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悪魔の証明終了〜QED evil〜  作者: 朱坂卿
certification2 cerberus 邪術の間は開かない
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出られない3日目

 激しく雨が打ちつけ、自分で発する声すらよく聞き取れないある夜。


 一人の男は、とある森の中。

 ある男一一否、女かもしれない一一を執拗に追い回していた。


 追っている方の男も、追われている方の人も。

 同じくフードを目深に被り森を這いずりまわっている。


 やがて、追う方は追いつき。

 執拗に、追われていた方に拳を食らわせる。


 追われていた方が地に伏し、降参の意思表示として手を上げても。


 この攻撃は続いた。

 追われていた方は、ひたすらに頭を手で守り地に伏せて堪える。


 それを面白がってか、追っていた方はさらに攻めの手を強める。

 やがて拳だけでは飽き足らず。


 追っていた方は立ち上がり、今度は足で追われていた方の頭を、背中を、腰を、また執拗に蹴る。


 追われていた方はついに、体勢が崩れ。

 そのまま左脇腹を下に倒れ臥す。


 口からは血も出ている。

 激しく息を吐きながら、血を噴きながらも追われていた方は必死に唇を動かす。


 "もうやめて"


 そう見えた。

 だが、追っていた方はそれを嘲笑うかのように口角を上げる。


 いや、実際に嘲笑っているのだ。

 手には、折り畳み式ナイフが刃を広げた状態で既に握られている。


 そのまま、追っていた方は。

 馬乗りになり、刺しては抜き、刺しては抜きを繰り返す。


 鮮血が、ほとばしった。


 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「はあ、はあ……」

 大門は目を覚ます。


 新興宗教・邪術教の強化合宿に来て3日目。

 2日目の朝に教団幹部・沢島の死が確認されてから一夜明けたことになる。


 今のところ、最有力容疑者は1日目の夜自室に外から閂をかけられていなかった同じ教団幹部、神谷と假屋崎だが。


 大門が今考えているのは、そのことについてではない。


 また、あの夢か。

 最近見なくなり、すっかり油断していたのだが。


 忘れてしまうところだった。

 自分の中に悪魔はいないという悪魔の証明。

 それが自身にとっての、人生の至上命題一一


 しかし、そこまで考えて、大門は自身のおかしな現状に気づく。


 大門が目覚めたのは、自室ではなかった。

 そこは、新礼拝部屋βだった。


 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 どのくらい時間が経ったのか。

 実香はゆっくりと、目を覚ます。


「……? ここは……!?」


 実香の寝ぼけ眼は、彼女自身がいる部屋の隅にいる()()()()の姿を見咎めたことで一気に覚める。



 ある人物一一邪術卿の姿を。

 実香はたちまち、悲鳴を上げそうになるが。


 たちまち邪術卿の手に、その口を塞がれ。

 そのまま身体を、背後の扉に叩きつけられる。


「ん! ……!?」


 すると、邪術卿は実香から一度手を放す。

 実香は邪術卿が退いたことによりその背に隠れていた、自分から見て向かいの扉を見る。


「!?」


 それは、邪術の間の扉だった。

 ならば、ここは新礼拝部屋βか。


 しかしその推測は、再び邪術卿に顔を抑えられ自分の背後の扉に身体を押し付けられて打ち砕かれる。


「!? (こっ、こっちにも!?)」


 身体を押し付けられた時に見た背後の扉は、見まごうはずもないあの邪術の間の扉だった。


 同じ扉が、二つ。

 まさか、ここは。


「(じ、邪術の間!?)」


 信じがたいが、状況がそれを物語っている。

 邪術卿は再び、実香から手を放し身体も引く。


「は、はあ、はあ……」


 実香は自分の手を見る。

 手錠がかけられている。


 しかし、それ以外は特に身体拘束されていないようだ。

 実香は動く両足で、背後の扉に身体をつける。


 すると、邪術卿が再び実香に迫る。

 実香は、邪術卿の背後に何か横たわる物を見た。


「!? 假屋崎さん!」


 実香は思わず声を上げる。

 假屋崎が、こちらに顔を向けて倒れていた。


 死んでいる。

 たちまち実香の頭に、恐怖の二文字が浮かんだ。


 妹子は、かつて予知夢を見せられていたという。

 この状況は、細部こそ違えど実香が昨夜見ていた夢と似た状況だ。


 私も、殺される一一


「実香さん、実香さん!」

「!? ひ、大門君!」


 にわかに聞こえたその声に、実香は顔を向けると。

 そこには、トランシーバーが転がっていた。


 たちまちすがりつくように、実香はトランシーバーに飛びつく。


 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「実香さん、実香さん!」


 大門は何度もトランシーバーに叫ぶ。

 邪術の間と隣り合う部屋の一つ・新礼拝部屋βにて。


 いつの間にかそこにいた大門。

 しかし、拘束はされておらず、近くにトランシーバーが。


 大門はそのトランシーバーから、実香の悲鳴が聞こえたことに驚き。


 急いで呼びかける。

「大門、君……助けて! 殺さ、れる!」


 実香もトランシーバー越しに叫ぶ。

 それに呼応するかのように、新礼拝部屋β側の邪術の間の扉越しに暴れるような物音が聞こえる。


 いや、聞こえるばかりではない。

 ガタガタと、何かが暴れる感触が扉が震えることで伝わってくる。


「なっ……!? み、実香さん! 今どこに?」

「じゃ、邪術の間に……!」

「!?」


