開かずの間
「な、何を言っているんだ君は! 正気か?」
假屋崎が、日南に声を荒げる。
新興宗教団体・邪術教の教団本部にあるという開かずの間・邪術の間の謎を解くべくやって来た大門と実香。
しかし、二人が参加した強化合宿の二日目。
教団幹部・沢島大吾が自室で殺害されているのが発見された。
状況として、容疑者は部屋に外から閂をかけられていなかった教団幹部・假屋崎と神谷になるが。
信者・日南が恐ろしいことを口にした。
それは一一
「だって、そうでしょう? 僕らは部屋に閉じ込められ、犯行可能なお二人以外に可能な人物がいるとしたら……そういう話になってきませんか?」
邪術卿が、邪術の間に潜んで犯行をしたのではないか。
日南はにやけた顔のまま、言う。
それには、ただでさえ気が立っている假屋崎が更に怒りを募らせるが。
「まあまあ、日南さん! 假屋崎さん、神谷さん。一度、物は試しで邪術の間の前に行きましょう。」
「うむ……まあ、近江君がそういうなら。」
「神谷さん……くっ。」
大門はその場を宥める。
神谷にも假屋崎にも、まだ大門一一偽名近江大が洗脳済みの従順な信者という認識があるようだ。
大門はその状況に、嬉しさというよりは呆れを覚える。
先ほどからとっている大門の行動は、明らかに洗脳された奴の動きではないというのに。
とはいえ、単純に言う通りにしてくれるならばまあそれでよいか。
そのまま大門たちが向かったのは、新礼拝部屋βだった。
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「お、おい! ほ、本当に開けるつもりなのか!?」
新礼拝部屋βに着くや否や皆を掻き分けて邪術の間の扉に手をかけた日南に、神谷が言う。
「ええ。この中に邪術卿がいるかどうか確かめないと。」
「ふ、ふん! そんなことをしても無駄だ! 邪術の間は絶対に開かないぞ!」
「え?」
日南に対し、假屋崎も大声を張り上げる。
絶対に開かない。
この場では場違いかもしれないが、その言葉に大門は、『悪魔の証明者』としての血が騒ぐのを感じた。
「この期に及んで、まだそんなことを。……いいんですか? なら、お二人とも犯人ということになってしまいますよ?」
「いや、まだお二人を犯人と決め付けるのは早いと思いますよ?」
「おや?」
「おお、近江君!」
二人に脅し文句を言う日南を、再び大門が制する。
それに対し、また假屋崎と神谷は希望の眼差しを向ける。
近江君、君ならこの状況なんとかしてくれるよね?
一一そう言わんばかりだ。
一体何をしてくれると思っているのだろう。
しかし、まあいい。
大門は呆れを飲み込み、日南に言う。
「ひとまず、日南さん。一旦扉から離れてくれませんか?」
「何? おいおい、君までこの二人を」
「いや、僕が開けますよ。この扉。」
「何?」
大門がてっきり二人を庇って言っているのかと思ったであろう日南は、面食らったようである。
「いいですよね? 日南さん。……假屋崎さん、神谷さんも。」
「……ああ、いいよ。」
「おお、さすがは近江君!」
日南が譲ると、神谷と假屋崎は歓声を上げる。
いや、開ける人が日南から大門一一もとい、近江に変わっただけなのだが。
大門はため息を吞込み、そのまま扉を引っ張る。
「うーん!」
「え……? お、近江君!」
割合に力づくで開けようとする大門に、さすがの假屋崎、神谷も慌てる。
「ダメです、開きません。」
「だ、ダメだろう! 開けてはならない扉をそんな力づくで引いては」
「ああ、そうですね。……すみません、僕が間違えてました。」
「ああ、いや……私たちもすまない。」
力いっぱい引いても開かず挫折する大門に、假屋崎と神谷はほっとするが。
「……よいしょ! 」
「うわっ、こ、こら! な、何をする!」
「いや、引いてダメなら押してみろとはよく言ったもので。」
