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魔王に恋した勇者さま  作者: 七菜
第1章
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練習と実践

 レオが火系統の基礎魔法《炎よ》を扱えるようになったのは、私が火柱を発生させてしまった3日後だった。

 レオ本人は扱えるようになったときあまり嬉しそうではなかったが、ルクスの「僕は火の基本魔法を使えるようになるまで3ヵ月かかった」と苦笑して言うと、安心したようだった。

 その話を聞いて驚いたのは私の方だ。

 どうやら、魔法はそんなに簡単には発動しないらしい。

 魔法を使うときの体感はそれぞれで違うらしく、私は腹から鳩尾のあたりに魔力の塊を感じ、それが体内を巡って掌の中央から発射されるような感覚を持っているが、指先から出ているような感覚を持つ人や、目から出る、と主張する人間もいるそうだ。

 そのため、魔法教育は至難の業、教師の感覚を押し付けると、生徒が育たない事もあるとルクスは独り言のように言っていたが、彼はその点では優れた教師と言えるだろう。

 魔法が簡単に発動しない理由は感覚がそれぞれ違い過ぎるゆえに教えられない、その点が大きいようだった。

 ルクスは午前中に魔法基礎を、午後から精霊探しをさせた。

 火や水の精霊は世界でもポピュラーな存在らしく、レオと私が同じタイミングで火の精霊を見つけたのは幸運ではないそうだ。

 10歳になるまでの2年間で、私は光・火・水・風の精霊と契約し、レオは火・土・水の精霊と契約し、基本魔法を使えるようになった。ルクスは「すごいことだ」と言っていたが、他の子が何歳くらいでどの程度できるのかわからないのであまり実感はなかった。

 魔法を使うには、まず魔法詠唱をする。

 この「赤き熱を秘めし力よ、我の名の元に炎を熾せ」なんて台詞は、精神年齢30歳オーバーの私にとっては、非常に恥ずかしいものだった。

 詠唱なしで魔法を使用する方法はないのか聞いてみると、慣れるとできる、ルクスは答えた。何事も練習である。

 だが、完全に詠唱なしでは、薪に火を灯すという初歩的な魔法を使うくらいしかできなかった。

 木を消炭にしようとして大きな炎をおこそうとすれば《炎よ》と口に出さないと火力が足りない。

 ルクス曰く、それでいいらしい。

 魔法は詠唱ありきの物で、短縮と表現される《炎よ》などですら一部の人間しか使わないそうだ。まあ、一般生活で木を消炭にしようとすることもないだろうから、そういうことなのだろう。

 この段になって、私はようやく加護持ちというチート性に自覚を持ち始めた。

 すべての魔法を、私は特に苦労することもなく発動することができたからだ。隣でレオが頑張っているなか、私は火柱を上げたあの日と同じく、魔力の調整をしきれずやりすぎることが多かった。

 魔法の威力調整、それこそが苦手とするところだった。

 10歳になった私は、修行僧の如く滝業をしたり、一日中泥団子を量産したりと思いつく限りのことをやって、土の精霊とも契約した。言うまでもなく、10歳の少女が日々滝業をする姿を大人たちは冷ややかに見守った。大変“冷ややか”に見守って頂いた。

 レオも、風の精霊と契約していた。彼に関しては、大人たちは「そこまで頑張らなくてもいいんだよ」「お前はリカとは違うんだから」と温かく寄り添う姿勢が感じられた。

 これが加護持ちと、そうでない一般的な人間に対するこの世界の認識の差なんだろうなと、私は漠然と思うようになった。

 背が高い新入社員に部長が「バスケとかやってたの?」と訊くような先入観に近い気がする。

 金髪はあれくらいやって当然、加護持ちは魔法に興味を持って当然、できるのが当たり前という無言の期待は、多少のプレッシャーにはなるが、今のところそれに押しつぶされるほど魔法に対して“できない事がない”のが事実だった。

