episode toka fastchapter2
昔はよく、こうやって時間を過ごしていた。
ベットに座ったまま布団をかけ、変わらない景色をずっと窓の向こう側から眺める。面白くも、つまらなくもない無機質な時間。
不満も、文句も、愚痴さえも言わない。
なぜなら桜にとってそれは普通だったから。
物心ついた時から桜は、自分が他の子とは違うと気づいていた。親がつきそう登下校、毎週訪れていた病院、制限のついた生活。
そうしないと桜は生きることさえままならない。そんな子だった。
「桜、調子はどうだい?」
桜のいる病室にやってきたのは陸十だ。笑顔で語りかけると、近くの椅子を手に取り桜の隣へと腰掛けた。
「大分楽になりました、ほら」
両腕をふんっと持ち上げ力こぶを作ってみせる。白く細い腕は、明らかに前より細くなっていた。
陸十はそれを見て「ほんとだね」と、小さく呟く。それを気にした桜は、傍らに置いてあるお茶の入ったマグカップを持ち上げようと手を伸ばした。が、
「あ……」
「さ、桜っ!」
取っ手を掴み力を入れても持ち上がらず、お茶が溢れてしまう。
「これじゃあ桃花を抱っこすることもできませんね」
「っ……」
精一杯に作った笑顔。陸十は胸が苦しくなる。
「だ、大丈夫、きっとすぐ元気になるよ、今は頑張ろう」
陸十は目をそらしてしまった。慌てたように溢れたお茶を雑巾で拭く。
桃花が生まれて一ヶ月が過ぎた。桜の容態は、よくなっていない。
「あ、あぁ、そうだ、空が今度息子を連れて会いにくると言っていたよ」
「そうですか。楽しみですね」
「海季も波音も会いたがってた」
「はい」
「だから、だから、大丈夫さ。桜は、一人じゃないよ」
「はい」
陸十は桜の目を見ることができなかった。背中越しに声をかけるだけが精一杯。
一番辛いのが桜だと、一番我慢しているのが桜だと理解しているから。
大丈夫。頑張ろう。ありきたりな言葉を紡ぐだけしか陸十にはできない。
陸十は心のどこかで思ってしまっていた。
子供なんか生ませるんじゃなかった……と。
桜は力なく陸十の言葉に返事をした。
自分が普通だったら、自分が他の子と同じなら、陸十に心配なんてさせなかった、桃花を思う存分抱きしめられていた。
なんで私は、普通じゃないの……?
強い風が窓を揺らす。部屋に流れる無機質な時間。
まるで昔に戻ったみたいだ。
景色が世界が、だんだんと濁っていく。
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