エピローグ
「いらっしゃいませ……あっ」
「いきなりごめんなさい……九衛門君。」
「ご無沙汰しています。」
カウンターで洗い終えた皿を拭く大門に、来店した妹子と塚井が挨拶する。
あの事件現場である別荘から帰還して早一カ月。
帰ってきた直後から、妹子は大門が経営する駅前の(探偵事務所に引き続きこれまた)穴場であるカフェ・HELL&HEAVENの常連になっていた。
「ええっ、ご注文は」
「九衛門君一人。」
「はい……ええっ!?」
「ふふふ、冗談よ。」
妹子は悪戯っぽく笑う。
塚井もうっかり驚きの声を上げそうになった。
「ウインナーコーヒーで。」
「毎度ありがとうございます。」
大門は早速、取り掛かる。
◇◆
「うん、やっぱりおいしい。」
「ええーと……では、この前のお話を聞いても大丈夫ですか?」
「……うん、いいよ。」
意を決して、大門はようやく妹子に事件の事後経過を尋ねる。
「まず、何から話すべきかしら?」
「ええと……では、月木さんのことから。」
「……うん。」
妹子は姿勢を正す。
大門は月木の拘束後、彼女が隠していた原生林の中に仕掛けられた電波妨害装置の場所を記した地図を元に装置を破壊し、ようやく警察に通報できるようになった。
しかし道が破壊されているので、救助作業を行わねばならず、結局全員救い出すのにかなり時間がかかった。
その後も警察の現場検証や大門や妹子も勿論含まれる関係者全員への調査が行われ、完全に自由となるにはさらに時間を要した。
しかし、おそらくは妹子の父・道尾主水の圧力により事件に関する報道は最小限に止まった。
今大門が知りたがったのは、道尾家に対して行われた調査の結果だった。
「……八郎と比島さんが、八重子叔母様殺しの主犯だったみたい。月木さんが、そう証言してるの。」
妹子は話し始める。
「やっぱり、そうでしたか。」
「うん……でも、何より驚いたのは……叔母の死を計画したのが、比島さんだったってことね。」
「!? 比島さんが?」
これは、大門の予想を上回ることでもあった。
月木の証言によると、そもそも八郎が八重子と結婚したのは、自ら浮気を仕掛けて離婚し、法外な慰謝料をせしめるためだったという。
そのための浮気相手として当てがおうとしたのが、比島だった。
「でも比島さんは……それを持ちかけられた時八郎に、逆にとんでもない計画を持ちかけたの。」
「それが……八重子さん殺しだったと。」
「……そう。」
曰く、慰謝料などでは高が知れているので、どうせなら生命保険をぶんどればいいと持ちかけたのだそうな。
「まさか、そんな人だったなんて……」
妹子は手で顔を覆う。
信用していた比島の人柄を知り、何を信じるべきか分からなくなっているのだろう。
「大丈夫ですか?」
「うん……ありがとう。続きを話さなくちゃね。」
妹子は話す。
そこから、八重子が死に月木が犯行に至るまでは、あの真相解明の場で月木が明かした通り。
ただ、補足事項として月木は知らず知らずに加担させられていたのだが、近川は犯行の段階で貧しい実家への援助をネタに強制的に加担させられていたそうである。
「比島さんと八郎はどうしようもない罪を背負ったけど……せめて、近川さんは救えたら……とは今でも思ってしまうの。」
「……すいません、僕のせいで。」
「違う。あの時点で……第一の予知夢を見た時にその意味に、私が気づいていれば……そう思ってしまうの。」
妹子は言いつつ、カウンターに身を乗り出して大門の髪を撫でる。
「遣隋使さん?」
「お、お嬢様?」
塚井も驚く。
見ようによっては、大胆なことだ。
「あなたはよく、やってくれた……もう支払った報酬も足りないぐらいに。」
「それは、ありがたいお言葉ですけど……買い被りです。結局、三人も死んでしまって。」
「それでも……この前面会行った時に月木さんは、あなたに感謝してた。あの時は、何で死なせてくれないのかって思ったらしいけど、今は生きて、ちゃんと罪を償うことにしたって。」
その言葉を聞き、大門は少し晴れやかな顔になった。
そして、今度は大門から言うことが。
「そうでしたか……じゃあ、今度は月木さんに伝えてほしいことが。」
「なあに?」
妹子は座り直し、首を傾げる。
「近川さんの死んだ時の顔……険しさの中にどこか、安らかさがあったんです。口元がやや緩んでましたから。」