 どうやら私のステータスは魔法9容姿1他0の割り振りらしい。

 足は遅いし力はないし、魔法がなかったら私はそれこそただの『もやし』である。

 私の胸にはいつもこの世界で目覚めた時の恐怖がちらついていた。

 あそこに、あの牢に戻りたくなかったら、強く一人で生きて行ける魔法使いにならなければいけないのだ。

 11歳の誕生日に、ルクスは“基本魔法大全”という大層なタイトルの本を私とレオに買い与えた。

 これまでもロイから字を教わるときに紙に触れた事はあったのだが、本に触れたのは初めてだった。この世界で本は高価な物らしい。製本の技術は荒く、しかし装丁は重厚で重い。

 書いてある内容は多岐にわたり、私はレオと片っ端から挑戦しては、森で大穴をあけて池を作ってしまったり、作物を一部水没させたりしてはルクスに尻拭いを何度もさせて、そしてルリアンヌにこってりとしぼられた。

 私は魔法学校に入るまでに基本魔法大全の内容を全て習得するという目標を掲げて、実行していた。

 目標はあった方がいい。

 魔法学校に入れば、自分より優れた子はたくさん居るだろう。

 加護持ちのくせに使えない、と評されれば、ルクスと長老の面子を潰すのではないかという漠然とした不安と、弱ければ生き残れないという恐怖があった。

 基本魔法大全には、用途不明な魔法が数多く存在した。

 氷の壁を作る《氷壁》や、短く威力の高い風で物を切り裂く《風刃》、土で物体を固定する《土枷》など、いったいどういった場面で使うか想像もつかなかった。

 私が黙々と練習していると、レオが相手になってくれた。

 ルクス監修の元、レオと私は手合わせをしてみて、実感した。

 基本魔法大全は“基本的な魔法を記載した本”でははあるが、その大部分が“魔族と戦う為に身に付けておくべき魔法を記載した本”なのだ。

 《土枷》で足止めをして《炎よ》で焼き尽くせば敵を仕留めることができる。逆に足止めをされれば《氷壁》で魔法を防いで、その間に体制を整えることもできる。

 更に、大変便利な《反転(リターン)》と《消去(クリア)》は覚えておいて損はない魔法だった。

 風魔法に分類される《反転》は、相手の攻撃を跳ね返すカウンター魔法だ。ただ、向かってくる物理攻撃にしか利かないので《土枷》や《炎よ》などの対象に直接作用する魔法には対応しきれない。

 ともあれ《反転》は使う側は便利だが、使われる側には厄介な魔法と言える。

 攻撃を跳ね返されると、《反転》される側、つまり攻撃した側は、攻撃魔法の接続を切る必要があった。そうしないと自分の魔法で自分が攻撃されるからだ。

 感覚で掴むしかないとルクスは私たちに何度も練習させて、私とレオは発動した魔法を《解除》の一声なしに自身の意志で切る、という使用方法をマスターした。

 ほぼ反射に近い《反転》、これは、私よりレオの方が得意だった。

 逆に《消去》は私が得意とするものだった。

 この《消去》は魔法を強制的に《解除》する魔法だ。

 他人が発動した魔法を強制的に解除するには、込められている魔力より多くの魔力で接続を切るしかない。いわば力圧しである。

 私のフルパワーの《炎よ》をレオは《消去》できないが、私はレオの《風刃》を《反転》できない。うまくできているものだ。

 熱心に魔法の練習に打ち込むうちに、ルクスは残りの闇の精霊を探すより、魔法基本大全に載っている魔法を全て使えるようになる、という私の目標を優先しようとしてくれた。

 魔法基本大全には、基本4系統と呼ばれる火水風土と、巻末付録的に光魔法の治癒について記載があるのみだった。

 つまり、闇魔法が使えなくとも、なんとかなるようだ。

 ルクスも「僕は闇魔法が使えないから、リカが精霊と契約しても教えられる事は何もないよ」と言っていた。

 先生が使えないなら、私が使える必要もなさそうだ。

 この世界の魔法は、私が思うものと若干のずれがある。

 私は魔法と言ったら杖と箒が必須で、空を飛んだり瞬間移動したり、水晶玉で未来を占ったりするイメージだったのだが。一度空を飛ぶ魔法はないのかとルクスに訊ねると「空を?鳥みたいに?」と訊きかえされてしまってから、先入観を捨てることにした。

