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魔王に恋した勇者さま  作者: 七菜
第1章
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家庭教師

 この集落の人間は、自給自足の生活をしながら森で取れる薬草を薬にして町で販売したり、用途不明の石を磨いた飾りを作って遠くの町に売りに行く事で生活をしていた。余談だが、レオ達は、森を抜けた隣の町で金品目当てで襲われて、そのまま奴隷商人に横流しされ、牢に辿りついたらしい。そこにオーフェンが登場するわけだが、銀髪は魔王と知っていた両親は、魔王に睨みをきかせる加護持ちの私を置いて息子だけでも助けようと必死に逃げてきたのだそうだ。

 私はロイから置いて逃げて悪かったと謝罪を受けたが、それについて私は何も感じなかった。

彼らの行動は親として当然だった。それに、加護持ちの私を魔王が見逃すはずがない、連れて逃げれば追われて殺されると判断したのだろう。

 そう考えると、レオの母ルリアンヌは胆の座った女性だ。長老と平和的に会話をしていたとはいえ、魔王から他所の子を体を張って守ろうとしたのだから。私はそれがあって、ルリアンヌには逆らえなかった。母は魔王より怖し、である。

 長老との話の数日後から、私に家庭教師がついた。勇者候補としての英才教育である。

 私はこの段階で勇者になって魔王を討伐しようとは1ミリも思っていなかった。

 この世界の理解、それが最優先事項であるが、誰にも打ち明けずに心に宿す目標は、オーフェンへの恩返しである。

 私は、私だけは、彼の味方でいたい。

 その目標がぶれることは、おそらくないだろうと私は思っている。

 私の教育係として村にやって来たのは、この国お抱えの魔法使いルクス青年だ。

ルクス青年はくせのある明るい茶髪に同じ色の瞳をした、イケメンと言うには少し決め手が足りないものの、笑うと愛嬌があって可愛らしい人だった。

 彼は、勇者候補の私が8歳の少女とは聞いていなかったようで、初対面の時には長老と私の顔を交互に見ては、困ったように頭をばりばり掻いた。

「あの、魔法理論は8歳の子供に理解できるような内容ではありません。ですから僕も教えはしますが、その、過度の期待は抱かないで頂けると、彼女の為になると思いますので……」

 それに対して長老もロイも、当然そうだろうと理解を示した。遠巻きにそれを見ていた私としては、これからそんなに難しい事を教えられるのかとぞっとした。

 ルクス青年は、魔法の授業をレオの家で行うことにしたようだった。彼は、レオを見て「この子にも、教えてもいいですか?」と長老とロイに訊ねて、2人は快諾した。

 この村では子供も労働力だ。子供たちは畑の草むしりや、洗濯や、水汲みなど雑務を遊びながらこなす。

 もちろん、レオもその役割を担っているが、ロイと長老はその労働力が欠けることに一切不満がない様子だった。

 私は心配になった。家庭教師の費用は、いったいどこから捻出されているのだろうか。大人になったら魔王討伐して払うとか、そういう借金を知らずに背負わされるのは避けたい。もしかして、レオの魔法を習う費用も自分の借金になったりはしないだろうか。

 ロイとルクス青年が話しているところに、こっそりと忍び寄ってロイの服の袖を引っ張った。

「リカ、どうした?」

「あの、学費はどうなるんですか?おじさんとおばさんが負担してくれているんですか?」

 私の質問に、ロイは苦笑して、ルクス青年は目を丸くしていた。

「加護持ちの育成にかかる費用は、すべてこの国、アルステリアが負担するんだ。リカは何も心配しなくてもいいよ」

「じゃあ、レオの学費もかからないんですか?」

「かからないよ」

「その、育てた分の恩義というか、大人になったら魔王討伐やらを絶対しないといけないとか、そういう取り決めも勝手にされたりしませんよね?」

 この質問に、ロイがルクス青年に視線を向けた。どうやらロイもそこまでは知らないらしい。

 ルクス青年は何と言っていいやら、という表情で頭をばりばり掻いて、困惑気味の引きつった笑みを浮かべて答えた。

「ええと、そういう取り決めはないよ。ただ、12歳になったら隣の国のリッツェル魔法学校に入ってもらう事になるけど───まだわからないよね」

 まだ理解できなくても大丈夫だよ、というふうにロイが私の頭を撫でる。

 この国の大人たちは、8歳児と言うか私に甘いような気がする。

 もっときちんと説明してほしいが、もう20年以上も前の8歳の時の私が、何をどこまで理解して生活できていたか思い出せなかったので、それ以上の追及はしなかった。借金がないという事実が判明しただけで、よしとしよう。

 ルクス青年は、レオの家で筆記用具もなしに私とレオを座らせて授業を始めた。

「ええと、まず、ルクス・ゼレットです。今日から、魔法を教える事になりました」

「リカリディアです。宜しくお願いします」

「レ、レオロキスです!よろしく、おねがいします!」

「あ、うん、よろしく」

 ルクス青年は困ったように頭をがしがし掻いて、少し頬を赤らめながら口を開いた。

「ええと、まずは、魔界の成り立ちから、簡単に説明しようか───昔々、ある所に銀色の髪を持つ者がいました。彼は、何でもできました。水や火を操ることはもちろん、時を止めることも、海の水を枯れさせることも、太陽の光を隠すこともできました」

