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 すっかり綺麗な服装で拠点を出た十人は、東へ向かって歩き始めた。先頭を歩いているのはフェイジョアとカンナ。その後ろにフラネル、ローレル、ミナがいて、そのまた後ろにはカルミアとホオズキとナギ。最後尾にはジンとアイリスがいる。

 このペースだと一日では島を回りきれないが、それは十人も承知していた。何かあったときのために体力は残しておきたい。今日と明日。二日かけて、この島を踏破する。それはローレルの提案だった。

 湖に着くと、一度、小休憩を取ることとなった。誰もまだ疲労を感じてはいなかったが、ここからは未踏のエリアに入る。これも、ローレルの『万が一』であった。

 大多数が腰を下ろして一息つく中、まだまだ体力をもて余しているフェイジョアとカンナは湖で泳いだり魚を手掴みで取ったりしていた。そんな人間を若干迷惑そうに見ている動物達。不意に腰を上げたカルミアは、他の七人から離れて、そんな動物達に近付いていった。動物達はいつものように僅かに逃げる素振りを見せたものの、ふと警戒を解いた。カルミアは一頭の鹿に手を伸ばし、その首筋を撫でる。そんな光景に気付いたカンナとフェイジョアは、他の七人と合流しながら口を開いた。

「ちょっと意外よね。カルミアって野性動物とか怖がるタイプだと思ってたんだけど、昨日の夜もあんな感じで真っ先に近付いて行ったし。あの鹿結構大きいのに。フェイジョア、もしかしたらあんたの方が怖がられてるかもしれないわね」

「あの鹿より俺の方が強いからな。それはしょうがねぇことだ」

 当然とでもいうような口調に呆れた顔を向けるカンナだったが、次にフェイジョアが口にした言葉に、若干動揺してしまった。

「というかお前、あいつのこと嫌ってるわけじゃねぇのな。俺からすりゃあ、カルミアのことよりそっちの方が意外だぜ」

 カンナは思わず息を詰まらせる。フェイジョアにも気付かれるほど自分の態度は分かりやすかっただろうか。

「別に嫌ってないわよ」

 そう返すことしか出来ず、カンナは目を逸らすようにカルミアを見た。彼女の祖母、カトレアは、とても優しい雰囲気を持っていたのに動物にはなつかれないタイプだったな、と思い出した。

「ホオズキ、カルミアとはどんな風に仲良くなったんだ? こんな風にいうのもなんだけど、二人はかなり違うタイプだろう?」

 ローレルの問いにホオズキは顔を上げて、何か考えるような沈黙の後、口を開く。

「校舎裏で、あんな風に動物と遊んでいるところを話し掛けた」

「なんだかちょっとロマンチックですね」とミナ。その隣のアイリスも「へぇ」とにやけ顔をしている。

「ホオズキに対しては初めからあんな風に喋っていたのか?」

「いや、昨日までの、ローレル達に対する接し方と同じだった。ですます口調で、すぐに慌てていたな。結局、慣れるまで一ヶ月くらいかかった」

「そうなのか。それじゃあ俺達に慣れるのもなかなか時間がかかりそうだな」

 苦笑するローレルだったが、ホオズキは首を横に振って否定した。

「そんなことはない。俺の場合は慣れるまで待ったからそれだけ時間がかかったけど、今は二十四時間一緒にいるし、カルミアも口調を直したり努力してる。きっと、そのうち気軽に話し掛けてくるようになる」

「そうか。この試験中にそうなったら嬉しいんだけどな」笑みを浮かべるローレルに、ホオズキは大丈夫というように頷いた。他のメンバーはいつになく饒舌なホオズキに内心驚いたり笑みを浮かべたりしていたが、そんななかでフェイジョアが「よっしゃ」と口を開いた。

「そういうことなら、九大貴族一フレンドリーな俺が邪魔な壁を取り除いてやるぜ」

 やめなさい、と言いたいカンナだったが、貴族一フレンドリーという点は間違っていないため、つい言葉に詰まってしまった。一般生徒は九大貴族の子息相手だとどうしても気を遣い距離を置いてしまうのだが、フェイジョアはこんな性格であるためクラスでも打ち解けているようであった。女子生徒からの評判がいまいちであることは、きっと知らないのだろうが。

