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1 ペロペロするはずが、逆にされていた件


2019年 1月20日。


とある異世界に、一人の男がおじゃましていた。


彼の名前はカズト。


え?

彼がどうやってこの世界に転移してきたかって?


……それ、後で聞こう。


何の意味もないプロローグはこれでオシマイ。


さぁ行こうか。

この先は "アナザー・ワールド" 。

剣と魔法が支配する、そんな異世界へ!


★★★


オレはとある馬車に乗っていた。


ガタンゴトン ガタンゴトン


自転車で走るのと同じぐらいの速さだろうか?

足早に流れるその車窓は……。

白い化粧をした山々と、雲ひとつない青空で、白と蒼のコントラストを描いている。


馬車が揺れるたび、見知らぬ少女の肩がこすれる。

真冬だというのに、丸出しにした彼女の肩は……。

山々に残る雪のように白く、そのつややかなる蒼髪で、白と蒼のコントラストを描いている。


ん?

どうして、こんなに都合よく "蒼色の髪をポニーテールにした、冬なのにノースリーブを着ている猫耳少女" とこんな状況になってるのかって?


それはもちろん!


< オレがイケメンだから! >


ではない。

彼女のとなりに、その……あんまり近くにいて欲しくないというか……。

いや、この際はっきり言ってしまおう。


オレの転移前の世界……旧世界で言う、"キモいオタク風の男" ……そう、キモオタがそこに座っているからなのだ。


カワイソウに。

これが旧世界の一般的な電車の中であれば、席を立ち、違う車両に移ることもできるが……。


ザンネンながら、この馬車はそこまで広くない。

その上、座席指定までされているので、どうあっても逃れられない運命なのだ。


ほんのりと浮かべている辛そうな表情を見ると、なんというか。

ギューーって、抱きしめてあげたい気持ちになる。

もちろん、実際にはしない。


あくまで、妄想の中で、ペロペロしているだけだ。


「これより30分ほど、休憩にしまーす。時間までには馬車に戻っていて下さいねぇー」


間のびした女性の声が、狭い客室内に響き渡る。

チッ。

オレは小さく舌打ちする。

今、いいところだったのによぉ。


ガタガターーガタン


車輪の動く音はだんだんゆっくりになり、やがて止まった。


★★★


体をそらして伸びのうんどーう。


軽く体を動かしていた。

狭い車内に居たせいで、凝り固まった筋肉がほぐれていく。


あたりを見渡すと、小さな川が流れている。

そういや、のども渇いてきたな。

水は蒼く澄みわたり、清浄そのものだ。


オレは、自分の指を川の流れに浸し……。


「つめたっ!」


予想どおりの冷たさが、オレを襲う。

そう、今日は2019年1月20日。

川の水が冷たいのも当たり前だな。

しかし、オレは構わずすくい取り……。


ジュビジュビィィーーゴクリ


飲み干した。

体内に入りこんだ冷水が、チクチクと刺してくる。

しかし、イヤな感覚ではない。

それよりも……。


じぃーー


視線を感じる。

先ほどの、ノースリーブ猫耳少女がじっとこちらを見つめてくる。


「あの、何かご用ですか?」


オレは聞いてみた。


「あのぉ……」


思っていたよりは、低い声が帰ってきた。

あぁ、誤解のないよう、先に言っておこう。

彼女の声は "女性的な範囲で" 低いだけだ。


「その……この川の水が飲みたいのですが……」


彼女はポンポン、と肉球のついた両手で拍手する。

あぁ、なるほど。

確かに肉球のついた手では、水をすくえないよな。


「これでいいのか?」


オレは両手で川の水をすくい上げ、彼女の前に差し出す。


「はい….…」


彼女は小さく呟き、スンスンと鼻を鳴らしてくる。

やがてオレの両手から水を飲み始める。


ピチャピチャ ピチャ


飲む、というより舐めているな。

この音を、卑猥な音だと感じてしまうのは、一般的な男なら仕方のないことだろう。


オレは周りをキョロキョロ見回す。


オレはあくまでも、彼女たっての希望で?

