二
探索班も昼食を終え、まだ通ったことのない森のなかを歩いていた。お互いが詳しくは知らない昨日の各班での活動について話していると、とある単語にカンナが反応を示した。
「一対一勝負!? なにそれ初耳なんだけど!」
フェイジョアに詰め寄るカンナに、ジンが口を挟む。
「正式にやると決まったわけじゃない。余裕があればだ。それに全力ではなく軽い手合わせ程度だ」
「そんなの片方が本気を出せばもう片方だってやらざるを得ないでしょ!」
図星を突かれたように肩を跳ね上げたフェイジョアに、アイリスは彼の魂胆を見た気がした。
カンナはどうやら自分を抜きにしてそのような話が進んでいたことが気に食わないらしく、肩を怒らせ、がに股ぎみに歩き、苛立たしさを全身で表現していた。
「その時は私も立ち会わせてもらうわ。ここには私より賢そうな人しかいないから――まぁ一人は当然除外するけど――ぶっちゃけると、あんたたちだって他の九大貴族の力を確認するよう言われて来てるんでしょ?」その問いには誰も答えなかったが、カンナのなかでそれは今更確認するまでもないことなので気にせず話を続けた。「このまま魔獣が出なかったら戦闘能力が計れないって思ってたけど、実際に立ち会えるならそれ以上の収穫はないわ」
「言っておくけど、お前と立ち会うなんざ俺ぁごめんだ」フェイジョアが言う。
「はぁ!? なんでよ! あんたのことは特に調べとけって言われてるのに!」
「カンナさんぶっちゃけすぎだよ……」残念ながらフラネルの言葉は彼女には届かなかった。
「軽い手合わせでも女とは戦わねえ。やっても楽しくねぇから」
その言葉に、一瞬、カンナの動きが止まった。近くにいて、彼女の雰囲気が変わったことに気付かない者はいないだろう。
「必ず自分が勝つとでも思ってるような口調ね、デルフィニウム」怒りの滲んだ声。しかしフェイジョアは意に介さず平然と答える。
「女に負ける自分は想像出来ねぇな」
「想像する必要はないわ。今すぐ現実にしてあげる」
カンナは腰を低くして、左手で剣の鞘を、右手で柄を握った。 その瞬間、彼女の身体から膨大な魔力が溢れだし、五人の服と周囲の草木を揺らした。
一方のフェイジョアは、先程の言葉は心からのものだったのだろう。溜め息をひとつ吐いた後、背中の両手剣を取り、身体の前でゆっくりと引き抜いた。その行動に伴い発生する、カンナと同等の現象。
その時、異変に気づいたのは、ロメリアであるフラネルとアイリスであった。魔力を体に取り込むアルスと違い、彼らは大気中の魔力を操り魔法を発動させる。そのため、魔力の流れにはアルスの何倍も敏感なのだ。
「カンナさん、フェイジョア、ちょっと待って」フラネルが自らを落ち着けるようにゆっくりと言う。
「フラネル、ごめんけど止めないで。こいつぶっ飛ばしたら落ち着くから」
「そりゃ、こっちの――」
「いいから」とフラネルは鋭く口を挟む。「落ち着いて聞いて。さっき、一瞬だけ魔力の流れが乱れた。そして、その原因として考えられる魔獣に心当たりがあるんだ」
二人はようやく事態を察したらしい。剣は握ったまま、しかし周囲に注意を払う。
「ミザーっていう魔獣。戦ったことはないけど、資料は見たことがある」
「ヒョウのような外見で、カメレオンのような能力をもつ魔獣だったな」とジンが言って、フラネルは頷いて肯定する。
「体長は普通のヒョウと同じで百六十センチのプラマイ三十センチ。普通のヒョウと違うのは、群れを形成する生態と、景色に溶け込む能力をもっていること。戦闘経験のある人はいる?」
誰も答えない。フラネルは頷き、遥か昔に読んだ資料の記憶を引っ張り出す。
「厄介に思える能力だけど、対応は単純。攻撃に転じると能力の効果は消えるから、そこを迎え撃てばいい。だけどどうしても反応は遅れるし、多数が一斉に襲いかかってきた場合は一人じゃあなかなか反撃まで手が回らない」
「つまりどういうことだよ?」この状況下での長々とした説明に苛立ったようにフェイジョアが訊いた。
「こっちは五人いる。魔法使いを囲む形で陣形をとって背中合わせに戦えば、背後を取られることはない。僕らも後ろから援護できる」
「さっさとそれを言えよ」
五人は周囲を警戒しながら摺り足で移動し、ひとところに固まった。
「アイリスさん、力の補助魔法を」アイリスが頷いたのをみて、フラネルはアルスの三人に声をかける。
「補助魔法発動と同時に襲いかかってくると思う。アイリスさん、ジン。ミザーは電撃に弱い」