 誰かが止める隙もなくフェイジョアはカルミアのもとへ駆けていった。前述した通り、彼にとってカルミアは苦手な異性のなかで更に苦手な部類に入る人物である。それを踏まえると、この行動は普段の彼からは考えられないものであるが、カンナのからかうような言葉、こいつができるなら俺もというホオズキへの対抗心、これから未踏のエリアへ赴くという高揚感などなど様々な重ね合わせが彼をそのような行動に駆り立てた。

 そしてその結果、水飛沫を上げて近付いてくる彼に驚いた動物達が一目散に逃げ出し、カルミアはしばらく唖然としたあとフェイジョアに顔を向けて、

「動物を怖がらせないでください!」と怒ったのだった。

 予想外の言葉にフェイジョアは驚き、あうあうと狼狽え、そしてようやく我に返って何か言い返そうにも怒り顔のカルミアを見るとなにも言えず、すごすごとローレル達の元へ戻ったのだった。

 そんな彼を流石に哀れに思ったのか、アイリスが励ましを口にする。

「まぁ、ある意味距離は縮まったんじゃないかしら」

 ホオズキも頷く。

「すごい。あんなに怒ったカルミアは、俺も初めて見た」

「二人ともフォローになってませんよ」とミナ。

 フェイジョアは何とも言えない気持ちのまま振り返った。そこでは、戻ってきた動物達とカルミアが戯れていた。



 未踏の地といっても、フクジアはそれほど大きな島でもないため、景色に劇的な変化はない。だがそこには少なからず新たな発見があり、最初にそれを見つけたのはフラネルだった。

 ローレルとミナと話をしながら歩いていた彼は、視界に入ってきたそれに思わず「あっ」と小さく叫んだ。前を歩いていた二人は剣の柄に手を当てて勢いよく振り返ったが、なんでもなさそうな雰囲気に警戒を解いた。

 フラネルは近くの木の根もとに咲いている花の前にしゃがみこむ。

「その花がどうかしたのか?」ローレルが問うと、フラネルが答える前に、隣のミナが「あ」と、アイリスが「あら」と小さく声をあげた。フラネルはその通りというように頷く。

「これはストックっていう花だよ。みんな聞き覚えがあると思うけど、どうかな」

「魔力薬の材料か」とジン。

「うん。この花の魔力は人間のものと殆ど同じなんだ。だから魔力を回復する薬にもなるし、このままでも使えないことはないよ」

 じゃあ何かあったときのために摘んでいくか。そう言おうとしたローレルに先んじるようにフラネルが補足する。

「ただし、花を摘んでしまうと魔力は霧散して、一分くらいで回復効果はなくなってしまうんだ。薬の製造方法は企業秘密だし、知ってるとしたら製造会社本社があるエキナケアの人くらいなんだけど……」

 フラネルの視線に、ミナは首を横に振った。フラネル自身、仮に知っていたとしてもこの場で口にするようなことはないと考えていたためひとつ頷いてすぐに視線をはずした。

「なんだよ。じゃあ結局使えねーってことか」

 フェイジョアの言葉にローレルは頷きながらも「だがこういう花があるというのは有益な情報だ」と言った。

「そうだね」とフラネルもそれに同意する。「一本あるっていうことは、近くに少なからず生息している筈だよ」

 この情報で、十人の気持ちは些か楽になった。魔力に余裕ができるというのは、アルス・ロメリアに関わらずありがたいものだ。

 フラネルの言葉通りストックの花はよく目に入った。昼食時の話し合いで、これなら移動に多少の魔力を使っても大丈夫だろうと判断し、アルスは地を駆けて、ロメリアは浮遊魔法を使って進もうという話に決まった。

「カルミアとフラネルは浮遊魔法が使えなかっただろう。二人はどうする」とジンがローレルに訊く。

「剣士の誰かがおぶっていこう。この中で一番体力がありそうなのはフェイジョアとカンナだから、二人に頼んでいいか?」

「えぇ!?」と思わず声をあげたのはフラネルとカンナであった。声はあげなかったものの露骨に嫌そうな顔をしたフェイジョアだったが、フラネルの反応に思い切り顔をしかめる。

