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洞窟のすぐそばで仰向けに寝ている竜。その大きく膨らんだ腹部ではカルミアが寝転んでいた。

「あ、ネリネ!」

 二人の姿に気付いたカルミアは腹部から脚部を伝って地面に降りた。竜も寝返りを打つように転がってうつ伏せになって二人を視界に捉える。その瞳に先程までの凶暴性は感じられないが、どうしても身構えてしまう二人であった。

「ってあれ? 左目……」

 カンナの言葉にカルミアはびくっと身体を震わせる。

「あの、痛がってたので、さっき治癒魔法で……。それにあんまり時間が経つと治癒出来なくなっちゃいますし……。駄目でしたか?」

「別にいいんじゃないの。見た感じ、ホントに大人しくなったみたいだし」

 竜は組んだ前足に顎を乗せて、三人の人間をまじまじと見ている。小さな子供のような、好奇心に溢れた瞳。フェイジョアは不細工と言っていたが、じっくり見るとなかなか愛嬌のある顔をしていた。

 二人は先程拠点内で話したことをカルミアに伝えた。侵入者の可能性を聞いて不安そうな表情を浮かべた彼女を見て竜が小さく鳴く。

「そういうわけで、その竜にはあの大穴にいてほしいんだけど、大丈夫そう?」

「訊いてみます」とカルミアは竜に向き合って声を掛ける。その際、彼女が竜のことを『ブーバ』と呼んでいることが気になったカンナとネリネであったが、ブバルディアからとった名前だとすぐに理解して何も言わなかった。

「それでね、ブーバをここへ無理やりつれてきた人が、また来るかもしれないんだって」

 その言葉にブーバは低く唸り声をあげた。瞳には警戒と敵意が表れている。しかしカルミアが頬を撫でながら宥めると落ち着きを取り戻したようだった。

 しばらく竜と人の話し声のみが夜の闇に響いた後、カルミアが二人に振り返った。

「良いけど、眠る前にご飯が食べたいそうです」

「ご飯。やっぱり肉よね?」

 カルミアがブーバに訊く。一言二言交わして再びカンナに向き直る。

「お肉と果物をバランスよく」

「贅沢なお子様ね」呆れたように言うカンナだったが、不意に、その口元に笑みを浮かべた。「仕方ないわね。付き合うわよ」

「あの、もし面倒でしたら私とブーバだけで……」

「いいってば。この子がいるなら大丈夫そうだけど、やっぱり心配だし」

 それに、とカンナは指先で頬を掻きながら言う。

「師匠――カトレア師匠のことも、聞きたいし」

 カルミアは目を丸くして「師匠?」と首を傾げた。

「そ、師匠」と照れ隠しなのかぶっきらぼうに返すカンナを、ネリネは柔らかい表情で見ていた。



「なぁ、やっぱお前ら、カルミアのこと報告するのか?」

 夕食の準備を終えて、カンナ達が帰ってくるまで見張り順を決めようと顔を突き合わせた矢先、フェイジョアがそう言った。

 数秒後、ジンが「当然だろう」と答えるが、僅かな沈黙から、それが心からの言葉でないことは誰にも分かった。「フェイジョア。お前は報告しないのか?」と今度はジンが問う。

「俺ぁ、別にしなくてもいいんじゃねぇかって思ってんだがな。あの能力が広まると危ねぇって考えは分かるしよ」

「そうだな。だが、そうだとしても、やはり報告して彼女の力を国で管理すべきだ。それは彼女の身の安全にも繋がる」

「僕もジンに賛成かな」とフラネルが口を開く。「カルミアさんがあの力を絶対に隠し通せるっていうならフェイジョア君の考えもありだけど、今日のことで分かるように、彼女の性格的にそれはなかなか難しそうだ。国より先に――例えば今回のことを仕組んだ人間とかに知られて悪用されるのだけは避けないと」

 フェイジョアは「そうだよなぁ」と言いながらもどこか納得のいかない表情をしていた。

「その場合、カルミアさんの今後はどうなるんでしょう」

「とりあえず、ヴィレアからは引っ越すべきだろうな。住民の多くが魔法使いであるヴィレアは確かに安全かもしれないが、その分、過激派も多い。カルミアの祖母のことを考えれば、何かしらのトラブルに巻き込まれないとも限らない」

「お祖母さんですか」とミナが小さく首を傾げる。

「あぁ。カンナが師匠と呼んでいただろう。ということは、カルミアの祖母はカトレア・ミリオンベルで間違いないと思う」

「カトレア・ミリオンベル!?」と驚きの声をあげたのはフェイジョアのみで、他の四人は耳にしたことがある程度の名前だった。

「有名な剣士だった人だよね。ディモルフォセカの」とフラネルが記憶を探りながら言う。

「あぁ。今のラルディアで剣士と魔法使いが共に暮らすのなら、安全なのは穏健派の多いドウダン地方かエキナケア地方だ。このどちらかに住居を移してもらうことになるだろう」

「そこの貴族がカルミアの力を悪用しないって保証はあるのかよ?」

「俺のことを信用できないのならエキナケアにやっても俺は構わない。エキナケアにある大聖堂で面倒を見てもらえるのならお前も安心だろう。いくら領主でも、君主であろうと、大聖堂への介入は深く禁じられているのだから」

