表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に恋した勇者さま  作者: 七菜
第1章
8/78

はじめての魔法

 この世界の魔法の原理は、精霊との契約による。

「イメージとしては、人間は魔力が入った箱を生まれ持っていて、その魔力の箱には出口がいくつかある。その出口には鍵がかかってるんだ。魔力を魔法として使えるようにするには、鍵を開けてやらないといけない。その鍵が、精霊との契約───って、僕の言ってることわかる?」

「わかります」

 ルクス青年は自信なさ気だったが、私は納得して頷いた。

 人間は魔力が入った箱を持っている。魔力の箱には出口が多数ある。水魔法の出口、火魔法の出口、風魔法の出口、土魔法の出口、光魔法の出口、闇魔法の出口の6つだ。その出口には鍵がかかっている。魔法を使いたければ鍵となる精霊との契約が必要になる。しかも、その出口の分だけ、契約は必要だ。水の精霊、火の精霊、風の精霊といった具合に、使いたい魔法の分だけ契約を交わさねばならない。

 精霊はどこにでも居る。どこにでも居るが、精霊の源となる核は一つだそうだ。精霊については世界の謎で、いまだに精霊の核とやらは詳しく解明されていないとルクス青年はレオにもわかるように喩を交えながら話した。

 そんなよくわかっていない物を使う事に対しての疑問はないのか、と思ったが、口には出さなかった。

 金髪イコール魔法が強い、という認識のこの世界で、私は魔法をそれなりに使えるようになるか髪を剃り続けるかのどちらかを選ばなければならない。

 どうせなら、1人で生きていくことを念頭に魔法が使えるようになるべきだろう。

 疑問を全て解決しようとする前に、目の前のハードルを乗り越える方がいいと私は判断した。

「精霊はどこにでもいるんだけど、探すにはコツが必要なんだ。と言うのも、精霊は見る人によって姿が違うと言われてる。僕の場合は、鳥に見えた。兎に見えたって人も居たし、蛇だったって人もいた。ただ、共通してることは生き物だってこと。ここまでは、わかる?」

 うん、とレオが頷く。私もそれに倣う。

 子供らしさのアピールは必要だ。

「精霊を探すには時間がかかる。何か月、何年もかかることもあるんだ。だから、のんびりやって行こう。いいね?」

「はい」

「はいっ」

 私たちはルクス青年に連れられて、森に入った。

 森は村の子供たちにとって慣れ親しんだ場所だ。私はロイの言いつけで森に1人で入ることはなかったが、レオはよく薪を拾いに入っている。

 森の深くまで入り込んでしまうと、大型動物や、もしかしたら魔族、魔族の血が混じった魔獣と呼ばれる危険な生き物と遭遇する可能性があるためだ。万が一にも、加護持ちをうっかり死なせてしまってはいけないと、ロイはそう考えているふしがある。

ルクスが言った。

「今日は僕から離れないで。精霊は自分以外には見えない場合が多いんだ。だから、何か生き物を見つけたら、声をかけて。契約の方法を教えるから。いいね?」

「はい」

「はいっ」

 ゆっくり歩くうちに太陽は傾き始めていた。

 レオは無邪気に「先生!鳥がいます!」「先生!虫―!」と燥いでいたが、それは全て精霊ではなく実際の生き物だった。どうやら、そう簡単に精霊は見つからないらしい。

「そろそろ帰ろうか」

ルクスがそう言ったのは、私にとって懐かしい場所に辿りついたときだった。

 最後に野宿した、あの場所だった。

 倒れた大木と、椅子として使った大きな岩、近くには川も流れている。

 私はあの男を思い出して、足を止めた。

 その時だった。

 黄色い蝶が目の前を横切った。ひらひらと、朽ちかけた巨木に向かっていく。

「先生、蝶がいます」

「蝶?」

「どこ?」

 私は黄色い蝶が舞う、木の根もとを指さした。

「あそこ。黄色い蝶です」

「黄色!?」

「はい。あれが精霊ですか?」

「う、うん、僕には見えないから、そうだね。いいかい、リカ。まず、君だけで精霊に近付いてみて。精霊は、君に興味を示すはずだから、君の体に精霊が触れてきたらこう言うんだ。「汝、我が力を解き放つ糧となれ」できる?」

