入信、そして
「では皆様。……はい復唱!」
「はい、司教様。……我々は、邪術をその文字通り邪に使うことを許さず、悪を挫く正義の鉄槌としてのみ使うことを……」
教団本部へ向かう、バスの中にて。
教団ロゴがプリントされたツナギを着た信者たちは教義を、読み上げる。
入信したての信者たちは教団本部における、強化合宿に参加させられていた。
「いいですか、皆様! ……全ては教祖のおかげ! 皆様を一人前の教徒に育て上げることにいつも心を砕いていらっしゃる……ですから! 皆様は教祖の愛に報いねばなりません! 全ては、教祖のおかげ!」
大事なことなので、二回言ったようだ。
こう言うのは教団幹部の神谷学文である。
実香の話によれば、かねてから教祖の腹心と話題らしい。
「その通り! だからこそ私たちが、厳しく鍛え直してやる!」
同じく教団幹部の沢島大吾も、檄を飛ばす。
「まあ、安心したまえ。君たちが本気で神に祈りを捧げるようになるまで……我々がきっちり教育してやる!」
「うう……お、お手柔らかに」
「お手柔らかに? 何を甘ったれている!」
沢島は信者の一人・川端智を叱りつける。
「ひいっ! ご、ごめんなさい……」
「まったく……余計なこと言わなきゃいいのにね。」
「ねー」
「こら! そこも。何を私語している!」
二人の信者・中田理沙子と牧村美樹がひそひそと話していた所を、教団幹部・假屋崎京が責める。
二人は申し訳なさそうに頭を下げ、黙る。
しかし、本当に申し訳なく思っているわけではないことは、その顔を見れば大門の目にも明らかである。
「さあて、近江君、十市君。悪いな、新入りの君たちにこんな出来の悪い信者しか見せられなくて。」
大門と実香に、假屋崎が言う。
「ああ、いえいえ!」
「私たちも、身につまされます。」
大門と実香は答える。
近江とは、近江大。
大門の新しい偽名だ。
「(とにかく、うまいこと乗り込めはしたな。……後は。)」
大門は考えつつ、隣の席の実香をちらりと見やる。
実香は(実際には素振りだけだが)真剣に、手元の教典を読んでいる。
本来なら、彼女はここにいるべきではなかった。
いや、もっと言うならば、連れて来るべきではなかっただろう。
それでも、彼女は聞かなかった。
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「お願い、大門君! 私も潜入させて欲しい。」
今回の依頼を受けてすぐのこと。
HELL&HEAVENカウンターの中にいる大門に、実香は座ったまま頭を下げる。
「実香さん。これは遊びじゃ」
「遊びじゃない! 私は……来菜を救いたい。」
実香は目を、大門と合わせる。
その目に宿る光は、彼女自身の言葉に違わず本気を物語っている。
「九衛さん……私も! 私も連れて行ってください。」
「塚井さんまで……」
「塚井……」
実香と大門は、急に頼み込んで来た塚井を見る。
塚井の本気も、無論疑いようがない。
大門は考え込む。
そして。
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「(ふう。……二人に頼まれて二人とも断るのは……無理だったな。)」
結局、塚井に来ないよう説得するために実香をやむなく連れて行くのが大門にとっての、最大限の譲歩だった。
あるいは、最初からそれを見越して塚井は頼み込んだのかもしれないが。
さておき。
「(全てはお友達を、救うため……ですよね。)」
大門は目線を、次には後ろの席に移す。
後ろでは、実香と同じように黙々と教典に目を通す信者・日南朋也の隣で考え事をする一木来菜の姿が。
実香が救いたいと願う、親友だ。
「では、見えて来ました! 降りる準備をしなさい。」
神谷が信者たちに呼びかけ、大門を含む全員がいそいそと準備をする。
「(聞いてはいたけど、随分と大きいな……)」
大門はバスの窓から見える、教団本部の建物を見る。
かなり大きな建物である。
周りに森林以外何もない、山奥の教団本部がここまで大きいとは一一
「さあ、着きましたよ! 降りて降りて」
神谷が信者たちに促す。
「遅いと罰があるぞ! 急げ!」
大門たちはその言葉に、慌ててバスを降りる。