「それが出来るってんならそうしてもらいてぇけどな」

 フェイジョアはミナに目を向ける。

「それに関しては、私からは何とも。ジンさんが言ったように命令できる立場ではありませんし、お願いして聞き入れてくれればいいんですけど……」

「まぁ私達がいくらここで話しても、結局のところ決めるのは父達だけど」アイリスはそう言いながらも「でも、私はドウダンで面倒を見た方が良いと思うわ。何かあった時の対応が早いのはそっちでしょうし」と付け足した。ジンの婚約者である自分が言ってもあまり意味はないことを分かっているらしく、その口調はどこか投げやりだった。



 カルミアとネリネが果物採取を、カンナが狩りを担当して、なんとかブーバの腹を満たすことができた三人は、現在、彼の背中に乗って大穴までの道を進んでいた。

「それにしても、やっぱりカンナさんってお祖母ちゃんと知り合いだったんですね」

「やっぱり?」

「はい。前に一度、お祖母ちゃんが私の名前を間違えて『カンナ』って呼んだことがあったので、もしかしたらって思ってたんです」

「そうなんだ。師匠は元気?」

「元気ですよ。でも最近はぼーっとしてることが多くて、たまに私のことも誰か分からなくなったりするみたいです」

 カルミアは笑顔を浮かべたままそう言ったが、その事実にカンナは少なからず驚いた。彼女の知っているカトレアは、現役の兵士と比べても強く、そして美しい剣技を使う立派な剣士であった。いくら頭を動かしても、そんな彼女は想像できない。しかし、考えてみれば、あの頃でさえ彼女の歳は七十を過ぎていたのだ。現在は八十近いだろう。歳だけを考えれば、どこかしら不調が出てくるのは当然だ。

「あの」というカルミアの声で、自分が返事もしないまま考えに没頭していたことに気づいた。しかしカルミアは気にした様子もなく笑みを浮かべる。「師匠ってことは、お祖母ちゃんはカンナさんに剣を教えていたんですか?」

「そうよ。小さい頃の話だけどね。剣を扱う際、ディモルフォセカの兵の大半が師匠をお手本にしているわ。武道学校では柔の剣の理想形として映像を流したりするみたいだし。魔石から柔の力を授かった一族としては悔しいけどね」

 その説明に、カルミアはきょとんと目を丸くして小首を傾げる。

「もしかして、お祖母ちゃんって凄い人なんですか?」

 今度はカンナが目を丸くする番だった。

「凄い人も凄い人よ! 剣士も魔法使いも関係無く師匠の名前くらいは知ってるはずだし、師匠の剣技を見たことがない剣士なんて剣士じゃないってほどよ!」

「そ、そうなんですか? お祖母ちゃん、お仕事のこととか全然話してくれなくて……。本当ですか?」

 驚きながらも、どこか信じられないといった感じのカルミアに、カンナは鋭い視線を向けた。

「マジよ。あの鳥頭のフェイジョアでさえ、名前を聞けば驚くレベルの有名人」

「ふぇ、フェイジョアさんが!?」

 カンナはいつものことながら、さらっと失礼なカルミアである。

「本当に有名人なんだ、お祖母ちゃん……」ようやくカンナの言葉を信じたカルミアは感嘆するように呟いた。

 そこで、ずっと黙って二人の様子を見ていたネリネが口を開いた。

「あの人はわざとカルミアにそのことを隠してたから」

「そうなの? あ、そっか、フェイジョアさんが知っててネリネがお祖母ちゃんのこと知らない筈ないもんね」

 ネリネは頷く。そんな二人のやりとりを見ていたカンナは、ふとカルミアの名前を呼ぶ。

「はい」と返事をして振り返るカルミアに、カンナは若干不満げな表情をつくって見せた。

「なんで私にだけそんな他人行儀な口調なの。ネリネはともかく、会ったばかりのブーバにもそんな口調なのに。それに、せっかく少しずつ直してたのに、今は普通に丁寧語だし」

「す、すいません。あの、色々ご迷惑をお掛けしたので、普通の口調で話すのは抵抗を感じちゃって……」

「迷惑って、この子を説得した時のこと?」

 ぽんぽんと背中を叩くとブーバが小さく鳴いた。嫌がっているわけではないようだった。

「それなら気にする必要なんかないでしょ。正直、私達だけじゃ、あの状況はどうにもならなかったし、ローレル、ナギ、ネリネなんて死んじゃってたかもしれない。むしろもっと威張ったっていいくらいよ」

「威張る、ですか」

「そうよ。『ジン、肩を揉みなさい』とか『フラネル、靴を磨きなさい』とか」

「そ、そんな恐ろしいこと出来ません……」

「それが嫌なら頑張って丁寧語をやめることね」

「分かりました! 私、頑張って……あれ?」

 話の流れがおかしいことになんとなく気付いたのか、カルミアは両手を胸の前で握り締めたまま小首を傾げた。そんな彼女の姿に、ネリネは呆れたように小さく息を吐き、カンナは必死で笑いを押し殺していた。




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