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 洞窟を出た探索班は、湖へ向かう道中でいくつかの成果をあげていた。茂みなどに隠されていた転移陣を、早くも五つ発見したのだ。しかしそれは転移陣が数多く隠されているということも示しており、五人の緊張は増すばかりだった。動物への聞き込みでも有力な情報が得られた。試験で来ている十人より歳をとった人間を見たという証言。着ていたというローブの色も十人の誰とも違い、その容姿の人間について聞き込みを続けると、更に様々な情報が手に入った。

「最も古い目撃情報が三日前の朝にこのエリア。新しい情報が昨日の昼に北東エリアか。夕方以降の目撃情報が出ない限り、竜と入れ替わりに転移で島を出た可能性も考えられるな」

 ジンの言葉にフラネルが応える。

「でも危なくなっても転移で逃げられるから留まってる可能性もあるよね」

「勿論だ」

「ねぇジン、今更なんだけど、ブーバを連れてきた方がよかったんじゃないかしら」カルミアの不安げな視線を受けてアイリスは若干慌てて補足する。「積極的に戦わせようなんて思ってないわよ。でも、いるだけで牽制になるのは確かでしょう?」

「それも考えたがな。だが、俺達九大貴族の力は全国民が知っている。敵も対策は考えているだろう。そうなると、まだ知られていないカルミアの力とネリネの青い薔薇としての力は出来る限り隠しておきたい」

「ばれてる可能性はない? 昨日の戦いを見られてたとか」カンナの問いをジンは即座に否定した。

「動物に目撃された場所を考えるとないな。戦闘の様子を見たいのならあらかじめ南西エリアに留まっておくだろう。仮に見ようとすれば、俺達の誰か、あるいはあの竜が気配に気付いただろう。ナギ以上の隠密スキルを持っているというのなら話は別だがな」

 それはない、と全員がジンの言葉に納得したとき、木々の隙間から湖が見えてきた。その瞬間、背後で魔力の動く気配がした。直進してくるそれに向かって、カンナは振り向き様に剣を振る。

「って、なんだ。猿じゃない」

 横っ面一センチというところで剣を寸止めしたカンナは溜息混じりに言う。三十センチ程度の身体より長い尻尾をピンと立てた猿は横目に剣を見てから両手をあげて降伏のポーズをとった。

「クリーム色の毛に赤黒い顔。ビソウだね」

「こんにちは」とカルミアが声をかけると、ビソウは驚いたように鳴いた。「私達に何か用があるの?」

 両手をあげたままキャッキャと鳴くビソウに相づちを打つカルミア。外国にこんな芸があった気がするとフラネルが考えていると、カルミアが四人の方を向いた。

「びっくりさせようとしただけみたいだよ」

「だろうね。ビソウは悪戯好きだけど、基本的には人間を攻撃するようなことはないから」

「ビソウさん、私達、黄緑色のローブを着てる人を探してるんだけど見かけたことある?」

 キッという短い声とともに頷いたビソウに五人は顔を合わせる。

「どこで見たの?」

 ビソウは湖の方を指差す。

「それはいつの話?」

「キッ」

 カルミアは思わず「えっ」と声を漏らした。そして四人に振り返り、緊張した面持ちで言う。

「その人を見たのは湖の反対側の木陰で、今もそこにいるって……」

 四人の表情に緊張が走る。

「そいつはなにをしてるんだ?」

「休憩中。一人でご飯を食べてたって言ってるよ」

「隙を突くには絶好のタイミングだな」

 ジンは湖を挟んだ先にある林のなかを見据える。その後ろでカンナは剣を鞘に納めた。ビソウは慌てて離れるとカルミアの背中にくっついた。

「どいつもこいつも人のことを怖がって……」

「今のはしょうがないんじゃないかな」

 フラネルは苦笑しながらカンナに言った。その間思案顔をしていたジンは思考がまとまったように顔をあげた。

「湖に追い込むよう二手から攻めるか。カンナ、フラネルを。アイリスとカルミアは俺とだ」

「一旦離れて補助魔法かける?」とアイリス。

「いや。その隙に移動でもされたらせっかくのチャンスが台無しだ。数の利もあるし、このままいく」

 四人に異論はなかった。ジンは落ちていた木の枝を拾うと地面に湖とその周辺の絵を描いて作戦の詳細を説明した。とりあえず近くまでは五人で移動する。敵の姿を確認したら二手に分かれ、合図と同時に攻撃を開始する。