 11歳にもなれば、周りの子たちはほとんど大人と同じくらい村の仕事をして遊んでいる時間は少なかった。

 レオは時間があればロイの手伝いや、他の大人たちに呼ばれて働いていたが、私はその時間をルクスから光魔法を学ぶことに充てていた。

 私は周囲の子供たちからすれば、サボっているように見えたらしい。

 石を投げつけられたり、指をさして笑われたり、接点はないものの顔を合わせればいじめられることもあった。

 その度に怒るのは私よりレオだった。

 私は万が一魔法で反撃して子供に怪我をさせてしまっては困ると反撃を一切しなかったし、子供たちも私に対してはせいぜい石を投げたり遠巻きに罵倒するだけだったのだが、止めに入ったレオには直接殴り掛かることもあり、レオも反撃した。

 だが、ある日、すべての状況は一変した。



 朝から雨の降る、寒い日だった。

 土はぬかるみ、足元の悪い中で私とレオはルクス指導のもと、魔法の練習をしていた。

 今日は、周辺の雨粒を氷に変える魔法である。

 水を凍らせる基本魔法や、応用の《氷棘》の練習は何度もしたが、この練習は初めてである。

 雨粒を氷に変えて何の役に立つのかはわからないが、応用力を磨くのにはいいのかもしれない。

 私は真剣に取り組んだ。

 皮でできた合羽のような外衣を着ているものの、さすがに昼頃には冷え切って来た。

 頃合いを見計らうようにルクスが言った。

「よし、そろそろ戻ろうか。風邪をひいたら大変だからね」

「はい」

 揃って返事をすると、その声のあとにざわざわと音が聞こえた。

 木々のざわめきや、雨音ではない。

 低すぎて、うまく聞き取れないほどの音だった。

 何?と視線を巡らせると、目が合った。

 2メートルはありそうなそれは、額から角が生え、大きく裂けた口から牙が生えた魔族だった。

 爛々と血走った目が、私たちを捉える。

 獣の毛皮を纏ってはいたが、むき出しの腕や腹は、人間のそれとは比べ物にならないほどの筋肉がついている。

 殺される───恐怖で息が止まった。

「に、逃げて!!」

 ルクスが叫んだ。

 レオが私の手を引いて走り出す。

 背後でルクスが短縮で詠唱するのが聞こえた。

 全速力で走るレオに引っ張られて走るのが精いっぱいだった。

 ルクス先生を置いてきた、そんな事を考える余裕もないほど村に向かってただただ走った。

 見慣れた木造の家が見えてきたと思うと、女性の甲高い悲鳴が空気を震わせた。

 ざわざわと、そこかしこから重低音が響いてくる。

 いる、村にも来てる。

 間違いなく、あの魔族たちは人間を襲いに来ている。

 レオは急に立ち止まると振り返った。

「お前はここに居ろ!!」

「レオ!」

 言うなりレオは私を置いてまた走り出した。

 村を助けに行くんだ。戦いに行くんだ。

 たった11歳の子供なのに、何故、怖くないんだろう。

 駆け出して行った背中を、見送りながら私は思った。

 何故ここに転生したんだろう。前世では、命が脅かされる場面など経験したこともなかった。安全に暮らせることが当たり前だった。

 痴漢や強盗、そんなものに遭遇する可能性はあった。気を付けなければいけない、そんな意識もあった。だが、狩られる側になる恐怖、それを体感したことなど一度もなかったのだ。

