2 冒険者ギルドと "ガードナー"
賊に襲われた次の日には街に到着していた。
その後1日だけ、自由行動とした。
そうして、街の店々を見て回ったのち、オレたち2人は"ココ"で合流することにしたのだ。
"ココ"というのは……そう。
いわゆる冒険者ギルドのことだ。
街の中、外を問わず発生する、数多の依頼。
それらと冒険者をマッチングする、縁結びの交差点。
「あのさ、ユズリハ。 オレ、冒険者に登録するところから始めないといけないのかな?」
ちょっとだけ心配になってきた。
実技的な実力が足りない……ということは、まずないだろう。
しかし……。
「冒険者になるには身元の照会が必要です」
とか言われたら……オレ、どうするんだ?
転移してきたオレに保証人など、いるはずもない。
「あれ? そのブレスバンドは "新米冒険者の証" ですよね?」
ユズリハに言われて、オレは自分の右手首を見る。
赤茶色の革ベルトに、菱形が4つ重なった、白い刺繍が入っていた。
ふーん。 ナルホドね。
オレは気づかれないよう、チラリと確認する。
……彼女の手首にも、同じバンドが巻かれていた。
「そう、そうだったな。このバンドが冒険者の身分証みたいなもので……刺繍の種類によってランクが違うん……だよな?」
あてずっぽうで、聞いてみる。
「そうです。 補足すると……。
<難ーー黒・金・銀・銅・白ーー易>
といった具合に、刺繍の色によって、冒険者、及び依頼にも序列がついています」
ふんふん、ナルホドね。
何も知らないオレに、丁寧な説明ありがとう。
……くぅぅーー。
そんなことを考えていると、可愛らしい音が響く。
先ほどから、食欲をそそる揚げ物の匂いが漂ってきて……。
耳をすますと、鉄板の上で肉が焼かれる音もする。
人間のオレより敏感な猫の民なら当然、感じられるだろう。
「あーあ。 オレ、お腹すいてきたなぁ。 ユズリハもどう? ちょっと早いけど、晩飯にしないか?」
半分は本心。
もう半分は……。
「あ、あはは。 そうですね。 今後のことは食べながらにしましょうか」
ユズリハは、照れ隠しの笑みを浮かべていた。
★★★
「こちら "ドラゴンフィッシュフライ定食 (1280ギル) 大盛で二つ、になりまーす」
「さて、どうしたものか……」
ソースのかかった魚のフライをかじる。
ドラゴンフィッシュフライ。
それは、ビーフジャーキーをそのまま分厚くして、揚げたような味だった。
空腹の口内に、野性味溢れる旨味が広がる。
ところで、小冊子となった依頼リストには……。
黒 ーー該当する依頼はありませんーー
金 隣国に出現した征竜ディアマンテの大討伐作戦。
銀 怪鳥ゲイルウィングの玉子を取ってこい!
銅 近所の川に、ダララワニが住みついて困ってる。
白 庭の除草作業をお願いしたい。
などなど。
他にもかなりの数の依頼が書かれていた。
届け日が2018年付けになっているモノもある。
依頼主には気の毒だが、正直ありがたい。
それは、オレたち、"冒険者の価値が高い"ことを示しているからだ。
そんな中、一つの依頼が目にとまる。
「ちょっと聞いてもいいかな?」
「何でしょうか?」
「この "翠龍草を10本集めて欲しい" ってヤツなんだけど……」
ただの薬草採集依頼のようだ。 ランクは銀。
しかし、同ランクの他依頼より、報酬額が高い。
だいたい2倍くらいだろうか?
ただし……なんだか小さい文字でいろいろ注意書きがしてある。
興味はあるが、あまりにもうさんくさい。
そこで、ユズリハに聞いてみることにしたのだ。
「どれどれ……。依頼主は匿名。 500,000ギルの成功報酬。 但し、この時期は凶暴なモンスターが出没する……と」
あぁ、なるほど。
そういう展開ね。
「それと……希望するならば、"ガードナー" を一人、パーティーに加えることができる……と」
「"ガードナー"って、パラディンの下位クラスでもあるアレか?」
またもや、あてずっぽうで聞いてみた。
「たぶんそうです。 少なくとも……わたしが名乗っているクラス "見習い剣士" よりは上だと思います」
悪くない話だ。
クラス名に "ガード" とついているぐらいだ。
おそらくは "パーティーの盾になる職" なのだろう。
タンク…………新しいヒト
アタッカー……ユズリハ
キャスター……とりあえずオレ
ヒーラー………とりあえずオレ
バランスのいいパーティーを組まないと、あとあと苦労するからな。
無論、ココは異世界であって、ゲームではない。
しかしながら、多様性のあるパーティーというのは、"できることが多い"ということだ。
ならば決して、悪いほうに転ぶことはないはずだ。
「この依頼。 悪くないと思います。 あと一人、熟練の冒険者が入ってくれれば……まず成功の確率もかなり高まるはずですし」
ユズリハも賛成してくれる。
「じゃ、決まりだな。 オレ、受付に行ってくるよ」
「わかりました。 じゃあわたし、宿の手配をしてきますね。 えーっと」
現在時刻 18時16分。
「19時30分……やっぱり20時ちょうどでいいか?」
自分の皿を見て、オレは訂正し、提案する。
「はい。 お風呂に入る時間も入れると、ちょうどいいと思います」
「場所は、ギルド内の待ち合わせ所、でいいよな?」
「はい。 じゃあわたし、もう食べ終わっちゃったので、行きますね」
