何のために?
これは、とある気持ちの悪い男を第三者見た人間の感想。
こんなやつもいたんだと、感心するか気持ち悪いと引くか。
どちらにせよ、誰か俺の話を聞いてくれ。
腐れ縁。といっても過言じゃないくらい、あいつらとは幼稚園から大学まで近くにいた。
もっとも、仲はよくない。
同性と異性が一人ずつで、そんなあいつらとは、
幼稚園の年少は同じクラスでそのまま小学校卒業まで一緒だった。
中学校は女のほうが別のところへいって高校からはまた一緒だった。
大学はあいつらが同じ学校で俺が近くの大学だった。なぜかサークル交流があって頻繁に両校の生徒が行き来してた。
偶然だった。
社会人になってからは、男のほうしか知らない。
女のほうとはただ一緒だっただけ。そして俺が一方的に女のほうに同情に似た感情を持ち合わせてただけで、言葉を交わしたことはほとんどない。
男のほうとは、大学が分かれるまで一緒にいて、社会人になってからも何かと交流が残ってる。
でも、時間が何かを解決してくれるわけでもなく、そもそも原因もないからやっぱり、仲はよくない。
そういう前提として、話を聞いてくれ。
最初の記憶は、幼稚園の年少組であいつらと同じ組になったこと。
そのころはまだ何も起きてなかったはずだったんだ。
少しずつ何かがおかしくなって、男が女に…依桜に、ちょくちょく八つ当たりをするようになった。
最初は幼稚園の先生も止めてたんだけれど、そのうちやり方が変わって誰も止めなくなった。
程度が低くなったかと思えばそうじゃない。
どうやら、誰も異常だと認識できないようになっていったっぽい。
幼馴染にだけやつ当たって手を上げて、貶めて。
なのにそれ以外の、依桜の兄弟や家族、近所の人などたくさんの人には優しくするという二面性を使うようになって、回りがさらにおかしくなった。
儚げな王子様のような整った顔立ちと振る舞いで男のほうには老若男女が好意をもって接するようになった。
つまり、その男が唯一きつく当たる依桜は、問題児とされた。
何もしてないのにな。あいつは。
何度か何もしてないこと知っているやつが弁護したりかばったりしてたけれど
それだって小学校にあがるくらいには無駄な抵抗どころか、依桜をさらに苦しめることになるって周りが気づいて、どうしようもないからみんなで遠巻きにしか見れない。悪い。って、どこで男が見ているのかすらもわからなかったから、ずっと仲はよくないが腐れ縁の俺が代表して。
彼女は何もしなかった。
反論しても多勢に無勢な上に、誰も信用してくれない。
それはそのうち彼女の兄弟にも、両親にも言えるようになった。
男は彼女の家族すら侵食して彼女の行動そのものが悪だと周りに浸透させた。
いつからか依桜から表情や感情がすっぽり抜けてた。
以前はまだ話をしても視線が合うことはあったはずなのに
いつのまにか、彼女は常に遠くを見ているようにみえた。
もしくは何も見ないようにしていたのかもしれない。
俺らが反論すると焼け石に水になっちまう。
何もできなくてごめん。って、代表して俺が謝りにいったとき、
ずっと感情を動かさなかった彼女が泣いたんだ。
『言い出してくれなかったら、お願いしに行くところだったから。今までたくさん助けてもらった。ありがとう』
あいつが泣くと、凄く可愛いんだ。
ずっと見てなかったあいつの表情が見れて嬉しくなって。それと同時に何もできない自分が凄く悔しくってさ。
でも、男ができなかった依桜の泣き笑いの表情初めて見た。
その後、告げ口をした誰かによって、男の不興を買い、男の取り巻きからいじめられてた彼女を見たけれど、俺の姿を見てちょっと嬉しそうに口元が揺れた。
最も一瞬で誰も気づかなかったようだったから、そのまま気づかれないように俺はその場を離れて、同士たちに言った。
尤も、その同士たちから死を覚悟するほど羨ましがられてプロレス技をかけられたけれどな。
近寄らなかったし声もかけなかったけれど、それでもできる範囲の助力はしようってことになった。
いわゆる、見えない小人さん作戦ってやつだ。
なぜか俺達は、男の表面にだまされなかったし惑わされることもなかった。
年を重ねていくうちに少しずつわかったんだけれど、なぜかだまされない人間っていうのは、たまに出てくる。それがどんな条件で確率なのかはわからない。
ただ、そうやって騙されないもの同士惹かれあうものがあるようで、同志たちは少しずつ増えてった。
小学校を卒業して、明日から中学生だと不思議な高揚感を抱いて眠ったその夢の中で、
依桜が出てきた。
声は聞こえないし泣いてもなかったけれど、相変わらず可愛い顔でニコニコしてた。
初めて見た幼稚園のころの笑顔が、そのまま成長した感じで。
目覚めていい夢だなって思って、真新しい制服を着てクラス分けみてなんだかおかしいって思った。
仲間の一人が気づいて、依桜の名前がない。って。
男もそれに気づいていたようだったが、周囲を取り囲む女子生徒に阻まれて何もできない様子だった。
俺の仲間の一人がこっそり確認しに言ったところ、一定以上のレベルの問題児は名前を張り出さずに特別学級に送るのだと、そうすることで一般の生徒達がいやな思いをしなくていいんだと、そう説明を受けたって。
そんな話がまかりあってたまるかと思ったけれど、逆を考えればそんな教室に男は近寄れない。
これは絶好の隔離場所ではないかと思った。
でもそれが、学校側の狂言だと知ったのはしばらくしてからだった。
特別学級は確かに存在した。だが、それは問題児というよりは、一芸に秀でてしまったがゆえに一般の感覚を持ち合わせていない生徒達をまとめて才能を伸ばすクラスだった。
中学校入学式前夜、依桜は家を捨てた。
何もしていないのにさもしたように罪を押し付けてくるすべての環境と、一切護らずに男の言うことだけを真実だと思い込み、身体の虐待すら始まった家族に。
ほとんど何も持たずに身一つで彼女は消えていた。
それを俺らが知ったのは中学校も1年経ったころで、特別学級について情報を集められなかったのは俺達も男も一緒で。
だからそれを知ったときの男は異様な表情を浮かべていた。
もしその場に依桜がいたら殺されるんじゃないかって言うくらい、昏い憎しみの顔を。
彼女がいない中学時代は、平穏のように見えた。
いつも当たっていた一人がいないだけで、男の偽装は時間が経つうちに剥がれかけてきたように見えた。
周りは依桜がいなくなって喜んでいる。平穏な日常が帰ってきたのだと。
でも、男は依桜を求める。
そして自身が作った幻の中での生活と、一挙一足みられる監視のような生活の中で男はたぶん依桜に昏い感情を積み重ねていった気がする。
そうでもなけりゃ、自分が動けないからと情報を手繰り寄せて彼女が逃げ込んだ中学校を探し当てて外部受験するなんて言い出さないだろうから。
彼女が逃げ込んだのはある特別な中高一貫の私学校だった。