「はい。やってみます」

「できなくても大丈夫だからね。契約のチャンスは一度きりじゃないから」

「はい」

 黄色い蝶に、私はゆっくり近付いてみる。

 至近距離で見ると、黄色い蝶はわずかに発光しているようにも見える。

 私が触れられる範囲まで近付くと、今度は蝶がこちらへ飛んできた。

 ……あまり虫は好きではないので、ちょっと気持ち悪い。

 蝶は私の、ぺたんこな胸のあたりに止まった。

「汝、我が力を解き放つ糧となれ」

 迷わず詠唱すると、蝶は輪郭がぼやけた光の玉となり、ガラスが割れるような高音とともに弾けるように消えた。

 しばらく、私は何か起こるのかと棒立ちしていたが、蝶は消えて、光の玉も消えたきり何も起こらなかった。

「先生?消えましたよ?」

「どう消えた?」

「光の玉になって、弾けるように消えました」

「お、おめでとう!リカ、それは契約できた証だよ!君は光の精霊と契約したんだね。初日で精霊を見つけて、しかも光の精霊なんて運がいい!」

 ルクスは興奮しているようだった。

 光の精霊か。確か、光魔法は治癒に特化していると習った記憶がある。

 運がいいという言葉は私にはしっくりこなかった。

 簡単に見つけられると、感慨がないものだ、くらいに思っていた。


 そこから毎日森の探索が始まった。精霊狩りと私は心の中で呼んでいた。

 ルクスは、せめてレオが1系統でも精霊と契約し、2人揃って魔法が使えるようになってから魔法使用の基礎を教えるつもりらしい。私もそれで異存ない。

 初日に精霊を発見してから、2週間ほど私たちは精霊を見つけられなかった。

 空振り続きだっただけに、赤い蝶を見つけた時には年甲斐もなく『おお!』と歓声をあげてしまった。

 レオもそれに続いて、赤い鳥を見つけた。彼には精霊が鳥に見えるらしかった。

 私たちがそろって精霊を見つけた翌日から、本格的な魔法の授業が始まった。

「赤い精霊は“火”の精霊だよ。君たちはもう精霊と契約したから、念じて力を解放する方法さえ習得したら、火を操ることができるようになる。どうやるか簡単に説明するから、ちゃんと聞いててね」

「はい」

「はいっ」

 ルクス青年は私たちを村のはずれ、周囲に何もない空き地に連れて行き、いくつか薪を用意していた。

 地面に1本ごろんと置いた薪の前にルクス青年が立つと、彼はそこに手をかざした。

「感覚は人によって全然違うから敢えて僕の体感を伝えることはしないけど、しっかり思い描くことが大切なんだ。“僕は今から、この薪に真っ赤な火を灯す”そう頭の中で想像する。そしてその想像が鮮明に……えっと、具体的になったら、呪文を唱える。これを魔法使いは詠唱って言うんだけど───まあいいか、やってみるね」

 頷いた私とレオを確認してから、ルクス青年はいつになく真剣な表情になり、詠唱した。

「《赤き聖霊よ、契約のもとここにその力を示せ》」

 言い終わると、薪が一気に燃え盛る炎に包まれた。

『おおっ』

「ルクス先生すごい!」

 きらきらした瞳でレオに見つめられて、ルクスは照れくさそうに頭を掻いた。

 確かに、魔法ってすごい。

 きっとこれは私たちにも比較的安全に使える基礎中の基礎なのだろうが、便利過ぎる。

 実は、杖もほうきも使わない魔法なんて……と少しがっかりしていたのだが、ちょっと、かっこいい。

「まだ終わりじゃないよ。魔法は勝手に消えるわけじゃないんだ。ちゃんと解除しないといけない」

 そう言うとルクス青年は一言「≪解除≫」と単純に唱えた。

 すると先ほどまで燃え盛っていた炎が嘘のようにくすぶりもなく消え失せた。

『おお……!』

「魔法を実際使ってみればわかるんだけど、発動してる間、ずっと力を送り続けないといけない魔法と、そうじゃないものがあるんだ。今やって見せたのは、ずっと力を送り続けないといけない魔法。≪解除≫するときも、ちゃんと火が完全に消えた具体的な想像をしてから詠唱すること。慣れてくれば≪解除≫って言わなくても力を送るのをやめれば止められるようになるけど、それはかなり練習しないと難しいかも───ややこしい話はこの辺にして、やってみようか」

「はい」

「はいっ!」

 レオは更に瞳をきらきらと輝かせて返事をした。

 可愛いったらない。

 ルクス青年は参考用に燃やした木を遠ざけて、私とレオの前に1本ずつ新しい薪を置いた。比較的、小さいものを選んで置いたようだ。

 魔法は大きい物を動かそうとしたり、逆に小さすぎる対象を目的にすると難易度が上がると事前に座学で学んでいるが、これもルクス青年なりの配慮なのだろう。

「じゃあ、レオからやってみようか。リカはちょっと待っててね」

「はいっ!」

 これから何をするのかちゃんとわかっているのかは怪しい返事である。

 詠唱もきちんとできるのだろうか。

 間違えたら魔法が暴走するとか、そういう事はないのだろうか。

 あったらさせないか。

 私は心の中でレオにエールを送った。

 レオはルクスに言われた事を思い出すように薪に手をかざした。

 まだ小さい手がめいっぱい伸ばされている様を私は若干の緊張を覚えながら見守る。

 レオは薪をじっと見つめて、それから一息に言った。

「≪赤き聖霊よ、契約のもとここにその力を示せ≫」

 おお、ちゃんと言えたじゃん!

