探偵の汚名
「どういうことなんですか、刑事さん! 九衛門君に会えないなんて!」
「悪いが、今取り調べ中です。今の彼をあなた方に合わせる訳には」
ホテルの一角――医務室の前で。
大門は若干の衰弱が認められたものの、取り調べには問題なしとして今刑事によりそれが行われている最中である。
「私は! 道尾家の娘です。私が父に掛け合えば」
「お嬢様!」
「! 塚井……」
妹子は痺れを切らして刑事にそう言うが、それを塚井が窘めた。
「そんなこと、まるで権威を傘に着て公務を妨害する悪徳金持ちそのものじゃないですか! お父様は許されないと思いますよ?」
「む……分かったわ。」
まさにその通りである。
妹子はしおらしくなる。
◆◇
「記憶はありませんが……僕ならやりかねないかもしれません。そう、僕なら……」
「ほう?」
一方、大門は。
ベッドに伏せりながらではあるが、刑事の取り調べにそう答えていた。
しかし、これはただしおらしいということではすまない。
「それはつまり……罪をお認めになると?」
「いえ……分かりません。」
「……何?」
そう、それは一見すれば自白ということであるが。
大門はそれも、記憶がないのでできない。
だが。
「僕なら……やりかねません。そう、僕なら……」
「? 九衛さん?」
大門は、そう呟く。
自分ならやりかねない。
というのも――
◆◇
「ああ、そうさ……私は、ひいては君はサイコパスだよ!」
「そ、そんな……」
一旦話は大門が閉じ込められていた時、これまで自身が彼より先に真相に辿り着いていた理由をダンタリオンが語る場面に戻る。
目の前に広がる凄惨な光景――日出美の姿をしたダンタリオンが大門に見せた幻影だ――を見て大門は、立ちすくむ。
ダンタリオンは、ひいては大門はサイコパスであったという事実。
それに彼は、打ちひしがれたのである。
「何を今更……君だって知っていたはずだろう? 自分が昔、とんでもないことをしでかしたかもしれないと。」
「……ああ、そうだな。」
大門はダンタリオンの言葉に、顔を覆う。
そう、彼には心当たりがあった。
激しく雨が打ちつけ、自分で発する声すらよく聞き取れないある夜。
一人の男は、とある森の中。
ある男――否、女かもしれない――を執拗に追い回していた。
時折夢に見るあの光景。
あれこそ、大門を苦しめるその心当たりである。
「それに……現に、殺人を犯したみたいだしね!」
「何……? ……!? な!」
ダンタリオンの言葉に、大門が足元を見れば。
「さ……佐原さん!?」
かつてロッジで見た時と同じく、そこには倒れている佐原の姿が。
「……息をしていない。僕がやったのか……? 僕が?」
大門はワナワナと震え出し、自分の両手を見比べる。
「ああ、その通りさ……それだけじゃない! 君は既に、彼も含めて四人もの人を手にかけている!」
「よ、四人も……?」
「そうだよ、まあ覚えていないと思うが……ならば外に出て確かめてみるかい? 警察も君を追っているから、一発でそれが真実だと分かるよ?」
「くっ……」
ダンタリオンの言葉が更に追い討ちをかけた。
この頃の大門には分からないが、現に彼は殺人の容疑者として追われているのだ。
そこまではやはり分からなくとも、今彼が分かる限りの状況がそれを物語っていた。
「僕が……僕、が……?」
大門は尚も、自分の手を見つめながら言う。
何はともあれこの時の彼に、戦意はなかった。
「九衛大門! 大人しくしろ!」
「……はい。」
その後、用意されていた設備や食料で何日か暮らした後に。
大門は監禁場所に踏み込んだ警察に、すぐさま投降したのだった。
◆◇
「なるほど、犯人逮捕ですか……私が狙われるかもしれないと怯えていただけに、今はほっとしています。」
「おじ様それは……はい、そうですね。」
ホテルの客室の一室にて。
妹子は長丸のこの言葉に、今一つしっくりこないまま頷いた。
長丸の立場を思えば自然な感想とも言えるが、一方で大門のことを思えば中々不謹慎にも聞こえる言葉だったからだ。
「しかし……どうしたものか。これで、オープン前のこの島は手放さざるを得なくなってしまった……」
「おじ様……」
更に長丸は、そう言う。
妹子はそれを見て、長丸への蟠りが多少解ける。
やはり彼の立場を思えば、先ほどの言葉も責められたものではないからだ。
「お嬢様……先ほどは」
「あ! い、いいのよ塚井。私も確かに……あれは法律違反よね!」
先ほどの医務室前のやりとりについてである。
塚井の謝罪に、妹子は首を横に振る。
「それでは、私はこれで。今のうちに、会社のことを話し合っておかなければ。」
「あ、はい。……大変ですね、おじ様。」
長丸はそう言いながら立ち上がる。
心なしか彼の姿は、少し小さくなっているように見えた。
「……さあ行こう、朝香君。」
「はい、社長。」
長丸はそのまま、朝香を連れて部屋を出て行く。
「……話は終わったよね?」
「あ、はい実香さん!」
「さあ早くお入りを! ……改めて、作戦会議をしましょう。」
それとは入れ替わりに、実香・日出美・美梨愛が入って来た。
◆◇
「なるほど……つまり君は、犯行をした記憶がないと?」
「はい……ただ。僕ならやりかねないかもしれないと」
「まったく……はっきりしてくれないか?」
再び、医務室にて。
堂本は尚ベッドに伏せる大門を取り調べるが、彼の曖昧な言葉に痺れを切らしつつあった。
「やったのかやってないのか、どっちなんだ?」
「すみません……やっぱり記憶が……うっ!」
「お、おい大丈夫か?」
しかし、堂本が問い詰めるや。
