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プロローグ


「……レディ。どうかお静かに。今誰かに見付かれば、死ぬより酷い目に遭いますよ。」


土砂降りの雨だというのに、赤い満月が辺りを照らしている。異常と呼んで差し支えのない夜だったから、打ち付ける雨音に溶け込んでしまいそうなほど微かに、低く、甘く響く声は幻聴かも知れない。

……だけれど、叫び掛けた私の口を塞ぐ暖かい掌は幻でも混乱する心を安堵させた。白銀色に包まれながら全身を巡る痛みと熱に浅い呼吸を繰り返す身体からどんどん意識が遠退いていく。今日一日のことが映写機の様に頭の中を駆け巡っていく。死ぬのだろうか、と、やけに冷静に思った。




王都に程近い村。特産品と呼べるものが存在しないこの村に通行が困難になるほどに観光客があふれ返っているのは、今夜が15年に一度の「赤い満月」の日だから。

「赤い満月」の日には、この村に人の姿をして潜んでいる狼……「人狼」が姿を現す日だと言われている。それは迷信だろうけれど、赤い月を観測するにはここからが一番綺麗に見える。他の場所からではそう赤く見えないらしい。

共に赤い満月を見られると幸せになれると聞いてきたカップル、オカルトマニア、天文を学んでいる人達……お祭り騒ぎが好きな人達も来ているだろう。普段では考えられないほどの食べ物、玩具の屋台がところ狭しと立ち並び、自然と心が弾んでいく。


「見て、王都の近衛騎士様もいらっしゃるわ!あの白銀の鎧、王都の建国祭で見たことがあるもの。」

「……あの、背の高い人?」


友人のリンが頬を染めて耳打ちした騎士様は、実は探さなくてもすぐに誰の事だかわかっていた。陽光を受けて輝く白銀色の鎧を纏った、この混雑の中でも一際目を引く長身の男性。アッシュブロンドの柔らかそうな髪に、切れ長の群青色をした瞳。道を塞ぐように取り巻く人々にも当然のように優しく接している様子はまるで、おとぎ話の王子様が絵本から出てきたみたいだった。とても庶民のお祭りが好きそうには見えないのだけれど……天文学でもされているのかしら。それとも、誰かの護衛?

考えているうちに見つめすぎていたらしく、視線が重なる。……と、一瞬その柔和な表情を崩して、鋭い群青色が私を睨み付けた様に見えた。心当たりがないのに、とても気まずい。


「ねえ、リン。私チョコバナナが食べたいわ。行こう!」

「そうね!私も食べてみたい。こんなに選べるのは今日だけだもん。……アメリア!あの屋台は何かしら?」


友人の興味も無事に逸れてくれたらしい。そう、今日は15年に1度のお祭りだもの。楽しまないと!


(どう考えても楽しみ過ぎた……。)


リンと別れた直後に後悔が胸を過る。辺りは既に真っ暗で、私の家は村から少し離れた森の中にある。ぽつぽつと雨が当たり始めているし、家族だって心配しているだろう。早く帰らなければ。


……こんな日に雨?これじゃ、せっかくの月が見られない。お祭り騒ぎに夢中になってこの瞬間まですっかり忘れていた空を見上げた瞬間、息が止まる。血に濡れた様な赤い月が、手が届きそうなほどに近くまで、これは、本当にいつも見ている月なのだろうか。


私が見上げるのを待っていたかのように雨が激しくなって、鼓動が早くなる。息が詰まる。瞳が燃えるように熱い。身体中に力がみなぎってくるような、力が抜けていくような、不思議な感覚。叫び出したくなる衝動に駆られた瞬間、誰かに耳元で優しく囁かれ、口を塞がれる幻覚に囚われて……認識できたのは、そこまでだった。

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