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魔王に恋した勇者さま  作者: 七菜
第1章
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終わり

 目の前でバイクが宙を舞った。


 バイクを跳ね飛ばしたトラックは横転し、そのまま後続の乗用車も巻き込んでようやく動きを止める。

 ガソリンの臭いが冬の冷たい風にのってくる。

 携帯で通報する人もいれば、乗用車のなかでぐったりと動かない人を助け出そうと変形した車のドアをこじ開けている人もいる。


 私も反射的に動いていた。

 遠く投げ出されたバイクの運転手は、中央分離帯も越えて反対側の車線に投げ出されていた。

 信号がかわったら、轢かれてしまうかもしれない。


 全速力でその運転手の元へ駆け寄った。反対車線まで飛ばされているのに、既に死んでしまっているかもしれないとは、不思議と思わなかった。

 運転手は男性だった。彼の体を引きずって歩道へ上げようとする人間は私だけではなく、私もその輪に加わった。


 危ないと、誰かが声を上げる。騒乱の中でその声は際立って響いた。

 振り返るより早く、爆発音と共に舞った黒い車体の一部が私めがけて一直線に飛んできた。




 人助けをしたかったとか、そんな大層な志があったとは言わないが、困ったときはお互い様だと思っていた。

 だが、病院のベッドの上で、ただ天井を見上げることしかできなくなった私は正直「やらかした」と思った。


 両親は医師から「残念です」と私が手遅れであることを聞いてそれは泣いてくれた。姉の私を差し置いて去年結婚した弟も、私の手を握って顔をくしゃくしゃにして泣いてくれている。


 いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じように両親とご飯を食べて、いつもと同じ時間の電車に乗るために信号待ちをしていた。

 そこへあの玉突き事故である。


 足が速かったわけでも、応急処置の心得があるわけでもないというのに、私は何故あの運転手を助けようと思ったのか。今となっては自問してもさっぱりわからない。あの時は、そうしなければいけない気がしたのだろう。


 一つはっきりしているのは、私は周囲の声も聞こえるし、こうやって自身の行動を思い返す事もできるのに、私は家族に声をかけることも叶わぬまま死ぬらしいという事だった。


 ああ、死ぬのか。


 もっとこう、意識があるのに動けない話せない苛立ちや不安、死に対する恐怖、5年間も彼氏がいないまま結婚もできず死にたくない!となるかと考えていたのだが、私の気持ちは驚くほど穏やかだった。


 アラサー実家暮らし彼氏なしの私の人生は、本当に平凡だった。

 特筆するほどの経歴もなく、それなりに友達と呼べる人がいて、大学卒業後就職した中小企業で事務を務める本当に何のきらめきもないありきたりな人生だった。


 あのバイカーは助かったのだろうか。爆発で死傷者は出たのだろうか。被害者が少ないことを祈るばかりだ。もう、私にはそれくらいしかできることはないのだから。


 母が私の名前を呼んで髪を撫でた。

 聞こえないだろうが、私は心の中で家族に最期の挨拶を済ませる。


 お母さん、私、人生の最後にすごい冒険をしたんだよ。何せ、一番生存率の低そうなバイクの運転手を助けようとして、死んじゃうんだから。おっちょこちょいな私を許してください。

 お父さん、花嫁衣裳見せられなくてごめんなさい。もしかしたら、生きてても見せられなかったかもしれないけど。それと、お願いだから、お酒は控えてください。お母さん、健康診断の結果見てびっくりしてたよ。長生きしてください。

 弟よ、お前はずっと生意気で、何度心の中で死ねと思ったか数えきれないけれど、奥さんを大切に。子供とかできて、お前がちゃんと世話できるのか、姉さんはすごく心配です。幸せにね。


 すう、と、視界がぼやけた。

 もう終わりなんだな。


 光のなかに体が溶けていくような不思議な感覚だった。

 特別良いこともなかったが、悪い人生ではなかったような気がする。人間は、最期に自分の髪を撫でて、名前を呼んで、手を握ってくれる人がいるだけでこんなにも満ち足りた気持ちで死んでいけるのかと、我ながら歩んできた人生の堅実さに胸を張ってみる。


 こうして私の28年の人生は幕を閉じた。

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