episode toka fastchapter7
『陸十さん』
『なんだい?』
とある日の夜中。仕事が終わり桜の病室に顔を出した陸十。
最近は少しでも時間ができると桜と会うようにしていた。明確な理由なんてなかったけれど、桜がどこかに行ってしまうような、そんな気がしていたから。
『今日も桃花とお出かけしました』
『そうか』
桜の体は大丈夫なのだろうか。良くなってきているのだろうか。
『あの子、歩くの早いんですよ』
『うん』
無理しなくていいんだ桜、君がここにいるだけで僕は──。
『陸十さん、ちゃんと桃花を見てあげてくださいね?桃花を守ってあげてください』
陸十の手に、そっと手を重ねた桜。
『私はもう十分幸せです。次は、桃花を幸せにしてあげてください』
「桜……」
陸十が病院に到着したのは、桜が亡くなってから二時間が過ぎた頃だった。
温かかった手が今はこんなに冷たい。
大切な人がもうこの世にはいない。あんなに、あんなに頑張っていたのに……。
人目も気にせず陸十は、泣いていた。一晩中、体力が底をつくまで。
陸十が桜の支えになっていたように、陸十の支えもまた桜だった。
頑張れる理由は、きつくても耐えられる理由は、桜がいたから。
桜と出会えたことは、陸十にとって運命以外の何物でもなかった。
桜がいるだけで、よかったのに。
「陸十」
「あぁ、空。きてくれたんだね」
「無理しなくていい。今は泣いていい。でも、忘れんなよ、桃花ちゃんがいること」
桜がいた病室は、世界に忘れ去られてしまったかのように静かだった。
けれど、桜が好きだった世界は、景色はまだここにある。
桜が残した一番、大切な、宝物が。
「あぁ」
桜の最後の言葉を思い出す。きっとあの時、桜はわかっていたのだ、自分の命がもう長くないことを。
そして陸十は理解できていなかったのだ、自分はもう親だということを。
「あぁ、忘れてない。桃花は、僕と桜の宝物だ」
任せて桜。僕は必ず桃花を幸せにするから。
天国で見守る君が安心できるように。
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