訪問者T
「えっと……シフォンケーキとSPブレンドコーヒーで。」
「はい、ありがとうございます!」
カウンターで注文を受けた大門は俄然、活発に動き出す。
注文の主は道尾家令嬢・妹子だ。
道尾家の別荘での事件より、既に一月半ほど。
帰って来てから妹子は、すっかりこのカフェ・HELL&HEAVENの常連になっていた。
「たのもう! ご無沙汰、大門君。」
「!? 実香!」
「あ、塚井。なんだ、あんたも来てたんだ。」
「うん、お嬢様の付き添いでね。」
「はっ、初めまして! 道尾妹子です。」
HELL&HEAVENに突然の、来訪者があった。
十市実香。
塚井の友人にして、旅行社のOL。
副業はデイトレーダー。
そして予知夢に悩む妹子を、塚井に紹介状を書く形で大門に紹介し救った張本人である。
「いらっしゃいませ、実香さん。」
「久しぶり〜! ……聞いたよ、また電光石火の活躍だったらしいじゃないの大門君!」
「その節は、紹介してくれてありがとう。実香。」
大門を褒め称える実香に、塚井が口を挟む。
「いやあいいのいいの! あたしたちの仲でしょ?」
黒く長い髪をさらっと手で流し、実香が答える。
「くう……き、綺麗……」
妹子は思わず、本音を漏らす。
実香は塚井と同い年で、スタイルのよい黒髪美人である。
しかも大門とは見た所、かなり親しげとなれば妹子の心中は穏やかな筈もない。
「さあて、それじゃあ大門君。ちょっと依頼なんだけど。」
「はあ、実香さん……それは、事務所の方で。他のお客様もいらっしゃいますし」
「いいじゃない? あの娘たちだけでしょ。あなたの探偵としての姿も知ってるんだし。」
「いや、そういう問題では」
カフェでまで明け透けと探偵業の依頼を持ち出す実香に、大門は苦言を呈すが。
実香はまるで聞く耳を持たない。
「ああ、もしかして? 事務所に連れ込んで……ってことね。」
「じ、事務所に!?」
「お、お嬢様!」
実香の言葉に反応したのは妹子だった。
たちまち赤面し、取り乱す。
「じ、じじじ事務所にいいい!?」
「お嬢様!」
「うわあ遣隋使さん!」
さすがに暴れ過ぎたため、妹子のテーブルの上の物が床に転がってしまった。
「わ、ご、ごめんなさい! 私」
「ああいえいえ! お怪我や火傷はなさそうでよかったです。」
「も、申し訳ありません九衛さん!」
慌てて謝る妹子と塚井に対し、大門はにこやかに片付けをする。
「ふうん、なるほどねえ……」
「ん? 実香?」
ふと塚井が見やると、実香は品定めするような眼差しで妹子を見ている。
「いやいや、何でも。……さあて、大門君。」
「実香さん。やっぱり事務所でないと……」
「ああ、いやいいの! あたしたちのことは気にしないで。ねえ、塚井?」
再び依頼のことを切り出そうとする実香に難色を示す大門に対し、妹子は言う。
「え、ええ。」
「ほら、塚井も妹子ちゃんもこう言っているんだし。」
「……かしこまりました。」
塚井の返答を受けた実香のゴリ押しに、大門は不承不承といった様子で話を聞き始める。
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「邪術教?」
「そう。前にちょっと話したことあったけどね。」
実香の口から出て来たのは、少し前に話題になった新興宗教の話だった。
それは今から三年程前。
当時就職したばかりだった実香は、時同じくして副業も探していた。
そんな中、友人のつてである仕事を紹介されたのだが一一
「なるほど……それは、いわゆるマルチ商法じみてますね。」
「でしょ? そこから調べて見たら、さっき言った邪術教が浮かんだの。その仕事の元締めとしてね。」
マルチ商法と一部のカルト教団的新興宗教は、似ている。
