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あれからどれくらい時間が経っただろう。俺と坂瀬川さんは、係りの人にお願いしてイベント会場から途中退出をし、近くにあったカフェに入って、カウンター席に座り、コーヒーを飲みながらぼんやりと窓の外の景色を見ていた。さすがは東京、人の多さが地元とは桁違いだ。

覚えている会話といえば、商品を注文する時くらいの短い会話だけで、それ以外は全くと言っていいほど喋っていない。けれどそれは苦痛とか、気まずいとかではなく、幸せな老夫婦のような穏やかな時間だった。


「そんなに長く私といてくれるんですか?」

「……答えに困る質問しないでくださいよ」


と、そんなことを思ったせいで、坂瀬川さんが窓の外を見ながらコーヒカップを傾け、独り言のようにそう呟いた。

その質問に苦笑いをしながら答え、彼女の横顔をちらりと見る。涙を流していたせいかまだ目は赤い。


「付き合わせてしまって、ごめんなさい」

「今更それ言いますか」

「では、付き合わせてあげたんだから感謝してくださいよ」

「言い方の問題じゃないのはわかってますよね!?」


良かった、通常運転の坂瀬川さんに戻ったみたいだ。


「実は、私の友達なんですよ、あの人。でも、会うのは久しぶりで忘れてるって思ってたんです」


坂瀬川さんもまた、一つひとつを思い出すように、それはもう楽しそうに、園田小夏との思い出を語ってくれた。

メイドさんになる前の彼女は俺となんら変わりのない普通の女の子だと知れて安心したし、昔から心を読む技を持っていたと知った時は冷や汗をかいた。

濃くも短い時間を過ごしていた二人は、お互いにお互いのことを大切に思い続け、今日また会うことができた。でもまだ、園田さんは気づいてないみたいだけど……。


「あ、いたいた!!歩君よ!!」

「あ、私、ちょっとトイレに」


と、静かなカフェに響いた女性の声。その声の主は、入口の方から俺の名前を呼び大きく手を振っていた。


「それと、私のことは言わないで下さいね」


声の主、園田小夏がこっちにやってくる前に、坂瀬川さんはトイレに逃げ込んでしまった。


「歩君よ!!」

「聞こえてますよ!ちょっと静かにしましょうよ!」

「あれ?彼女さんは?」


無視ですか……。


「今、ちょうどトイレに行きましたけど」

「……ふーん、まぁいいや。はい、これ」


お店にいる人たちは、一瞬ちらりとこっちを確認したくらいで、特に気にした様子はない。

とりあえず聞かれたことに答えるが、園田さんはどこか納得していないような表情を浮かべた。


「え、いいんですか?」

「もち。どうせ近くにいるだろうと思ったからね」


が、それもわずかの間だけで、すぐに表情を変えると、俺に手渡してくれたのは、二枚の色紙。もちろん、彼女のサインが書いてある。


「あ、ありがとうございます!」

「いいよ、いいよ。君と私の仲じゃないか」


肩をバシバシと叩いてくるけど、そんなに仲良くなった覚えはない。まぁ、冗談で言ってるんだろう。


「つーわけで、連絡先を教えてくれ」

「……は?」

「急げ、私はこれからまだ仕事があるんだ!」


何で人は急かされると冷静な判断ができなくなるのか?半ば強引に俺は、園田さんと連絡先を交換してしまった。

園田さんはそれを終えると「じゃ、また」とだけ言って、店から出て行った。どうやら、忙しいのは本当らしい。


「人って変われるんだな……」


坂瀬川さんから聞いた園田さんの面影は、もう感じられない。

手に持った色紙のサイン。そのサインには、彼女の名前と力強さが一緒に描かれていた。


読んでいただきありがとうございます!

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