大門は頭を抱えて痛がる。
「刑事さん! このままではドクターストップを」
「……分かりました。一旦取り調べは中止します。」
大門に付いている医師の苦言により、堂本は引かざるを得なかった。
「本当に、僕がやったのか……?」
堂本ら警察関係者が退室した後で大門は今一度、自分に問う。
先ほど堂本から事件のあらましは聞いており。
全てではないが、自分がやったと告げている状況は多かった。
尚且つ何度も言っている通り、彼には記憶がないことも自分自身への疑いに拍車をかけていた。
自分が本当に、人を――
「やれやれ、見ていられない……張り合いがないねえ!」
「(! お前は……ダンタリオン!)」
と、そこへ。
ダンタリオンが、日出美の姿で現れた。
「いつもの君なら、裏を考えるんじゃないか?」
「(……せせら笑いに来たか。でも生憎だな、僕には自分が無実だという確信がない。それとも何か? お前が僕に罪を着せたって言うのか?)」
ダンタリオンの言葉に、大門はそう心で声を返した。
それは自嘲から出た、一種の出任せ――のはずだった。
「……そうだ、と言ったら?」
「!? な、何!?」
「? 九衛さん?」
だがダンタリオンは、意外にもそれを肯定しかける。
大門は驚き、思わず驚きを声に出す。
「あ、すみません……何でもないです。」
大門は訝る医師にごまかしを言う。
「(罪を着せた? お前が? ……だとしたら、"真犯人"が殺人事件を起こそうとしていることに何らかのきっかけにより気づいた……?)」
大門はしかし、気を取り直して考え直す。
そう、あの時佐原の"殺害現場"に居合わせたのは。
――日出美……どこへ行くんだ?
――こっちだよ……ほうら、おいで……
大門は日出美――正確には、彼女の姿を模したダンタリオン――に導かれるまま、ホテルの外にあるロッジ村にやって来て。
それにより、佐原の死体を発見したという流れからだった。
それは"真犯人"にとっては、偶然であったとしても。
ダンタリオンにとっては、意図してやったことだったのだろう。
しかし、何故そんなことができたのか。
それはダンタリオンが、何らかの方法で"真犯人"が殺人をしようとしていることに気づいたからだ。
だとすれば。
「(間違いない……僕が恐らくは"真犯人"に拉致される前に、お前がそのことに気付いたきっかけがあったんだ!)」
「ふっ……さあて、どうかな? まあ仮にそうだったとして……私がその"真犯人"とやらの犯罪計画に気づいたきっかけは君には分からないものかもしれないよ? 今までだってそうだっただろう?」
「(くっ……)」
大門はそう確信するが、ダンタリオンは相変わらず飄々と躱す。
そう、確かに。
ダンタリオンはこれまで大門よりも先に事件の真相にたどり着いて来た、しかしそれらのきっかけは大門には分からないものだった。
――ああ、推理なんて大層なものじゃないさ……犯罪者の心を上から見下ろして得た結論、単にそれだけのことだよ。
以前ダンタリオンがこう言っていた通りだとするならば、それは大門に気づけないものだということになる。
「いや、もしかしたら分かるかもしれないな……私と体を共有する、君ならば。同じくサイコパスである、君ならば!」
「(……くっ。)」
ダンタリオンは、その大門の言葉をも利用し更に揺さぶりをかける。
だが。
「(ああ、そうかもな……だからこそ! そのサイコパス面も、利用させてもらうまでだ!)」
「ほう……それは面白い! ようやく張り合いが出て来たじゃないか?」
大門は、引かなかった。
「(面白いだろ? ……さあ、思い出せ……僕があの日、拉致される前のことを!)」
そのまま大門は、思索を巡らし記憶を掘り起こす。
あの日のことを――
「(……そうか。)」
「ほう? 驚いたな……気づくとは! やはり君には犯罪者の気持ちが分かるんだな、私のように!」
大門が気づいた様子に、ダンタリオンは尚揺さぶりのためかそんな風に彼に言う。
「(……さあ、行かなきゃな。)」
「行く? まさかここを脱走してかい? ……どこにだ?」
「(……心当たりはある。)」
実は、佐原のロッジで気を失う直前に誰かに耳元で囁かれた言葉があったのだ。
――いざ外に出たら、ここに戻って来るんだな……
◆◇
「ひ、大門君が逃げたって……」
「!? な、何ですって?」
女性陣に警察からその知らせがもたらされたのは、その夜のことだった。
「? どうかしました、皆さん?」
「あ、おじ様! それが……九衛門君、九衛大門君が」
「え!? に、逃げた!?」
ホテルの廊下で走り出してそんな話をしていたため、長丸と朝香が部屋から姿を現した。
妹子から話を聞いた長丸は、恐怖の感情を露にするが。
「わ、分かりました……あ、朝香君! 我々も協力しよう、従業員たちも総出で不完全だがありったけの防犯カメラを確認するんだ!」
「は、はい長丸社長!」
そこはさすが大企業のトップというべきか、冷静にそう命じた。
◆◇
「……ん? 少し早く来すぎたかな?」
その少し後、ある人影がある場所に来ていた。
――いざ外に出たら、ここに戻って来るんだな……
そう、その人物が自分で大門に言った"ここ"に。
ならば、この人物は――
「ようこそ……待っていましたよ。」
「!? ……あなたは。」
この人物、すなわち"真犯人"に声をかけたのは。
"ここ"、すなわち佐原のロッジに先客として待っていた大門だった。
「さあ……始めましょうか、これが悪魔の証明ではないという悪魔の証明を!」
「……へえ?」
大門は"真犯人"に、そう告げた。