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 見張りの順番はすんなりと決まった。カルミアの今後についての話の方が長かったくらいだ。そして現在、夕食と焚き火を前に、五人は一様に口を閉ざしている。しかし考えていることは、おそらく全員同じであろう。この状況を作り出した黒幕。そのことを考えるべきだと思っていながらも、頭の隅にカルミアのことが浮かび、そしていつしかそれが頭の中の大半を占めている。

 ジンも、先程口にしたことは間違っていないという自信がありながらも、まるで粗でも探すように、自らの発言を思い出していた。報告しないための理由でも探しているのか俺は、と何度も思考を打ち切ったが、それでも気付けばまた考えていた。

「でも」と、不意に口を開いたのはアイリスだった。「カルミアがいなければ――、もし力を隠し続けていたら、私達は負けていたでしょうね」

「そうだろうな」とジンは認める。結界により島から脱出することは出来ず、そしてこの時間まで救援は来ない。とうに全滅しているか、あるいはどこかに身を潜めて戦々恐々とした夜を過ごしていたことだろう。

「だから、ネリネの言うように黙っておくべきだと?」

「ううん。ただ、そう思っただけ」

 彼女はそれだけ言うとまた黙り込んだ。五人も同様だが、アイリスの言いたいことは分かっていた。

 命の恩人に、自分達の都合――もちろんそれがすべてではないにしろ――で不自由を強いることとなる。それは到底納得できるものではない。何か妥協案を考えるべきだと。

 次に動いたのはミナだった。軽く挙手して口を開く。

「カルミアさん本人に決めていただけばいいと思います」

「なんだかんだでやっぱりそれが一番かな」同じ事を考えていたのだろうフラネルがそう言って、他の三人も反論する気はないようだった。

 ジンが口を開く。「もしカルミアがこれまで通りの生活を望むと言うのなら、俺達は彼女について何も口外しない。そういういうことか」

 ミナは頷く。「当然、報告してもいいというのなら話は別ですけど、その場合、上に報告をあげることによって生じる可能性がある問題をしっかり説明します」

「なるほどね」とアイリスは納得したように頷く。「あの子がどんな選択を選んでも私達は正直に答える。確かに、それが命の恩人への最低限の礼儀でしょうね。私はそれでいいと思うわ。他の人はどうかしら?」

「俺はそれでいいぜ。端から嘘をついたり誤魔化したりする気もねぇ」

「僕も賛成。最低限それくらいはしないと納得できそうにないし」

 四人は、最後のひとりであるジンに顔を向ける。彼は膝に肘をついて思案顔で黙っていたが、ひとつ小さく息を吐くと「分かった」と頷いた。

 その時、洞窟の奥から、大岩でも落下してきたかのような着水音が聞こえた。お湯がギリギリまで張られた浴槽に思い切り飛び込んだ時のような、水が溢れ出し流れる音。咄嗟に立ち上がり身構える五人だったが、奥から聞こえてきた「降りるなら降りるっていいなさいよ!」というカンナの怒声にひとまず胸を撫で下ろした。

 しばらく立ったまま待っていると、奥の暗がりから二つの人影が現れた。カンナとネリネだ。二人とも、見事なほどに全身ずぶ濡れである。何があったのかは聞くまでもないため、四人は脇に避けて二人を焚き火のそばに移動させる。気温的に寒くはないだろうが、服がずぶ濡れというのは気持ち悪いだろう。ローブを着ているネリネなど特にそうだった。

「あの、カルミアさんは……」

 おずおずと質問したミナに、ネリネが答える。

「カンナに怒られてしょぼくれたブーバ――竜を慰めてる」

「あの竜にキレるとかお前怖いもんなしだな」フェイジョアは感心しているのか呆れているのか判別がつかない口調でいう。

「ねぇ」とアイリスがずぶ濡れの二人に声を掛ける。「一回、服を脱いで絞った方がいいんじゃない? このままじゃあここらへん水浸しになっちゃうし」

 二人の足元には既に水溜まりが出来ており、そこは食事場でもあるのでそれはあまりよろしくない。二人は頷くと、壁際まで移動していった。そんな二人にさっと背を向けたフラネルに対し、ジンとフェイジョアは無意識のまま目で追っていた。

「ジン、フェイジョア、なにを堂々と見てるのかしら」アイリスが作り笑いを浮かべていうと、二人はすぐさま回れ右をした。

 フェイジョアが、めんどくせぇなぁ、と思いながら頭を掻いていると、視線の先、洞窟の奥からカルミアが小走りで駆けて来るのが見えた。先程の二人と違って、妙に軽快な足取りだ。濡れている筈の服も、着用者の動きに合わせてふわふわと舞っている。

「フェイジョアさん? なんでそんなところで……なるほど」

 後ろを見て状況を把握した彼女に、フェイジョアは気になっていることを問う。

「お前、服、濡れてねぇのか?」

「あ、これですか」カルミアは笑みを浮かべて、ローブの裾を摘まんだ。やはり濡れている様子はない。

「ブーバが熱風で乾かしてくれたんです」

 ぶーば? とフェイジョアが眉を潜めると同時に「はぁあ!?」と声をあげたのはカンナだった。

「あの竜! そんな技があるなら早く使いなさいよ! それなら私だってあんなに怒らなかったのに!」

「あの、カンナさん。最初から使うつもりだったけど、カンナさんが怖くて言い出せなかったって……」

「すげぇな。あの竜をビビらせたのか。どんな形相してたんだか。もしかして今もそんな顔してんのか?」

 背後を気にするように目を動かすフェイジョアに「してないわよ!」という怒声が浴びせられた。

「フェイジョアさん」カルミアが彼を見上げて言う。「あの子、すっごく怖がりだよ。フェイジョアさんのことも怖がってるし」

「マジかよ。俺、なにもしてねぇのに」

「顔面ぶん殴ってたじゃない」とアイリス。

「ありゃあ不可抗力だろ。それをいえば、ネリネだって魔法ぶっぱなしまくったんだろ?」

「えっとね、ネリネは女の子だから怖くないって」

「私も女の子だけど!?」

「カンナ、女の子扱いされたいのなら、まずは下着姿で暴れまわるのをやめなさい」

 溜め息混じりにいうアイリスに、カンナは返す言葉もなく「ぐぬぬ」と唸る。「女の子はそんな唸り声あげない」とネリネにまで言われてしまい、今度こそカンナは言葉を失ってしまった。