それは、マルチならば売上で、新興宗教ならばお布施などでの儲けが、全て上層部にいくという点において。
言うなれば、"上の連中だけが甘い蜜を吸う"という言葉を地で行っている。
「それを知ってからは、仕事紹介してくれた友達と縁切った。まあ、あんまりいい思い出じゃないし、最近まで忘れてたんだけど……」
その後、証券の取引という天職ともいえる副業(!?)にも出会った実香だったが、最近になり。
「……入信しちゃったの。私の友達。」
「えっ?」
「えっ、塚井が!?」
「いやお嬢様、私はここにいますよ?」
妹子のボケはさておき。
「うん、塚井じゃなくて……この娘が。」
実香はバッグから、写真を取り出す。
大門、妹子、塚井が覗き込む。
「!? 来菜が!」
「そう。」
「なるほど、このお姉さんも……塚井さん・実香さんのお友達ですか。」
大門は写真を手に取る。
背景にはどこかのテーマパークか何かであろう、巨大な観覧車が写っている。
手前には右から塚井、実香、そして来菜なる娘が。
「そう。一木来菜。私たちとは女子大以来の付き合いで。」
実香は懐かしみつつ、しかし苦々しく言う。
「来菜が、そんな怪しい所に……実香。何で相談してくれなかったの?」
「うう……ごめん塚井! それこそあたしたちの仲だってのに。」
塚井の言葉に、実香は面目ないと言いたげにぺこりと頭を下げる。
「とにかく、このお姉さんがその、邪術教なる怪しいカルト教団に入ってしまったと。まあ、宗教全体をとやかく言う気は毛頭ないんですけど……実香さんが怪しいと思ったということは、恐らくそうなんでしょう。」
大門は言う。
「そう。だから大門君……この娘を救い出してほしいの。」
「九衛さん……私からもお願いします!」
実香、塚井は揃って頭を下げる。
しかし、大門の答えは。
「ううん、実香さん、塚井さん……すみません、僕には」
「!? えっ、何で!」
意外にも難色を示す大門に、声を上げたのは妹子だった。
親友を救いたい。そう思うこの二人の気持ちは尤もではないか。
それを一一
「……うう、そう、なるよね……」
「!? えっ、ちょ、実香さん!」
これまた意外にも、実香はダメ元でお願いしたらしかった。塚井を見れば、彼女も少し諦め顔である。
「ちょっと塚井まで! 何で? お友達が」
「お嬢様。お気持ちは嬉しいのですが……お忘れですか? 九衛さんが"悪魔の証明者"であるということを。」
「えっ……」
塚井曰く、今回の一件は"悪魔の証明"には当たらない可能性が高い。なぜなら、不可能犯罪や不可思議な現象などには該当しないからだ。
「そんな……」
妹子も諦めかけた時である。
「うん、じゃあ分かった。……大門君。じゃあ教団の秘密を暴いてほしい。来菜を救うのは、ついでってことで。」
「!? 実香。」
「教団の、秘密ですか?」
「うん。」
実香の言葉に、大門は少し厨房からカウンターに身を乗り出す。
「邪術教の教団本部にはね……"邪術の間"っていう開かずの間があるらしいの。」
「!? 開かずの、間?」
実香は続ける。
詳しい時期は不明だが数年前、教祖が突如騒ぎ出し教団本部の地下フロアが全面改装されたという。
「騒ぎ、出した……?」
「何でも……"神の怒りを買った"らしいの。それで、その神の怒りを封じるために……」
元々礼拝をしていた部屋は封鎖され、それが邪術の間になったという。
「ううん、神の怒り、開かずの間……ですか。」
「そう。……だから、改めてお願いするわ。大門君。」
「……はい。」
少し考えてから、大門は首を縦に振る。
「大門君……!」
「九衛さん、ありがとうございます!」
塚井、実香は再び揃って頭を下げる。
「いいんですよ……承ります。」
大門は居住まいを正し、二人を見据えて言う。
「それが悪魔の証明ではないという悪魔の証明……確かに承りました!」




