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 程なくしてカルミアの治癒は完了した。ミナの力あって火傷痕一つ残らなかったが、燃えてしまった髪や衣服など、全てが元通りとはいかない。服をどうしようかという話になる前に、フラネルがローブを脱いでミナに差し出した。

 女性陣がローブを着せた後、フェイジョアが背負って拠点に入り、寝床に寝かせる。拠点内で待機していたナギはその姿を見て目を僅かに動かしたが、カルミアが無事であることだけ確認するともう何も言わなかった。ネリネはローブフードをかぶり、魔道具としての機能を発動させている。おそらく、エメロカリスの男がいるためだろう。

 その間、ジンは男から得た情報をローレルに話していた。今回のことを企んだのがエメロカリスという組織であること。男が転移陣を描いた術者であること。三百人という膨大な数の敵が攻め入ってくること。他に会話はなかったため、二人の声は自然と他の七名にも届いた。それについて理解するほどの余裕があったかは分からないが。

「とりあえずブーバを送り返そう」

 ようやくその場が落ち着くと、ローレルは全員を見回してそう言った。誰もが俯いて目も合わせない中、ミナがそっと顔を上げた。

「三百人の敵が来るのなら、ブーバさんにもいてもらった方がいいんじゃないでしょうか」

「いや、ブーバを送り返せば彼の母親も巣に戻る。そうしたら結界が解けて島の外に出られるし、最悪、敵が来たとしても、学院の教師達や軍がこちらへ救援に来てくれるだろう。それに、カルミアがしばらく目を覚まさないであろうこの状況でブーバを傍に置いておくのは俺達にとっても危険だと思う。彼はあくまで野生の竜だ」

「俺はそうは思わねぇな」

腹立たしさを隠さぬ口調で言ったのはフェイジョアだった。

「少なくともアイツの“カルミアを助ける”って気持ちは、ローレル、お前よりは上だと思うぜ」

「フェイジョア、俺が待機を選んだことを言っているのなら的外れもいいところだ。あの状況ではどちらにせよミナを連れて行くという選択は有り得なかったし、俺やフェイジョアが行ったところで事態は好転しない。結果、無意味に体力を消耗するだけだった。それに、ブーバがカルミア以外の人間の指示に従ってくれるのなら俺だって当然彼に頼んでいた。苛立つ気持ちは分かるが、今は余計なことを話している場合じゃあない。感情でしか会話が出来ないのなら少し黙って――――」

「ローレル」とジンが口を挟んだ。「君も少し落ち着け」

 ローレルは口を噤んだ後、肩の力を抜くように鼻から息を吐く。その息にこもった熱を感じたことで、指摘されたように冷静さを失っていたようだと自覚した。再度深呼吸をしてから、ジン、フェイジョアに向き直り「すまない」と謝罪する。ジンは小さく頷き、フェイジョアはバツが悪そうに顔を逸らした。

「他に意見はないか?」というローレルの問いに答える者はおらず、ブーバを送り返すことが決定した。ブーバの元へ男を連れて行く役目を買ってでたジンは、他のメンバーを自分で選んでいいかとローレルに訊いた。了解を得た彼は迷うことなく名前を挙げていく。フェイジョア、カンナ、ネリネ、アイリスの四人であった。戦力的にはかなり偏ってしまうことになるが、そこはジンのことだ。何か考えがあるのだろうと、ローレルは黙って頷いた。

 ジンに男を担ぐよう指示を受けたフェイジョアは露骨に嫌そうな顔をしたが、片手で男を持ち上げると、フラネルの時の何倍も乱暴に肩に担いだ。流石のジンも優しくしろという指示は出さなかった。

 ブーバによろしく、という待機班の言葉に頷いてから、五人は洞窟の奥へと歩き出した。会話はなく、張り詰めた空気が彼らを包んでいた。

 大穴が近づき、地面に水が張ってきたところでジンが足を止めて振り返った。

「フェイジョア、その男を起こしてくれ。その後、障壁を張る。俺はフェイジョアと男を。アイリスはカンナとネリネを頼む」

 フェイジョアは頷くと、近くにあった水溜りに男を落とした。小さな呻き声をあげたものの目を開かない男を見たフェイジョアは、傍にしゃがむと後頭部を掴み、水溜りに顔を突っ込んだ。すぐに苦しげな声が聞こえ、水溜りの表面に泡が浮かんできた。手足をバタつかせた後、その両手はフェイジョアの両手を掴む。しかしフェイジョアの力に魔法使いの腕力で対抗できるはずもなく、文字通りぴくりとも動かない。いつまでも手を離そうとしないフェイジョアを止めようとジンが動き出す寸前に男は引き上げられた。地面に両手両膝を突き、大きく目を見開いて、口は鯉のようにぱくぱくと動き、荒い呼吸を繰り返している。

