五
「思い出しました」
不意にそう言ったミナに、他三名の顔が自然と集まる。
「思い出したって、何を?」とフラネル。
「あの男の人が言ってたっていう組織の名前。エメロカリス。どこかで聞いたことがある気がしていたんです」
「ロメリア市民軍の過激派が結成した組織じゃないのか?」
「多分違います」とミナは首を横に振る。「穏健派――というのは違和感がありますね。アルス・ロメリア共存派の組織に、似たような名前を見たことがある気がするんです」
「共存派!?」とフラネルは思わず声をあげた。ローレルは声こそあげなかったが、ミナの言葉に目を見開いていた。
共存派――一般的に穏健派と呼ばれる国民は、アルス派・ロメリア派と同等の数ほど存在するとされている。しかし、他二つの派閥と比べて組織の数は圧倒的に少ないのが現状だ。理由としてはいくつか考えられる。穏健派という名称が示す特性上、組織活動まで行おうとする者が少数であること。下手に穏健派と口にすると、他二つの派閥の人間に睨まれること。そして、仮に同士を集めて組織を立ち上げたとして、アルス派・ロメリア派と争いになる可能性が極めて高いことが挙げられる。
組織活動と言っても穏健派組織に過激な活動は見られず、あくまで非暴力。言葉で国に訴えることを信条としていた。しかしアルス・ロメリア間の争いは年々激化の一途を辿っており、その余波は当然の如く穏健派にも襲い掛かった。昨年の夏には、アルス派の過激組織によって穏健派の組織員五名が拷問の末に殺されるという事件も起こっている。
「そういえば、あの男が言っていたよ。国民の声は無視してテロリストの話は聞くのか、って」
三人は思わず言葉を失った。テロ行為が正しいとは絶対に思わない。父親達が国民の声を無視しているとも思わない。しかしそれでも、返す言葉は浮かばなかった。声を無視されたと思っている国民が三百人はいるという事実。そして、彼らの要求は、望みは、おそらく今まで言葉で訴えていたことと変わらない。
アルス・ロメリア間に蔓延る差別意識の撤廃。
ラルディア国はテロには屈しない。テロリストの要求は絶対にのまない。それが国としてあるべき正しい姿だと誰もが思っている。
しかし今回の場合、その要求を突っぱねることが出来るほど、国は、自分達の一族は、果たしてその問題に意欲的に取り組んでいるのだろうか。即答できるのは、ドウダン一族のジンと、デュランタ一族のアイリスくらいだろう。
エキナケアはジンが言ったように確かに穏健派が多いが、それはもともとの国民性が大きく、では余裕がある分他の地方の争いに関して尽力しているかというとそうではない。ルドベキアは当主が倒れて以来治安は悪くなる一方。バンクシアとコモンセージに至っては――ナギとフラネルにとって、これは決してこの場で口には出せないことであるが――アルス・ロメリア間の争いを利用して何か画策しているような動きが見られていた。
「でも、そこで見た組織は小さなものだったと思います」
「大規模な組織は国に監視される。それを見越して、小さな組織で秘密裏に仲間を集めたんだろう」ローレルは膝に肘を置いて手を頭に当てる。「しかし、そうなると本当に厄介だ。魔法使い三百人というだけでも、現状、勝ち目はない。だが救援が来るまで多少持ちこたえるくらいは出来た。だが剣士と魔法使いが連携してくるとなると、それすら難しい。怪我人が二人。俺もこのザマ。ネリネも、おそらく自己申告以上に魔力は残り少ない」
「救援が来ないとかなり厳しいね」とフラネル。
「あぁ。だが仮に救援が来たとしても、もしかしたら――――」
その時、洞窟の奥から複数の足音が聞こえ、四人は反射的に顔を向けた。ジン達の姿を見て肩の力を抜く。
「ブーバの転移は完了。これでしばらくしたら救援が来てくれると思うわ」とアイリスが言った。少し離れた壁際でジンが男を降ろすのを見て、ローレルが「どうしたんだ?」と尋ねる。
