三
爆発の直前、魔法を使える四人は同様の行動をした。障壁を張ったのだ。カルミアは爆弾を包み込むように。ジン、アイリス、フラネルはカルミアを守るように。
それが間に合ったのかも分からないまま五人は大きく吹き飛ばされた。
大地を揺るがした轟音が嘘のような静けさが流れるなか、初めに意識を取り戻して身を起こしたのはカンナであった。全身に細かい傷を負い、木片が腕や足の露出部分に刺さっていた。痛みに顔をしかめるが、しかしそれを気にしている場合ではない。近くにはカルミア以外の三人がいる。重傷を負っている様子はなく、ゆっくりと身体を起こすところであった。
「カルミア!!」
立ち込める煙に向かってカンナは声の限りに叫ぶ。しかし、何度呼んでも返事はない。
瞬間、煙が晴れた。ジンが地面に片膝を着いたまま右手を前に出していた。彼が風の魔法で煙を吹き飛ばしたのだ。他の二人は、やはり身体が強化できない分、ダメージは大きかったのだろう。地面に座り込んで苦し気に息を吐いている。ジンも、障壁を張ることに魔力を回したため、すぐには立ち上がれない様子だった。
カンナは辺りを見回した。エメロカリスの男の姿を見付けたが気にしている隙はない。
そして、彼女の目がある一点で止まった。そこの地面に転がっているのは、人の形をした黒い何かであった。
近付きたくない。その本能と葛藤しながらカンナは足を前に踏み出す。つい視線が左右に動いた。カルミアの姿を探しているのだ。それがカルミアであるとは思いたくないから。
いくら近づいててもそれがカルミアだという確信は持てなかった。顔ですら判別不可能なほどに焼け焦げ、自分で魔法を使ったのだろうか。その身体は水に濡れていた。そしてその水から感じる魔力は間違いなくカルミアのもので、それに気づくと同時、カンナは彼女の名前を叫んだ。
ようやく意識が回復し、駆け寄ってきたジン達は思わず目を見開いた。カンナは膝をついて大粒の涙を流しながら三人を見る。
「息してる! まだ生きてる! 早く治癒魔法を……!」
アイリスはカンナの反対側に腰を下ろすと治癒を始めた。しかし、この火傷が自分の治癒でどうにかなるレベルでないことは確かだった。それはフラネルやジンにも一目瞭然であり、そして治癒を懇願したカンナも心のどこかで分かっていた。
しばらく治癒を続けた後、アイリスはかざしていた両手をそっと降ろし、ジン達を順にみた。
「細かい傷は治して、出血も止まったと思う。でも、私にはこれが限界。ミナのところに連れていかなくちゃ」
ジンは頷いて三人を見回す。
「カンナ、カルミアを背負ってくれ。俺はあの男を連れていく。アイリス、フラネル、全員の回復を頼む」
フラネルは狼狽えながらも頷いてジンの治癒に取りかかる。アイリスもカンナに手をかざそうとしたが、彼女はその手を払った。
「私はいらない。だから早く――」
「お願いだから大人しくして」アイリスは有無を言わせぬ口調で言ってから再度手をかざす。今度はカンナも抵抗しなかった。しかしその両目からは先程以上に涙が溢れ出ていた。まるで、自分だけ痛みをなくすことが罪であるかのように。
「あなたが気にすることじゃない。あの場面は、私達がなんとかしないといけないところだった」
アイリスは口早に言うと、続いて自身の治癒を始めた。出血を止めただけの簡単な治癒。ひりひりとした痺れるような痛みは全身に残っている。
四人は拠点に向かって駆け出す。耳元で聞こえる小さな呼吸。カンナはそれが消えないように願いながらただ足を動かした。
不意に、ブーバの咆哮が聞こえた。そして轟音。振動を感じると、カンナも声の限りに叫んだ。轟音が近付いてくる。
「ブーバ!」
猛スピードで走ってきたブーバは急ブレーキをかけてカンナ達の前で止まった。そしてカンナに背負われたカルミアを見ると、その大きな瞳に涙を滲ませて、空に向かって咆哮をあげる。