 五人は手短に質疑応答を済ませたあと動き始めた。ビソウは正確な居場所を教えてもらうために連れていくこととなった。魔力探知で正確な居場所を掴むことは出来るが、それは敵にこちらの居場所も伝えることになりうる。

 万が一にも敵と鉢合わせにならないよう湖を大きく迂回していく。時折カルミアがビソウを振り返り、その度にビソウは「キッ」と鳴いて敵がいる方向を指差した。

 そろそろか、と誰もが思い始めた頃、先頭を歩いていたジンがスッと顔の横まで手をあげた。止まれの合図。四人は足を止めるとともに今まで以上に息を潜める。

 ジンが身体を横にずらして一点を指差す。その先に目を向けると、木々の隙間から人の姿が見えた。目撃情報通り黄緑色のローブ。壮年の男性のようだった。木にもたれ、片足を立てて座っている。

 ジンは二手に分かれるよう手振りで指示を出す。カンナとフラネルは頷くと移動する。二人が位置についたのを見て、ジンはまず近くにいる二人に、それから遠くの二人に顔を向ける。全員が無言のまま頷いた。

 ジンがゆっくりと手を挙げて、そしてそれを敵の方向へ降り下ろす。その瞬間、三人の魔法使いは雷撃魔法を発動させた。魔力の溜めを必要としない程度の威力だが、奇襲であればそれで事足りる。

 その気配に気付いて敵の男が顔を上げる。しかし立ち上がる隙もなく迫り来る三人分の魔法に顔をしかめて座ったまま両手を前に突きだして障壁を展開した。しかし、その魔法の一発一発には男が想定した以上の威力があり、なんとか直撃は免れたものの、その余波による指先の麻痺を感じて舌打ちをした。なんとか敵を撒こうと立ち上がった男に、今度は二人の剣士が距離を詰めてくる。男は両腕を上げて、左右の手で別々の魔法を発動させる。氷と風。男の周囲に形成された三センチ大の氷が風の魔法により二人に襲い掛かる。これは男が今までの戦闘経験で培った、剣士に対して最も有効で範囲が広く手間のかからない牽制であった。しかし、男は焦りから失念していた。今回の相手は、普通の剣士ではないのだ。