四人は頷く。アイリスの身体が淡く光った際に生じた魔力の乱れを、今度は全員が感じられた。四方八方から感じるそれに、囲まれていることを確信する。
アルス三人の身体が粒子に包まれた瞬間、うなり声と共にミザーの一匹が姿を表した。標的はカンナ。しかし突き出した前足、半開きの口から覗く鋭い牙が届く前に、まず前足二本が、そして返しの一閃で顔が横に二分された。カンナは剣を振り、血を掃う。
「大したことないわね。強い奴から狙う作戦はなかなかいいと思うけど」
「はっ。なに言ってやがんだか。肉食動物は確実に仕留められそうな獲物を狙うんだぜ」
カンナが何か反論を口にしようとした瞬間、六匹のミザーが姿を現した。一人二匹。ジンとカンナは二振りで、フェイジョアは両手剣の一振りでそのノルマを容易くこなした。しかし間髪いれず飛びかかってきた第二陣には反応が遅れる。そこを救ったのは背後に控えていたロメリアの二人だった。フラネルはカンナを、アイリスはフェイジョアをフォローして、飛びかかってきたミザーを電撃魔法で怯ませる。そこをそれぞれアルスがとどめを刺した。
「俺だけフォローなしか」というジンの声。その言葉に反して不満げな響きはない。むしろ笑みを含んでいた。
「要らないと思ったんだけど、必要だったかしら」
「いや、いい判断だ」
電撃を帯びた左腕を払いながら、ミザーに突き刺した剣を抜く。
ジン=ドウダン。彼に正面から挑んで隙を見つけることは容易いことではない。世界で唯一魔法が存在する幻想国ラルディア。ジンは、そのなかでも唯一魔法使いと剣士、アルスとロメリアの能力を有するドウダン一族の嫡子であった。
「今ので終わりか?」
「ミザーは大体が十頭前後の群れを作るんだ。仮に二、三頭残っていたとしても、今の戦いをみて逃げたと思うよ」
「まだいる可能性があるってことね」カンナは剣を構えて前を見据えたまま言うが、フルネルは頷かなかった。
「うーん。どうだろう。元々ここに生息していたならまだいるかもしれないけど、先生達が試験のために連れてきたのなら、今ので最後じゃないかな。僕は後者の確率が高いと思う」
「ちょうど十頭。俺達の数に合わせたということか」
「なんだよ。じゃあもしかして今ので終わりか?」
「少なくとも他の魔獣を放ってるってことはないと思うよ。魔獣は気性が荒いから、そんなことしたってお互いに攻撃しあうだけだし。ミザーだって群れ以外の同種を平気で狩るような動物だから、こんな小さな島じゃあ、とっくに絶滅してると思う」
「つーことはやっぱどっかから連れてこられた試験用の魔獣か」フェイジョアは気が抜けたように剣先を地面につけた。「思ったよりぬるかったが、たったこれだけで評価が上がるならよしとするか。このことを話せば、慎重なリーダーも遠征を許すだろうしな」
フェイジョアは先程放り投げた鞘の元まで歩く。拾い上げて振り向くと、カンナがちょうど剣を鞘に納めていた。
「勝負はもういいのかよ。俺を負かすんじゃなかったのか?」
ついからかうと、カンナは真顔を向けてきた。余計なことを言っちまったと一瞬後悔したフェイジョアだったが、
「もういいわよ。私、勝ったし」
その言葉に表情が固まった。ちょうど、先程のカンナのように。
「いつ、お前が俺に勝ったって?」
「たった今」と、足元に転がるミザーの死体を指差す。「私が三頭。あんたは二頭」
勝ち誇った笑みを浮かべるカンナ。確かに討伐数に間違いはない。しかし勝負をするなど言っていなかった。だがフェイジョア自身、確かに負けたと思ってしまった。彼は基本的に異性が苦手で、そんな相手と戦うのは更に苦手だった。異性のなかではましな部類に入るカンナでも、それは変わらない。しかしそれ以上に、彼は負けることが大嫌いなのであった。
フェイジョアは悔しさに歯を食い縛りながら、絞り出すように言葉を吐き出す。
「今のは一回戦だ」
あの自分勝手な勝ち宣言を認めるのか、とジンとアイリスは内心呆れたが、今のフェイジョアの目には不敵に笑うカンナしか映っていない。
「一回戦ねぇ」すっかり勝者気分のカンナである。「別に私はいいわよ。次は実力勝負ってことでいいわね?」
その問いにフェイジョアが頷く前に「採取勝負っていうのはどう?」とフラネルが口を挟んだ。
「採取勝負?」と、臨戦態勢に入りつつあった二人が声を揃える。仲が良いのか悪いのか、とフラネルは苦笑しながら頷いた。
「剣の勝負は今ので一応一段落として、採取勝負なら本来の目的も達成できて一石二鳥だし」
フラネルは、まるで良案のように言いながらも、内心では、こんな詭弁は流石に通じないかな、と思っていた。しかし説明を終えると、フェイジョアとカンナは不敵な笑みを浮かべて睨みあった。