「近江君!!」
悲鳴に近い怒声を浴びせる神谷と假屋崎は無視し、大門は考える。
押しても引いても、開かないどころの話ではない。
まったく手応えがないのだ。
鍵で閉まっていたりするのであれば錠が引っかかる感触がありそうだが、それもない。
この扉は、いわばはめ殺しなのだ。
「すいません、本当に……」
「まったくだ! 本当にどうしたんだ近江君! 君はそんな奴じゃないだろう?」
扉を押すことをやめた大門に、假屋崎と神谷は揃って声を荒げる。
「いや、よくやってくれた近江君! ……どうやら、この扉は本当に開かなさそうだな。」
声を荒げる二人とは対照的に、日南は大門を讃える。
「だ、だからそう言っているだろう!」
「いや、まだ分かりません。……まだ確かめたのは新礼拝部屋β側の扉だけですから、ここと邪術の間を挟んで裏側にある、新礼拝部屋α側も見てみましょう!」
「なっ!? こ、こら! 近江君!」
これで止めるどころか、もう一つの扉も見ようという大門に、假屋崎と神谷はまた悲鳴を上げる。
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「ふうっ、結果は同じですね……」
「ああ、そうみたいだな。」
「だから……そう言っている!」
一行はその後、新礼拝部屋αに移動したが。
α側の扉も、結局押しても引いても開かなかった。
そもそも、この扉は見た所周囲の壁とほとんど隙間なく嵌め込まれている。
開いたのならその周りの壁に傷の一つでも着きそうなものだが、それもなかった。
「この扉は……開かないどころか、もしかしたら開けられたことすらない可能性がありますね。」
「ああ……」
日南と大門は、扉について話す。
と、その刹那。
「いい加減にしてくれよ! 日南君だけでなく、近江君まで……一体どうしたんだ!? 私たちを犯人扱いしたり、邪術の間を身の程知らずにも開けようとしたり!」
堪らず、叫んだのは假屋崎だった。
すると、日南はもはや隠しもせずに盛大にため息を吐く。
「な、なんだ!?」
「この期に及んで。まだ、こんな教団のメンツ保とうとしてるのか! 腐った奴らが。」
「なっ……何だと!?」
日南のこの荒々しい言葉には、假屋崎や神谷のみならず、皆が驚く。
「もう分かってますよ? 皆。あなたたちは、あの殺人が起きてから僕らに何をしてくれたって言うんですか? 腰抜かすかそんな風に偉そうにメンツ保とうとしてるだけで。教団幹部としてメンツ保ちたいんなら、今すぐその邪術とやらでこの事件を解決して見せろよ!」
「うっ、くっ……」
日南のこの思う様を吐き出した言葉に、假屋崎と神谷はただ、立ち尽くす。
この状況から、今まで現実逃避しかしてこなかったらしい。
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「いやあ、日南君も近江君もすごいね!」
夕食の場となった集会部屋で、川端は日南と大門を讃える。
「いやあ、僕はともかく近江君はすごいと思いますがね。」
「あはは……そりゃあどうも。」
日南の言葉に、大門はうまく謙遜の言葉が出てこなかった。
大門は横目でチラリと、集会部屋の端を見る。
そこでは。
「来菜。やっと、話せる時が来たね。」
「……実香。」
来菜と実香は、話していた。
「塚井も心配してたよ? 何でこんな所に?」
「その……ちょっと言えない悩みがあって……ここに来れば解決するかもって思って……それで」
「うん……来菜、一緒に帰ろう!」
「!? み、実香!」
いきなり自分を抱きしめた実香に、来菜は戸惑う。
「分かったでしょ? ここの幹部連中はあんな奴らばっかり。ここには求めるものなんて、ないんだよ?」
「うん、ありがとう。気持ちは嬉しいけど……ごめん。」
「ら、来菜!」
