芦屋歩は、思い出す
陸十さんは、怪我していることを忘れているんじゃないかと思うほど、楽しそうに話しを聞かせてくれた。
それは六年前の思い出話。昔、俺がフランスにきた理由は、どうやら陸十さんの奥さん、つまり桃花のお母さんのお墓参りだったらしい。
特に詳しいことを聞いた記憶がないので、きっと俺や七海には伝えてなかったのだろう。
色々話は脱線しつつも、元気そうで安心した。まぁ、一つ言いたいことがあるとすれば、その話前も聞いたんですよね!
「おっと、ついつい話過ぎてしまった」
ふと時計に目をやった陸十さんは、申し訳なさそうに頭を下げた。
気がつくと時間はお昼を過ぎていて、病室にはいつのまにか、水景さんも戻ってきている。
「終わりましたか」
「いやぁー、ごめんごめん。歩君をご飯に連れて行ってあげてくれ」
「かしこまりました。では、行きましょう」
水景さんと一緒に病室を出て病院の外に行くと、タクシーが待機していた。
ドアが自動で開き、水景さんに促され先にタクシーに乗る。それに続き水景さんもタクシーに乗り込むと、タクシーはゆっくりと走り出した。
「陸十様のお相手をして下さり、ありがとうございます」
「あ、いえ」
「数日間退屈そうだったので、いい気分転換になったでしょう」
「……まさか、このために俺を?」
「いえ、たまたまですよ」
微かに笑った水景さん。その真意はわからないが、結構序盤の方に一人にさせられたのを考えると、これは陸十さんの相手をさせられたな……。決して嫌なわけじゃない。ただ、同じ話をあたかも初めて聞いた風にしなきゃいけないのが心苦しいだけなのだ。
どうして歳をとると同じ話を何回もするんだよ!その話覚えとるなら話したことも覚えとけ!
数分後、タクシーはとある場所に到着した。
水景さんが料金を払いタクシーから降りると、目に入ったのは、テレビ等で見たことのあるフランスのエッフェル塔。
「おぉ」
フランスにきて初めて、ここってフランスなんだ!って感じた。陸十さんの話を聞く限り昔も見にきたみたいだけど、全然覚えてない。
「行きますよ」
「は、はい」
エッフェル塔を視界の端に映しながら、水景さんの後をついていく。少しでも離れたら迷子になってしまいそうだな……。
ん、迷子?その単語に胸がモヤっとした。
『────あ、いた』
あれ、ここ、なんか。
さっきまで頭の中に無かった景色が呼び起こされるかのように、少しずつ頭をよぎる。
母と七海が涙を流しながら、俺に抱きついてきた場所……?
「どこにいるんだ」
歩くこと数分、そこは近くにあった公園。
真っ裸の木が立ち並び、視覚でも寒さを演出している。少し風が吹けば落ち葉が音を立て、競争でもするかのように俺を抜き去っていく。
ここについてから水景さんは誰かを探すように、首を左右に振っている。
と、その動きがピタリと止まり、ふぅーと息を吐いた水景さんがちらりと俺に視線を送ってきた。
なんだと思いながら遠くを見てみると、ベンチに座る人の影が見えた。
「あ……」
『あなたは誰?』
『俺は芦屋歩、君は?』
『私は──』
さっきよりも明確に、頭に浮かぶ昔の記憶。
ここは、あのベンチは、俺と桃花が初めて会った場所だ。
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