「おい、フラネル。なにが『えぇ!?』なんだよ」

「え。あ、いや、その、フェイジョア君の手を煩わせるのは悪いかなって……」

 しどろもどろに答えながら少しずつ後退するフラネルに、フェイジョアは大きな歩幅で詰め寄る。

「いや、構わねぇよ、フラネル。お前を背負ったところで、全速力で走るくらいわけねぇ」

 そう言いながらフラネルの首根っこを掴み、そのまま左の肩へと担ぎ上げた。フラネルは抵抗する意思を見せずに両手両足をだらんとぶらさげたまま「こうなると思ったんだよね」と小さく呟いた。

 一方のカンナとカルミアも膠着状態にあった。カルミアへのもやもやとした気持ちをもて余しているカンナ。彼女に嫌われているのではないかと思っているカルミア。そして先程のカンナの『えぇ!?』である。そんな状態に陥るのは当然の流れだろう。ローレルからすれば、湖でのカンナの言葉を考えての采配だったわけだが、そんな様子を見て何か一筋縄ではいかない事情があるのかと察した。

「あー、やっぱりカルミアはナギが――」

「べ、別に代わってもらわなくていいわよ! ほら、こっち来て」

「は、はいぃ!」緊張からかひきつった声をあげるカルミア。先程フェイジョアを叱った際の面影はまるで感じられない。

 そしてそのフェイジョアはといえば先程のことを柄にもなく引きずっているらしく、気まずげにカルミアとカンナから数歩離れた。とはいってもあの叱責を気にしているわけではなく、どちらかといえば彼の抱いていたカルミアのイメージと現実の剥離に困惑しているのであった。これまで常に優しかった飼い主に叱られて所在ないといった面持ちの犬のように見えなくもない。

 森を走り抜ける十人に会話は少なかった。走っている、浮遊魔法を使っていることが理由ではない。ローレルとミナ、ジンとアイリスは、時おり言葉を交わしている。黙っているのは他の六人であり、カルミアとフラネルが前列へいったことで、とりあえずフェイジョアとカンナは気味が悪いほど無口になり、当然カルミアもフラネルも同様であった。そしてホオズキとナギも、カルミアがいなくなったことで普段通り無口になっていた。ミナやアイリスがたまに話を振ったりもしたが会話が弾むことはなく、この二人相手に長く話を続けていたカルミアは地味に凄いのではないかと思ったのだった。

 三時間ほど走った後、十人は再び小休憩を取っていた。各自近場でストックの花を見つけて魔力を補給することとなり、その方法をフラネルが教えることになった。彼は近くに咲いていた何の変哲もない花を摘むと、その匂いを嗅ぐように、鼻先に近付けて深呼吸をした。

「さっきも言ったけど、ストックの花は摘むと魔力の霧散が始まって一分ほどで完全になくなる。だからこうやって、その魔力を身体に吸収するんだ」

「戦いの最中に、ってわけにはいかなそうね」というカンナにフラネルは頷く。

「動きながらしても、雀の涙程度の魔力しか吸収できないと思うよ」

「やっぱり魔力薬って便利ね」と小さく呟いたカンナをフェイジョアが鼻で笑う。

「おいおい、もう少し頭を使えよ。いちいち鼻や口で吸い込まなくても、花を食――」

「あ、一応ひとつだけ注意しておくけど」とフラネルが他の九人を見て人差し指を立てる。「絶対に、ストックの花を食べたりなんかしないでね。魔獣とか一部の野性動物とか、魔力に引き寄せられる外敵から身を守るために強力な毒を持ってるから」

