにするなんて、悪魔の証明者の名折れじゃないの?」
バレているにもかかわらず、ダンタリオンは日出美のような言動で大門を挑発する。
「……用がないならさっさと消えろ。」
「おやおや、穏やかじゃない……でも、私は消えないよ。見たんでしょ、またあの夢を。」
「!? ……ふう、何もかもお見通しかい。」
大門はため息をつく。
そんなことまで。
「なら、尚のことこちらが忌まわしく思っていることが分かるだろう?」
「ふふふ……そう言われるとますます付きまといたくなるなあ。」
大門の睨む視線を、ダンタリオンは嘲笑う。
「まあいいや。さあて。……箱の中の猫は、生きているのかな、死んでいるのかな?」
「何を、言って……!?」
大門はぴたりと、動きを止める。
ダンタリオンの言葉により、これまで繋がらなかった情報が、全て一つに繋がっていくことを感じたのだ。
大門の頭は、たちまちすさまじい勢いで回り始め一一
「……そうか、そういうことだったのか。」
「ほう。」
ダンタリオンは大門の顔を見て、満足げに微笑む。
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その夜。
廊下を歩く、人影があった。
既に安全は、確かめてある。
今度こそ一一
そう、人影が微笑んだ時だった。
「……出て来ると思っていましたよ。」
「!?」
人影は、振り向く。
そこにいるのは、近江大。
馬鹿な、こいつがいないことは既に確かめていたはずだ。
しかし近江大一一九衛大門は、人影に微笑む。
「皆さん、新礼拝部屋αに集まっているので。あなたも、来てほしいです。」
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「では、これより悪魔の証明を始めます。」
「悪魔の証明?」
新礼拝部屋αに集められた全員は、大門を前に首をかしげる。
「失礼。……ではまず、假屋崎さんが殺された第2の殺人について、そのトリックを明かしましょう。」
「!? な、何!」
全員は、耳を疑う。
「これは、実香さん……大丈夫ですか?」
大門はまず、実香に問う。
彼女にとっては、トラウマを抉ることにもなりかねないからだ。
しかしそんな大門の懸念など吹き飛ばすように、実香は即答する。
「うん、大丈夫。……さあ、続けて。大門君。」
「え、大門君? ……あなた、近江君じゃないの?」
中田理沙子が、首をかしげる。
「すみません、それについては後ほど。」
その点についてはさらりと流し、大門は説明を始める。
「犯人は3日目の夕食で僕たちが飲むペットボトルの水に、あらかじめ睡眠薬を盛っていました。皆を眠らせることでそのアリバイを無くし、尚かつトリックに必要な目撃者を拉致しやすくするためです。」
その言葉に、皆思い当たる節があった。
あの夜、夕食後に眠くなったのはそういうことだったのか。
「そして。……假屋崎さんは邪術の間で殺されたんじゃありません。……この、新礼拝部屋αで殺されました。」
「な、何!?」
中田たちは耳を疑う。
「え、ちょっと待って。……それじゃあ、あたしが見た二つの扉は?」
「その内の一つはそこにあるもう新礼拝部屋α側の邪術の間の扉。そしてもう一つは……カバーをかけた、この新礼拝部屋αそのものの扉です。」
「!」
実香の疑問に対する大門の答えは、再び中田たちに我が耳を疑わせる。
「新礼拝部屋αそのものの扉に、邪術の間の扉に見えるようそれに似せたカバーをかけ、同じ扉が二つある部屋一一すなわち、邪術の間に見せかけたんです。実香さんが目撃者に仕立て上げられた理由の一つは、扉二つの存在を印象づけることで犯行が邪術の間で行われたと思わせることだったんです。」
「な、何てことだ……」
「まあ待ってくれ、近江君。」
大門の説明を、日南が遮る。
「でも、君は言っていただろ? あの新礼拝部屋β側の邪術の間の扉から、十市さんの抵抗する物音や感触を感じたって……それは、どう説明するんだ?」
その通り。大門が悩んでいたことは、まさにそれだ。
あの扉に何か細工をするのだとすれば、やはり邪術の間を開けなければならない。
しかし、大門は言う。
「それについても、もう悪魔の証明は終了しています。」
「!? な、何!」
三度、中田や日南たちは耳を疑う。
「先ほど、実香さんが目撃者に仕立て上げられた理由の一つをお話ししました。……そしてそのもう一つの理由と、僕があの新礼拝部屋βに連れてこられた理由はまさに今からお話しする内容にあります。」
「な、何だと言うんだ?」
神谷が今度は疑問を投げかける。
「それは……邪術の間を内と外から観測させ、犯行がそこで行われたことを印象づけるためです!」
「な、何?」
神谷たちは首をかしげる。
犯行が邪術の間で行われたと印象づける?
「うん、だから……その方法が知りたい。あの新礼拝部屋β側の扉の裏から、人が暴れている感触や物音を感じさせるトリックがね。」
日南が言うと、大門は黙る。
しかし、すぐに切り出す。
「分かりました。では、実香さん。……これから僕が言うようにしていただけませんか?」
「う、うん……?」
実香は訝しみながらも、頷く。
そうして、実香が新礼拝部屋αを出て少し経った頃。
「……では、実香さんがスタンバイできたので始めましょう。」
「い、いや始めるって……何だそれは!?」
神谷は驚く。
大門の手には、いつの間にか大きなハンマーが握られているからだ。
「ああ、これは工具入れから……では、これより始めましょう。"邪術の間は開かない"という、悪魔の証明を!」
大門は言うが早いか、ハンマーを振り上げ、新礼拝部屋α側の邪術の間の扉。それが接している土壁を叩き始める。
「な、何をする!?」
「見ての通り、この壁を壊します! それによってこの邪術の間が絶対に開かないことが、証明されますから。」
「な、何を言っている? 」
大門のセリフは、場を混乱させる。
壁を壊すことによって、邪術の間が絶対に開かないと証明する?
壁はそこまで頑丈ということだろうか。
しかし、そんな皆の予想とは裏腹に、大門が叩いたそばから土壁はひび割れ、崩れそうになっていく。
「や、やめろ!」
「あなたこそ、やめて下さい。……近づくと、怪我しますよ?」
「うっ!」
神谷は大門を止めようとするが、大門は振り向き、神谷を睨みつける。
その恐ろしさに、神谷は動きを止める。
いや、神谷だけではない。
その場にいる全員が、ビクついていた。
「お、近江君……?」
日南が、尋ねる。
しかし大門は、一心不乱に土壁を壊し続ける。
土壁はどんどん、崩れんとしている。
「お、近江君……頼む! やめてくれ!」
神谷はもはや直接動くことはせずに、その場にへたり込んだまま懇願するように言う他なかった。
しかし、大門は未だ無情にも土壁を壊し続ける。
そうして、ついに。
「くっ!」
「ん!?」
土壁が崩れ、その向こう側が露わになる。
「あ、ああ……」
神谷は怯える。
邪術の間の秘密が、ついに暴かれてしまった。
「な、土壁が……近江君。君は邪術の間は絶対に開かないと言った。しかし、これじゃあ……!?」
日南は言いかけて、土壁の向こうを見て絶句する。
いや、日南だけではない。
やはりこの場一一新礼拝部屋α側にいる全員が、絶句していた。
「な……近江君。これはどういうことだ!?」
「ご覧の通りです。……これが邪術の間の、正体ですよ。」
大門は皆に、そう告げる。