 ジンとアイリスは自分と他二名に障壁を張っていった。それを終えた頃には男の呼吸も大分落ち着いており、そんな彼の前にはジンが傲岸不遜に立っていた。

「今からお前には転移陣を再生性してもらう」

 男は若干苦しげに目線と言葉を返す。

「断ると言ったら?」

「おそらく、ここにいるうちの三人は今すぐにでもお前を殺したいと思っている。その口実を与えるような行動は止めておいた方が身のためだと思うがな」

 男は目だけを動かして他の四人の様子を窺った。そして、フェイジョア、カンナ、ネリネを見て、その言葉が嘘でないことを悟る。

「分かった」と男は頷いた。しかしそれは決してフェイジョア達の雰囲気を恐れたためではない。三百人の仲間が来る以上、男にとってもブバルディアの幼竜はいないに越したことはないのだ。彼らが立てた計画のうち、最高のかたちでの成功は九大貴族の子息がブバルディアの幼竜によって殺されるというものであったが、そううまくはいかなかった。いや、それどころか、男が確認しただけでも、湖で出会った五人、そしてここでの新顔の二人、七人もの生存が確認されている。残りの三人はエキナケア、ルドベキア、バンクシアの子息であったが、他の七名が生きていて、あの厄介な三名だけが死ぬとは到底考えられなかった。

「あの一般人のお嬢さんは死んだのか」

 そう訊いた瞬間、とんでもない衝撃が真横から襲い掛かってきた。フェイジョアが男の横っ面を殴打したのだ。数メートル吹き飛び、水飛沫をあげながら地面に倒れた男を見て、ジンが小さく溜め息を吐く。

「フェイジョア、魔力の無駄遣いをさせるな」

 そう言いながら男に近付き、手をかざして再び障壁を張る。男を見下ろしたままジンは口を開く。

「生きている。お前らの思い通りにはならない」

 男は殴打の衝撃で朦朧としながらもその言葉を聞いていた。

 いかに彼らが障壁を重ねて張ろうと、あの威力の爆弾を、あの至近距離で身に受けて、普通の治癒魔法で回復する程度の怪我で済むはずがない。彼女が生きているのだとすれば、それを治したのは確実にミナ=エキナケアである。そしてエキナケアが生きているという事実は、他二名の生存確率をグンと上げる。

 十人全員が生きている。全く考えなかったわけではないが、最悪のパターンだ。しかし、彼らの考えには誤りがある。ブバルディアの幼竜を送り返せば、すぐにでも大勢の救援が来る。そう考えていることだ。そこに仲間達が付け込んでくれることを祈るしかない。

「今から水中に入る」ジンの言葉が飛ぶ。「妙な動きをすれば障壁を解く」

 男は黙って頷いた。ブバルディアの幼竜を九大貴族の屋敷に送ってやろうかという考えが頭によぎったが、行き先を変更する場合は転移陣を最初から描き直す必要がある。そんなことをすれば確実に露見し、命が危うい。しかしなんとしても彼らになんらかのダメージを与えてやりたいところではある。

 そんな彼の考えは、洞窟の最奥へ辿り着いた時に消し飛んだ。そこに待ち構えていたのは、威嚇するように唸り声をあげるブバルディアの幼竜。しかも、その敵意は明らかに自分一人へ向けられている。どんな手を使ったかは分からないが、九大貴族の子息達はブバルディアの幼竜を手懐けたのだ。もし、彼らが意のままにこの化物を操れるとすれば。男は戦慄した。自分の命のためにも、計画を成功させるためにも、こいつを確実に巣へ送り返さねばならない。

 ブバルディアの幼竜に気を取られながらも水中に潜り、破壊された転移陣の一部を描き直す。その間、ジン達は付かず離れずの距離を保って監視を続けていた。男は作業を終えると、転移陣の真上に浮かびあがり、掌を下に向けた右手を前に出す。その状態でジンに目を向けて、彼が頷いたのを見ると男は右手に魔力を集めた。

 転移陣の発動には、陣を製作した者の魔力が必要となる。距離や陣の大きさによって必要な魔力量は異なり、今回のような大規模なうえに長距離移動の転移陣を発動させるには、男に残っているすべての魔力を注ぎ込む必要があった。転移陣が淡く光り充填は完了した。同時に男は気を失い、ジンがその首根っこを掴んで陸地の方へ泳いでいく。それにはアイリスとフェイジョアが付き添い、残った二人は水面から顔を出すとブーバの名前を呼んだ。

「ブーバ、ここに潜って、転移陣に立って」

 ネリネが手振りを交えながら言う。しかしブーバは動かない。意味が通じていないのかと思い、ブーバの大きな手を引いて水の中へ潜ろうとしたが、それでも彼は動かなかった。

 もう一度水面に上がってブーバと目を合わせる。その瞳はどこか不安げで、丸く太い眉尻も下がっている。

「大丈夫。ちゃんと巣に帰れる」

 ネリネが言っても、ブーバは小さく鳴き声を上げるだけだ。

「もしかしてカルミアのことが心配とか?」

 ふと思いついたようにカンナが言うと、ブーバは、カルミアという名前にだろうか。ぴくりと反応を見せた。

「大丈夫よ。傷は治ったし、ミナもそのうち目を覚ますって言ってたし。そんな情けない顔ばっかりしてるとまた怒るわよ」

 言葉は通じていない。しかし、カンナが精一杯作った笑みを見て安心したのか、ブーバは一度少し大きな声で鳴いた。ネリネは彼の頬に小さくキスをして、カンナは反対側の頬をぽんぽんと軽く叩いた。




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