その嘘はやめてください
朝。修学旅行から三日が経った今日は、学校に行く日である。全く、時間が経つのはなんでこんなに早いのか。
気がつけば気温もグンと上がり、夏の始まりを肌で感じるようになった。制服も半袖になってたり。
まぁ、季節が変わろうが俺の生活は簡単に変わらないわけで。本日も、藍那さんの迎えに向かっております。
次のテストが終われば夏休みに入るし、毎日藍那さんに会うことはなくなるのか……。少し、寂しい気もするな。
できることなら毎日──。いや、気持ち悪いか。
「おはようございます、芦屋様」
「おはようございます、坂瀬河さん」
藍那さん宅の門前に到着すると、和服姿のメイドさんが姿勢正しく立っていた。やっぱりこっちの方が似合ってるな、この人。それにしても……
「藍那さんは?」
「それが……」
すると、坂瀬河さんは胸の前で手を握り、気まずそうに目を下の方に向けながら、こう言い放った。
「お嬢様は昨日、日本を飛び立ちました」
「……え?」
「急なことで、芦屋様に連絡するのが遅れてしまって……。こんな形で──」
嘘だよな? 藍那さんがいない?もう、一緒に学校に行けないのか? ご飯を食べられないのか? 遊べもしないのか? そんな、急に……。
かいていた汗が引いて行くのがわかる。温度が俺のいるところだけ下がったのかもしれない。そんな、ありえないことを考えてしまうくらい、俺の脳は正常ではなかった。
「そう、ですか……」
振り絞って出した声は、自分でも聞き取るのが難しいくらい細々としていて、まるで力が入っていない。 電池が切れかけの防犯ブザーみたいな感じだった。
「とまぁ、帰られたのはほんとですが、すぐに戻られますのでご安心を」
「……ん?」
「早とちりですよ、あ・し・や・さ・ま」
「んん⁉︎」
ニコニコと微笑む坂瀬河さんを見て、またやられたと心の中で叫ぶ。この人に、卵を投げつけたい。
あまりにも深刻そうな感じで話してたから、うっかりもう帰ってこないんだと勝手に思い込んでしまった。それが、このメイドさんの狙いだったのか!
「夏休みまでには帰ってきますので、その時はまたお迎えの方お願いします」
「ほんと、意地悪ですね!」
「謝罪と言ってはなんですが、夏休みすごい企画を企んでるのでお楽しみに」
「坂瀬河さんが言うと全く楽しみにできないんですけど⁉︎」
むしろ、恐怖の方が大きい。夏だからって無駄に心霊系の番組を放送するテレビくらい余計なお世話なんですけど。
「でも、お嬢様をそんなに大切に思ってくれていて嬉しいですよ?」
「っ!」
「ふふふ」
下がった気温がまた急に上がってませんか? 風邪ひきますよ?
季節が変わっても、俺と坂瀬河さんの関係も変わらないようですね。
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