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一


「夢を見たんだがよ」

 フェイジョアが不意にそう言ったのは朝食をとっている時であった。その日のメニューは焼き魚とフルーツで、すでに魚を食べ終えた面々は各々デザートのフルーツに手を付けていた。

 全員がフェイジョアに視線を向けるなか、カンナは露骨に嫌そうな顔である。

「それ面白い話なの? 私、人の夢を面白いって思ったことないんだけど」

「面白いっつーかなんつーか……変な夢だ」

「どんな夢だったんで……だったの?」とカルミア。フェイジョアは気にする様子もなく話を続ける。

「俺達の先祖の夢だよ。まぁ、顔なんざ知らねぇから顔は俺達だったけど、ラルディアを建国したときの夢だったから間違いねぇ」

 その程度の歴史の知識はあるのか、とジンは密かに思いながら口を開く。

「聖域とされていたラルディアの地に俺達の先祖が入ったときの夢、ということか?」

「あぁ。昔、親父から聞いた程度の知識しかねぇから途切れ途切れの夢だったんだが、ラルディアの中心地の中心で魔石を見つけるんだ」

「史実通りだな」とジン。

「そこで九の偉人様が一人ずつ魔石に手を触れて、特殊な能力を授かったんで……よね!」とカルミア。誤魔化しきれていなかったが、九の偉人の子孫達は無言のうちに流した。

「その後、魔石は粉々に砕け、そこから溢れた魔力がラルディアの地を満たした。大雑把に言うと、こんなところだな」とローレル。

「史実だとそうなんだけどな」とフェイジョアが言う。「俺が見た夢では、魔石が力を授けてくれると分かった途端、最初に力を受け取った奴――まぁ俺の顔した奴なんだけど、そいつが他の八人を殺して、力を独り占めしたんだよ」

「うわ」とカンナが顔をしかめる。声は出さなかったものの、数名も同じような表情になっていた。「朝からそんな気分が悪くなる話しないでよ。あんたと同じ顔の奴に私が負けたってところで二重に嫌な気分になるわ」

「でも面白くねぇか? なんで俺達の先祖はわざわざ分けたんだろうな」

「なんでって、普通そうするでしょ。その頃は魔力もなかったし、聖域には馬も連れ込んじゃ駄目だったって話だし、一口にラルディアの中心地っていっても、そこまでの道程は険しかったと思うわよ。少なくとも今の私達よりはね。そんな風に一緒に旅をした仲間を、いくら珍しい力がもらえるからって殺したりしないでしょ」

「まぁ、そりゃそうなんだけどよ」

「それで、その夢は最終的にどうなったんだ?」ローレルが訊く。

「九つの力を手に入れたところで起こされちまったんだよ。グーパンチでな」

「普通に呼んでもあんたが起きないからでしょ」

 そんなことを話している間に十人全員が食事を終えていた。ローレルはそれを確認すると、ゆっくりと腰を上げた。他の九人も立ち上がり、カルミアが水の魔法で火を消した。

 昨日、暗くなる前に周囲をざっと探索した結果、この辺りにもストックの花が生えていることは確認できていた。しかし、いつまでもあるとは思えない。少なくとも島の南側では見掛けなかったのだから。十人は、周囲にストックの花が生えているか注意するよう確認しあってから走り出した。

 一、二時間ほど後、一瞬だが、ホオズキの顔に緊張が表れた。それに気付いたのは隣を走っていたナギのみで、彼女は小さく「なに?」と口を開いた。その様子を見て、二人の後ろを走っていたジンとアイリスも目を向ける。

「いや、拠点に張っている結界に、妙な揺れを感じた」

「揺れ」

 ホオズキは頷く。

「攻撃を受けたわけでも地震が起きたわけでもないから、おそらく洞窟のそばを大型か中型の動物の群れが通っただけだと思う」

 ナギは「そう」とだけ返すと前に向き直った。ホオズキは結界の様子をしばらく気にしていたが、それからは特に異変は感じなかったため、わざわざ他のメンバーにいうほどでもないと判断した。

 探索は何事もなく進んでいった。南へ行くにつれてストックの花が減少していき、最終目的地である西の砂浜につくまでの最後の二時間は徒歩での移動となったが、それでも日没まではあと三、四時間ほどの余裕があった。

