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バレンタインデー、気にしすぎなくてイイんじゃない? (小桜ちゃん編)

作者: 毒ノ草

「ねぇねぇ、小桜こさくらちゃんは、誰にチョコあげるの?」

 バレンタインデーが近づいてきた、2月9日。

 小学3年生の小桜ちゃんの教室では、バレンタインデーの話題がもちきりです。

 今は昼休み中。

 男子たちが外で遊んでいる間、女の子たちは、男子への内緒話に花を咲かせているのです。

 小桜ちゃんは可愛いので、このクラスで人気者です。

 当の本人は、あまり自覚がないようですが・・・・・・。


「う~~ん、あげた方がいいのかな?」

 肩まで伸びた黒髪をいじりつつ、小桜ちゃんは首を傾げました。

「ぜったい、いいよー」

 小桜ちゃんの友達は、みんな声をそろえます。

 キーンコーン、カーンコーーン。

 予鈴が鳴り響き、みんなは自席へと戻ってきました。


(あ、そうだ。今度の休みにお姉ちゃんとお兄ちゃんに、きいてみようっと)

 小桜ちゃんは、密かに決めました。


*******


 2月12日。

 今日は祝日なので、学校はお休みです。

 

 お昼ご飯を食べてから、小桜ちゃんは近所のマンションにやってきました。

 7階建てのマンションで、マンション名は、「シングル」

 変わった人たちが住んでいるマンションとして、ご近所さんの間では有名です。

 このマンション入居条件の1つには、『独身であること』といった条件もあったりします。


 小桜ちゃんは、マンションのオーナーであるスマさんと友達なのです。

 マンションの玄関には、セキュリティロックがありますが、

「こんにちは~、小桜ちゃん」と、どこからともなく挨拶が聞こえて、扉が開きました。

 このマンションの玄関には顔認証のシステムが付いていて、小桜ちゃんは顔パスなのです。

 しかも、認証した相手に挨拶もしてくれるのです。


 慣れた足取りで、小桜ちゃんが404号室に入りました。

 鍵は、かかっていません。

 ドアには「カフェテリア」とプレートが付いています。このマンションでは、いくつかの部屋を、住人の共有スペースとしているのです。


 中に入ると、8人掛けの大きなテーブルに2人の女性――スマさんと春風さんが居ました。

 ちょうど昼ご飯が終わった後なのか、お茶を飲んでくつろいでいます。

「こんにちは~~」

 明るく元気よく飛び込む小桜ちゃん。


「あら、いらっしゃい」

 春風さんが笑顔で挨拶を返します。新緑色の割烹着を着て、大和撫子という言葉が似合う女性です。

 料理が得意で、このカフェテリアの主です。さっそく、小桜ちゃんのお茶を用意してくれます。


「こんにちは、何かご用?」

 スマさんの隣に、小桜ちゃんがちょこんと座って、スマさんの服装をまじまじと見つめます。


 一見、巫女装束かと思いきや、頭には金色の円いアクセサリーを付けていたり、青や緑の衣も纏っています。とても神秘的な雰囲気です。

 不思議そうに見つめる小桜ちゃんに、「今日は、建国記念日だから」とだけ、スマさんがヒントをくれました。


*******


 小桜ちゃんは香りの良い紅茶を飲みながら、クラスメイトの女子たちがバレンタインデーの話題で盛りあがっていることを話しました。

「お姉ちゃんたちは、バレンタインデーって、どうするの?」 

「・・・・・・そうね」

 スマさんが口を開きました。

「世間に流されていないことを再認識するわね」

(せけん? 流されない?)


「この国では、チョコ会社の陰謀で、女性が男性にチョコを渡すといった、おかしな風習が出来ているのよ。

 考えてみれば分かるでしょう?

 いきなりチョコを渡して好きになる・・・・・・。

 それは本当の愛なのかしら?

 しかも、2月なんて中途半端な時期に?

