conclusion:夢魔がいない
「予知夢の、意味だって?」
修は尋ねる。
「そうです。何故犯人はわざわざ、予知夢を第三者である妹子さんに見せるなんてことをしたのか……それこそが、この事件を解く上での鍵でした。」
大門はそれに答える。
道尾妹子が見たという二つの予知夢。
しかし、使用人・月木光が殺されるという二つ目の予知夢に反して第一に殺されたのはベテランの使用人・比島。
それに続き妹子の亡き叔母・道尾八重子の夫・八郎も殺害される。
月木に思いを寄せていながら、第一の事件の際になされていた彼女の警護に参加していなかった使用人・近川が容疑者として浮上し厳重な監視下に置かれた。
しかし、近川は自室の前で固められた警護の網を嘲笑うかの如く窓から入ってきた犯人に刺されてしまった。
そして今、待っていたとばかりに使用人・月木の部屋でナイフを持ち立っている犯人。
「では……改めまして証明を、始めましょう。」
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「まず、今回の事件の動機は……殺された道尾八重子さんの復讐です。」
「なっ、何!」
「!? おい、ちょっと待ってくれ。」
大門の言葉に修は、彼を制止する。
「言っただろう? 八重子叔母は病死だって! 叔母は元々病弱で」
「そう、だからこそ……意図的に病気にさせることができたんですよ。」
「!? 意図的に、病気に?」
修はその言葉に、呆ける。
「WHY……? まさか、毒を」
「それは妹子さんもおっしゃっていたんですが、半分合っていて半分外れています。」
「!? pardon?」
ノブリスも驚く。
「致死性の毒なんか盛ってしまったら、それは毒殺です。病死ではないので、遺体を警察に調べられて即アウトですね。」
「で、では」
「毒は毒でも……"身体にとって毒になるもの"を、少しずつ摂取させられていたんでしょうね。」
「!? か、身体にとって……?」
大門の言葉に今度は妹子が、呆ける。
「ええ、つまり……身体に良くない成分を、少しずつ八重子さんは摂らされていたんですよ。料理や飲み物に混ぜ込まれる形でね。それによって八重子さんの容態は急変し、病死してしまった……」
「八重子……」
未知は妹を思い、涙ぐむ。
「なるほど……今回はその、叔母の敵討ちのために……」
「そう、そして……今言ったようなやり方で八重子さんを死に追いやれるのは、夫の八郎さん、仕えていた使用人の比島さん、近川さん……そして、月木さんたちということになります。」
大門は、犯人を見据える。
「第一の予知夢の意味、それは……その人たちに恐怖を与えることです! 何せ、道尾家に恨みを持つ者がいると知った比島さんたちは少なからず動揺したでしょうから。自分たちが起こしたことに対して恨みを持つ者の犯行ではないかってね。」
「ううん……でも、何故そんなことを?」
次に尋ねて来たのは、大地だ。
「比島さんたちにその罪を悔い改めさせようとしたのでしょうか?」
「ええ、それがまず一点でしょう。そして……その悔い改めようによっては、今回の殺人を思い止まるつもりだったのかもしれませんが……残念ながら決行されてしまった辺り、あまり彼らは悔い改めなかったのかもしれません。」
「そんな、比島さんが……うん? まず一点?」
大地はそれを聞いて落ち込むが、すぐに大門の言葉の引っかかる点に気づく。
修が尋ねる。
「では、まだ他にも意味が?」
「ええ、しかし……それはまた後ほど。その前に……第二の予知夢の意味について。」
大門は話を変える。
やや不自然なこの流れを、その場にいる全員が訝しむ。
「何? 第一の予知夢の意味を説明し終わらないうちに?」
「まあ聞いてください。第二の予知夢の意味、それは」
大門はまた、犯人を見る。
そして、その視線を逸らさないまま。
右手を部屋のランプのスイッチに翳す。
「第二の予知夢の意味……それは、自身が狙われていると思わせることで警護させ、比島さん殺しについて鉄壁のアリバイを確保することです!」
