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作戦会議

「ど、どうしましょう、ご主人様。あ、葵ちゃんが……」


「落ち着け。今焦ってもしょうがないだろ。まだ夜までは時間がある。それまでにできるだけ情報を整理して準備しないと。場所を移すぞ」

 

 とりあえず、俺は魔理亜を連れて当初の予定通りファーストフード店に入った。ここの五月蠅さなら多少怪しげな話をしても誰も気にとめないだろう。


「どうした、魔理亜?」

 魔理亜はきょろきょろと落ち着かなさそうに店内を見回している。


「あの、えっと、わたし、こういうお店初めてなもので……」


 さすが名門私学に通うお嬢様だ。まあ、予想していなかったわけでもない。俺は、ボックス席を取っておくように命じて、魔理亜の分も適当に注文した。


「ほらよ。アボガド、食えるか?」


「は、はい、好きです。あの、お金を……」


 魔理亜が慌てて財布を取り出そうとするのを、俺は手で制した。


「ハンバーガー程度で年下から金をとれるか」


「え、でも……」


 魔理亜はなおも躊躇う。この謙虚さ、紅に見習わせたい。遠慮モードが続くのも避けたかったので、俺は話題を変えた。


「そういえば、魔理亜、年は幾つなんだ? その制服、聖なんたら女学院のだよな?」


「えっと、14歳です。聖シンクレア女学院中等部の3年生です」


 学年は紅より一つ上とは言え、同い年か……この発育の違いからはちょっと信じられない。お嬢様だけあって余程いいものを食べているのだろうか?


「あの、ご、ご主人さまはお幾つなんですか?」


「俺か? 俺は17の高2だ」


「えぇ!?」


 魔理亜の驚きで気が付いた。吸血鬼王が17のわけがないだろう。


「人間としての年齢は、な。実際の年齢は700くらいかな」


「なるほど……」


 またしてもメモを取っている。この程度の情報ならメモなど不要だろうに、律儀だ。


「さっさと食え。冷めるぞ」


 これ以上追及されるとやばい。俺は半ば強制的にハンバーガーに集中させた。


「はい……あ、美味しい」


 初めてのジャンクフードはお気に召したようだ。


「さっき葵の身体を乗っ取った奴、あれが魔理亜の探している悪魔なのか?」


 さっきのアレがまともな生き物でないことは明らかだ。アレが悪魔だと言われたら、流石の俺も信じるしかない。


「えっと、ほとんど姿も見えなかったので、その、はっきりしたことはわからないです……すみません」


 魔理亜が申し訳なさそうに謝る。奴の正体が解れば、何か対策が立てられるかも知れないと思ったのだが、当てが外れた。


「いや、俺にも見えなかったからな。仕方ない」


「ですが、悪魔というのは普通、自ら見境なしに人間に危害を加えたりはしないものです」


「そうなのか?」


 俺にはピンと来ない話だった。悪魔が仮にいるのだとすれば、人間を襲わずに何をするというのか。悪魔が人間を襲うのは、言わば疑いようのない真理だと思っていたのだが……。


「悪魔の基本的な役目は、人間を誘惑して堕落させることですから。自分の欲望を満たすために悪魔を呼び出して契約を結ぶ者を魔女と呼ぶんですが、悪魔にできるのは原則として魔女を介しての干渉だけです。例外として、契約に違反した者や、自分を殺そうとした者だけは自分の好きにできるようですけど」


「なるほど。つまり、さっきの奴が悪魔という可能性は低いわけか。それにしても、魔理亜は話題が悪魔になると、はきはき話すのな」


「あぅ、ご、ごめんなさい。一応、本職の修道女なもので、つい」

 

 からかうと、すぐにいつものおどおどした喋り方に戻ってしまった。


「奴が魔理亜の探す悪魔ではないとしても、奴は魔理亜の名前をフルネームで知っていた。奴に狙われる心当たりはないのか?」


「はい……昨夜も言いましたが、わたしはどうやら魔物の類を惹きつけてしまう体質らしくて。特にここ数日、例の悪魔を逃がしてしまってからは異常なほどに狙われる頻度が高まっています」


 なるほど。悪魔を逃がしたことと、魔理亜が襲われやすくなったことには、何か因果関係がありそうだ。


「人質を取られた以上、魔理亜がのこのこ出向くのは危険過ぎるな。葵のことなんて放っておくという手もあると思うが、やっぱり、助けたいか?」


「と、当然です!!」


 生意気な女ではあったが、流石に見捨てるわけにも行かないか。


「じゃあ、今夜、一人で行くつもりなのか?」


「……はい。そうしないと、葵ちゃんが……」


「一人でなんとかできるのか?」


「わ、わかりません。でも、なんとかしないと」

 