 大門は我が耳を疑う。

 いや、ここは我が五感全てを疑った方がいいのかもしれない。


 扉越しの物音、そして扉が揺れて伝わる暴れているような感触。


 邪術の間の中では今、実香が犯人により追い詰められているようである。


 開かないはずの、邪術の間にて。


「くっ、実香さん! 実香さん!」


 しかし、実香の身の安全に比べれば状況の不自然さなど、今はどうでもよかった。


 大門は叫びながら、何度も廊下側の扉を叩く。

 しかし。


「大門くん、くっ! ……」

「実香さん? 実香さん!」


 実香の叫びが急に途絶える。

 大門は呼び続けるが、それを嘲笑うかのように通信の切れた音がトランシーバーより木霊する。


「くっ……実香さん!」


 大門は無駄と知りつつも、何度も何度も扉を叩き、押し、引く。


 無論、無駄な行為であった。


「くそっ!」


 大門は駆け出す。

 これまた無駄かもしれないと思いつつも、新礼拝部屋αへ向かう。


 そちら側の扉側からなら、もしかしたら一一

 無駄と知りつつも、駆け出さずにはいられなかった。


 急ぎつつも壁の案内書きを確認しつつ、走り続ける。

 やがて。


「!? み、実香さん!」


 大門は新礼拝部屋αの近くの廊下に倒れ込む、実香を発見した。そして、その近くには。


「!? 假屋崎さん!」


 假屋崎の、遺体が。



「ど、どうしたんですか……!?」

「! 皆さん。」


 背後から聞こえた声に、振り向けば。

 そこには、中田、牧村、川端、来菜、日南。

 皆がいた。


 いや、あともう一人。

「あ、開けられない……」

「? 神谷さん。」


 日南は、背後の声に振り向く。

 そこには、すっかり怯えた表情の神谷が。


「あ、あの邪術の間は……絶対開けられない!」


 その言葉に皆、息を呑む。


 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「み、実香は……?」

「今は、落ち着いているようです。」


 実香を部屋に運んでから集会部屋に来た大門の言葉に、来菜はほっとする。


 あの騒動後。

 大門は皆を、集会部屋に集めていた。


「うむ、近江君。」

「はい。……假屋崎さんは、残念ながら。」

「! ……そうか。」


 神谷は、歯噛みする。


「假屋崎さんと十市さんは……二人とも、邪術卿により拉致され……その内假屋崎さんは、邪術卿により邪術の間にて、殺害されたようです……」

「!? な、じ、邪術の間!?」


 これには皆、驚く。

 いや、ただ一人、神谷を除いて。


「そんな馬鹿な、あの部屋は」

「十市さんが証言してくれました。自分は同じ扉が二つ、向かい合う部屋にいたと。さらに……僕も、扉越しにですがその時の物音を聞き、感触を感じています。」

「!?」


 また皆は、耳を疑う。

 しかし、実際そうなのだから仕方ない。


 大門は、続ける。


「……神谷さん、迎えのバスはあと2日ほどで来ますよね?」

「……開かない。」

「え?」

「……邪術の間は、開かない!」


 神谷はさっきからこれを、うわごとのように繰り返している。


「神谷さん」

「よせ、近江君! ……彼は、もう無理だろう。まあ、バスの予定はそれで正解じゃないか?」


 後ろで尚も騒ぐ神谷を尻目に、日南は大門を制す。

 大門は、ため息をつく。


「……そうですね。では、話を続けましょう。……バスが到着までの間、皆で固まって過ごした方がいいと思いますが。」

「!? 」

「ええ……む、無理よ近江君!」

「そ、そうだよ!」


 大門の提案は、物の見事に却下された。

 それはそうか。殺人鬼がここにいるかもしれないのだ。


 それに、あんな目にあった実香はどうなるか。

 自室から、無理に出さない方がいい。


「すみません、軽率でした。」

「近江君。……今回ばかりは、無理だな。」


 そう言うや中田、牧村、川端、来菜、日南は自らの部屋に引き上げる。


 神谷はまだ、うわごとを言っていたが。

 大門は、集会部屋に一人にするわけにも行かず、自分の部屋に連れていった。



 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「……大門君?」

「実香さん。……その、さっきは」

「……ありがとう、大門君。」

「!?」


 実香の部屋の前に陣取った大門は、トランシーバー越しの礼に驚く。


 ここは、今神谷がいる大門の部屋も近く、見張りにはちょうどよかった。


「お礼なんて。僕は、実香さんを……」

「ううん! 私信じてトランシーバーで助けを求めたから。大門君なら、あたしを助けてくれるって。」

「実香さん……すでに悪魔の証明は承っています。必ず……実香さんをこんな目に合わせた犯人は暴き出します!」

「……ありがとう、大門君!」

「え、み、実香さん!?」


 実香は涙声で、礼を言う。

 大門は、彼女が突然泣き出したことに驚く。


「す、すいません! さっきのことを思い出させてしまって……」

「ううん……これ、嬉し涙だから。……頑張って、大門君!」

「は、はい!」


 実香の力強い言葉に、大門は彼女が回復したことを悟りほっとする。


 もとより、芯の強い女性だ。

 もう、心配いらないだろう。


 大門は安堵したところで、頭を推理脳に切り替える。


 1日目の夜、沢島を殺せた犯人。

 これは、一人しかいない。


 そう、大門は犯人が誰か、既に分かっていた。

 だが、問題は。


 大門は思い出す、先ほどのことを。

 扉越しの物音、そして扉が揺れて伝わる暴れているような感触。


 あれは、本当にあそこで行われたというのか。


 絶対に開かないという、邪術の間で。

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