「鉄壁のアリバイ……ん!? え、ちょ、ちょっと待って九衛門君! お、おかしいでしょ!」
「そ、そうだ! それじゃあまるで」
「そう……この事件の犯人、それは」
大門は、思わず自分を普段の呼び方で呼んでしまうほどの妹子の動揺も、修の言葉も歯牙にもかけず。
そのままランプのスイッチを押す。
「この事件の犯人、それは……あなたですよね?」
「月木光さん!」
「!?」
突然点いた、ランプの明かりの眩しさに目を左腕で庇うのは。
ナイフを右手に持つ"犯人"一一月木光である。
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「そ、そんな……」
「OH、MY ! ま、MOM! これは一体」
「そ、そうねノブリス……近衛さん、何を」
道尾家の面々も、動揺を隠せない。
「見ての通りです。犯人は月木さんですよ。」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
月木は大門に、食ってかかる。
「わ、私は」
「そ、そうだ近衛君! 何故彼女に比島殺しができた? どうあれ、彼女にアリバイがあるのは事実だろう?」
「そ、そうよきゅう……大君!」
月木を庇うように修、さらに妹子がまくし立てる。
しかし、大門は動じない。
「ええ、まさにそのためでした。……月木さんはそのアリバイを確保した上で比島さんを殺すために、第一の予知夢を妹子さんに見せ、その話により他の三人に恐怖を与えたんです。」
「!? な、何!」
これには再び、一同も言葉を失う。
「つまり、共犯者ですよ。第一の予知夢は三人に恐怖心を与え、その中の一人を共犯者として取り込む。これにこそ最大の意味がありました。そして月木さんは比島さん殺しを、その共犯者にさせたんです!」
「!? き、共犯者……だ、大君それって」
「ご明察。」
妹子の察しを、大門は肯定する。
言うまでもない。
「恐らくは、月木さんと同じくらいに八重子さん致死を悔やんでいた……近川さんです。」
「!? 近川君が」
「ええ、比島さんと八郎さんを殺したのは近川さんです。」
大門は言う。
しかし、そこで。
「うん……確かに筋は通っているが。その近川殺しはどうするんだ? 彼女に窓から侵入するなんてできるのか?」
「そ、そうね。そもそも、近川さんの部屋に犯人が侵入した時、月木さんの部屋の周りにも警護の人がいたわけだし。」
修が疑問を再び投げかける。
妹子もそれに乗っかる。
だが、またも大門は淀みなく答える。
「近川さんが共犯者となれば、近川さん殺しはむしろ簡単です。月木さんは近川さんを協力させることで、彼を殺せる状況を作り出したんですよ。」
「!? き、協力?」
これにはまた、皆が疑問を浮かべる。
「馬鹿を言うなよ、いくら共犯者だからって自分が殺されることに力を貸す人間がどこにいる!?」
「ええ、ですから殺す計画ではありません。これは推測ですが……逃す計画、とでもして伝えたんじゃないでしょうか?」
「に、逃す計画!?」
妹子が、聞き返す。
「そうです。筋書きはこうでした。」
まず、部屋の前を警護されている状態で自ら部屋の窓ガラスを破る。
窓を開け、外に接している面から鈍器で割れば中からであっても外から破られたように見せかけられる。
その後、ナイフを腹の所でその刃を寸止めした状態で自ら悲鳴を上げる。
「後は第一発見者……つまりは僕に、犯人は外から来て、それにより刺されたことを告げます。それによって警護の目は、たちまち屋敷の外に向きますからね。」
その後、警護の人たちが外に向かったり混乱したりしていて、月木の部屋と近川の部屋の警護が手薄になる隙を突き。
「近川さんに伝えていた内容としては恐らく……その隙に彼を逃亡させる計画だったのでしょう。恐らくは原生林の中にある車を使って逃げろ、とでも言ってね。」
しかし、実際には逃す計画ではない。
この隙を突き、近川を殺す計画だ。