しかたなーく、やっているだけなのだが……。

まだ年端もいかない少女に、こんな風にペロペロさせるのは……。

ここが異世界で、彼女もそういう種族であろう、ということを勘定に入れたとしても、マズイのではなかろうか?


やがて、水の量が少なくなってくる。


ペロペロ ベロペロリ


猫の舌がイヤらしくオレの手を這い回る。

く、くすぐったいぞ。


「わわっ、わかった。 ちょっとタンマ!」


それにしても……ペロペロしたいと思っていた、猫耳少女に、逆ペロペロされるとは。

オレの転移もなかなか、悪くないではないか。


そんなことを考えていると、彼女が突然口を開く。


「見てください、あれ……」


彼女が指さした先には、オレたちが乗ってきた馬車が……。


おそわれている!


斧や棍棒で武装し、頭にはボロ布を巻いた……

「わたしたち、盗賊です」

ってオーラを漂わせた男が20人程、群れていた。

すでに馬車は占拠され、幾人かの乗客が捕らえられているようだった。


シュッ


彼女は腰にぶら下げていた短刀を抜きはなった。

そして賊の占拠した馬車へ走り出していく……。


「あ! 一人で行ったら危ないんじゃないか?」


オレの言葉は聞こえなかったのか、聞かなかったことにしたのか、どちらかはわからないが、彼女は振り返りもせずに消えていった。


★★★


オォーッ


見事なものだ。

短刀を握った彼女は華麗に舞い、賊の集団を全く寄せ付けない。

こりゃ、オレの出番はないかもな。


パタパタと、手持ちにあるカードを使って仰ぎながら見物する。


「ようにいちゃん。 ずいぶん余裕じゃあねぇか?」

「俺たちが、泣く子も黙らせる、カイドウ四兄弟さ」

「とりあえず金目のモン出しな」

「命を取るかは……そのあとで決めてやる」


少し偉そうな賊が4人、ヌルい脅しをかけてくる。


「ふーむ? 今、暴れている彼女にはかないそうにないから、他の客から奪ってやろう……って腹づもりか? 所詮はチンピラ。頭の中にはクソでも詰まっているらしいな」


「なるほど。 命はいらないって訳かい」


オレの挑発が効いたのか、猛進してくる男が4人。

各々がそれなりの武器で武装している。


致し方なし。

ふりかかる火の粉は、払うだけだ。


< レベルスケーリング3 フレイムランス >


カードには槍を構えた騎士の姿とともに、そう、記されていた。

オレはそれをかざしながら……。


「解錠」


と一言だけ宣言する。

カードに込められた魔力は4本の炎の槍へと姿を変え、そのまま男たちへ向かって射出される。


「ぐがぁっ。 あばばっ」


四発四中。

魔法は見事命中した。


「ク、クソっ。 魔法使いだったのか!」


しかしそれだけでは終わらない。

刺さった槍は炎そのものに形を変え、対象者を焼き尽くす……。


「あ、ちょっとヤバいかも」


想像よりだいぶ強力な魔法に少し戸惑う。

とりあえず……。


< レベルスケーリング3 バブルホールド >


描かれた絵柄を確認し……。


「解錠」


もう一枚の水属性と思われるカードを放つ。

……予想通り2つの魔法は中和し合い、力を失う。


「ううっ。 ハァハァ」


ナントカ四兄弟は力尽きる。


まぁしかし、命に別状はなさそうだ。

ホッと胸をなでおろす。

いや、そもそも全部オレが勝手にやっただけ、ではあるがな。


★★★


残りの賊たちは全員、ぐるぐる巻きにされていた。


「それにしても見事なものだな。 たった一人でこの数を倒してしまうなんて」


蒼髪ノースリーブの猫耳剣士に声をかける。


「い、いえ。 まだ修行中の身ですので」


シッポをゆっくり揺らしている。

オレ、知ってるぞ。

猫は嬉しいことがあると、シッポをこういうふうに動かすんだとか。


「そうだ! 魔導士の方だとお見受けしますが……回復魔法は使えませんか?」


「そうだな。 簡単なヤツなら使えると思うけど……もしかして、ケガ人がいるのか?」


実際に使ったことはないが、多分、大丈夫なはず。

それらしき絵柄のカードも何枚か貰っているしな。


俺は彼女の後に着いて行くことにした。


★★★


「ううっーー」


ああ、あの時のデブが倒れている。

コイツは後回しに……。


「ボクはデブじゃない!」


なっ、コイツ。

まさか、オレのココロを読んだのか?!