 俺の見立てでは、あの化け物は人を操ることができる。先ほど出てきた魔物が一匹だけだったことからすれば、魔物は一匹で複数の人間を操ることができるのだろう。


 男たちが空手のような技を使ったことから考えて、魔物は操っている人間の技能を使うことができるようだ。しかし、男たちの戦闘能力から見ても、あの魔物が人間に対して何か特別な力を与えたり、強くしたりということができるわけではなさそうだ。


 もう一つ、気になることがあった。男を打った時に感じたぬめり、あれは、あの化け物から出る分泌液のようなものだろうか。


 何にせよ、操られている人間を気絶させてしまえば、あの化け物を引きずり出すこともできるだろう。もっとも、葵のように自分が操られてしまわないように注意する必要はあるが。


「魔理亜は葵に、体術で勝てるのか?」


「え!? そ、そんなの無理に決まってます」


 ダメ元で聞いてみたが、やっぱり無理か。確かに、葵の技の冴えはかなりのものだった。真正面から正々堂々と無手で挑めば、俺でも倒すのは難しいかも知れない。


「じゃあ、退魔の祝詞とやらはあいつには効くのか?」


「さあ、やってみないことには……人外のものであれば多少は効果があると思いますが、引きずり出した後じゃないと効果は半減だと思います」


「聖骸布の十字架は?」


「それも、同じです。基本的に、わたしの持つ退魔の手段は、adversary すなわち、信仰に叛逆する者には絶大な威力があるのですが、そもそも信仰に無関心なものには効果が薄いんです。なので、葵ちゃんの中に入ったあれが、例えば日本的な魑魅魍魎の類だとすると、わたしだけでは退魔は難しくなります。怯ませることくらいは、できるかも知れませんが……」


 俺は、自分の中の常識が崩れていくのを感じた。日本的な魑魅魍魎……言いかえれば、魔物や鬼のことだろう。いるのか、本当に? 確かに昨日から立て続けに遭遇している正体不明の存在を、そうした荒唐無稽な言葉を使わずに合理的に説明をする手段を、俺は持っていない。


 そして、紅だけでなく姫刻神社と無関係の魔理亜までもが、そうしたものが「いる」と言っているのだ。俺がなんの根拠もなく否定したところで、意味がないだろう。


 魔物や鬼なんて存在する筈がない、そんなものは、自然災害や凶悪な咎人の隠喩に過ぎないと、俺は自分に言い聞かせてきたのに、どうやら認識を改めなければならないようだ。


 そして、鬼がいるということは、魔理亜の探す悪魔もまた、存在するということなのだろう。


「お前一人で倒せそうもないのに、のこのこ出向いてどうするつもりなんだ?」


「いざとなったら、わたしの体を差し出して、葵ちゃんを返してもらいます」


 魔理亜の顔は真剣だった。聖職者の自己犠牲心というものが、はっきり言って俺はあまり好きではないのだが。


「バカ、勝手なこと言うな。お前の体は俺のものだぞ」


「あぅ、そうでした……すみません」


「とりあえず、乗りかかった船だ。俺が手伝ってやる」


 化け物が相手だというのに、俺はあまり恐怖を感じていなかった。先ほどの男たちとの戦闘で、化け物相手でも自分の体術が通用することが分かったからだろう。


「でも、一人で行かないと、葵ちゃんが……」


「ああ。夜になったら、お前一人で浄水場に行けばいいさ」


「え、え? ご主人さま、手伝ってくれるんじゃないんですか?」


 捨てられた仔猫のような目で、魔理亜が俺に訴えかける。やはり一人では不安なのだろう。


「手伝うさ。準備が終わったら、俺は日が沈む前に浄水場で身を隠して待つよ。夜二人で行けば奴の指示に反してしまうが、昼の内から待つなとは言われてないからな」


「ご主人様、頭いいです! これなら相手も納得してくれますね!」


 魔理亜が目を輝かせる。なんて単純なんだ。


「いや、流石にそんな屁理屈通らないだろ。俺がしようとしているのは、二人で行くことを納得させることじゃなくて、単なる闇討ちだ。お前が奴と会話している隙を突いて、葵を一撃で気絶させる。そして、とりついてる奴が姿を現したら、そこを叩く。乗っ取られないように注意する必要はあるがな」


「あぅ、そうだったんですね。でも、闇討ちって、なんか卑怯じゃないですか?」


「人質取るような外道相手なんだから、卑怯でも問題ないだろ」


「なるほど、そう言われるとそうですね」


 納得してくれたようだ。


「まあ、任せとけって。闇討ちは、得意だからさ」


 それは、俺がヴァンパイア・ロードだからではなく、鬼哭流がそういう流派だからだ。自分より巨大で、膂力でも勝る相手(今まで俺は、単に大柄な人間の犯罪者程度にしか考えていなかったが、文字通り鬼を敵に想定しているのかも知れない)を如何にして倒すかに主眼を置いた流派なのだ。


「はい。ありがとうございます。ご主人さま」


「お礼は葵を助けた後に、しっかり身体で支払ってもらうよ」


 俺の邪悪な笑みに、魔理亜は真っ赤になって俯いてしまった。


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