「月木さん自身もスーツやウィッグで変装して警護の人を装いこっそりと部屋を抜け出し、近川さんの部屋に行き彼を刺殺したというわけです。その後は急いで部屋に戻って変装を解き、衣装はこの部屋のどこかに隠しておけばいい。」
言い終わると、大門はため息をつく。
「……証拠は、あるんですか?」
今まで黙って聞いていた月木が、尋ねる。
確かに筋は通っているが、今までの大門の推理には物的証拠が何もない。
「そ、そうよ大君! 証拠を」
「……では、聞かせてもらえませんか?」
「えっ?」
大門は、口を挟む妹子ではなく、月木に言う。
「……その手に握られたナイフで、何をしようとしているか。」
「……!?」
妹子は一一いや、その場で傍観する者たちは皆、固唾を呑む。
やがて、出た答えは。
「……お教えします。……こうするんですよ!」
言うが早いか、月木は右手に握られたナイフの柄に、素早く左手を添え。
そのまま逆手に持ち替えると、素早く振り上げ。
次には振り下ろそうと一一
「だ、駄目え!!」
「やめろ!」
「月木さん!」
振り下ろそうとして、失敗する。
「……させるわけ、ないですよ。」
大門に、振り上げた両手を強く押さえつけられたからだ。
そのまま月木は、抵抗する。
「離してください! ……そうですよ、私が殺しました! 比島も八郎も……近川さ……近川も! 私が、全員!」
月木は暴れながら、自白する。
「月木さん……」
「私は! ……知らないまま、加担させられていました。私が作る料理に……八重子奥様が! おいしいおいしいと言って食べてくれていた料理に! 私は知らず知らずのうちに、毒を奥様に! 」
月木は言いながら尚も暴れるが、大門も尚、より強い力で抑えている。
「ではなぜ、それを警察には?」
「言えませんでした! ……最低です、私……それで得られた奥様の保険金を! 貧しかった私の実家への寄付だと言って比島と八郎は! 私と近川に無理矢理山分けさせて来たんです。共犯者にされて……逆らえなかった! だから」
月木は身体が動かぬ分を補おうというのか、より力を込めて言う。
「だから決心したんです……私諸共あいつらを! この手で地獄に道連れにしてやるって!」
「……あなたは! その罪悪感に耐えかね、本来なら既に自殺してもおかしくないほどに追い詰められていた! しかし……何とか踏み止まった。あの三人への復讐、それだけを糧に。」
「……知っていたんですか?」
ふと、月木の動きが、止まる。
「ええ。あなたが犯人だと気づいたのは……妹子さんから聞かされていたことがありました。『あなたが今にも消えてしまいそうなほど、思い詰めていた』と。でも、あなたはそんな消えそうな状態でも、生きていたからです。」
「えっ?」
声を上げたのは、妹子だった。
「もちろん、生きてちゃダメってことではないです。ただ……それほど思い詰めている人間が生に踏み止まっているのは、強い動機があるはずと気づきました。それで、もしかしたらあなたが、あの人たちへの復讐を糧に生きているんじゃないかって。」
「なるほど……あなたは本当に……名探偵ですね!!」
「!? 月木さん!」
刹那、月木は動く。
たちまち大門の虚をつき一一
「さっきの止めが溜めだって、僕が気づかないと思いましたか!」
「!? あっ!」
するりと抜け出すつもりだったが、大門は力を緩めていなかった。
たちまち月木は両手首とも捻られ、ナイフを取り落としてしまう。
そのまま大門によって、地面に伏せられた。
「くっ、そんな!」
暴れる間にも、月木は腕を後ろに回される。
「ロープでも、ネクタイでもいいです! 縛れるものを、早く!」
「わっ、分かった! 僕のネクタイを使え!」
大門の呼びかけに修が、素早く自身のネクタイを取り出して応じる。
たちまち月木は、拘束された。
「ふう。……以上で、悪魔の証明終了です。」
「大君……ありがとう。」
咽び泣く月木の傍らに、疲れてしゃがみ込んだ大門に妹子が駆け寄る。
気がつけば、窓から日が差していた。




