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 光の柱が徐々に消えていく。遠くから風にのって聞こえてくる複数の声。

「いかに個が強大であろうと、この圧倒的な数を相手に戦い生き残ることは不可能だ。投降すれば、少なくとも今すぐ死ぬことはなくなる」

 その言葉にジンは鋭い視線を返す。

「人質はそうではないのだろう」

「これだけ暴れたんだ。その程度のペナルティは当然だろう」

「それなら交渉の余地はない」と言ったローレルに、他の七人も頷く。男は不快げに顔を歪めた。

「お前達は、結局はその程度の人間だ。九大貴族など馬鹿馬鹿しい。目の前の人間を救っただけで全てを救ったつもりになっている。ヒーローに憧れている子供と何も変わらない」

「お前達は自分達のしようとしていることが本当に正しいと思っているのか!?」

「正しさなど我々は求めていない! 例えそれが後の世界で悪と呼ばれようと、今のこの国に必要なのは劇的な変化なのだ! お前達が気付いていないだけで、爆発までのカウントダウンは既に始まっている! 丁寧に解体していては間に合わない! 例えそれで爆発を早めることになろうとも、重要な線を断ち切らねばならないところまで迫っているのだ!」

 ローレル達が何も返さないのを見て、男は気を静めるように息を吐きながらもう一度言う。

「投降しろ」

「それは、できない」とローレルは首を横に振る。どのような理由があろうとテロはテロであり、国民に危害が加えられると分かっていて頷くわけにはいかない。だが、出来ることなら、そしておそらく自分が貴族ではなければ、思わず彼らに訊いてしまっていたかもしれない。

『国民の現実は、そんなにも酷いものなのか』

 いや、貴族ではなければ、なんて仮定は成り立たない。これは国民の現実を知らない貴族だからこその疑問、葛藤だ。

 エメロカリスから攻めてくるつもりはないようだった。警戒は怠っていないが、増援の到着を待つつもりなのだろう。千人規模の組織とはいえ残り全員が増援に来たとは思えない。だが少なくとも百人はいるだろう。合流されればまず勝ち目はない。個別に倒していくしかない。だが、そのためには増援が到着する前に、目の前の二十数人を倒す必要がある。それはあまりに難しい。撤退? 島中に敵がいる状態で? 人質を守りながら?

「やるしかねえだろ」

 一歩前に出てフェイジョアが言う。その大きな背中を見ながらフラネルは苦笑する。

「そうだね。いくら考えても、それしかなさそうだよ」

 ローレルも「そうだな」と同意してネリネに顔を向ける。

「ネリネ、すまないが、人質になっていた人達の周りに結界を張ってもらえないか? これからは守りながら戦うことは難しそうだ」

 頷いたネリネは後方にいる人質二人の元へ行き、自分達のことは放っておいてくれていいと言う彼らに手をかざす。遠目ながらそれを見ていたエメロカリス達はネリネの正体にざわめいたが、警戒を緩めることはなかった。

 そして両者がぶつかり合う。ローレル達は先程以上の、それも多少のダメージは覚悟した特攻を仕掛ける。だがエメロカリスは防御に専念しており、致命的なダメージを与えるには至らない。防御を崩すことに専念している間に治癒が完了してしまうといった展開が繰り返された。

 そうしている間に敵の増援第一陣が到着した。人数は大まかに見て五十名。彼らが戦いに加わったことにより、攻防は逆転した。唯一の幸運は、エメロカリスが人質のことを後回しにしていることくらいだろう。

 圧倒的な戦力差に圧されて、ローレル達は気付けば波打ち際まで追い込まれていた。そこへ、更に増援が到着する。途中で合流したのだろう。その数は先程の比ではない。

「全員で三百人ってとこ?」乾いた笑みを浮かべたカンナに応える者はいない。多くの視線を向けられることには慣れている。だが、これ程までの憎悪を向けられたのは初めてのことであった。その視線だけで、この場に倒れてしまいそうになる。

 敵の陣営からリーダー格の男が一歩前に出た。しかし既に言葉を交わす気はないのであろう。その右手に握られた剣、全身に纏った魔力がそれを如実に表していた。

 男が剣を構えると、後方の同士達もそれぞれ臨戦態勢に入る。同様にローレル達も武器を構え、または魔法の発動準備に掛かる。今までにないほど、死の気配を身近に感じた。気付けば、すぐ後ろに。

