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 早朝。妙な気配を感じたネリネが瞼を開くと、目の前に人の顔があった。ナギだ。ネリネの首筋には彼女の手によって短刀が突き付けられている。

「ナギ」と近くで驚いたような声が上がった。ネリネが目線だけでそちらを見ると、いつの間にかローレルが上半身を起こしていた。

「彼女はホオズキの本当の姿だ。敵じゃない」

「彼女なのにホオズキ?」とナギが首を傾げる。頷きたいネリネだったが、この状態で首を前に動かすなど自殺行為だった。

「まぁ確かに矛盾してるのは分かるけど、本当だ。説明するから、とりあえず刀を離してやってくれ」

 ナギは三秒ほど動きを止めた後、ゆっくりと離れた。ネリネは小さく息を吐いてからベッドから出る。周囲のベッドを見ると、現在見張りに行っているのはカルミアとフェイジョアのようだった。

「説明は任せていい? 私、結界張りに行くから」

「魔力は大丈夫か?」

「全快」と一言返すと、ネリネは洞窟の奥へ進んでいった。その背中を二人して見送ってから、ローレルはナギに顔を向ける。

「とりあえず説明するから、あっちに腰かけよう」

 ローレルは食事場を指差してからそちらへ向かう。それに付いていくナギだが、その動きは見るからに右足を庇っていた。ローレルは小走りで駆け寄り、右側から身体を支える。

「ごめん」

「いや、構わない。右足が痛むのか?」

「痛みはない。ただ、痺れてるような感覚」

「そうか。ミナが起きたら見てもらおう」

 食事場に移動してローレルが説明を始めた頃、ネリネは浮遊魔法を使うことなく洞窟を歩いていた。ローレルにはああいったものの、実際、魔力は全快とはいかず、そして、あの大穴を塞ぐ結界を作れば、一割か、せいぜい二割程度しか魔力が残らないだろう。待機班とはいえ何があるか分からない以上、出来る限り魔力は温存しておきたい。

 そのうち、遠くから話し声が聞こえてきた。鳴き声も交ざっている。間違いなく、あの二人と一頭だろう。なにやらフェイジョアが声を荒げているようだった。

「なんで俺は駄目なんだよ! ずりぃぞ、カルミアだけ!」

 素っ気ない鳴き声。

「これ以上乗るとお腹が痛くなるって」

「じゃあカルミア代わってくれよ! それならいいだろ!?」

「あ、ネリネ!」とカルミアが声をあげる。彼女はブーバの腹部に座っていて、フェイジョアはそれを羨ましげに見つめている。そしてブーバは顔を横に向けてネリネを見ると、嬉しげに瞳を輝かせて彼女の方に短い手を伸ばした。

「ネリネ、ブーバが上っておいでって」

「はぁ!?」と、それにすかさず反応したのはフェイジョアだった。「おいこらブーバ! お前、今の今自分がいったことをもう忘れやがったか! おい! なに露骨に目ぇ逸らしてやがる! こっち向けこら!」

 そんな彼を尻目に、ネリネは誘われるままに腹部へ上がっていく。カルミアが座ったまま軽く跳ねると、腹部全体がぶよんと波打った。

「トランポリンみたいでしょ。これでブーバと遊んでたの」

「これ、彼は楽しいの?」

 カルミアとネリネが交互に跳ねると、腹部は絶え間無くぶよぶよと波打つ。

「マッサージみたいで気持ちいいんだって」

「へぇ」と答えながらブーバに目を向けると、なるほど。寝ながら万歳をした状態で、気持ちよさげに目を細めている。フェイジョアの罵声などまるで意に介していない。

「分かったぞこの野郎! お前ただ男を腹に乗せたくねぇだけだろ! このスケベドラゴンが!」

 そんな言葉を聞きながらしばらく腹部の感触を楽しんでいたネリネだったが、いつまでもこうしているわけにはいかない。浮遊魔法で大穴付近まで上昇すると、結界を張る作業を始めた。