 この村に来てからの4年間、平和だった。

 魔獣と遭遇したこともなかった。

 どうしたらいい、私はどうしたらいい。

 レオの背中がどんどん遠ざかっていく。

 武器はもっていない。魔法だけを武器に、レオは戦いに行くことを迷わず決めた。

 ここで私がじっとしていたら、どうなるんだろう。

 レオは、死ぬのかな。

 ロイやルリアンヌや、村長や隣の家のおばさんや、みんな、死ぬのかな。

 誰も守れず、死んでしまったレオを見た時、私はどうなるんだろう。

 雨粒が腕を伝った。

 私は左腕を押さえた。今はしていないが、かつて私を救ってくれた魔王オーフェンの腕輪をいつもはめている腕を押さえた。

 私がやらなきゃ。

 オーフェンの面影に背中を押されるようにして私は再び走り出した。

 村には金属音が響いていた。

 水たまりの中に血を流した村人が倒れている。間違いなく魔族が村を襲っているのだ。

 心臓が爆発しそうなくらい大きく鼓動を打っている。

 金属音のする方へ走っていくとロイと何人かの男が一匹の魔族相手に鍬や斧で応戦していた。その足元には、腕のちぎれた女が震えていた。

「どいてください!!」

 叫びながら突っ込んで行く。

 魔族が私に気を取られた隙にロイたちは一気に圧しきろうとした。

「《氷壁!!》」

 魔族とロイたちの間に氷の壁をつくると、魔族はその壁に向かって体当たりをしてきた。いつまでもつかわからない。

 殺すしかない。

 殺さなければ、殺されるんだ。

「《氷棘!!》」

 一切の躊躇いなく、魔族の頭上から数千本のつららを降らせる。

 真っ赤な血が氷壁に跳ねて、魔族の巨体はどしんとその場に倒れた。

「リカ、逃げなさい!!あいつらはまだいる!!」

 逃げるわけにはいかない。

 私が戦わなければ、誰が戦うんだ。

 何のための魔法なんだ。

 何のために努力してきたんだ。

 近くでまた金属音がした。ぬかるんだ地面に足を取られながらそこへ向かう。

 背後でロイが引き留めようと叫んでいたが、振り向かなかった。

 魔族はすぐそこにいた。

「《氷棘!!》」

 魔族の背中を確認した瞬間に魔法を発動した。

 派手に血を散らしながら魔族が倒れると、対峙していた男たちが腰を抜かした。

 ざわめきはまだ止んではいない。まだ居るのだ。

 その時、レオの声が聞こえてきた。

「《風刃!!》」

 レオの発動した魔法が魔族の腕をふっ飛ばし、それは私の足元まで飛んできた。

 音のする方へ近づいてみると、一塊になった村人を囲むように10体ほどの魔族が群がっていた。

 鍬や斧を持った男たちが必死にその魔族を押し返そうとし、そのなかにレオも混ざって戦っている。

 あれだけ混戦だと《氷棘》は使えない。村人を巻き込んで殺してしまうかもしれない。

 まず、村人たちと魔族を分断しなければ。

 だが村人たちで死角になった位置に魔族がいるかもしれない、一気には無理だ。

「《土枷!!》」

 見える範囲の魔族の足元を固定すると対峙していた村人たちが離れていく。続けざまに《氷棘》を放ち魔族を5体ほど片付けると、残りの魔族が村人たちから私へ興味を移した。

『うそでしょ…!!』

 一気に魔族が私の方へ走り寄ってくる。

 私は足が速くない。

 背中を向けて逃げても追いつかれて殺される確率の方が高い。

 それなら、ここで迎え討った方が勝算は高い。

「レオ皆を頼む!!」

 聞こえていることに賭けるしかない。

 この数は氷棘では凌げない。

 一撃で片付けなければこっちが殺されるかもしれない。

「《風刃!!》」

 調整なんてできる余裕はなかった。

 全力を込めて放った魔法は、まわりの建物や木々も巻き込みながら目の前の魔族の体を輪切りにしていく。

 魔族の体が全て地面に崩れると、私の声を聞いてレオが氷壁で村人を守ってくれていたのが目に入った。

 終わったのだろうか。もうざわめきは聞こえない。

 雨の中でさえ強烈な血のにおいと、肉塊と化した魔族の凄惨な状況に吐き気がしてきた。

 恐怖が足元からせり上がってくる。

 だが、そんなことは言っていられない。

 さっき、水たまりに倒れる人や、腕を無くした人を見た。

 怪我人はもっといるかもしれない。

 助けなきゃ。

 私は踵を返してロイたちの元に戻った。そこには、ルクス先生がいた。無事だったのだ。

「リカ、レオは!?」