 日を跨いでのフクジア島踏破を彼らは予定通りに成し遂げたわけだが、それを喜ぶ声はなかった。

「結局、なにもなかったわね」島陰ひとつない海を見ながらカンナが誰にでもなく言う。その言葉に返事をしたのはローレルだった。

「隅々まで見た訳じゃないから、見落とした可能性もある」

「でも、この広い島でそこまでしないと見つけられないような試験課題を用意するかしら」

 そう言うアイリスにジンも頷く。

「ここまで探して見つからないということは、やはり何もないということだと思う。他の課題の可能性は、俺の考え過ぎだったかもしれん」

「まぁいいんじゃねぇか。何もねぇってことが分かったし、あのまま拠点の回りをうろうろしてるよりは楽しめたぜ。できれば魔獣の一匹でも出てきてほしかったけどな」

「そうだな」とローレルも同意する。「それに、もしかしたら島全体を探索するという行動が評価される要素の可能性もある」

 この遠征は決して無駄ではなかった。それを確認しあうように十人はそれぞれ頷いた。

 あとは拠点へ帰るだけだったのだが、そこでフェイジョアが別行動を申し出た。

「体力も余ってるし、適当にでかい獲物でも狩ってきてやるよ。魔獣がいないことも分かったし一人で構わねぇだろ?」

「一人か……。フェイジョアならまぁ大丈夫だろうが、できれば誰かついていってやってくれないか?」

「なら私がいくわ」とカンナが挙手した。「私もまだ体力が有り余ってるし、それにこいつに付いていけるの私くらいでしょ」

 体力の面でも性格の面でもその通りであった。ローレルは二人で行動することを条件に許可を出した。

「狩りってことは湖ね?」

「まぁそうだな」と早速相談を始めた二人にローレルは背を向けて、他のメンバーを見回す。

「じゃあ俺たちは予定通り拠点に戻ろう」

 七人が頷く。ローレルは口喧嘩のような口調で相談を続けているフェイジョアとカンナに声を掛けてから歩き出した。

 残された二人が何を話していたかというと、勝負のルールを決めていたのだった。結果、範囲は湖周辺。制限時間は十五分。より大きな獲物を仕留めた方が勝者と決まった。

 となると、当然、先に湖に着いた方が有利である。勝負開始は二人が湖に着くと同時と決めていたため、その前にできる限り獲物を見ておきたい。

「じゃあ行きましょうか」

「あぁ」

 ゆったりとした口調でのやり取りから歩き出す。そして、砂浜から森の中に入った途端、二人は全速力で駆け出した。その速度は先程までの比ではない。進路にいた小動物が二人に気づいて警戒した頃には、当の二人はその頭上を通りすぎたところであった。

 僅かにリードしていたのはカンナであった。力では劣るが、それ以外ならフェイジョアに負けたりはしないと彼女は思っている。しかし、そのフェイジョアは予想以上に食らいついてきていた。

 一足先に、カンナが湖に到着する。フェイジョアは舌打ちをしてからその隣に着地した。

「ちっ。すばしっこい女だな。猿かよ、おめぇは」

 負けた悔しさから思わず悪態を口からでたが、意外なことに反応はなかった。三倍返しの暴言、もしくは拳がとんでくると予想していたのだが、と不思議に思って横顔を見ると、その目は真っ直ぐ前へ向けられていた。その目線を追って湖の中心へ顔を向ける。

 まず視界に入ってきたのは巨大な影。湖に浸かっている今でも十メートル以上はあるように思える。少しずつ、その姿を視認していく。緑の鱗。巨体に似合わない小さな翼と手足。運動不足の中年男性のようにでっぷりとした腹部。子供の体長ほどありそうな大きな両眼は、確実に二人へ向けられている。

 世界でラルディアにのみ生息する魔法生物のなかでも特に希少な存在として世界中に知られ、人間が魔力を手にしたところでまるで及ばない圧倒的な個の力を持っている。

 そこにいるのは確かに竜だった。

「ねぇ、フェイジョア」

「あぁ?」

「あれ狩ったら、あんたの勝ちよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」

 竜は首をあげて大きく息を吸い込む。それを見た二人は、ほぼ同時に湖へ背を向けていた。湖のほとりに二つの足跡がくっきりと残るほどの力で駆け出した二人の背中に、竜の咆哮が浴びせられた。



 その咆哮は拠点の近くまで来ていた他の八人にも届くほどだった。一斉に振り返った八人のなかに先程までの穏やかな雰囲気を残している者はいない。

「ただの魔法生物の声、じゃあないな」ローレルの言葉にロメリア達は頷いた。咆哮とともに感じた僅かな魔力は、それほど確実なまでに強大であった。

「ただの魔獣ともいえないわね」とアイリスが言う。そして咆哮が聞こえた方を見て「湖ね」と呟いた。

 頷いたローレルは、一度全員を見渡してから指示を出す。

「二人の身が危ないかもしれない。俺、ジン、ミナ、アイリス、ナギ、ホオズキで様子を見に行こう。細心の注意を払いたい。ナギ、斥候を任せていいか?」

 ナギは迷うことなく頷くと、ゆっくりと目を閉じた。みるみるうちに彼女の姿が消えていく。一見、ミザーの能力と同様に思えるが、彼らは身体の色を変えて景色に溶け込むが、ナギの――バンクシア一族の能力は、完全な不可視である。

