贈り物5
溢れる涙は、止めようとしても止まらない。
胸のあたりに何かがつっかえるような感覚が襲ってくる。
時折聞こえる嗚咽は……私のもの。
我慢なんてできない。こんな手紙は……ずるい。
「ぅ……っ……」
「……桃花」
私の隣には、病室のベットに座っている男の人がいた。
名前を呼ばれた私は、布団の上に顔を埋め我慢していた声をまるで幼い子供のように張り上げてしまった。
その瞬間、頭のあたりに大きくて暖かいものが優しく触れたと思うと、もう、歯止めは効かなくなってしまう。
お母さんが死んで、私は悲しかった。
もう、声を聞くことができない。もう、笑顔を見ることができない。もう、手を握ることができない。
それを受け入れることができたのは、何年もの月日が経ってやっとだった。
前を向くきっかけになったのは、迷子になった私を見つけてくれた歩。でも、それまでの間、ふらふらと真っ暗な道を歩いていた私を支えてくれていたのは、水景や、湖春や、お父さんだった。
ただ悲しんでいた私と違って、水景やお父さんは、私のことを気にかけ、大切に育ててくれた。私なんかよりも、ずっと、ずっと、悲しいはずなのに。
そんなお父さんに私は、酷いことを言ってしまった。
『大嫌いっ!』
そんなこと少しも思っていなかった。
どこにも吐き出せない気持ちを、悲しみを、ただ、最悪な形でお父さんにぶつけてしまったのだ。
『ごめんよ、桃花』
お父さんは何も悪くないのに。
そんな罪悪感を抱かながら私は、日本に行くために今までサボってきた勉強を頑張った。湖春にも助けてもらいながら。
きっと、水景とお父さんはこんな日がくることをわかっていたんだと思う。協力しないと言っておきながら、二人があれこれ手を回していたことはお見通しだった。
だから私は、お父さんと顔を合わせたくなかったんだ。
そんな思いがさらに膨れ上がったのは、お母さんの死因を知った時だった。
生まれつき体が弱かったお母さん。余程のことがない限り命の危険にはさらされなかったらしいけれど、その余程のことが母の身に起きた──。
──私の出産。
私を産んでからお母さんは、病院での生活が始まったという。
……私だった。お父さんから、お母さんを奪ったのわ。
謝らなければならないのは、私。嫌われるべきは、私。
でも、お父さんは、私に何も言ってこなかった。
それどころかいつも私のことを心配してくれていた。
そんな優しさが、お父さんに会うことを邪魔していたんだ。
怖かった、ずっと。怯えてた、ずっと。
いつかお父さんに放った言葉が、いつ私に帰ってくるのか。
そう思ってたらお父さんが事故にあった。
会えなくなる、言いたいことが伝えられなくなる。そんな不安が頭をよぎると、震えが止まらなくなった。冷えていくお母さんの手を思い出して。
でも、今なら言える。ちゃんと言わなければならない。
私は、お母さんの娘だから。
「……おと、ぅ、さん」
「なんだい?」
まだ涙は止まらない。声もつまっている。
私は、大きく鼻をすすって頭をあげた。
「ごめん、なさい」
「……なんで謝るんだい?」
「酷いことを……言ったから」
「……なんの、ことだい?」
「昔、大嫌いって……」
「あぁ、でもあの時、オリヴィアにぶたれただろ?それでチャラじゃないかな?」
「で、でも」
「桃花が謝る必要なんてないんだよ。私が悪いんだから」
「お父さんは悪くない!全部わた──」
お父さんは私の言葉を遮るように左腕で私を抱きしめると、ふっと息を漏らす。
「手紙にも書いてた。お母さんにとって桃花は一番の宝物だ。それは、私にとってもだよ。
生まれてきてくれて、ありがとう。大好きだよ、桃花」
そこからのことはあまり覚えていない。
疲れて寝てしまうまで、私はきっと泣いていた。
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