そう言うと、ぺこりとユズリハは頭を下げ、足早に食器を下げに行ってしまった。
オレの皿の上には、2切れ、フライが残っている。
これ、たしかに美味しいんだけど、硬い上に油っこすぎて……もう、お腹いっぱいなんだよなぁ。
そうは言っても残すのもよろしくないか。
次からは普通盛りにしよう。
そんなことを考えながら……冷めてしまい油にまみれたフライを、水を使って流し込んだ。
★★★
やがてオレはギルドの食堂での食事を終え、ギルドの受付で依頼を受注し、そしてこれまたギルド備え付けの銭湯で汗を流した。
時刻は夜の10時を回っている。
とある客室に、オレたち2人はいた。
「へっくし!」
ユズリハが可愛らしいくしゃみをする。
今の彼女は暖かそうなパジャマを着ている。
「真冬にあの胴着ってのは……やっぱり風邪引くんじゃないか?」
出会った時から、ほぼずっとノースリーブの胴着を着ていた彼女に聞いてみる。
「大丈夫ですよ。 体質みたいなものなので」
「ん? 体質?」
意外な言葉が返ってきた。
「私たち猫の民は……水に浸かったりすると、一気に体が冷えてしまうので。 特にわたしは……」
小さく身震いさせながら、ユズリハが続ける。
「その形質が強くあらわれてしまっていて。お風呂上がりはいつもこうなんです。 昔はそれで、お風呂嫌いだった時期もありまして……」
ふーん、そうなのか。
低級の炎と風の魔法を組み合わせれば、暖房がわりにはなるだろう。
しかし室内でそれをやるのはさすがにマズイ。
「今日は雪まで降り始めてるし……大丈夫か?」
「はい。 朝になれば、げんきいっぱいですから」
…………。
オレはそっと…………ることにした。
パジャマ越しにも伝わる、その冷たさに驚く。
ゆっくりと彼女の背中を撫でていく。
「こうすると……あったかい?」
「ありがとうございます。 ……カズトさん」
胸の中でウトウトしだすユズリハ。
トロンとした耳をみると……もう抑えられない!
オレはたまらず、耳の裏側に触ってしまう。
「う、うぅ〜? なんだかモソモソします」
「あっ。 ゴメン……嫌だよね」
「嫌じゃないですけど……人がいるところでは……しないで欲しいです……」
ほほを桃色に染めながら、彼女は小さく呟いた。
★★★
……朝日に照らされ、目を覚ます。
時計を見ると、朝の7時ちょうどだった。
「んーよく寝たなぁ」
「おはようございます」
目を覚ますと、ユズリハは支度を終えていた。
フチが和柄模様で飾られた胴着を着ている。
胴着の色は紺色。
もちろん肩は丸出しだ。
「今日は"聖龍山" に "翠龍草" を摘みに行くんですよね? わたしは準備万端です!」
ユズリハはげんきいっぱいだ!
「あぁ。 でも、その前に……。 合流が先だけどな」
★★★
街の北門 10時54分
「 "ガードナー"の"エリスさん"。 どんな人なんでしょう?」
ユズリハが聞いてくる。
「うーん。 情報が少なすぎてな……」
オレは曖昧な返事をする。
突然、ユズリハが演劇調の口さばきをあげる。
「名前からすると……豪華な甲冑に身を包んだ姫騎士様でしょうか? そんな彼女の厳しくも、愛のある指導で、メキメキ力をつけ、いずれは彼女の腹心として名を馳せる事になる、新人女剣士が今ここに!」
「お、おう。 そうだな」
彼女の口上は止まらない!
「いや……身の丈ほどもある大剣を振り回す、女傭兵かもしれません! 最初は意見の衝突で、仲違いしたわたくしたちですが、あまたの窮地を共に乗り越えるうちに、友情が芽生え……!」
「お、おう。 そうだな」
勢いに完全に押されるオレ。
ユズリハの意外な一面をかいま見た気がした。
それにしても、"エリス"という冒険者はまだか?
一応、時間までは数分あるが……。
ユズリハは時間にキチッとするタイプだが。
一般の冒険者は、時間にルーズなものなのか?
まったく、けしからん!
オレさまを待たせるとは……。
時は金なり! タイムイズマネー! だ!
そんなことを考えていると、ふと、目の前の女性と視線が合う。
「もしかして、もしかして! これから "翠龍草" を取りに行く冒険者さんですか?」
金髪の髪を長く伸ばし、緑色のエプロンをした女性に、声をかけられた。
首には黒いマフラーを巻いていて、どこかの剣士とは対照的に、ずいぶん暖かそうなかっこうだ。
「ん? そうだけど……?」
「あぁ、よかったぁ。 私、エリスと申します」
……え、ちょっと待ってくれ、まさかこの女性が?
フライパンを武器にしていそうなその格好。
戦闘に耐えうる装備とは、思えないんだが……。
ましてやパーティーの盾役となる "ガードナー" は務まらないだろう。
「"ガーデナー" ーーーーそうです! です! "庭師" の資格を持っています。 戦闘はできませんが……薬草の知識はそれなりにあります」
「冒険者になってはじめての依頼で……不安でいっぱいですが、精いっぱい頑張ります! あ、あ、あ!」
そう言いながら黒いマフラーを手渡してくる。
「私、あみものも得意なんですよ! お近づきの印に、どぞ! あ、こっちの女の子にも、どぞ!」
暖かそうなマフラーを受け取る。
なるほど、マフラー"は"上手く出来ている。
オレは胸の内で深いため息をついた。
彼女、エリスという名の "ガーデナー"(庭師) はオレの気持ちなど露知らず、無邪気な笑顔を浮かべていた。
★★★