 ローレルは残りの二人へ顔を向ける。

「カルミアとフラネルは拠点に戻っていてくれ。誰かが戻るまで外にはでないように」

 フラネルはすぐに頷いたが、カルミアはなにか言いたげに目を泳がせていた。

「カルミア、どうかしたのか?」

「いえ、あの――――」

「カルミア」と、ホオズキの鋭い声が割って入った。「拠点で待ってて」何かに迷っているような表情のカルミアに言い聞かせるように言う。それで迷いが晴れたわけではないようだが、カルミアはようやく頷いた。

 二人と別れたローレル達は、木々がなぎ倒される音の方へ駆け出す。絶え間なく聞こえてくるその音に、フェイジョアとカンナが逃走中であることが推測できた。

「あの二人が逃げ出す相手か」というジンの言葉に緊張感がいっそう増した。

 先頭を走るローレルの近くでナギが姿を現す。並走したまま、余計な会話は一切せずに「二人はぱっと見た感じ無事。相手は竜」とだけ言った。ミナは驚きに目を見開き、ローレルとジンは思わず顔をしかめた。

「もしかしたらとは思っていたけど……、ナギ、竜の種類は分かるか?」

「不明。大きさは約二十メートル。メタボ体型。翼はあるけど飛んだりはできないと思う」

「二十メートル……大型の分類だな」

「私達だけでそんな化け物をどうにかできるって思ってるのかしら」

「まさか」とローレルは即答する。「大型の竜なんてどんな人間でもたった十人で相手できるような生物じゃない。一流の使い手を集めた大隊でようやく戦えるレベルだ」

「予想外の事態ということだな」とジンはそれには納得しながらもローレルに問いかける。「では、なぜ、誰ひとり教師がやってこない? 下見で竜などを見落とすはずがない。それほど巨大な転移陣も同様だ。ならば、結界を破ってきたのだろう。教師たちがそれに気づかないことなどあり得るのか?」

「それはわからない。ただこれが誰かが仕組んだことなら、外でも何か起きている可能性は高い」

「誰か、ですか」と呟いたミナに、ジンは鼻をならした。

「アルス市民軍やロメリア市民軍。怪しい団体で言えば、俺達の一族もそうだ。九大貴族の策略と考えたときに最も怪しいのは、こういった場合戦いに駆り出される可能性の低いコモンセージだがな」

「ジン、そんなことを考えても仕方ないだろう。今は二人と合流して、その後は全員で島を出る。そのことだけを考えて行動しよう」

 話している間に、咆哮と轟音は間近まできていた。ローレルが腕を横に伸ばして止まるように合図する。

「俺とジン、ナギ、ホオズキで足止めをする。アイリス、今のうちに速度の補助魔法を頼む。合流したら二人にも掛けてやってくれ。ミナ、二人がもしも負傷しているようなら治癒を頼む」

 二人は頷き、そして全員を光の粒子が包んだ。

 ナギが姿を消す。ローレルとジンが並び立って剣を抜く。その後ろではホオズキが今のうちから魔法の準備を進めており、さらに後方ではアイリスとミナがその様子を伺っていた。

 前衛の二人は身体中に魔力を巡らせていく。すると、ローレルの瞳は黒色から黄金色へと変化した。

「来るぞ!」

 ローレルが叫び終えると同時、フェイジョアとカンナが茂みから飛び出してきた。そして一瞬後、驚いた表情を浮かべながら、三人の横を通り抜けていった。

 それを確認する隙もなく、三人は動き出していた。姿を見せた巨大な竜。四足歩行で移動しているとはいえ、二十メートルの巨体だ。顔ですら、地面に足をつけたままでは斬撃が届かない位置にある。二人は言葉を交わすまでもなく狙いを足に定めた。突進の速度に合わせて左右の前足へ剣を振る。丸々太った胴体と比べて肉付きの少ない貧弱な足。しかし、竜の鱗はその斬撃をいとも容易く弾いた。二人は顔をしかめながらもその場から飛び退く。次の瞬間、二発の雷撃がうねりをあげながら竜の顔面に直撃した。首が跳ね上がって足が止まる。しかしダメージはまるで残っていないらしく、竜は軽く頭を振ると、新たに現れた三人の人間を見据えて一段と大きく哭いた。ローレルとジンは剣を握る手に力を込め、ホオズキは再び両腕に魔力を集めていく。

 しかしその瞬間だった。不自然に咆哮が途切れたかと思うと、竜は突如自身の顔面を地面に叩きつけたのだ。

 不審な行動に眉を潜めたローレルだったが、近くに姿を現したナギ、そして顔をあげた竜を見て、その行動の理由を把握した。

 苦しげに哭いている竜の左目から涙と血液が流れ出ていた。不可視のまま接近したナギが眼球に剣を突き刺したのだ。

「右目は無理そう。今のも危なかった」

 淡々とそう言ったナギに、ローレルは「十分だ」と返した。



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