 その時、洞窟の奥から再び人影が現れた。身構える八人だったが、その人物を見て警戒を解く。

「みんな。よかった、無事だったのか」ローレルは安堵の笑みを浮かべてそう言った後、ふと一点に視線を固定して、気まずそうに顔を背けた。その視線の先にいたカンナはその行動に首を傾げるが、

「すまない。タイミングが悪かったな」というローレルの言葉で、自身の格好をしているのか思い出した。慌てて服を着るカンナを尻目に、ミナはローレルの前まで歩いていった。

「身体に痛みや違和感はありませんか?」

「あ、あぁ。何も。ひどく怠い程度だ」

「体力も魔力も消耗が激しかったのでそのせいでしょうね」ミナは魔力を帯びた両手でローレルの身体を診ていく。「魔力はほとんど空っぽのままですね。これでは、一晩眠っても全体の五割程度しか回復しないと思います」

 自己治癒が優先するのは魔力よりも体力である。それはラルディアに住むものなら誰もが心得ていることであった。

「ん?」と不意にローレルが言葉を洩らした。

「どうしましたか」と訊くミナに、彼は「いや、気のせいかもしれないんだが」と前置きして、顔をそらしたままカンナの方を指差した。

「カンナの隣に、ホオズキのローブを着た知らない女の子がいたような……」

「そこらへんのことは後でまとめて説明しよう」とジンが言う。「少し説明すると、また次から次へと疑問が湧いてくるだろうからな。ところでカンナ、まだ着替えは終わらないのか?」

「ちょうど終わったとこ。お待たせ」

 九人は焚き火を囲んで腰を下ろす。正面に座ったカンナを見てローレルが先程のことを再度謝罪すると、カンナは心なしか頬を赤く染めながらも「別にいいって。さっさと着替えなかった私も悪いし、見られて減るもんじゃないし」と言った。

 その様子を見ていたフェイジョアは口を大きく開けて笑う。

「流石だぜ。許し方まで男らしい」

「あんたぶっ飛ばすわよ」

 ようやく夕食の時間となった。食事をとりながら、まずはローレルにこれまでのことを説明した。まずは今現在も危険な状況が続いているということ。これに関しては彼も考えていたらしく、ただ自らの考えとの相違を確認するように頷くのみだった。しかし状況説明を聞き終えると、軽く挙手して口を開いた。

「俺は、既にこの島には首謀者、またはその仲間が来ていると思う。理由は単純で、いまだに救援がきていないからだ」

「あ」とフラネルが声をあげる。「ブバルディアの相手をしているとしても、この状況で僕たちのことをこんなに長時間放置するなんておかしいと思ったよ。この島には、いざというときに使う救援用の転移陣がたくさんある筈なのに」

「なるほどね」とアイリス。「先行して島に来て、その転移陣を壊してまわってる何者かがいるってこと」

 ローレルは頷く。「俺達に見付からないよう、少人数だと思う。多くてせいぜい三人。普通に考えれば剣士と魔法使いの二人組だが、敵が市民軍であることを考えると魔法使い一人の可能性も低くないと思う。おそらく、俺達と同時期にこの島に来ていた筈だ。先生が用意した転移陣を探しだして破壊するにはそれだけ時間がかかる」

 次にカルミアやネリネのことを伝えた。当然、ローレルは驚いていたが、ジン達が説明した以上のことを訊こうとはしなかった。その後、先程決めた見張りの順番を告げた。ネリネ、ローレル、それから当然ナギは免除となり、これに関して異論を唱える者はいなかった。その頃には全員が食事を終えていたが、しかしまだ重要な項目が残っている。

「明日の班分けだが」とジンが切り出す。この場を仕切っていたのは、気を失っていて現状を把握しきれていないローレルではなく彼だった。

「ナギは目を覚ます覚まさないに関わらず待機、本調子ではないローレル、結界を貼ることで大量の魔力を消耗するネリネも同様だ。あとは、ミナとフェイジョア、明日は待機していてくれ」

 頷いたミナに対して、フェイジョアは露骨に顔をしかめる。

「おいおい。俺を置いてフラネルやカルミアを連れていくのかよ?」

「あぁ。フラネルは魔力探知が上手い。カルミアは動物に話を聞いて、俺達以外の人間を見なかったか調べる役目がある」

「で、でも俺を置いていくのは流石に宝の持ち腐れって奴だぜ。代わってくれよ、ジン」

「前衛も出来て魔力探知も多少は出来る俺が拠点に引きこもっている方が宝の持ち腐れだと思うがな」

「ぐぬぅ。自分でそういうこと言うかよ」

「あんただって言ってたじゃない」と言ったカンナに、フェイジョアは照準を合わせる。

「カンナ、代わ――」「いや」

「よし、話はまとまったな。では次に移ろう」

「他に話し合うことなんてあったっけ」とカンナ。

「カルミアのことだ」

 ジンの言葉にネリネがぴくりと反応する。当のカルミアはなんのことだろうというように子首を傾げていた。

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