文化祭デート with 桃花
午前9時を時計が知らせると一緒に、校内放送が流れ文化祭二日目が始まった。
シフトは一応、昨日と同じだけど忙しさによってはヘルプにきてもらうと平福さんは言っていた。
もはや、学生とは思えないくらいのリーダーシップ。今度からあの人のことをバイトリーダーと呼ぼうかな。バイトしたことないけど。
さて俺は、またしても一人で校内を回るか。
「芦屋様」
と、教室を出る直前、坂瀬川さんに呼び止められた。
どうして坂瀬川さんがメイド服を着ているのかと言うと、ありがたいことにお店を手伝ってくれるとのこと。本物のメイドがいるメイド喫茶って考えるとすごいな。お客さんの数物凄いことになりそうだ。
「なんですか?」
「どこに行かれるんですか?」
「あ、え、校内を回ろうかなと……」
俺がそう言うと、わざとらしく頬に手を当て小さく首を振る坂瀬川さん。やれやれと言わんばかりの反応。
「やれやれ」
いや言ってるわ。
「何か……」
まぁ、あれですよ、今日一日が平凡に過ぎていくわけがないとわかってたからな。
自慢じゃないけどこのあと、洲咲さんと一緒に回る約束もしてるし、七海とも回る約束してるもんね!文化祭を一番楽しんでるのは、俺の可能性がある。
「私も、オリヴィアさんも今日はお手伝いをさせてもらいます」
「は、はい」
「誰が、お嬢様のことをお世話するんですか」
「え、藍那さんと一緒に働くんじゃ……」
「違いますよ。お嬢様の穴を埋めるのが、私とオリヴィアさんの役目です」
「つまり……?」
「芦屋様は、今からお嬢様とデートですよ」
坂瀬川さんがそう言い切ると同時に、後ろから服を優しく引っ張られ、可愛らしい声が聞こえてくる。
「歩、行こ」
「あ、あい──」
「……」
「と、桃花……」
「うん、行こ」
名前を呼ばないと、もう反応すらしてくれなくなっちゃってる。早く慣れないといけない。
でも今はそれよりも、藍那さんと二人きりという状況に少し抵抗がある。
もしもあの時みたいなことが起きてしまったら、彼女に怪我をさせてしまったら、そんな不安ばかりが頭の中を駆け巡っていく。
「歩」
「……ん?」
「手、繋ご?」
ほんのりと赤に染まった頬。恥ずかしそうに目をそらした藍那さんは、服を引っ張っていた手を離すと両手で、俺の右手をギュッと握ってくる。
「ぁ……」
小さくて、柔らかくて、少しだけ冷たい手は、頭の中を埋め尽くしていた不安を一気に吹き飛ばし、思考すらも停止させた。
振り払っても、握り返しても、どっちにしろ壊れてしまいそうなくらい繊細で、優しい藍那さんの手。
「やっぱり、ぽわぽわする」
藍那さんと手を繋ぐのは初めてのはずなのに、この感覚はどこかで覚えているような、そんな気がした。
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