「は、はぁ……」


「そうだ。 ボクは "デイブ"! ボクのパパは伯爵位で、とっても偉いんだぞ!」


デイブ、デイブ……デブ?

いや、人の名前でからかうのはよくない。

よくないのだが……スマン。

顔に滲みでる笑いを、我慢できそうにない。


「だから、ボクはデブじゃない! デイブだ! わかったらキミ! 早くボクのケガを治したまえ」


早口でまくし立てられる。

仕方ないなぁ。

ちゃっちゃと終わらせて、あっちに行こうっと。


「患部は……と。 思ったよりキズが深いな」


口ばかりうるさい彼とは対照的に、ケガはかなり酷いことになっていた。

ふとももに曲刀が突き立ち、奥まで深くめり込んでいる。

抜けば一瞬で大惨事。

抜かなくとも致死量の出血は時間の問題か……。


「そうとも! あのか弱き子猫を守らんとしたために、負ってしまった、名誉の勲章なのだ! って……イテテ……こら、優しくやりたまえよ、キミ!」


患部を見るためにいじくると、彼が悲鳴をあげる。


「静かに。 今から曲刀を引き抜き、抜いたところを魔法で止血する」


オレは厳しい口調で言い放つ。

その言葉に、さすがのデイブも静かになる。


3・2・1……


……ゼロ!


曲刀を引き抜くと同時に。


< レベルスケーリング6 流しの風と覆いの土 >


「解錠!」


清浄なる"風"によって、患部は洗われる。

全てを包む"土"によって、出血は塞がれる。


「成功……なのか?」


おそるおそるデイブが聞いてくる。


「あぁ。 でも、あんまり動かすなよ。土の組成が崩れたら、ホントに大出血だからな?」


「その……ありがとう」


なんだ?

思ったより素直じゃないか。

もっとゴネるかと思っていたんだが……。


「そういうの、ヤロウに言われてもなぁ〜」


「貴様! やっぱりボクの嫌いなタイプだ! 人がせっかく感謝の意を示したのに、貴様という奴は! だいたいボクは……」


なんかグチグチ言っているが……もういいや。

残りの演説は無視し、立ち去ることにした。


★★★


街道の警備隊に賊と重傷患者を引き渡し、オレたちは再び馬車に乗り込んだ。


ガタ、ガタガタガタガタ……。


「あの……助太刀ありがとうございました。 あなたが引き受けださったおかげで、労なく切り抜けることができました」


「ん? あぁ。 気にしなくていいよ」


「それと、回復魔法! わたしは魔法について、知っていることはごくごく僅かしかありませんが……それでも、あなたの使った魔法が、相当な腕前を要求されるであろうこと……そのぐらいは予想がつきます」


「回復魔法は小さい頃からコツコツと続けていて……ちょっとだけ自信があったんだ」


もちろんウソ。

オレは今日、転移したばかりで、魔法を使ったのは今日が初めてだ。


「そうだったんですか。 どおりで……。 あの、そのぉ……」


言葉に詰まり出す少女。

木製の車輪と、石畳の道がぶつかり合う音だけが、車内に響きわたる……。


「あの、わたし "ユズリハ" といいます。 見ての通り猫の民で……冒険者になろう! と思っているんですが……」


「よかったら、わたしと一緒にパーティーを組んでもらえませんか? ……なんちゃって」


"ユズリハ"と名乗った少女は、ハニカミながらそう言った。


★★★

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