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13.攻めよ、さすれば救われん

 とはいえオスカーは、こちらから戦いを仕掛けることにヒルデガードやミヒェルが反対するとは微塵も考えていなかった。二人はオークに親を奪われているのだ。森から奴らを駆逐することには賛成だろうと踏んでいたし、話してみると事実としてそうなった。


 むしろ苦労したのは、大人たちに参戦を促すことのほうだ。


 革鎧の点検を早々に切り上げたオスカーが合流したとき、コーネリウスは里のご意見番一同を集会所に招集して説得を試みているところだった。


 その代表、共に戦ってほしいと語ったベルント長老にしても、まさか攻める側になろうとは思っていなかったらしい。老人は顎から垂れ下がった白髭を撫でて呻き、


「それは……確証のある話なのかの?」


「少なくとも、オークが移動していることは事実です」


 応じたのはコーネリウスだ。


 オスカーは集会所をぐるりと見回し、コーネリウスの意見がさほど支持されていないことを察した。正対するベルント長老こそ平静を保っているものの、左右に列席した四人のエルフは皆、厳しい面持ちでコーネリウスを()めつけている。


「移動しているからといって、森を焼こうとしているとは限るまい」


「森の北側ということであれば、我らの里からはむしろ遠ざかっているではないか」


「そのとおりだ。単に撤退しようとしているのかもしれん。わざわざ藪をつつかずとも、これまでどおり鳥の目の網で見張っておればよかろう?」


 口々に消極的な声があがるのを聞いて、オスカーは暗澹(あんたん)たる気分に駆られた。彼らに白亜の森の末路を伝えた意味は何だったのだろう。


 ――あるいは、だからこそ……か?


 自分がパウラ教団の強大さを語ったせいで、腰が引けてしまったのだろうか。


 ありえない話ではなかった。彼らはもともとオークの恐ろしさを知っており、現にヒルデガードたちの両親のような犠牲者も出ている。その脅威が労せず遠ざかる可能性が目の前にぶら下がれば、飛びついてしまうのも無理からぬことではあるのかもしれない。


「たとえ今回の移動の目的が退却だとして――」


 しかし、そんな可能性は幻想に過ぎない。


 この場で唯一それを承知しているコーネリウスは、年嵩のエルフたちの眼光にも怯むことなく弁を立てる。


「そのことが、我々が立ち上がらない理由になりますか」


「なに?」


「奴らが退却するつもりであれば、たしかに手出ししなければ今の戦いは避けられましょう。しかしその場合、奴らはより多勢を率いて必ず森に戻ってきます。そうなれば本当に勝ち目などなくなる」


 居並ぶエルフたちがぐっと押し黙る。


 そこで初めて、コーネリウスがオスカーの存在に気付いた。


 理知の光を湛えたコーネリウスの瞳。オスカーはその眼差しの奥から、最後の一押しを頼むという意思を汲み取る。


 オスカーは机に近づき、口を開いた。


「コーネリウスの見立ての正しさは、おれたち白亜の森のエルフが辿った運命によって裏付けられているはずだ」


 白樺の木立を呑み込んだ炎の、天を焦がすほどの勢いがオスカーの脳裏に蘇る。逃げ遅れたエルフは皆死に、死ななかったエルフは捕らえられて残らず亜人へと改造されてしまった。


 あんなことを、二度と繰り返させてはならない。


「奴らの全軍には対抗できない。だが今打って出れば奴らの戦力を削れる。この好機をみすみす見送るのは、白亜の森に続くことを選ぶようなものだとおれは思うが……違うだろうか」


「教団の目的が冥王パウラの復活である限り、ここで戦おうと戦うまいと、どのみち彼らは我々の敵です」


 戦って生きるか。座して死を待つか。


 これはそういう二択だ、とコーネリウスは念を押した。


「――長老、ご決断を」


 ベルント長老は腕を組んで瞑目し、押し黙ったまま微動だにしない。ついにお迎えがきたのかとオスカーは肝を冷やしたが、どうやらそうではないようで、よく見れば額の皺が小刻みに上下している。考え込むときの癖らしい。


 やがて皺の動きが止まり、白い睫毛の下の目が開かれた。


「……ひとつ、問う」


 老エルフの眼光がコーネリウスをまっすぐ射貫く。


「何でしょうか」


「戦ってオークどもを森から駆逐できたとして……次は教団の本隊が押し寄せてくる、ということに変わりはなかろう。いかにして対峙するか、おぬしには何ぞ考えがあるのかの?」


 それはたしかに、頭の痛い問題ではあった。


 もちろん、いま森にいるオークを逃がして、本隊といっぺんに相手取ることになるよりは幾分ましだ。だが、幾分ましというだけに過ぎない。


 世界じゅうに触手を伸ばすパウラ教団は、その気になれば大陸全土から手勢を集めることだってできる。なおかつ亜人種族が連中に呼応するであろうことを思えば、いかにエルフが地の利を得ているとはいえ、抗しきることは難しい。


 ところが、コーネリウスは一歩も退かない。


「策はあります」


「ほう」


「サピエンスと結ぶのです」


 コーネリウスの言葉は、議場をざわつかせて余りあるものだった。

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