二
さっさと出発した討伐班を見送ってから、カンナは他の四人に向き直った。ナギとホオズキは無口で、フラネルは、フェイジョアにはああ言ったものの、好きなタイプかといえばそうでもない。そしてカルミア。唯一の一般人。アルスとロメリアという違いはあるにせよ、ラルディア国民だ。九大貴族の子息に囲まれて緊張しているようだし、ジンのように気を遣ってやるのが正しい対応なのだろうが――、なかなかそうは出来ない理由が彼女にはあるのだった。
心の中で葛藤しているうちにフラネルがおずおずと手を挙げた。
「有事の時のために、暫定的なリーダーを決めた方がいいと思うんだけど……」
ナギ、ホオズキ、カルミアは頷いた。しかし積極的に会話に参加する気はやはりないらしい。カルミアはただ萎縮しているだけなのだろうが。助けを求めるようにフラネルがカンナに目を向ける。
「さっきドウダンが推薦した、コモンセージかヴィレア。どっちかがやればいいんじゃない?」
その言葉に二人は顔を見合わせ、数秒の沈黙の後、ホオズキが首を横に振る。フラネルは困ったように後頭部を掻いた。
「それならコモンセージでいいんじゃない?」
フラネルは「うーん」と唸ってからカンナに顔を向けた。
「ディモルフォセカさんは、リーダー、嫌?」
「嫌って……そんなことないけど」
自分は適任じゃない。その言葉は自尊心が邪魔をして口から出なかった。
「それなら僕はディモルフォセカさんを推すよ」
「なんで私なの?」
ジンの口から自分の名前が出なかったときに感じた劣等感を見透かされた気がして、思わずどこか棘のある口調になってしまった。こういうところもまとめ役には向いていないと更に自己嫌悪する。
「多分、このメンバーなら誰がリーダーをやってもあんまり違いはないと思うんだけど――ほら、みんな、やることはやるって感じだし」
フラネルは笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「でも、ディモルフォセカさんがリーダーなら、他の人がやるより士気が上がるかなって」
他の三人も頷く。当然その中にはカルミアの姿もあった。彼女は自分のことを何か聞いているのだろうか、とカンナは思った。いや、きっと聞いていないのだろう。と答えもすぐに出た。
「分かった。じゃあこの班の時だけ、私がリーダーをやらせてもらうわ」
討伐班は湖へ向かって森の中を一直線に駆けていた。もっとも、地面を駆けているのはアルスであるローレル、フェイジョア、ジンで、ロメリアである他の二人は浮遊魔法を使って宙を滑るように飛んでいた。
探索班が出発したころ、偶然にもこちらの班でもリーダーの話となっていた。
きっかけは、やはりフェイジョアであった。
「で、この班のリーダーって誰なんだ?」
「は?」という声が二つ重なる。ジンとアイリスの婚約者コンビのものだった。二人は顔を見合わせた後、代表してジンが口を開く。
「お前は何を言ってるんだ。この班にルドベキアがいる以上、彼がリーダーに決まっているだろ」
「はぁ!? マジかよ! ようやく俺の時代かと思ったのによ!」
「やっぱりディモルフォセカとデルフィニウムはセットにするべきだな。こいつの相手をするのは疲れる」
フェイジョアに聞こえない程度の声量で言ったジンに、アイリスは深く頷いて同意した。
ジンとフェイジョアのやりとりを苦笑交じりに聞いていたローレルは、不意に振り返ってこう言った。
「みんな、俺から一つ提案があるんだが、お互い、名字で呼び合うのは止めにしないか? 試験の間だけでもいい。学院長先生が言っていたように、学院では全員が生徒という同じ立場だ。それに、名字を聞くと、やっぱりどこか固くなってしまうところがあるだろう?」
その提案に即答する者はいなかった。アイリスはどうでもいいのかジンの反応待ちらしく、ジンと、それから珍しくフェイジョアも、思案顔で黙っていた。そんな三人の様子を見てから、ローレルはミナに顔を向けた。ここに来てからほとんど口を開いていないミナだが、ナギやホオズキのように無口という雰囲気はない。学院内で友人と談笑している姿を見掛けたこともあった。
