葵×魔理亜
家に戻ると、街路灯に照らされて、玄関から不自然に影が伸びているのに気付いた。もしや、悪魔か?
俺は魔理亜を下に降ろして、その場に待機させた。魔理亜は既に泣きやんでおり、ここに来るまでに特に大きな音も立てていない。影の主に動きがないことからみても、俺達の存在はまだ気付かれていないはずだ。
俺は身を低くして、玄関がしっかりと見える位置までそっと移動した。玄関の前に誰かが座っている。
「げ、葵!?」
俺は思わず声を出してしまった。そう、制服姿の葵が、体育座りしているのだ。どう見ても家出少女だし、誰かに見つかったら、通報されてしまうかも知れない。そうなれば、いわれのない疑いを招きかねない。
俺が声を上げたことで、葵も俺に気付いた。安心した魔理亜もこちらへ来る。
「魔理亜、無事でしたの!? こんな夜中にこんなけだものと一緒にいるなんてどうかしてますわ。さあ、帰りますわよ」
「どうかしてるのはお前だ。女子中学生がこんな時間に一人で出歩くなよ」
「こんな時間に女子中学生を外に連れまわしてる男に言われたくありませんわ」
「でも、ごしゅ……蒼くんの言うとおり、危ないよ、葵ちゃん」
「危ないのは貴女です、魔理亜! 最近、変ですわよ? こんな男の相手をしたり、門限は守らないし、わたくしのこと、ちっとも構ってくれませんし……」
「ごめんね、葵ちゃん……でも、これには深いわけが……」
「そのわけとやらをちゃんと聞くまで、納得できませんわ!」
「こんな時間に人の家の軒先で痴話喧嘩はやめて貰いたいんだが」
「だ、誰が痴話喧嘩ですって!? わたくしは魔理亜を心配しているだけです!」
ムキになって葵が怒る。しかし、どう見ても葵の言動は「過保護な友達」すら超越している。
「お前、魔理亜のこと好きなんだろ?」
「な、な!?」
図星だったようだ。ここでの「好き」は「友達として」、という意味では当然ない。同性なのに、恋愛感情を抱いているのだ。それでも、葵がもう少し冷静なら、友達なんだから好きで当たり前だ、と即座に反論することもできただろう。
それができなかったのは、当の魔理亜の前で、恋敵と目する俺に、秘めた恋を突然指摘されたからだろう。
「まあ、確かに、髪の毛ふわふわで、肌はすべすべむにむにで、性格も素直で可愛いから、わかるけどな」
「し、知ったような口を利かないでくださいまし!あなたなんて、どうせ魔理亜の体目当てに違いないのですわ」
「ああ、魔理亜の体は俺のものだからな」
殊更挑発的に言って、俺は後ろから魔理亜を抱き締めた。
「魔理亜を離しなさい、この変態!」
「別に嫌じゃないよな? そう言ってやれ、魔理亜」
「あぅ、葵ちゃん、その……」
言いにくそうに魔理亜がうつむく。
「魔理亜、無理せず本当のことを言っていいのですわ。その男はわたくしが何とかします」
「あ、葵ちゃん、違うの。別に嫌じゃないの……ごめんね」
魔理亜の言葉に、葵が目を見開いた。よほどショックなのだろう。
「分かったか? 魔理亜を好きなことまでは認めてやるが、俺たちのプライバシーにまで踏み込むなら、それはただのストーカーだぜ」
俺の追い討ちに、葵は涙を堪えてぷるぷると震えている。少し大人気ない気もするが、葵を巻き込んで、また人質にでもとられたら面倒だ。少なくとも悪魔を封じるまでは、大人しくしていて貰いたい……。
そんな風に心の中で自己正当化してみたが、完全には自分を騙すことはできなかった。正直なところ、葵のこともいじめたいのだ。気の強い美少女が屈辱に耐える姿も、はっきり言って、そそる。
「わ、わたくしと勝負しなさい! わたくしが勝ったら、二度と魔理亜に近寄らないと誓いなさい!」
怒りに堪えかねて、葵が勝負を挑んできた。葵をいじめたい俺としては願ったり叶ったりの展開だ。
「まあ、別に構わないが、俺が勝ったらどうしてくれるんだ?」
「そんなことは億が一にもあり得ませんが、もしわたくしがまけたら、あなたの下僕にでもなんにでも、なって差し上げますわ!」
言いきった。期待通りの言葉だ。奴隷第二号をゲットするチャンスだ。
「だ、だめです! 葵ちゃん、ごしゅ、じゃなくて、蒼くんはとても強いんだよ! そんな約束、しちゃだめ!」
魔理亜が葵の身を案じる。しかし、葵の性格上、そんな心配は逆効果だ。葵は魔理亜を無視して、軽く体を落として構えをとった。
「俺の業は剣術だが、得物を使うなとは言わないよな?」
わざわざ聞いたのは、葵のプライドを逆撫でるためだ。黙って剣を使えば卑怯者呼ばわりされかねないが、正々堂々と宣言すれば、葵の性格からは、異論を唱えないと思われた。
「結構ですわ。武器を持ったところでわたくしには勝てないことを思い知りなさい」
相当気が立っているのだろう。深く考えもせず葵が即答する。良かった、流石に無手では葵に勝てそうもない。しかし、剣を持てば……。
「じゃあ、さっさと終わらせよう。俺は早く寝たいんだ」
言って、俺は居抜きの構えをとった。
「え、そんな……」
葵はようやく気付いたようだ。剣を持った俺は無手の俺とは違うということに。