 それを振り払うようにローレル達は砂浜を蹴った。近付かせまいと敵が張った障壁をフェイジョアとカンナが一振りで砕く。そこへ放たれた魔法はフラネルとアイリスが迎え撃つも、威力で負けた分の余波が八人の身体を僅かに切り裂いた。しかし、この程度の傷は覚悟の上である。ローレルとジンは怯むことなく一気にリーダー格の男との距離を縮める。それまでの戦いでこの男が如何に手強いかは理解していた。しかし、だからこそ、彼を下すことが出来れば、敵にも強い心理的ダメージを与えることが出来るかもしれない。

 男は剣を振り上げてローレルの攻撃を弾く。ジンの行動は、側にいた女剣士により妨害されていた。それぞれの相手と二、三度撃ち合った後、ローレルとジンは大きく後退する。それと入れ替わるタイミングでネリネとミナは魔法を発動させた。大威力の水魔法。二つの魔法は重なりあい、猛烈な勢いの津波と化してエメロカリスに襲い掛かる。しかし、その先頭に立つ男は微動だにせずその場に立っていた。

 障壁が現れる。一枚一枚に強度はない。しかし数えきれないほどに重ねられたそれは確実に水の勢いを削ぎ、そしてその全てが砕けた後は、僅かな水が男の靴先に届いた程度であった。

 ローレル達が再び攻撃へ転じる前に、敵陣で魔力が膨れ上がった。咄嗟にローレル達は動く。魔法使いは障壁を張り、剣士達は彼らの壁となった。だが次の瞬間に彼らが見たのは、こちらへ投げ込まれる複数の爆弾。それはカルミアを重体にまで追い込んだものであった。それが複数。広範囲の障壁数枚で防ぎきれる威力ではない。剣士達はそれぞれ魔法使いを抱えて、力の限り後方へ飛んだ。彼らの身体が海面に触れると同時に爆弾が爆発した。八人がいた砂浜は抉れて無くなり、エメロカリスの者達が障壁を張っていた部分だけが何事もなかったかのように残っていた。

 海面から顔を出した八人が見たのは、再び膨れ上がった魔力であった。間違いなく電撃魔法。今から移動しようと浮遊しようと逃れられる筈はない。障壁を張ったところで、水を伝って電撃は届くのだ。

 リーダー格の男が挙げていた手を下ろす。百人を優に超す魔法使い達は両腕をローレル達に向けて伸ばす。電撃が迸った。一人分の威力は精々中程度。だがそれが百人ともなると、言葉では表せないほど圧倒的な威力と化す。

 だがそれは、ローレル達に直撃する寸前のところで消し飛んだ。何が起こったのか理解できた者はその場にはいなかった。ただ、何かが目にも止まらぬ速度で、彼らの頭上を通り過ぎたのだ。遅れて、一陣の風が吹いた。いや、風などという生ぬるいものではない。海に浮かんでいたローレル達は一気に砂浜まで流されて、陸地にいたエメロカリスの者達は踏ん張りすらきかずに蟻のように宙へ放り出されていった。剣士達はまだいい。浮遊魔法を使えない魔法使い達は地面や木に身体を打ち付けられ、そのまま立ち上がれない者もいた。

 ローレルは軽く飲み込んでしまった海水に咳き込みながら立ち上がる。他の七人も酷く咳き込みながらも無事らしい。一人一人立ち上がっていく。そんな彼らにエメロカリスの者達は鋭い視線を向けて剣を構えるが、それを止めたのは島全体をも震わせる咆哮であった。ブーバのものではない。八人は耳を塞ぎながら思う。もっと巨大で、強大で、圧倒的な。

 咆哮が聞こえてきた上方に顔を向けると、月と被って巨大な陰が見えた。それは一目で正体の分かるシルエットであった。

 雪だるまのような身体。そこから生えた短い手足に、長い尻尾。おまけに小さな翼。

 ローレル達とエメロカリスを隔てるように落下してきたのはブーバであった。地面に衝突する寸前に小さな翼を必死に動かしてゆっくりと着地する。その背中には、二人の人物が張り付いていた。