「悪いやつ……!」

 レオが食いついた。

 ルクス青年は8歳の子供に理解できるように、昔話口調で物語をはじめたわけだ。

 見たところ、20代前半くらいのルクス青年である。昔話を聞かせるのは、ちょっと照れくさいのだろう。

 レオの反応にうんと頷くルクス青年の頬はまだ赤い。

 可愛いじゃないか。

「ええと、彼には12人の配下……仲間がいました。

 これが【世界12支柱】と呼ばれる、魔王たちです。

 自分と魔王たちの力は特別だと、誰が見てもわかるように銀色の髪が人間から生まれないよう呪いをかけました。

 その呪いで、世界で銀色の髪のものは13人だけになりました。

 かわりに、金色の髪の子供が生まれるようになりました。金色の髪の子は、とても強い魔力を持っていました。魔力が強いから、魔王に近い、色の薄い髪を持って生まれたのです」

「リカだ!」

 そうだ、私だ。

「ある金髪の子が、魔神が真っ暗にしてしまった世界を救おうと、魔王と戦いました。

 金髪の子も死にましたが、魔王も倒れました。すると、魔神もこの世界から消えてしまいました。魔神がいなくなると、人間たちの世界に光が戻りました。

 人間たちは考えました。

 魔神は怖い、強すぎて怖い、倒せない、でも、魔王なら倒せる。魔王を倒すと、魔神も消えてしまう、なら、魔王を12人揃えなければ魔神は復活しないのではないかと」

「……リカ、死んじゃうの……?」

 ぽつりと、レオが小さく言った。ルクス青年が両手を前に出してぶんぶん振った。

「ち、違うんだ!リカが死ぬんじゃなくて、昔、そういうことがあったってだけで」

「でも、リカは魔王とたたかうって、お父さんが……」

 ぽろぽろとレオの瞳から涙が零れた。

 私は両手で顔を覆った。

 可愛い。ああ可愛い。もう食べたいくらい可愛い。

 親戚の子供みたいに可愛くて仕方ない。

 私はよしよしとレオの頭をなでる。レオの直毛はさらさらとしていていつ触っても心地いい。

「私は死なないよ。大丈夫」

「そ、そうだよ!死なない!」

 ルクス青年が慌てて同調する。

 それも可愛い反応である。

「でも、勇者さま、戦って、死んじゃったんでしょ……?魔王強いんでしょ……?」

「そ、それは……」

 子供に嘘はつけないが、リカが戦死すると決まったわけではないと伝えたいが、なんと言えばこの子に伝わるのかとルクス青年があわあわする姿を、私はしばらく至福の眼差しで見つめた。

 ルクス青年も可愛い。幼いレオの可愛さには及ばないけれども。

 ああ、幸せ。

「大丈夫だよ、魔王に倒されないくらい、私が強くなればいいだけじゃない、ね?」

 手の甲で涙を拭うレオの頭をなでながら、私は言った。

 ルクス青年がうんうんと頷く。

「そう、そうだよ!大丈夫だよ!君が戦うわけじゃないし!」

 気を遣ったのだろうが、ルクス青年はちょっと空気が読めないタイプなのだろうか。

 レオの緑の瞳に、傷付いたような影が差した。私はまた、よしよしと頭を撫でてやる。

「大丈夫、いざとなったら、レオが助けてくれるもんね?」

 男の子のヒーロー願望を満たすように言ってやると、レオははっきりと一回頷いた。




 座学は1か月ほど続いた。

 簡単にまとめるとこういう事だ。

 この世界には、魔神という絶対的強者が居る。

 魔神は数百年に一度不定期で復活しては、地形を変動させ国を破壊し世界を闇に落とす。

 魔神は驚異的な魔力を持ち、その下には12人の配下、魔王がいる。

 魔王が1人でも欠けると、魔神は世界からその姿を消し、人間界に光が戻る。

 12人揃っていなければ、魔神は復活すらしないと言われている。故に人間は「魔神を復活させないために、魔王を常に12人から欠けた状態にすればいいのではないか」と考えた。

 魔王討伐に白羽の矢が立ったのが、生まれながらに魔力の多い加護持ちだ。

 人間の魔力量は生まれながらに決まっている。

 魔力は使用した分減り、体内で再生産される。その絶対量が多いほど、強力で規模の大きな魔法が使える。魔力を調整し魔法を使用するには技術が伴うが、技術力だけでは強力な魔法は使えない。そこに、加護持ちと、一般的な人間の越えられない壁が存在する。

 加護持ちは長い歴史の中、数度、魔王を倒した。

 しかし、倒れた柱を補うべく別の誰かが魔王となる。これを代替わりと呼ぶ。

 早ければ数年、長くても百年以内には代替わりが起こり、また魔王討伐する。

 人間と魔王は、いたちごっこをしていると、まあつまりそういう事だそうだ。


 因みに、加護持ちは珍しいが、数年に一度は生まれてくるらしい。

 そうか、なら私が戦わなくても大丈夫だろう。

 魔王討伐は他の勇者志願者に任せて、私はオーフェンの側で生きることにさせてもらおう。

 そこで思い至った。

 待て。

 魔王は12人、私は加護持ちで魔王討伐の勇者だと、魔王たちは思うだろう。

 襲ってくる心配はないのか?

