目覚め
次に目覚めたのは、薄暗い空間だった。
え、私死んだんじゃないのと、苦笑した。
おいおい、何だよ。恥ずかしいじゃないか。私の純粋な気持ち返せよと、ぶつぶつ言いながら体を起こす。掌が痛い。
が、そこで気が付いた。
ここは病院ではない。
薄暗いその空間を見回す。湿った、汚れた藁がまばらに敷かれ、その下は黒い石でできている床だ。窓というより、隙間というべきなのか、人間の顔の半分もない壁の裂け目からは容赦ない冷風が吹き込んでくる。出入口、と表現できるのか疑問な鉄格子と、通路を挟んだその向こうにも同じ鉄格子と、その中にも人がいるらしい気配。
饐えた臭いと、そこここに感じる体の痛み。
転んで擦り剥けたような傷が膝と、掌にできている。しかしその傷口は汚れていて、このままでは化膿や感染症の危険性が十分に考えられた。
いやちょっと待て。
掌が小さい。
ネイルが趣味だった私の手は、成人女性の手ではなくなっている。
私は慌てて体をまさぐった。
元が何色だったのかも判然としないボロきれを纏った私は、子供だった。幼女である。
比較対象がないのでわからないが、おそらく小学生低学年かそれ以下だろう。
何日も、何週間も風呂には入っていないようだ。頭髪は垢と油と、あとは何かもわからないが、とにかくくしゃくしゃで一まとまりになっている。
夢か。夢だろう。これは夢だ。
自身の頬を抓ってみる。痛い。夢ではないのか。
だとすると何だ、ここは。
あれか。私は死んだと思ったが実は生きていて政府の人体実験に利用されているとか、そういうアレか。
把握しきれない現状を全否定したい私の思考を引き戻したのは、足音だった。
複数の足音が近づき、金属や石の擦れる音がした。どこかにある扉が開いたのだろう。わずかな明かりが自分の置かれている場所をはっきりと照らし出した。
牢だ。私はここに、閉じ込められているのだ。
足音が止まると、次に聞こえてきたのは悲鳴だった。女性の悲鳴だ。それはまるで、今から殺されるような悲壮な絶叫だった。
それに対して、男の声がした。何語かわからないが、怒鳴っているというのは私でも理解できた。
ばちん!と、耳慣れない音がした。
それは女性が叫ぶたびに鳴り、音のあとにはまた女性の悲鳴が続いた。その音が、彼女を鞭打つ音だと気が付くのに時間はかからなかった。
何か言いながら、男たちは彼女を連れだしたようだった。
真っ暗な牢は、何事もなかったかのように静まり返った。
私は小さな幼女の体でその場にへたり込んだ。
ここがどこで、何故自分は幼女なのか、そんなことはどうだってよかった。
絶望、この現状を語るにはたった二文字で十分なのだから。