「ブーバ、お願い!」そのうちの一人、カルミアの言葉に応えるように、ブーバはその巨大な口から咆哮とともに炎を吐き出した。ローレル達の壁になるように燃え盛る灼熱の炎にエメロカリス達は後退せざるを得ない。

 ブーバの背中から降りた二人は八人のもとへ駆け寄る。

「みんな、大丈夫!?」カルミアの言葉にローレルは頷く。

「大丈夫だ。大した傷はない。だがカルミア達はどうやってここに? それにブーバも――――」

 言葉が途切れたのは、上方から強大な気配を感じたためだった。そしてその存在は急下降し、ローレル達の側へ着陸する。その際に起こった風圧だけでも波が引き、ローレル達の身体が浮かび上がりそうになった。

 カルミアがその存在の顔まで移動し、瞳に向けて右腕を広げる。

「ブーバのお母さんです」笑顔のカルミアに対してローレル達は呆然とするしかなかった。正真正銘のブバルディア。月の光を反射する白く美しい鱗。雪だるまフォルムの幼竜時代からは考えられないほどすらっとした輪郭と胴体。手足は胴体と比べるとやはり短いが見るからに強靭であり、唯一の共通点である長い尻尾は更に細く長いものになっている。体長は百メートルを軽く超えているだろう。尾もいれた全長は三百メートル程であろうか。

「乗せてくれるから、早く逃げよう」というカルミアに頷こうとしたローレルだが、不意に動きを止める。

「いや駄目だ。まだ人質が二人いる。彼等も連れていかなければ」

「結界は壊れてない。さっきと同じ場所にいる筈」

 ネリネがその方向を指差すと、カルミアはブバルディアの口許に触れながら何か言葉を交わす。話を終えると他の九人に少し離れてくださいと言った。

 ブバルディアが息を吸い込む。胸をのけぞらせるほどの深呼吸ではなく、鼻から吸って腹部が少し膨らむ程度のものだ。しかし、その大きな口から吐き出された息は、ブーバの灼熱の炎を吹き消し、その向こうにいた人間を蟻のように吹き飛ばした。

 そうして出来た道を、ローレル、ジン、カンナ、フェイジョアが駆け抜け、襲いかかってくる敵を迎撃しながら人質を救出した。ブバルディアの姿を見て戦々恐々としている彼らに敵ではないことだけを伝え、そのままブバルディアの大きな背中に跳び乗る。他の六人は、接近してくる敵を牽制しながらそれに追従し、最後にブバルディアが前足でブーバの首もとを摘まんで背中に置いた。

 意思を確認するように振り向いた竜に、ローレル達は頷く。小さな鳴き声とともに大きな翼が広がり、四本の足が地面を蹴ると同時に羽ばたいた。その風圧は敵の接近を妨げ、小威力の魔法なら容易く掻き消す。ある程度浮上したとき、エメロカリスの魔法使い達が数十発の炎撃魔法を同時に放ったが、ブバルディアは咆哮によってそれを霧散させた。

「とんでもないわね」

 カンナは耳に当てていた手を外しながら呟く。だがしっかり発声できたかは分からなかった。カルミアの指示で咄嗟に耳を塞いだのだが、やはりあの大声量を完全に防ぐことは出来なかったらしい。耳の奥が痺れて、全ての音が遠い。人質の二人など呆然としていたため完全に反応が遅れて気を失っている。彼らに治癒を掛けるミナを見ながらジンが口を開く。

「聴覚は魔法ではどうにもならない。これは回復まで時間が掛かるな」当然、その声は他の誰にも聞こえていなかったが、言いたいことはなんとなく伝わった。

 十分に上昇したのち、ブバルディアはゆっくりと飛行を始める。不意に、フラネルが大きな溜め息を吐いた。両手を後方に伸ばして、脱力した身体を支える。その姿に他のメンバーもそこまで露骨ではないにしろ身体の力を抜いていった。彼らの表情には自然と笑みが浮かんでいた。安堵から来るものだろうか。しかしそれだけではないような気がした。よく分からないまま笑いは大きくなり、気付けば数名は声をこぼすほど笑っていた。




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