ブーバに飛び乗ったカンナは、その背中を思いきり殴った。咆哮が止まる。
「情けなく泣いてる暇があったら走って! ミナのところ! 分かるでしょ!? ミ、ナ!!」
ブーバは潤んだ瞳を動かして背中の方を見ると、自身を鼓舞するような咆哮ののち、その場で反転して走り出した。他の三人もなんとかその背中に飛び乗る。
アイリスはブーバに速度の補助魔法を掛けた後、カルミアに顔を向けた。
「カルミアに治癒をかけるわ。気休め程度の効果しかないかもしれないけど」
その言葉にフラネルは首を横に振る。
「それなら僕がやるよ。アイリスさんは魔力を温存しておいた方がいい」
アイリスは言葉に詰まった。フラネルなら分かる筈だ。自分達のレベルでは、これ以上の治癒に意味などないことを。だから彼もジンも、カンナでさえもなにも言わなかった。
自己満足でしかない。フラネルはそれを引き受けてくれた。そして、それを誰も止めない。止めることが出来なかった。この状況で何もせずにいるなど。
拠点が見えてきた。カンナが背中を叩くと、ブーバは砂煙をあげながら足を止める。ナギ以外の待機班は洞窟の入口で彼らを出迎えた。爆発音、ブーバの行動、カンナ達の表情から何かあったのだと確信していた四人だったが、カンナが背負ったカルミアの姿を見て言葉を失った。真っ先に動いたのはミナで、カルミアを地面に寝かせると、口、それから心臓に手を当てた。小さく息をのむ音。
「呼吸も心臓も止まっています。このままじゃあ治癒魔法をかけても――」
ミナは独り言のように言いながらローブの袖を捲ってカルミアの胸に両手を重ねる。
心臓マッサージを繰り返すミナ。ブーバの不安げな鳴き声が空気を揺らす。
呆然としていたカンナをフェイジョアが横へ押し退けた。
「おい、それは俺がやる。お前は治癒を掛け続けろ。一瞬でも動けばいいんだろう?」
ミナは振り返り頷いた。
「お願いします」
フェイジョアは心臓マッサージをひたすら繰り返す。肋骨が折れる感覚。助けようとしているのか死人に鞭を打っているだけなのか分からなくなっても、フェイジョアはひたすらそれを続けた。額に汗が浮かぶ。疲れているわけではない。それにも関わらず呼吸は乱れ、全身が汗で濡れていた。
「フェイジョアさん!」
静寂に、ミナの声が響いた。いや、気付かなかっただけなのかもしれない。彼女の左手は、もう止めろというように、彼の右腕を掴んでいた。顔を上げると、いつの間にかネリネが膝をついて正面に座っていた。放心したような、初めて見る顔をしている。
そして、隣を見ると、カルミアの身体にかざしたミナの右手はまだ淡い光を放っていた。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
汗で額に張り付いた前髪。小さな震えが伝わってくる左手。安堵した表情で治癒を続けるミナに対して、フェイジョアは呆然と動きを止めていた。頭すら動かない。大丈夫という言葉だけが脳内に反響していた。ただ視界が滲んでいった。声をあげたくなった。しかし、その前に、火がついたように泣き出した者がいた。
ネリネは大粒の涙を流しながら顔を覆うことすら忘れたように泣き声をあげていた。わんわんと泣きじゃくる彼女の姿に、他の者の目頭が熱くなっていく。そうでなくとも泣き出す寸前だったフェイジョアとカンナは声こそ抑えていたものの瞳からは涙が溢れ、アイリスやミナ、フラネルもそっと涙を溢した。ブーバは状況が分からず不安な声を出していたが、ミナが笑顔を向けると、滝のような涙を流して空に向かって吠えた。
ジンはすっと目尻を拭った後、同様の動作をしていたローレルに顔を向ける。ローレルが視線に気付いて目を向けると、彼は目線だけで傍らの男を示した。男は気絶しているものの目立った外傷はない。おそらく着用しているローブが耐熱性能に優れたものなのだろう。ローレルは頷き、気を引き締めるように短く息を吐いた。