 結界を張る作業は三時間ほどで終わり、ジン達探索班は拠点を出発した。拠点に残った五人は、朝食の片付けを終えるとそれぞれのベッドに腰掛けた。出来る限り休息をとり体力を回復させること。それが今の彼らの役目だった。

 ネリネ、ナギはベッドに横になるとすぐに寝息をたて始めた。ナギはローレル以上に体力が戻っていないし、ネリネも朝からの大作業で疲れたのだろう。そしてフェイジョアも深夜の見張りで睡眠不足だったのか、船を漕ぎ始めたかと思うとそのまま寝床に倒れて眠ってしまった。

 ローレルは眠っているナギに目を向ける。ミナが彼女の右足を診たところ、一週間はまともに動かせないままだろうとのことだった。

 それはローレル達にとってかなりの痛手であった。彼女の能力は、今のような状況でこそ本領を発揮する。当然、敵がいるとすればナギの能力は知っているだろうが、しかし相手も人間だ。一日中見えない敵を警戒することはできないだろう。

 どこか険しい表情をしている彼を、ミナはそっと見ていた。思い出すのはジンとの会話。しかしなんと訊けばいいのだろう。お父さんは大丈夫ですか? 大丈夫じゃないことくらい知っている。医者が宣告した余命はとうに過ぎているのだ。

 不意にローレルが振り向いて目が合った。ミナは驚き、肩を跳ねあげる。そんな彼女にローレルは小首を傾げて見せる。先程までの険しい表情は消えて、いつも通りの優しげな笑みを浮かべていた。

「そういえばミナ、昨日はありがとう」

 今度はミナが首を傾げる。「えっと……?」

「怪我を治してくれたことだ。さっきナギが言ってたのを聞いて、自分がお礼をしてないことに今更気付いたんだ」

「いえ。これが私の役割ですし……、それに、私にはこれくらいしかできませんから」

「だがミナがいなければ俺もたった一晩でここまで回復しなかっただろうし、ナギは最悪片足を失っていたかもしれない。自分の力にもっと自信を持っていいと思うけどな。少なくとも俺はミナに感謝の気持ちしかない。昨日のことも、父のことも」

 ミナが思わず大きく見開いた目をローレルに向けると、彼は困ったように笑った。やっぱりそのことを気にしていたのか。そう言いたげな表情だった。

「エキナケアの医療技術がなければ父はとうの昔に――、もしかしたら最初に倒れたとき、何を伝える隙もなく死んでしまっていたかもしれない。それが今も生きて、俺に様々なことを教えてくれている。それはエキナケアの――魔法では救えない人達を救おうと、早いうちから外の世界の医療技術を学び発展に取り組んだ、ミナの一族のおかげだ。感謝してもしたりない。立場的になかなか口には出せないだろうけど、父や母だって同じように思っている」

 ミナはその言葉を呆然と聞いていた。傍目に見るとちゃんと聞いているのかと問い質したくなるような表情であり、そして本人も、言葉が頭のなかを素通りしていくような感覚があった。

 しかし、ローレルが口を止めて数秒後、何かが溢れるような感覚とともに視界がぼやけ、気付けば涙が頬を伝っていた。俯き、手の甲で涙を拭う。

 ローレルは小さく目を見開いた後、やはり困ったように笑った。

「そんなに気にしてくれてたのか。なんとなくそうなのかなとは思っていたけど確証はなかったし、普段の会話の中でそんなことを唐突に言ったら嫌味ととられそうで言えなかったんだ。すまない」

「いえ」とミナは涙混じりの声で返しながら首を振った。

 ローレルはふと顔をあげて左右のポケットに手を突っ込む。そこには思った通りハンカチが入っていたが、この生活を送るなかで薄汚れてしまっていた。自分の手を拭くくらいならまだしも、泣いている女性に渡すようなものではない。

 泣いている人を前に何もできないことに胸が痛んだ。そして、彼女はこれより大きな痛みをどれだけ堪えてきたのだろうと考えると胸が締め付けられるほどだった。

 その時だった。遠くから聞こえた爆発のような音に、眠っていた三人が飛び起きた。

「戦闘?」ネリネがローレルに問う。

「その可能性が高いな」




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