episode ayumu secondchapter
年が一つ上がった、小六の冬。
分厚い雲が空にかかり、日の光はここまで届いていない。僕は外に出ているわけじゃなくて、布団にくるまり、窓から見える空をぼーっと眺めている。
ガタガタと窓が風で揺れていて、外はとても寒そうだ。
「まだ昼か……」
冬休みのある日。遅い時間に起床した僕は、時計がさしてる時間を見てそんなことを呟いた。
部屋の中とはいえ布団から出るとさすがに寒い。フローリングの冷たさが足を直接襲ってくる。
寒さに我慢しながら部屋から出て、階段を降り、リビングに入ると、キッチン脇のテーブルに座る母と、テレビの前のテーブルで宿題をしている妹の姿があった。
「あら歩、おそようございます」
「……うん」
「っ!に、兄たま……おはよう……ございます」
「あぁ、うん」
変わらない様子の母と、以前と比べてよそよそしくなった妹の挨拶。一応、反応だけして僕はキッチンに向かった。
IHヒーターの上に置かれた鍋を開けると、カレーのいい香りが漂う。昨日の晩飯の残りだ。少し湯気が立ち上ったのはきっと、近い時間に母と妹が手をつけたからだろう。
「ご飯食べる?」
「食べるけど、自分でやるよ」
ボタンを押すとピッと音がなってカレーを温め始める。
どうやらご飯は炊きたてで、チンする必要はなさそう。
一通りご飯の準備を終えた僕は、一度リビングを出て洗面所に向かった。冷たい水で顔を洗って眠気を飛ばす。そのあと歯を磨いて、またリビングに戻る。
すると、さっきまで座っていた母がキッチンに移動して何やらごそごそと作業をしている。
僕に気づいた母は「座ってて」と笑顔で言ってきた。
「いいのに」
「いいの」
聞こえないよう言ったつもりだったけど、聞こえてしまったみたい。
僕はとても申し訳なくなってごめんなさいと、心の中で思った。
「あ、あの、兄たま」
「うん?」
「え、えーと、宿題を見てほしいんです……」
妹が大事そうに抱えるノートには「さんすう」と書いてあって、下の方には漢字で自分の名前を書いていた。
「名前、書けるようになったんだ」
「っ!!は、はい!練習しました!!」
「やるなー。よし、頑張ったから一緒に宿題するか」
「ほんとですか!?やったー!!」
宿題するって言って喜ぶなんて、変わったやつだな。
「できたわよー」
「ごめん、母さん」
喜んでいる妹に「これ食べたらな」と伝え、僕は手を合わせてカレーを食べ始めた。
何も変わっていない休日だ。母がいて、妹がいて、僕がいて。
……何も、何も変わってないはずなのに、どうしてこんなに景色は、音は、濁っているんだろう。
あの日からずっと、僕の世界は色あせている。
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