 ジンは小さく鼻を鳴らすと、速度を落とすことなく障壁を展開して氷のつぶてを防ぎきった。そしてカンナに至っては、自身に迫り来る氷をその剣一本で弾き落としたのだった。

 男が驚愕に目を見開いた頃にはジンの剣が喉元に突き付けられていた。ジンが目を鋭く光らせながら口を開く。

「両手を後ろに組め。カンナ、拘束してくれ」

「はいはい」とカンナは背後に回って男の手を縛る。

「座れ」

 男は悔しげに顔をしかめていたが、抵抗する気はないらしく大人しく地面に座った。

「お前はどこの組織の者だ」

「エメロカリス。お前らは知らないだろうがな」

 ジンは他の四人に視線を向ける。誰もが首を横に振った。

「仲間の数は」

「アルス・ロメリア合わせてラルディア全土に三百人」

 その答えに、五人に衝撃が走った。どんな力量差があっても自分達だけでなんとか出来る数ではない。

「ブバルディアの幼竜を送ってきたのはお前らか」

 平静を装ったままジンが訊く。

「俺達がやったことだ。お前ら、あの化物と戦ったんだろう? あとの五人は? 死んだか」

「黙れ。お前は質問にだけ答えろ」

 ジンに鋭く睨まれた男は忌々しげに口をつぐむ。

「お前達の目的はなんだ」

「そんなことは訊くまでもないだろ」

「答えろ」

「九大貴族の跡継ぎの命」

「何故だ」

 その問いに、男は堪えきれなくなったというように喉をならして笑った。

「何がおかしい」

「可笑しいに決まってるだろう。一般国民の訴えには耳を貸さない連中が、テロリストの話は聞くと言っているんだ」

 男はひとしきり笑った後、はぁ、と溜め息を吐いた。

「今更、無意味だ。どうせお前達は俺の仲間が殺す」

「転移陣の隠し場所を教えてもらおう」

 男は何か考えるように俯き、そして顔を上げるとこう言った。

「いいだろう。だが、それで俺の無事を保証してくれ」

「それだけでは駄目だ。お前には竜を巣に送り返してもらう」

「不可能だ。この状況ではあの間抜けな化け物も熟睡することはない」

「方法はこちらで考える。お前は洞窟内の転移陣を再度作ればいい」

「分かった。それで俺の命が保証されるのなら」

 ジンは剣を鞘に差しながら鼻を鳴らす。

「勘違いするな。お前のような下衆を手にかける気など端からない」

 再度転移陣の場所を訊くと、男はローブのポケットに地図が入っていると言った。ジンが取り出すと、それは彼らが手帳に記したもの同様簡易的な手書きの地図だった。記されているのは拠点の洞窟と湖くらいで、あとは南西エリアを中心にバツ印が書かれている。このバツが転移陣か、と地図に目を滑らせていく。

「あぁそうだ」と男が口を開いた。そしてカルミアに目を向ける。

「その地図にはまだ書いてなかったが、そこにもついさっき転移陣を描いた。一般人のお嬢さん、あんたのすぐ後ろの茂みだ」

 カルミアは振り返り、茂みを手で掻き分ける。しかし、そこにはあったのは転移陣ではなく、筒状の爆弾だった。それに導火線はついていない。魔力に反応するタイプの魔道具だからだ。

 カルミアがそのことに思い至ると同時、他の四人は男から流れる魔力により、その思惑に気付いた。

 振り返ったカルミアが、そしてそんな彼女に四人が口にした言葉は奇しくも同じもので、逃げろ、というものだった。

 しかしお互いに聞こえたのは最初の一音のみであり、あとは爆発音が全て飲み込んでいった。



 爆発音に続いて、ブーバの咆哮が響いた。洞窟を揺らすほどの声。彼がなにを叫んでいるのか、なんと言っているのか、拠点にいる五人には分からないが、しかし、その鳴き声は不安をかきたてた。

「カルミアになんかあったのか?」

 フェイジョアが口にした言葉にローレルは「分からない」と首を横に振る。「どちらにせよ、俺達はここから動くわけにはいかない」

「二人くらいで様子だけでも見に行った方がいいんじゃねぇのか?」

「駄目だ。行くとしたら俺とフェイジョアだが、それじゃあここの守りが薄くなり過ぎる。それに今の音だけじゃあ場所も明確には分からない」

 二人が話している間もブーバの咆哮は続いており、不意にそれが途切れたかと思うと、ネリネが「あっ」と声を上げて洞窟の奥に顔を向けた。

「ブーバ、出ていった」

 大きな着地音と振動。続いて、大岩を落とすような足音。

「ブーバさんは場所が分かるんでしょうか?」

「ブバルディアの母親はラルディア中ならどこにいても子供の声で居場所が分かるんだ。特に耳がいいとかいうわけじゃねぇのにな。もしかしたら、まだガキのあいつもそういう力を持ってるのかもしれねぇ」

 フェイジョアはローレルに向き直る。

「これで場所の問題は解決だ! あいつについていけば――」

「駄目だ。それは推測でしかないし、どちらにしろこれ以上人数を分けることは危険だ。俺達は救援班じゃない。待機班なんだ」

 フェイジョアは納得できないといった表情で歯をくいしばっていたが、無理矢理気持ちを落ち着けるように勢いよく寝床に腰を下ろした。ブーバの足音はいつの間にか聞こえなくなり、洞窟内にはフェイジョアが苛立たしげに踵で地面を踏む音だけが響く。

 ふと、足の動きを止めて、フェイジョアが顔を上げた。視線の先にいたナギもすぐに気づき見つめ返す。

「お前の能力って他人に掛けられたりしねぇのか?」

「対象は自分だけ」

「本当か? こんな時にまで力を隠そうとか思ってるんじゃねぇだろうな」

「フェイジョア」とローレルが咎めるように言う。しかしナギはフェイジョアの態度を気にした様子もなく「出来たとしても、今の魔力じゃあ数分も保たない」と返した。

「そうかよ」舌打ちした後、フェイジョアは再び足を動かし始める。

 そんな彼に、ネリネは内心感謝していた。カルミアの心配をしてくれていることもそうだが、それ以上に、彼の様子を見ることで、彼女もなんとか平静でいられたからだ。寝床に腰かけて、自身の右手を見る。魔力はまるで回復していない。この状態で助けにいっても足手纏いにしかならない。それが分かっていても、気付けば腰を上げようとしている自分がいる。握り締めた両手を膝の上に置く。勝手に走り出してしまわないように。




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