「なるほど。なかなかいい案だぜ。絶対に勝てる勝負なんてつまらねぇしな」
「私も構わないわよ。直接対決なら勝てるっていう夢まで奪うのは可哀想だし」
笑みを消して睨みあう二人。フラネルはその中心から一歩引いたところで苦笑を浮かべていた。
「フラネル」とジンが口を開く。魔法が使えるとはいえ、一応、アルスである以上、彼も『力』のデルフィニウムと『技』のディモルフォセカの実力には興味があり、両者の戦いは見てみたいと静観していたのであった。しかし戦わないというのであれば、黙っている理由もない。
「採取勝負と言っても、むやみやたらと取るわけにもいくまい」
「うん。だから、取るものは指定するよ。えーと」とフラネルは周囲の地面を見渡す。そしてある一点に視線を止めると、そこまで歩いて地面を堀始めた。他の四人はそれを黙って見守り、次にフラネルが腰を上げたとき、その手には長い根っこがあった。それには胡桃のような実が生っている。
「チチューナッツっていう穀物だよ。外国の人がいうところの魔法植物だね。普通の豆類より水気が少ないから保存が利くし、カロリーも高くてサバイバル生活には適してる。喉は渇くけどね。それになにより」と、フェイジョアとカンナに目を向ける。「このチチューナッツを探し出すのは、実はなかなか難しいんだ。二人には特にね」
その二人は揃って眉をひそめる。目の前で、フラネルが容易く行ったことが自分達には難しいという。しかしカンナはその意味に気付いたらしく、納得したように口を半開きにした。
「フラネルはそのナッツの魔力を探ったってわけね。でも、魔法使いほどでないにしても、剣士だってそれくらいはできるわよ」
「魔力を、っていうところは正解。でも、後半は、多分難しい。二人は今この状態で、チチューナッツから魔力を感じられる?」
フェイジョアとカンナはチチューナッツに視線を固定し、魔力を全身に巡らせる。それが、他の魔力に対して最もアンテナを張った状態なのだった。
チチューナッツをじっと見つめる二人。十秒が過ぎた頃から、徐々に眉間に皺がより始める。フラネルは、ガラの悪いカップルに絡まれた気分になった。居心地の悪さを誤魔化そうと、もう一組の(こっちは本当の)カップルに目を向ける。しかし、こちらでも眉間に皺を寄せている者が一人。
「二人はどう? ジンは苦戦してるみたいだけど」
「私は、まぁ普通に。ちょっと分かりにくいかなって感じかしら。ジンはギリギリ感じ取れるくらいみたい」
「そっか。ちなみにチチューナッツは地面に埋まった状態だと、少なくともこの倍は分かり難くなるよ」
「はぁ!?」と声を上げたのはガラの悪い二人。アイリスは「あらら」と他人事で、その隣のジンは、悔しげに小さく舌打ちをした。
「四人のなかでチチューナッツを魔力で探せるのはアイリスさんくらいみたいだね」
「ちょっとフラネル。それじゃあ私とこいつの勝負になんないじゃない」
「大丈夫。目視で探す方法もあるんだ。ほらこれ」とフラネルは根っこの一端を掴んで二人の眼前に差し出す。
「あ、空洞になってる」
フラネルは頷く。
「土にも魔力は含まれているのはいうまでもないけど、このチチューナッツはもっと多量の魔力を吸収するために、この管を使って大気中の魔力を吸い込んでいるんだ。地面からこんな管が、もしくは小さな穴が開いていたら、その下にはチチューナッツが埋まってるよ」
「この一センチもないような管を見つけろって?」
「管の直径は五ミリ。大体、地面ギリギリのところにまでしか管を伸ばさないよ。せいぜい、数ミリ、頭が出てるくらいじゃないかな」二人の口元がひきつっているのを見て、フラネルはこう付け足した。「ちなみに、これが不可能じゃないことは先人が証明してるよ」
そう言われてしまうと、二人も引くに引けない。勝負の意思を確認するように視線を交わすが、どこか互いに同情するような色が感じられた。
「勝負の方法は、こうしよう。これからまた食材を採取しながら歩くわけだけど、その途中でチチューナッツの魔力を感じたら二人に教えるよ。それを先に探し当てたほうに一ポイント。拠点に着いた時点でポイントの高い方が勝者。それでいいかな」
笑顔のフラネルを見てから、二人は顔を見合わせた。そして小さく口を動かし、そして指を立てて何やら数の相談を始めた。そしてそれが終わると、フェイジョアはフラネルに向き直り、神妙な口調でこう言ったのだった。
「五ポイント先取にしようぜ、リーダー」