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「さあ、スマートフォンや携帯電話、パソコンなどを持っている人はこの袋に入れて下さい!」
神谷、沢島、假屋崎ら教団幹部が促す。
バスが行ってしまってから、大門たちは促されるがままに通信機器類を差し出された袋に入れていく。
「これは、もう使えないんですか?」
「当たり前だ! 一人前じゃない信者に、こんなもので遊ぶ自由はない!」
牧村の質問に、沢島はかなり怒り気味に答える。
「ご、ごめんなさい」
「こらこら、沢島さん。そんな言い方は……まあとにかく。修行を頑張ってこの日程を終えることができれば、お返ししますよ。」
沢島の怒りに引き気味に謝る牧村に、神谷はにこやかに答える。
「(ううん、見事な営業スマイル。)」
大門は、少し醒めた感想を抱く。
前もって調べた限りでは、この邪術教は詐欺まがいの会社の母体である可能性が高い。
その会社の会員や、教団本体の信者を増やしていくことでお金を集め教団の信者たち、ひいては皆を幸せにしていく。
という触れ込みが眉唾物であることは言うまでもない。
これは、かなり過激なカルト教団であることを覚悟した方が良さそうだ。
そうこう考えているうち、一行は教祖本部内に入る。
「さあ、皆さん! ここが皆さんの修行の場となる地下フロアです!」
「……!?」
階段を下り、信者たちは地下フロアの様子に唖然となる。
「な、何ここ……?」
「め、迷路!?」
思わず声が出る。
目の前に広がるは、壁が突き出したり引っ込んだりした、まさしく迷路のような構造のものであった。
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「さあ、ここが新礼拝部屋αです。」
「はあ、はあ……疲れる。」
「何でこんなに大回りしなきゃいけないの……?」
「弱音を吐くな!」
口々に文句を言う中田と牧村に、沢島が怒鳴る。
「まあまあ沢島さん。……しかし、これは大事なことなので最初に言います。……皆さん、あの扉の向こうに見えるのが"触れてはならない場所"、邪術の間です!」
「あ、あれが……?」
神谷が新礼拝部屋αの中の扉を指差すと、川端が目に見えて怯え始めた。
鉄でできた、イバラのような意匠を持つ扉。
ノッカーに当たるであろう部分 (リングはない)の部分には何やら、三つの首の犬の意匠も。
「(ケルベロス……?)」
大門はふと考えつく。
それはさながら、あのギリシア神話に登場する地獄の番犬を思わせる。
しかし、そのケルベロスに鳥の羽根の意匠も組み込まれていることを見出すと認識をやや修正する。
「(ケルベロスはケルベロスでも……ナベリウスの方か。)」
ナベリウスは、太古のユダヤ教の王国における王・ソロモンが封印したという72の悪魔の一人の名だ。
別名をケルベロスといい、ギリシア神話のケルベロスと同一視されることもしばしばある。
魔術書の挿絵などでは、ケルベロスの三つ首を持つ鳥の意匠で描かれることが多い。
つまり、このデザインは"開かずの間を守る"という意味が込められている。
「この新礼拝部屋αの、邪術の間を挟んだ真裏には新礼拝部屋βがあります。まあ、この部屋を出て左折し、突き当たりを左に行って……と、大きく回り込まないといけませんがねえ。」
神谷は笑う。
真裏の部屋に行くのに、そこまでかかるルートか。
やはり、それには。
「……この邪術の間はかつて、礼拝部屋でした。しかし……心ない信者によって、教団は"神の怒りを買い"! そうして我々は、泣く泣く礼拝部屋を封鎖するしかなかったのです……」
先ほどまでにこやかであった神谷が、急にヒステリックに態度を変える。
その豹変振りには、大門もさすがに動じるほどである。
「失礼、私としたことが。ともかくも……このような悲劇が起きたのは、信心が足りなかったせい! ですから、皆さん。どうか、どうかどうか……修行に必死に励むように! 」
「はっ、はい!!!」
涙ながらに話す神谷に、大門も含めた信者たちはやや引き気味に大声で返す。
かくして。
地獄の教団生活は、1日目がスタートした。