 学生だったら、2ヶ月もたたないうちにクラス替えか卒業してるわよ」


「お~、そうだねー」

小桜ちゃんは素直に感心しています。

 スマさんは紅茶を一口飲むと、

「ま、人間関係を作りあげるのは日頃の行いが大切なのよ。

 あ、作りあげた関係が壊れるのは一瞬だから、気をつけないといけないけどね」と、重みのある一言を加えました。


 次に、小桜ちゃんの顔が春風さんに向けられます。

 いつもは細目でステキな笑顔なのですが、その表情が凍りついています。

「学生のころは・・・・・・人間観察を・・・・・・楽しんだかしら・・・・・・」

 春風さんの瞳が、いつもよりも大きく見開かれて怪しい光を放っています。

「好きな男子がいる女子に、そそのか・・・・・・、

 いえ、アドバイスをしてあげて、

 チョコを渡すように、けしかけ・・・・・・、

 いえ、応援してあげていましたよ。

 そして、失恋祭り・・・・・・、

 いえ、愛の儚さを見つめていましたよ」

 コホンと、小さく咳払いをする春風さん。


「ま、まあ、それなりに、いろいろと得るものもありましたね。

 そういう意味では良いイベントなのかもしれませんね」

 そう締めくくると、空になったカップを持ってキッチンの奥へと行ってしまいました。



*******


 カフェテリアから出ると隣の部屋から、1人の男性が出てきました。

 短髪で、童顔、気弱そうな方ですね。

 ふっくらとした体型の30代の男性、山さんです。

 山さんは数冊のマンガを抱えています。

 隣の部屋405号室も、共有スペースとなっていて、マンガなどがたくさん置いてあります。

 すべてがスマさんの私物で、住人に自由に貸しているのです。


 小桜ちゃんは、山さんにもバレンタインデーについて聞いてみました。

 山さんは、片手でマンガ本を抱え込むと、もう片手でVサインを作りました。

「ミッションコンプリートだぜ」


(こんぷりーと? ・・・・・・何が終わったのかな?)

 まだバレンタインデー前なのです。


 意味が分からず、ぽかんとしている小桜ちゃん。


「ああ、ごめんよ。

 ミッションコンプリートっていう意味は・・・・・・なんて言えばいいのかな?