「レオはあっちに居ます。無事です」

 短く答えると、ロイが天を仰いだ。レオも父親の心配をしていることだろう。早く会わせてやりたい。

 だが、ロイはとんでもない物を持っていた。ロイの足元に倒れる女の腕である。

 ルクスはロイが持っている腕を見上げて眉根を寄せる。

「傷を塞ぐことはできます、でも、僕には腕をくっつけるなんてできません……魔力が足りない」

「魔力があればできるんです?」

 間髪入れずに私が言うと、大人たちの間に微妙な沈黙が流れた。

 だが、ルクスは腹を決めたらしかった。

「リカ、やり方は《治癒》と同じだけど、できる?」

「はい。教えてください」

 先ほどまであった女の意識はもうない。

 他の男が女の傷口を出血防止に抑えているが、死にかけているのは間違いないだろう。

 ……助かるのだろうか。

 助けられるのだろうか。

「僕の後に続いて詠唱して」

「はい」

 腕を、と言って、ルクスはロイから千切れた腕を受け取ると、女の傷口を押さえていた男も下がらせて、元あった状態に押し当てた。

 そこに、私は手をかざす。

「《万物のもとに我はあり、万物の中に我はあり───》」

「《万物のもとに我はあり、万物の中に我はあり》」

 ルクスの後に続けて詠唱する。

「《光のなかに我はあり、闇のなかに我はなし───》」

「《光のなかに我はあり、闇のなかに我はなし》」

 腹のあたりに熱を感じる。魔力が呪文に反応しているのだ。

「《光の精霊よ、我が力を糧に───》」

「《光の精霊よ、我が力を糧に》」

 掌が熱くなる。

「《ありし姿に戻せ》」

「《ありし姿に戻せ》」

 真昼のような光が私の掌を中心に広がった。

 とんでもない早さで力が吸い取られていく。

 力を込めるのではなく、吸われている、そんな感覚だった。

 光のシャワーが女の腕に吸い込まれている。

 それは間違いなく私の魔力だ。

 くっつけ、助かれ。

 祈るように、倒れこみそうになる体を必死に支えて魔法をかけ続けた。

「リカ、もういいよ、もう大丈夫」

「……はい」

 ルクスの声に、魔法の接続を切ると、腕はぴったりとくっついていた。

 傷跡も残ってはいない。

 しかし、私の方はもうだめだった。ぬかるんだ地面の上にへたり込んで、立ち上がる気力もなかった。

「よくやったね、リカ、ワイリー・ローズ以上の光魔法かもしれない」

 何のことかさっぱりだが、訊き返す余力はない。

 そんな事より横になって眠ってしまいたい。

 体がひどく重い。

 だが、まだ怪我人はたくさんいるはずだ。

 それこそ死にかけている人もいるかもしれない。

 私は根性で崩れてしまいそうになる体を起こし、ルクスの腕をつかんだ。

「私が倒れる前に、今の魔法が必要な人のもとへ、私を運んでください……!」

「………」

 逡巡の末、ルクスは小さく頷いて、私をおぶって村を見て回った。

 間に合わなかった村人が2人いた。

 だが、腕を千切られた女を含めて4人、私は命を救った。

 私が放った《風刃》のせいで2軒の家と倉庫が1つ全壊、木の実を目的に育てていた木々が5本倒れる被害を出してしまったが、村人たちもルクスも、私がいなければ村は全滅していたかもしれないと言って大層喜んでくれた。

 私の無茶ぶりに対応して村人を氷壁で守ってくれたレオも、村の英雄になった。何せあれがなければ、私の魔法で村人が何人か怪我をしていた可能性は十分にあったのだ。

 魔力を一気に大盤振る舞いしたせいで、私は1週間寝て過ごした。

 とんでもなくひどい二日酔いのような状態が2日続き、その後も体がひどく重かった。ルクス先生曰く、魔法使いの間ではこの状態を“魔力枯渇”と言うらしい。

 魔力が底をつくと、この世界の人間の体は異常を来すようにできているらしかった。

 魔力が体内で生成されて戻る頃には動けるようになったが、二度と経験したくない感覚だった。

 1週間後外に出ると、いじめっ子のリーダー格の子が、私に花をくれた。

 私が助けたあの腕の千切れた女性は、彼の母親だったそうだ。

 私はそれ以降、からかわれる事も、いじめられることもなかった。

 死者が出た以上喜ぶべきことではないが、私も誰かのオーフェンになれたのかもしれないと思うと、ほんの少し、心は満たされた。

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