来菜は実香を振り解くと、自分の部屋に戻る。
「まあ、十市さん。……元気出して。」
「そうそう。」
呆然とする実香を、牧村と中田が慰める。
「……ありがとう。……お二人は、どうしてこの教団に?」
「ああ……それは。……私たちの共通の友人が死んじゃって」
「……ごめん。」
二人の話に、実香はまずいことを聞いてしまったと思い謝る。
「いやいや! いいのいいの。……結局、その悲しみなんてこんな所入っても埋まるわけじゃないのにね。」
「うん。……今思えば、馬鹿だったなあ。」
「二人とも……」
実香はおおらかに話す二人に、少し好感を持つ。
「川端さんと日南さんは、なぜこの教団に?」
女性陣の会話に影響されたわけではないが、大門は二人に尋ねる。
「僕は……仕事で疲れてて、そんな自分を変えたいと思ったんだけど……ダメだったね。」
川端は照れくさそうに言う。
少し太めで、美男とは言いがたいが、愛らしい仕草をする。
優しそうな見た目だ。
「僕は……ちょっと言えない事情でね。……前からあんな奴らには辟易してた。だから、事件で命がかかってる局面でまであんな風にしてた奴らに、ついに堪忍袋の緒が切れちゃった。」
「……なるほど。」
大門は頷く。
今日の一連の豹変ぶりは、そういうことか。
「だって、ムカつく奴らだろ? ……奴らもまあまあ自覚はあったのか、僕がさっき言ったことに落ち込んで、自室に二人とも引きこもっちゃってさ。」
日南は今いる、集会部屋を差して見せる。
今ここに假屋崎と神谷がいないのは、そういうことだ。
まあ尤も。
邪術の間が開かないということが分かり、邪術卿犯人説が薄れたことで、相対的に自分たちが再び最有力容疑者になってしまった気まずさもあるのだろう。
「ん……何か、眠くなってきたな。」
話していて疲れたのか、日南は目頭を押さえる。
「そう、ですね……そろそろ寝ますか。」
「皆、ちゃんと自室の扉は閉めろよ。」
周りを見渡せば、実香や牧村、中田、川端も部屋に引き上げようと立ち上がっている。
皆眠そうだ。
「大門君、じゃあまた後で」
「あ、はい。実香さん。」
別れ際に実香は、大門に声をかけた。
さすがに眠いのか、今回はハートはつかなかった。
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気がつくと、実香の前には。
なんと、あのケルベロスの意匠があしらわれた扉一一邪術の間の入り口が。
「な……どうして!? 部屋の中で寝てたはずじゃ……」
訝しむ実香の前で、追い討ちをかけるように。
邪術の間の扉が、徐に開く。
「!? そ、そんな……」
怯える実香の前に、部屋の中より姿を現したのは。
「!?」
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「はあ、はあ……夢……?」
自室で、実香は目を覚ます。
鉄格子の窓からの明かりから、まだ夜更けのようだ。
ここは地下だが、建物の周りには採光用の溝が掘られているため、窓がある。
尤も、小さい上に先述の通り鉄格子があるため、外には出られないが。
さておき。
実香は自分の身体に触れる。
汗だくだ。
「ふう……シャワー浴びようかな……」
その刹那だった。
何やら、近くで人が倒れたような物音がした。
「!? え……?」
実香は、ドアの穴から覗こうとするが、何も見えない。
「(かくなる上は……!)」
実香は意を決し、ドアをそろりと開けて廊下に出る。
物音がした場所は、出て左だった。
そのまま壁の陰から覗いた実香は、腰を抜かす。
「あっ、あっ……!?」
それは、夢に出て来たあいつだ。
魔女帽のような頭巾を首まで被り、いかつい目のようなスリットから目を光らせる。
邪術卿。
実香は悲鳴を上げようとしたが。
その口は邪術卿に塞がれ、気が遠くなっていった。