「魔力を消費しきって気絶しているだけだ。目を覚ましても害はないだろうが、一応手足を縛っておくか。炎か爆破の魔法でも使われれば無意味だが」
「あ、それなら一緒にバクナシも結んでおこうよ。熱に反応して爆発するから、とりあえず戦闘不能にはなると思うよ」
「フラネル、あんた結構えぐいこと考えるわね」
引き気味に言うカンナにフラネルは照れたように笑った。
資材置き場から持ってきた蔦で男の身体を縛り、食糧庫から持ってきたバクナシを体中にくくりつける。
「これでよし」
フラネルがそう言って腰を伸ばした時、ネリネが不意に顔を入り口の方に向けた。
「誰かが結界に触れた」
その言葉に八人は動きを止めたが、一瞬後には覚悟の決まった表情でネリネと同じ方向へ顔を向ける。
「援軍か、それとも敵か」
ジンの言葉にカルミアは頷く。
「動物が何かの拍子に接触することもなくはないけど、何度も確かめるように触ってるから間違いなく人間」
「行ってみるしかないな」ローレルは全員を見回して、様子を見に行くメンバーを口にしようとした瞬間、爆発音が響き、地面が僅かに揺れた。九人は思わず身構えるが、その爆発が拠点から離れた場所で起こったものであることにすぐ気付き、顔を見合わせた。
「遠いな。少なくとも、この洞窟が攻撃されたわけじゃない」ローレルの言葉に八人は頷き、ジンが口を開いた。
「戦闘が起こったのだとすれば、援軍と敵が鉢合わせたと考えれば納得がいく」
「結界の前にいる人も無事みたい」とネリネ。
ローレルは頷き、再度、全員を見回した。
「ミナ、フラネル、ネリネ、ナギ。ここに残ってくれ。カルミアを頼む」
指名された四人は黙って頷いた。
「ジン、フェイジョア、カンナ、アイリス。行こう。とりあえずは様子見だ」
そう言って歩き出したローレルの後ろに四人が付く。会話はなかったが、しかし静寂というわけでもなかった。外から時折聞こえてくる戦闘音。人の声は聞こえない。まだ近くで戦闘は起こっていないようだった。
入り口の傍に来ると、五人は岩陰に隠れながら外の様子を窺った。確かに、入り口には人影がある。しかし逆光で顔は見えない。その人影はふと動きを止める。
「そこに誰かいますね」
その呼び掛けに五人は身を固める。結界がある以上、魔力を探ることは出来ない筈だ。敵に気付かれるほどの物音を立てたつもりもない。しかし、気付かれた。この時点で、相手との力量差、戦闘経験の差が浮き彫りになったように思えた。
ローレルは他の四人に待機するよう手振りで指示すると、一人、岩陰から姿を現す。
「あなたでしたか、ローレル君」
その声にローレルは思わず警戒を解いた。人影の正体が分かったのだ。
「学院長先生ですか?」
「はい」そう答えた時、太陽が雲に隠れたのだろうか。光が遮られて、その人物の顔が見えた。それは間違いなく、ローレル達が通うセンテッドベリア学院の長であった。歳は五十を過ぎているが、同年代の女性と比べると外見年齢は若いと言えるものだろう。パーマがかった髪は黒に近い茶髪に綺麗に染め上げられており、左手には身の丈ほどの長さの木棒を携えている。薄灰色のローブを着ているが、ところどころ破けたり、焼け焦げたりしている状態だ。ブバルディアとの激戦が窺える。
学院長はローレルの肩越しに目を向ける。
「他に何人かいますね。全員無事ですか?」
「はい」ローレルは学院長の顔をじっと見たまま言う。「それと、敵を一人捕えました」
「そうですか」学院長は頷くと、ふっと笑みを浮かべた。
「私が動揺するか確認しているのですか」
「学院の教師の中に裏切り者がいます」
「えぇ。既に特定していますよ。計画のことも聞いています。しかし私を疑うのも仕方がありません。とりあえず、あなた達は洞窟に隠れていなさい。救出するために来たのですが」そこで学院長は顔を横に向けて振り返り「間に合いませんでした。既に敵と戦闘が始まっています」
「敵の数は?」
「分かりません。しかし、こちら側の戦力百人よりは確実に多いようです」
「百人?」
ローレルは眉を潜める。