「えっ、近川さんが? ……じゃあまさか。」
「ええ……」
大門は、妹子の顔を見据えて言う。
「薄々、自分が殺されるであろうことを分かっていたのでしょう。」
「殺される、ことを……」
妹子は、直接見た訳ではないが、近川の今際の顔に思いをはせる。
「だから、決して正しいことではないですけど……少なくとも、月木さんに殺されることをどこか望んでいたのかもしれません。だから、近川さんの月木さんへの思いは本当だった。どうかそのことをお伝えください。」
「……うん!」
大門は、妹子に笑いかける。
妹子も、笑顔を返す。
◇◆
「ではお嬢様、私は車の用意を……それまではどうぞ、ごゆっくり。」
「うん……いらないお心遣いありがとう。」
塚井のはからいに、妹子は敢えて嫌味を返す。
「……それでね、九衛門君。私、社会的に弱い人たちの味方になれるようなジャーナリストになりたい!」
「遣隋使さん……」
塚井が出て行った後、妹子は大門に言う。
「今回の父の対応は、絶対に褒められたものじゃない。……だから、その娘の身で何言ってるのかって思われるかもしれないし、青臭いって思われるかもしれないけど……弱きを助けて強きを挫くような、そんな記事を書きたい!」
「ええ、できると思いますよ……遣隋使さんなら。」
「……ありがとう。……ところで、一つ聞きたいんだけど。」
「はい?」
妹子は唐突に、話題を変える。
「……何で九衛門君は、『悪魔の証明者』をしているの? 普通の探偵じゃなくて。」
「……知りたいですか?」
ふと、大門の表情が変わる。
それは、何やら含みがありそうな顔だ。
「……九衛門君?」
妹子は少し、どきりとする。
今まで大門から感じたことのない違和感。
いつもの優しい、彼ではないような……
「き、九衛門、君……?」
「……遣隋使さん、それは……」
「お待たせしました、お嬢様!」
タイミングよくというべきか、塚井が再び現れる。
「つ、塚井……」
「あれ? ……すみません、お邪魔でしたか?」
塚井はまた、いらない気遣いをする。
それにむくれた妹子は。
「もう、だーかーらー! ……いいわ、帰りましょ! 九衛門君、ごめんなさい。いつかはきっと、聞かせてね?」
「……はい。」
そのまま妹子は、塚井を引っ張り店を後にする。
◇◆
「なぜ、悪魔の証明者をしているか。ですか……」
妹子がいなくなってから、食器を下げながら大門は一人考える。
それは、あの予知夢事件の直後、帰れるようになってからのことについてだ。
◇◆
「さあて、日出美! 連絡つくようになったし、まずは親御さんに電話して、きっちり叱ってもらわないとな。」
「はあい……」
黙ってついてきた日出美を責めつつ、大門は彼女の家に電話をかける。
「はい、円山です。」
「あ、日出美か! 実は……え!? ひ、日出美!?」
大門は後ずさる。
まさか。
「ん? どうしたの大門?」
「あ、あのさ……つ、つかぬことをお聞きしますが日出美さん、その……ここ数日で軽井沢に一度来たことは……」
「はあ? ないよそんなの。中学生は忙しいの! もう、どうしたの大門。」
日出美一一電話の向こうの方の日出美は、明らかに訝しんでいる。
「……分かった、ありがとう。今軽井沢に来ててな。」
「へえ、寂しくなって電話?」
「まあ、そんなところさ……事件でゴタゴタしてるから、お土産はあんまり期待しないでくれよな!」
「ええー、けちー! ……ま、いいよ。じゃあ、お仕事頑張ってね!」
「ああ、ありがとう。」
大門は電話を切る。
「……まさか、ここの日出美もお前だったとはな。」
「……ふっ。」
日出美一一の姿をした存在は鼻で笑う。
この存在は、言うまでもなく。
「……ダンタリオン。」
「……いやあ、やっぱりこの姿だと気づかないこと多いね! 前の碁会所の時といい。」
ダンタリオンはまた、笑う。
「……あの時も、お前が……!」
「ははは、でもいいだろ? 今回は私の助言で事件解決したんだから、プラマイゼロってことで。」
「……ああ。」
◇◆
「遣隋使さん、それはですね……」
大門は考えながら、呟く。
自らの内なる人格・ダンタリオン。
そして、時折見るあの夢。
人を、殺す夢一一
「証明したいからですよ。『僕の中に悪魔はいない』という、悪魔の証明を。」