 突然16翼の黒い翼をバサバサ言わせながら魔王が降臨して私に「死ね!」とか、そういう事態にはならんのだろうか。

「あるかもしれないけど、魔王は加護持ちを殺して回るほど、仕事熱心じゃないよ」

 と、ルクス青年は言っていた。

 仕事熱心ではない。また私の魔王像がぼやける。

 だったら、魔王はそこまで危険人物ではないのではないか。

 魔神を復活させないでください、復活してもいいけど人間界は残しておくと平和条約を結んでくださいと、話し合えないのか。

 ルクス青年に訊ねてみた。

「ま、魔王と話し合おうなんて、君は恐ろしいことを考える子だね……。いや、でも、歴史文献では魔神は「我こそが絶対神、この世は全て我の理の上に有り」と主張したと残ってるから、無理なんじゃないかな。約束はお互いが対等だと認識してはじめて、できるようなものだし」

 残念だ。平和的解決ができるに越したことはないというのに。




 まさか、僕が加護持ちの女の子を教育することになるとは思ってもみなかった。

 何故、とは言わなかった。

 加護持ちの子に魔法基礎を教えるなんて、すばらしい事だと僕は思ったからだ。

 僕は、魔法学校でも加護持ちの子を見たことがある。

 その子はいつも、前向きで自分の使命に誇りを持ち、魔王討伐に何の疑いも持ってはいなかった。

 リカは少し変わっている。彼女は僕がどれだけ魔王が恐ろしい力を持っているのか、忌み嫌われているのか、絶対悪だと教えても「そうでしょうか」と響かない様子だった。

 それを長老に相談すると、彼女は奴隷商人から、あの魔王オーフェンに助けられ、2ヶ月近くかけてここまで辿り着いたと教えてくれた。

 僕は総毛立つ思いだった。魔王オーフェンは世界12支柱の中でも特異な存在だ。その魔王に助けられたとは、にわかには信じ難い。

 もしかすると、リカはオーフェンから何かしらの洗脳を受けていて、それは魔王の陰謀なのではないだろうか。加護持ちの勇者となる彼女に、自分に寝返るように、とか。人間こそが悪だ、とか。

 僕はリカをつぶさに観察した。

 同じ年のレオは一般的だった。彼はリカを守るのは自分だと言わんばかりにこのところ前のめりで授業に参加しているけれど、僕にもそういう甘酸っぱい思い出はあるから普通だと思う。

 でもリカは違う。彼女は妙に大人びていて、ときどき凄く違和感を覚えるのだ。

 この間、授業が終わってから、彼女は「先生はおいくつですか?」と訊いてきた。

 19だと答えると、今度は成人が何歳か訊いてきたので16だと答えた。

「先生は、私が魔法学校に入れる12歳まで、この村に滞在するのですか?」

「うん、そのつもりだけれど?」

「じゃああと4年ですか。婚期を逃しそうですね……」

 と、ひどく残念そうに言った。

 僕は8歳の子供の口から「婚期」という言葉が出てくるとは予想していなかった。

いやまあ、確かに23歳なら少し遅い方かもしれないけれど、僕は結婚より加護持ちに魔法基礎を教えられる栄誉を選ぶと笑うと、リカは子供らしからぬ冷ややかな表情をした。

 あれは姉がよく「アンタ結婚できずに中年になったら悲惨よ」と言うときの顔だ。

 女とは怖い生き物だ。8歳から、その凶悪な片鱗を隠し持っているのだから。

 それだけならおませな女の子と片付けたかもしれない。

 リカは特に魔王について知りたがった。僕は教えなかった。

 加護持ちは魔王討伐ができる人間の希望だ。少なくとも僕の常識では、魔族や魔王は無条件に討伐されるべき対象だったから、彼女の「人間対魔神率いる魔王の構図に疑問を持つ」という考え自体が、異端だった。

 それは、彼女が12歳になったら入る魔法学校でも同じだろう。

 隣国リッツェルにある魔法学校は、12歳以上の人間なら誰でも入学できる。しかし、その入学や就学に関しての費用は莫大で、一般家庭が一生かかっても払いきれない金が必要になる。

 が、費用が免除になる特待生度がある。

 入学前に3系統以上の魔法が使用できる場合、魔族との混血で身体的特徴に魔族の血が顕著でない場合、そして加護持ちだ。

 彼女はこの国アルステリアの代表として魔法学校に入り、あらゆる魔王討伐の為の手段を学ぶことになるだろう。

 僕は、レオにも3系統以上の魔法が使用できるように支援し、推薦状を書くつもりだ。

 この二人は、離してはいけないような気がする。

 レオが寂しがるからじゃない。リカが世界で孤立してしまうからだ。

 とにかく、リカは賢い反面、危険だと僕は判断した。

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