「えぇ、百人です。ブバルディア討伐のために千人以上の兵が集結していたのですが、三分の一は戦闘不能に、残りの兵は、突如撤退したブバルディアを追っていきました。呼び止めはしたのですが、自分達の任務はブバルディア討伐である、と」
「そのブバルディアは幼竜の声を聞いてこの島に向かっていたんです。幼竜は俺達が巣へ送り返したので、もう暴れることはありません」
「なるほど。そういうことでしたか。基本的には大人しいブバルディアがあそこまで暴れるのには何か理由があると思っていましたが……。しかしそれなら私が裏切り者でないことを証明できるでしょう」
「どういうことですか?」
「私はカルミアさんの力を知っています」
ローレルは驚きに目を見開いたが、しかし、考えてみれば、ネリネという接点があったにせよ、十の偉人の子息がひとつにかたまるというのは偶然にしては出来過ぎであった。
「そんな私が、ブバルディアの幼竜を送り込むなどという作戦を立てるでしょうか」
「いえ」とローレルは首を横に振る。その言葉は証拠として十分だった。
「信用してもらえたのなら、私は今からここに転移陣を敷きます。あなた達はそれで学院に避難してください」
ローレルは頷こうとしたが、ふと動きを止めて学院長を見た。
「先程、国軍はブバルディアを追っていったと仰りましたが、では、今戦っている百人というのは? 国軍の兵士が残ったのですか?」
「えぇ」と一度は答えた学院長であったが「いえ、どうなのでしょう。確かに彼らの大半は九大貴族に遣える兵なのですが、命令を受けてきたわけではなく、ただただあなた達の身を案じて馳せ参じた方たちのようです。同じように、少数ですが腕利きの一般市民が戦ってくれています。学院の――」
教師達はブバルディアとの戦闘で疲弊しきってしまい、という言葉はローレルには聞こえていなかった。その前の言葉の衝撃があまりに大きかったためだ。それは隠れていた四人も同様だったのだろう。ゆっくりと岩陰から出てきたジン達の姿に学院長が安堵の笑みを浮かべる。
「ジン君、フェイジョア君、アイリスさん、カンナさん。無事で何よりです」
ジン、フェイジョア、カンナは頷き、アイリスは小さく頭を下げた。ローレルは振り返って彼らと視線を合わせる。考えていることは同様らしく、真っ先に口を開いたのはフェイジョアだった。
「俺ぁ、行くぜ。ただでさえあいつらには苛ついてんだ。うちの兵士や国民が来てるってんなら、尚更行かないわけにはいかねぇ」
「こいつと同じってのは嫌だけど、私も行くわ」とカンナ。「今使わなきゃ、なんのための力か分からないし」
ローレルは続いてジンとアイリスに目を向ける。
「ま、気持ち的にも戦略的にも私は行くべきでしょう?」
「口に出すまでもない」
ジンは答えた後、ローレルに視線を返す。
「だがローレル、君はどうする。俺達と違って君は万全の状態じゃあない。ここで洞窟の警備に残っても、誰も君を責めることはないだろう」
ローレルは困ったように笑った。答えは分かっているだろうにわざわざそんな風に訊くとはジンらしいと思ったのだった。
振り返ったローレルは、結界越しに学院長と視線を交わす。学院長は困ったように額に手を当て、だが嬉しそうに口元を緩めていた。
「仕方ありませんね。この状況であなた達の力はとても大きい。言ったところで聞いてくれそうにもありませんし」大きく頷いたフェイジョアに学院長は溜め息を吐いた後、真剣な表情を作る。「ですが、私達の目的はあなた達の救出です。あなた達に何かあれば、その時点で成功とはいえなくなる。自分の身を第一に考えて行動してください」
首肯、あるいは肯定の返事を返した五人は、誰からともなく顔を合わせる。短く言葉を交わし、まずは今の話を他の四人に伝えるため来た道を戻ることとなった。そのことを学院長に伝えると、彼女は「ここの守りは任せておきなさい」と言った。そして懐から魔力回復薬を五本取り出し、ローレル達に渡した。