 私はまずそのことに拍手しそうになった。

 だが、肝心の炎はちらとも上がらなかった。

 あれ?と心配そうにルクスを見上げるレオに、彼は優しく微笑みかける。

「大丈夫、最初は簡単に炎なんて出ないよ。皆、すこしずつ体の中の魔力を魔法に変換できるようになるんだ。こればっかりは、練習するしかない、大丈夫、焦らなくていいからね」

「…はいっ!」

 少しがっかりした様子ではあるが、レオはルクスの言葉を素直に受け入れたようだった。

 この素直な心根はロイとルリアンヌの教育の賜物だろう。

 将来はきっと一本筋の通った、優しい男になるに違いない。

 前世の弟のような生意気な男にはなるんじゃないぞ。

 そして、可愛い嫁を貰うんだよ、と目を細めて思いをはせていると、ルクスに呼ばれた。

「じゃあ、今度はリカもやってみようか」

「は、はい」

 全く違う事を考えていたせいで、返事をする声が上ずった。

 危ない危ない。

 私が8歳の子供ではないと見抜かれるわけにはいかない。ここでデレデレと可愛い少年を見て、「ああこの可愛い期間って今しかないのよね、すぐ大きくなって態度もデカくなって生意気になるんだから」と前世の弟と重ねて今この時のレオを存分に心に焼き付けようとしているなど、見抜かれるわけにはいかない。

 雑念を払うように一息吐いて、私もルクス青年がそうしていたように薪に手をかざした。

 大切なのは『イメージ』だと言っていた。

 頭の中で思い描く。薪に小さい炎が点り、やがてそれが大きくなっていき、薪全体を包み燃え上がる。

 よし、大体のイメージはできた。

「≪赤き聖霊よ、契約のもとここにその力を示せ≫」

 腹のあたりに熱を感じた。

 その熱は血液が血管を通って体を巡るように、しかしはっきりと薪にかざした手に向かって走っていく。

 これが魔力の流れなのだろうか。

 ちょうど掌の真ん中、そこに熱いほどの熱を感じた。

 痛い───。

 炎が私自身を燃やしそうで一気に怖くなり、私は熱を振り払おうと手を振った。

 次の瞬間、空へ向かって真っすぐ火柱が伸びた。

「あ、危ない!!」

 ルクス青年が隣で立っていたレオを抱き抱えて私の側から遠ざける。

『待って!どうしたらいいの!?』

 混乱した私は激しく一本の円柱状に天に上る火柱を見上げて叫んだが、すぐに≪解除≫しなければならないのだと気が付いた。

「≪解除≫」

 言ってみたものの、炎は更に激しさを増して燃えるばかりだ。

 掌から力が流れ出していくのを全身で感じた。

 間近で燃え上がる炎が肌をじりじりと焼いていく。

 力を断ち切る、力を断ち切る───どうやって!!

「≪消去!≫」

 背後からルクス青年が大きく唱えた。

 そこに最初から存在しなかったように、炎は消え去った。

 その瞬間、私は地面に両手を付いてへたりこんだ。

 肩で息をしなければならないほどの消耗だった。

 鼓動は早鐘を打ち、足が震えた。いやな汗が浮かび、炎の熱で焼かれた体を一気に冷やしていく。

 炭になった薪からは煙が立ち上り、独特の臭いを発していた。

「リカ、大丈夫?少し休もう」

 はい、と言おうとして声が出なかった。

 ルクス青年は私の隣に座り込み顔を覗くと、額に手を当てて唱えた。

「≪治癒≫」

 目の前に黄色い光が淡く広がり、その光はシャワーのように私に降り始めた。

 思わず固く目を瞑る。

 ふわふわとした浮遊感を感じた。

 それだけではない。

 汗がひき、足の震えが止まり、強張っていた全身から力が抜けた。

「リカ、大丈夫?」

 声を掛けられて目をあけると、さっきまで張り付き閉じていた喉が開き、大きなため息の後に声が続いた。

「…は、はい……ありがとうございます、ルクス先生」

 私はこの時初めて、ルクス青年からルクス先生に、心の中の呼び名を更新した。

 魔法ってすごい。だけど怖い。

 そう実感した日でもあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