短いようで長かった
坂瀬河さんから『お嬢様に伝えておきましたのでいつも通りの時間にきて頂いて大丈夫ですよ』とメールを貰ったのは、昨夜のことだった。
バカみたいに早く出るつもりだったのでこの連絡は本当に助かった。
「って、まだ出てきてないのか」
藍那さん宅の門前。いつもなら立って待ってくれている藍那さんの姿が今日は見えない。
五月下旬ともなると朝はもう暖かい。昼なんかは暑い時もある。夏の足音が聞こえてきた……。ほら、石の上を歩くようなカツカツという音とともに。
「待った?」
「いや、俺も今きたとこだよ。おはよう、藍那さん」
「おはよう」
袖を掴んで無表情で首をかしげる藍那さん。どうやら彼女の足音だったみたい。
朝らかドキドキすることをしてくるなこの子。いやまぁ、無自覚でなんの意図もないと思うんだけど。
「(じー……)」
「ん?」
「何でもない」
「そ、そう……」
「(じー……)」
なんか今日おかしいよ! いつも何考えてるかわからないけど今日は特にだよ!
見つめられること数秒、変な汗をかいてきた俺に助け舟がやってくる。
「お嬢様ー、お弁当忘れてますよー。あら芦屋様、ご苦労様です」
「坂瀬河さん、おはようございます」
藍那さんまた弁当忘れてたのか……。よく見たら荷物も持ってないじゃん。
「(じー……)」
「坂瀬河さん、これは?」
「いや実はお嬢様、この三日間芦屋様に会え──」
「湖春、それは言わなくていい」
坂瀬河さんの口を慌てて抑えている藍那さん。心なしか顔がほんのり赤に染まっているように見えた。
それに、藍那さんもこういう風に人と接することができるんだな。なんかわかんないけど微笑ましい気持ちになる。
「それでは、いってらっしゃいませ。お嬢様、芦屋様」
笑顔で見送ってくれる坂瀬河さんに軽く会釈をして、学校に向かう俺と藍那さん。今日はずっと俺の袖を掴んで離さない。
「寂しかった?」
「え?」
あ、まずい、緊張して上手く聞き取れなかった。
「……何でもない」
「そ、そう」
藍那さんの表情は、相変わらずの無表情。でも、学校に着くまでの間、その手が袖から離れることはなかった。
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