目が合うと、ミナはこくりと頷いた。
「私は賛成です」
他の三人が顔を向ける。そしてジンも「そうだな」と頷いた。
「デルフィニウムやらディモルフォセカやら、いつまでも長い名前を呼ぶのは面倒だ。しかし名前でも変に長い奴がいるからな」
フェイジョアはジンの視線を受けてふっと鼻で笑った。
「なんなら『キング』って呼んでもいいんだぜ」
ジンは「断る」と短く返した。ローレルは二人のやり取りを見てから、ミナの隣について小声で話し掛ける。
「賛成してくれて助かった」
「いえ。でも、探索班の人にも言わないといけないですね」
「あぁ」
探索班はカンナを先頭に、森の中を歩いていた。時折フラネルが声を上げて、木の実や果実、山菜など、食べることの出来る種類のものを採取したり、一見無害でも毒を持っている植物を他の四人に教えたりしながら進んでいく。そんな道程の中で、カルミアはフラネルと少し打ち解けたようだった。どういうわけか、彼女はホオズキと元々仲が良いようで、カンナの後ろからは三人の話し声が聞こえた。
「ミリオンベルさんはどこの地方から来たの?」
「ヴィレア地方です。その前は、その、ディモルフォセカ地方にいたんですけど、今はヴィレア地方のレーミングっていう町に家族が住んでいます」
「そうなんだ。ホオズキ君とはその頃から?」
「違う」とホオズキが答える。「学院に来てからだ。一年の頃、同じクラスで」
カンナは、ふと、ナギは何をしているんだろうと思って振り返った。ナギは列の最後尾を歩いていた。話をしている三人のように油断している様子はない。もし魔獣が現れた場合、近接戦闘を苦手とするロメリアの壁にならなければならないのは、アルスであるカンナとナギだ。少し安心しながらも気を引き締めて、カンナは前を見据えた。
それからしばらく歩いた時、前方に急な下り坂が現れた。
「怪しいわね」とカンナは呟き、フラネルが同意した。しかし上からでは洞窟らしきかげは見えない。坂には背の低い草が生えていて、下手に降りようとすると足を滑らせて転落するだろう。魔力で身体能力の向上が可能なカンナとナギは問題ない。ホオズキは浮遊魔法で降りればいいだろう。
となると、とカンナは考えた後、ナギに顔を向けた。
「カルミアを乗せて下まで降りられる?」
ナギは問題ないというように平然と頷く。
「じゃあお願い。私はコモンセージを連れて降りるから」
「ええ!?」と驚いた声をあげたのは、ナギ、ではなく、当然フラネルだった。男性陣の中では小柄なフラネルであるが、それでもカンナよりは背が高い。それに何より、男として――いや、男らしくないという自覚は彼にもあるが、それでも男として、自分より小柄な女性に負ぶってもらって坂を降りるという事態は避けたかった。
「い、いや、僕は大丈夫だよ。自分で降りられるから」
「危ない。怪我したらどうすんの」
「確かに」
納得してしまうフラネル。彼は正論には弱い。
「っていや、でも、僕を乗せて二人して転んだりしたら――」
「大丈夫。一気に下まで飛び降りるだけだから。そのくらいの衝撃なら問題なし」
「す、すごいね……。あぁ、いやでも、ほら、少し歩けばもっと緩やかな坂になるかも」
「時間の無駄」
「確かに」
また納得してしまうフラネル。頭は良いのだが、正論にはとことん弱い彼である。一方、またうじうじとしだした彼に、カンナは少し苛立っていた。
「なに? 女の私には背負われたくないってこと?」
「いや、違う。多分違うよ。君が女性であることが問題というより、どちらかというと、僕が男だからっていう――」
「ならちょん切ってあげる」
「やめて」
「ちょん切られるか背負われるか選びなさい。リーダー命令」
「こんな二択、僕の人生できっと一度きりだよ」
そうこうしている間に三人は先に降りていて、坂の下からカルミアの声が聞こえてきた。フラネルとカンナを呼んでいる。
「洞窟を見つけましたー」
その声に二人は顔を見合わせる。不機嫌そうなカンナの顔を見たフラネルは大きく溜め息を吐き、
「お願いします」と頭を下げた。
