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エピローグ

「ねぇ、お兄、起きてよ、起きてってば!」


 熟睡している俺こと此処之月 蒼を起こしたのは、言うまでもなく妹の綱式つなしき 紅だ。苗字こそ違えど、正真正銘、血のつながりのある俺の妹だ。


 このほど正式に家庭裁判所の許可が下りて、新しい姓を名乗れるようになったのだ。


「これからは桃園 紅改め、綱式 紅だよ。よろしくね、お兄」


 鬼の残滓を自らの腹に納めて、気を失ってしまった紅を心配したのも束の間、次の日には紅はぴんぴんして俺の前に現れた。


 鬼を喰らえば、例え鬼の血を引いていたとしても、体内に入った鬼に拒絶反応を起こす巫女もいるらしいが、紅には耐性があったようだ。


 ただ、当面はそれほど気にする必要がないとは言え、身の内の鬼が暴走しないよう、できるだけ早く子供を産んで体内の鬼を薄める必要はあるらしい。


 また、務めを果たした鬼哭の巫女は、その習いとして、封じた鬼に因んだ姓に改氏するのだそうだ。十には、つなし、という読みがある。十鬼と掛けて綱式というのが紅の新しい姓だった。


 姓の変更にはやむを得ない事由と家庭裁判所の許可が必要だが、桃園家は代々役所にも影響力があるらしい。この地に現れる鬼を狩ってきているのだから当然と言えば当然か。


 そのため、紅の苗字の変更についても、役所を通じて裁判所に圧力をかけることで容易に認められたらしい。


 確かに、あの夜透子さんが言った通り、『桃園』紅とはお別れだったわけだが、さも思わせ振りに言う辺り、紅だけでなく透子さんも人が悪い。


「何だよ、紅。俺はまだ寝たいんだが」


 時計を見る。まだ午前9時だ。今日はバイトまで予定もなかったから、まだあと1時間半は眠るつもりだったのに。


「約束忘れてないよね?」


「約束?」


 寝起きのせいもあってか、何のことかさっぱり覚えていない。


「もう、ラヴィの特大パフェ、奢るって約束したでしょ!」


 そこまで言われて、ようやく思い出した。


「死にそうな目に遭ったってのに、よくもまあそんなしょうもないこと覚えていたな」


「当然でしょ。甘いものが楽しめるのも生きてるおかげなんだから! ほら、あたしだって暇じゃないんだし、奢らせてあげるからさっさと起きてよ」


「ったく、苗字が変わっても相変わらず可愛くないな」


「……可愛くなったら、あたしが子供産むの手伝ってくれる?」


 一瞬、何を言われたか理解できずに、俺は紅の顔を覗きこんでしまった。俺の反応が鈍かったからだろう。紅の瞳に切なげな色が浮かんだ気がした。


 そう、紅は早く子供を産むよう、透子さんから急かされているのだ。当面問題ないとは言え、子を産むのは早いに越したことはない、と。それにしても、俺に手伝えとは、一体……


「ば、馬鹿、何言ってんだよ……」


 紅の言葉の真意を測り損ねて、俺は思わず口ごもった。


「どっちが馬鹿よ、兄妹なのに本気にするとか、キモすぎるんだけど!」


 そう言うと、紅はもう、いつもの調子に戻っていた。舌を出してあかんべーをする。


その急激な態度の変化の意味を、俺は深く考えないようにして、ベッドから起き上がった。そして、準備をして紅をラヴィに連れて行った。特大パフェを平らげる紅は、いつになく楽しそうだった。


***


 その後、バイトを済ませて、俺は家に戻った。今日は魔理亜を家に呼んでいる。今日こそは、のびのびになっている「報酬」を受け取りたいと思っていた。

 

 夕方18時頃、遂に魔理亜が家に来た。


「今日は制服なんだな」


「はい、学校の図書室に寄っていたので」


 制服姿の魔理亜は中学生らしいあどけない可愛らしさに満ちていている。


そんな魔理亜に、露骨に欲望にぎらついたところを見せるのは抵抗がある。しかし、魔理亜も俺に呼びだされた以上、覚悟はしているはずだ。そう、俺は魔理亜のご主人さまなのだ。遠慮する必要などない!


「なあ、魔理亜……契約の件なんだが、覚えているか?」


 俺は意を決して唐突に切り出した。


「ええ、もちろん覚えていますよ、蒼くん」


 ご主人さま、ではなく、蒼くんと呼ばれて、俺は思わずぎょっとした。魔理亜の口調も、何やら今までになくはきはきしている気がする。


「ど、どうしたんだ? 二人きりなのに、急に名前で呼んだりして……」


「あれからよく考えてみたんですけど、蒼くんがヴァンパイア・ロードだというのが嘘だったんですから、当然、契約は無効ですよね? 何だか、契約を盾に、わたしに色んな恥ずかしいことをさせてくれましたけど……」


 魔理亜は笑顔だが、その笑顔が怖い。


「そ、それは……でも、約束通り、バアルは封じてやっただろ!? 俺がヴァンパイア・ロードであろうとなかろうと、問題はないと思うんだが……」


「高貴なる吸血鬼の王だと思ったからこそ、止むを得ず約束したんです。 わたしを騙して欲望を満たそうとした人のことを、ご主人さまなんて呼んであげません!」

 

 魔理亜にそうはっきりと言われて、俺の受けた衝撃は小さくなかった。ひょっとして、俺は魔理亜に嫌われてしまったのだろうか? もしそうなのだとしたら、俺はショックで立ち直れそうにない。


「ごめん、魔理亜、騙したことは謝る、謝るから……」


「いいえ、許しません。わたしを騙した罪はとても重いのです。だから、罰として……わたしと付き合ってくれませんか? 蒼くん」


 従順な奴隷を失った代わりに、俺は可愛い彼女を手に入れたらしかった。



このお話はこれで終わりです。読んでくださった方、ありがとうございました。

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