「だそうよ、野性動物」

 フェイジョアは「ぐぬぬ」と悔しげに呻いてから、逃げるように花探しへ向かった。そして、彼の後を追う小さな人影がひとつ。

 一分もかからずに花を見つけたフェイジョアは、早速、先程のフラネルのように花を摘む。その瞬間、ストックの花は淡い光を放った。鼻先へ近付けて一度深呼吸した時、背後から何者かの足音が聞こえて――しかし人間であることは分かったためさほど警戒はせずに――振り向いた。そして、僅かに目を見開く。そこにいたのはカルミアだった。自分に何か用だろうか。いや、間違いなくそうなのだろう。カルミアはストックの花を探して歩く必要はないのだから。

「あ、あの、フェイジョアさん」

 フェイジョアが抱く彼女のイメージそのままの弱々しい声。それが、彼を更に困惑させた。

「なんだ、よ」先程のようなことがないように威勢を張りたい自分と、怖がらせないようにしようと思う自分がせめぎあい、彼の口調はぎこちないものとなる。

「さっきはすいませんでした。ついカッとなって、あんな風に怒鳴っちゃって……」

 あれは怒鳴ったつもりだったのか、とフェイジョアは思った。彼からすれば、ぴしりと叱られたような気がしていたのだ。

「いや、なんつーか、俺も悪かった、んだよな、多分」

 カルミアは大きく頷く。後悔して謝ってもそこは譲れないらしい。

「だ、だよな。だけど、動物がどうこうなんて考えたことなかっただけで、別に怖がらせたかったわけじゃねぇからな」

「はい。あの、私も冷静になって考えたら、多分そうなんじゃないかと思って……」

 軽く馬鹿にされたような気になったフェイジョアだったが、そこは気にしないことにした。そしていつまでもこの話題を続けるのは精神的に疲れると判断して話の矛先を変えた。

「というか、その丁寧な口調、なるべく使わないようにするんじゃなかったか」

「それは、確かにそうなんですけど、やっぱりなかなか……」

「そんなもんか。俺ぁ、誰がどんな口調で話そうが全っ然構わねぇけどな。気にいらなけりゃあそん時はそん時だ」

「私が……えっと、もっと砕けた感じに喋っても気にしませんか?」

「しねぇな。タメ語だろうがなんだろうが、カンナみたいに腹が立つ一言をいちいち付け足したりしなけりゃあな」

「そうですか」とカルミアは思案顔で軽く俯く。そして次に顔を上げたとき、その目には小さな決意が感じられた。「分かりました。頑張って、フェイジョアさんにタメ語を使います」

 どんな決意表明だよ、という言葉が喉の奥まで出てきたがなんとか飲み込んだ。

「まぁ話し方なんか本人が話しやすけりゃそれでいいだろ」

 そう言いながら鼻先の花に目を向けると、いつのまにか淡い光は消えていた。一分はとうに過ぎていたようだ。花を捨てようとしたフェイジョアだったが、カルミアの視線に気づいて、腰を曲げて地面にそっと置いた。気にしすぎだろうか。らしくないと自分でも思った。

「つーかあれだな」と後頭部を掻きながら斜め上を向く。「花の匂いを嗅ぎながら女と話してたって考えると、俺、最高に気持ち悪ぃな」

 カルミアの様子を窺うように視線だけ向けると、彼女はしばらくきょとんとした後、小さく息を噴き出した。上半身ごと俯いてしまって顔は見えないが、小さく震える背中とたまに漏れる声から、笑いを必死に押し殺している姿を想像することは難しくなかった。

「そんなにキモかったか」

 思わず真顔で訊いたフェイジョアに、カルミアの声が大きく漏れて、背中の震えが大きくなった。そして数秒して少し落ち着いたのか、僅かに顔をあげながら苦しげに口を開く。

「ちょ、ちょっと、喋らないでください」

 酷い言い草である。しかし、その時に覗かせた表情は今までに見たことがなかったもので、フェイジョアもつい反論の言葉を失ってしまったのだった。

 これがカンナなら放っておいて戻るんだが、とフェイジョアは先程よりも乱暴に頭を掻く。穏やかな空気。穏やかすぎて、驚いたのか、心臓が縮こまるような感覚。学院の友人や九大貴族の子息達と話していて、このような状態になったことはなかった。しかし、戸惑いながらも、この雰囲気は嫌いじゃないと思う自分がいた。




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