討伐班は湖へと辿り着いていた。思っていた通り、そこは動物達の憩いの場になっているらしく、複雑に曲がった角の鹿や、緑色の狐、拳部分が異常に発達したカンガルーなどがいた。もっともこれらは魔獣と呼ばれる生物ではなく、魔力の影響で異常進化を遂げただけの野生動物――外国の者には魔法生物と呼ばれている――である。事実、道中で何度か見掛けているが、五人が彼らを気にすることはなかった。
凶暴な魔獣であれば、獲物を求めてこの場にやってくる、もしくはこの近くで生活していてもおかしくない。魔法生物や魔獣は強い魔力に反応する。前者は大抵の場合逃走し、後者はよほどの力の差を感じない限り襲い掛かってくる。
五人は木陰から出て湖に近付く。魔法生物たちはすぐ彼らに気付いたものの、慌てて逃げるものはおらず、近くにいた動物達もゆっくりと歩いて距離をとる程度の警戒心しかもっていなかった。
「ここに来れば食料には困らねぇな」
その言葉に返事をする者はいなかったが、他の四人も同じようなことを考えていた。
「じゃあどうせだし、私が魔法使うわね」
五人が湖の畔で足を止めると、アイリスがそう言った。
「ジン、ご所望は?」
「スピードだ。仮に魔獣が来なくても、無駄にはならん。それでいいか? リーダー」
ローレルが頷くと、アイリスは目を閉じ、ゆっくりと両腕を広げた。その身体が淡く光り、粒子のようになったそれが、五人の身体を包んだ。その光が止んだ時、湖の周辺から魔法生物たちはすっかりいなくなっていた。
フェイジョアはその場で軽く飛び跳ねてみる。いつもより遥かに弱い力で飛んでも、想像していた二倍は高く跳び上がった。
「全体に掛けられるうえにこれか。なぁ、デュランタ。単体で掛けたらもっとすげぇのか?」
「あんた、そんなことも知らないの? 他の一族の固有魔法くらい覚えなさいよ。デュランタの能力はあくまで『複数に強力な補助魔法』を掛けられること。単体でやったって、私の力に適した普通の補助魔法になるだけよ。魔法の重ね掛けは出来ないし、それなら最初から固有魔法を使った方が効果は高いわ」
「なんだそうなのか。あー、そういや、前にもどっかで聞いたような……」
「また忘れそうね、こいつ」
フェイジョアに白い目を向けてから、アイリスは辺りを見回す。魔獣が近付いてくる気配はまるでない。
「少なくともここら辺にはなにもいないみたいね」
「となると、むしろ探索班が危ないかもしれないな。試験のために教師達が魔獣を放ったのだとしたら、この絶好の狩場を知らない魔獣が森の中をうろついている可能性がある。とはいえ、そう簡単にやられる奴らじゃあないだろうが、不意打ちでディモ……カンナやナギが負傷すれば危ういな。向こうは剣士が二人しかいない」
「いざとなれば結界師君が結界を張るんじゃない? まぁ長くはもたないだろうけど」
「今更だが、カルミアの実力はどれほどのものなんだ? 誰か知っているか?」
他の四人は首を横に振る。
「ホオズキさんは知ってそうですね」とミナが付け足す。ローレルもそれに同意した。
「次に会ったら聞いてみるよ。本人にはなかなか聞きづらいしな」
その言葉に同意したのは意外にもフェイジョアだった。
「まったく。九大貴族と組むって聞いた時はうげっと思ったもんだが、その中に一般人がいるってのは余計に面倒臭いもんだぜ。なんだって教師陣は俺らの中にアイツを入れたんだか」
「運が悪かったんだろうな」と言うのはジン。「名目上は、各クラスから一人を選出、というわけだ。俺達九大貴族が所属していなかった十組に彼女がいて、その四十名の中から――バランス的に選出されるのは魔法使いだから実質は二十名か。その中から彼女が選ばれたんだろう。俺達と仲の良い一般生徒は珍しいし、もしかしたらホオズキとの仲も理由の一つになったのかもしれない」
「ねぇねぇ、ジン。あの二人ってどういう関係なのかしら」
「さぁな」
その言葉で、会話は一段落した。静寂の中、五人は再び辺りを見回す。がさ、という音に振り返ると、木陰から狐が姿を見せていた。
「よし。ここはもういいだろう」とローレルが言う。「俺達も洞窟探索に移ろう」
「ちっ。結局、そうなるのかよ」