 んー、すべて終わった・・・・・・っていえば分かるかな?」

 山さんは、ミッションコンプリートの英語的な意味が通じていないと勘違いしたみたいです。

「お兄ちゃん、なにがコンプリートしたの?」

「いろんなオンラインゲームをやっているんだけどさ、全部のバレンタインデーイベントが、もう終わったんだ。だから、今年のバレンタインは、思い残すことは無いんだ」

 ふむふむと、小さく首を縦に動かす小桜ちゃん。

 彼女の頭に、ぽたり、ぽたりと水滴が降ってきました。


 見上げると、さっきまでVサインしていた手で、山さんが顔を覆っていました。

「・・・・・・今日は、晴れのはずなのに、雨が降ってきたな。

 まったく、天気予報は当てにならないよな」


 雲ひとつない、晴天です。


「・・・・・・ま、またね。お兄ちゃん」

 何かを察したのか、小桜ちゃんはぺこりとお辞儀をして、その場から離れました。

 小桜ちゃんの背後からは、山さんのつぶやきが聞こえてきます。


「そうさ、リアルのバレンタインデーからは卒業したんだ。

 もらえない人には、デバフ効果。

 もらえるヤツには、バフ効果なんて、

 理不尽じゃないか。

 そうさ、僕はデバフを解除できる精神力を身につけたんだ・・・・・・」


 小桜ちゃんは、にぎり拳を作りました。

 このお兄ちゃんには、バレンタインデーについて、2度と聞かないようにしよう・・・・・・。

 心の中で、そう誓うのでした。


*******


 そろそろ帰ろうと階段を下っていくと、白いジャージ姿の青年と出会いました。

 爽やかな好青年の、まもるさんです。

 スマさんよりも年下で二十代です。昔はモデルをやっていた頃もあります。


「やあ、小桜ちゃん。いらっしゃい」

 ジョギングしてきたようです。首から下げたタオルで汗を拭っています。

 小桜ちゃんは、護さんにもバレンタインデーについて聞いてみました。


 階段で話すのも・・・・・・ということで、護さんの提案で3階の通路に来ました。

 今日は良い天気です。


「チョコは、貰わないようにしているよ。

 中途半端な気持ちで受け取るのは、相手に悪いからね」

「おおー」

 小桜ちゃんの中で、護さんの好感度がアップしました。


「それに・・・受け取ったら、お返ししないといけないし」

 ・・・・・・ダウンしました。


 小桜ちゃんが納得しかねていると、護さんはしゃがんで小桜ちゃんと目線を合わせました。

「算数の答えは、1つかもしれないけれど、人と人とのやりとりでは、答えは1つじゃないんだ。

 バレンタインデーだから、女の子が、チョコを送らないといけない。

 そんなルールは無いんだ。

 そういうイベントが、一部で広まってしまっているけれど、

 自分が参加するかどうかは、自分で決めるんだ」


 小桜ちゃんに分かるように、守さんは言葉を選びながら語ります。


「たとえば、

 ゲームのイベントであれば、面白いからやってみる。

 でも、リアルでは大変だし、面白くないから何もしない。

 そういった選択もしていいんだ。

 もちろん、リアルでも、このイベントを楽しめると心の底から思ったのなら参加して楽しめばいい。

 ただ、それだけなんだ」


 護さんの言葉で、小桜ちゃんの中からモヤモヤしていたものが、消えていきました。


*******


「えぇぇーー、チョコをあげないの!?」

 翌日、小桜ちゃんが『チョコを誰にもあげない』と宣言すると、大きな声があがりました。


「小桜ちゃん、チョコあげないんだーー」

 ビックリするくらい、みんな騒ぎます。となりの教室にも、聞こえてしまっていそうです。

 教室に入ってきた男子の中にも、驚いた顔をした子がいました。


*******


 そして、2月14日。

 学校では、ちょっとした、小さなお祭り状態でした。

 男子の隙をついて、男子の机にチョコを放り込む女子もいれば、

 みんなの前で、堂々とチョコを渡す子もいます。

 

 小桜ちゃんは、視線を感じて、何度か振り返りました。

 振り返った先には、男子がいたり、女子がいたり。

   男子はチョコをくれないの?

   女子は本当にチョコを渡さないの?

 といったようにも、見えました。


*******


 帰り道。

 川沿いの土手を歩いていると、背後から誰かが走ってくる音が聞こえました。


 くるりと振り向くと、同じクラスメイトの男子でした。カワイイ男の子です。服装によっては、女の子に見えるかもしれません。

 少年は、小桜ちゃんのそばで急停止すると、ゼーゼーと息を整えながら、あたりを見回します。

 

 小桜ちゃんを除けば、あたりには誰もいません。

「どうしたの?」

 心配そうに、小桜ちゃんが話しかけます。

 少年はランドセルをパカッと開くと、何やら取り出し、小桜ちゃんに渡しました。

「こ、これを!」

 少年は、顔を真っ赤にしています。


 小桜ちゃんは手渡されたものを見つめます。

 透明のビニール袋に、手のひらサイズのチョコレートが入っています。

 星型のチョコレートで、チロルチョコくらいの厚みがあります。

 手作りっぽいです。


(えーと・・・・・・。どうしよう・・・・・・)

 とっさのことで、考えこむ小桜ちゃん。


 頭の中には、2日前にマンションで聞いた言葉たちが、ぐるぐると回ります。

 ・・・・・・そして、1つの答えに、たどり着きました。


「ありがとうね」

 天使の笑顔で受け取ると、小桜ちゃんはスカートのポケットから、ハンカチを出しました。

 もらったチョコレートを、ビニールから出すとハンカチで、丁寧に包みます。

 両手で力をこめて、パキリと、チョコを2つに分けました。


「はい、一緒に食べよっ」

 大きい方の欠片を、少年に渡します。


「う、うん?」

 手渡した後、放心状態だった少年は、チョコを食べ始めました。

 小桜ちゃんも、少年を見つめながら、ぱくりぱくりを頬張っていきます。


 2人の口いっぱいに、甘いちょこれーとの味が、広がっていきます。

 最後のひとかけらを食べ終えるころには、少年は清々しい顔になっていました。


 こうして、小桜ちゃんのバレンタインデーは終わるのでした。


               終わり。

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