昨日の昼間、タコ女に操られた男たちの相手をした時の俺の動きを見て、葵は自分なら勝てると踏んだのだろうが、俺からすればあんなものは余技に過ぎない。剣を持った時こそが本領発揮だ。
葵の武の熟練度は、あるいは俺と遜色ないかも知れないが、熟練度が同程度なら、無手では剣に勝てないのだ。
「どうした? かかってこないのか?」
葵は明らかに俺の剣気に圧されている。余裕たっぷりに、俺は葵を挑発した。
「くぅ……」
葵が顔をしかめる。卑怯な、という言葉を賢明にも飲み込んだようだ。
「ご主人さま、もう許してあげてください」
魔理亜が嘆願する。確かに大人気なかったか。いくら生意気でも、相手は武器も持たない年下の女の子なのだ。勝ち誇ったところで、恥ずかしいだけだ。
「俺も暇じゃない。俺が怖いなら、下僕は勘弁してやるから魔理亜のことは諦めて帰るんだな」
俺が構えを解こうとしたその時、葵が一気に間を詰めてきた。
「甘く、見ないでくださいませ!」
転身しつつ抜き手で喉元を突いてくる。ぞっとするほど、殺気を帯びた一撃だった。殺らなければ、殺られる!? 俺は咄嗟に剣を居抜いた。葵の抜き手を紙一重でかわし、胴を断ち斬る! はずだった。しかし……。
「二人とも、だめです!」
俺と葵の間に、魔理亜が身を踊らせたのだ。俺は必死で剣を止めようとしたが、鞘走らせた剣は容易には止まらない。辛うじて半分ほどの威力には抑えたものの、結局は魔理亜の体を強かに打ってしまった。
葵も、抜き手を止めることができなかったようだ。何とかわずかに逸らせたものの、魔理亜の頬が浅からず裂けてしまっている。
「バカ、魔理亜、大丈夫か!?」
「ばかは二人です。本気で傷付け合うなんて……」
「あぁ、魔理亜の顔に傷が……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「悪かった。骨はイッてないよな?」
恐る恐る、剣の当たった肋骨の辺りを確かめる。幸い、折れてはなさそうだ。青痣くらいはできそうだが。
「でも、よかったです。二人が怪我しなくて」
「……そうだな」
さっきの居抜きが葵に完璧に決まっていれば、良くて骨折と内臓破裂、最悪、殺してしまっていたかも知れない。葵にしても同様だ。もし俺がかわし損ねていれば、俺が死んでいてもおかしくはなかった。
「だが、それはいきなり本気で戦いを始めた俺たちの自業自得だ。頼むからお前が犠牲になるなんてことはもう止めてくれ」
「大丈夫です。ご主人さまも葵ちゃんも、ちゃんと攻撃を止めてくれるってわかってましたから」
魔理亜の微笑みに、俺も葵も毒気を抜かれてしまった。
「わ、悪かったですわ」
葵が照れくさそうに俺に謝る。
「俺も、調子に乗り過ぎたな。悪かった」
葵が右手を差し出してきた。意外に思いながらも握り返す。
「ところで、さっきから気になっていたのですが、なぜ魔理亜はあなたのことをご主人さまと呼んでいるんですの?」
俺の右手を握ったまま、凍り付いたような笑顔で葵が聞いてくる。これはまずい。握手は罠だったようだ。
「それは、えっと、複雑な事情があるんだ」
「ええ、そうでしょうとも。ですから、その複雑な事情とやらをお話になってくださいと言ってるんですの」
合気の名手に手を取られたままでは、好きなように技を掛けられてしまう。下手な言い逃れは死亡フラグだ。
「だー、分かったよ。事情は話せないが、今度、魔理亜に色々させてやるからそれで許せ」
「ご、ご主人さま、何言ってるんですか!?」
「奴隷は黙ってろ」
「あぅ、ひどいです」
「い、色々って、どういうことですの!?」
葵が食い付いた。
「最後までは無理だが、それ以外なら好きなことをさせてやる」
「ほ、本当ですの!? その、今から、でも?」
「ああ、もちろん。俺たちは、同志だ。そうだろ?」
「ええ。初めてあなたとの間に友情を感じましたわ」
俺と葵は両手を握りあった。
「ど、どうしてそうなるんですかぁ!?」
魔理亜の悲鳴が虚しく響いた。
***
「それで、一体魔理亜に何をしたいんだ?」
とりあえず家の中に入って、俺は葵に聞いた。葵も魔理亜も、始発では寮に帰りたいらしいが、始発までもう2時間もない。そこでそれまで起きておいて、葵と一緒に魔理亜で遊ぶことにしたのだ。
「わ、わたくしは、一度でいいから魔理亜を思う存分、抱き締めたかったんですの……」
恥ずかしそうに、葵が言う。
「そ、そんな、葵ちゃん、女の子同士で、変だよぉ……」
魔理亜がおろおろと俺の方を見る。俺に助けを求めているようだ。
「確かに、あまり一般的ではないな。だが、変というほどのこともないだろう。少なくとも俺は、葵と魔理亜が抱き合っているところを見たいぞ」
「だ、抱きしめてもいいんですの!?」
「そ、そんなぁ……」
(我慢しろ、悪魔のこととか、葵にばれたくないだろ? ここはとりあえず、葵の気の済むようにさせてやれ)
俺は魔理亜に耳打ちした。
(そ、そんなぁ)
魔理亜は目に涙をためながらため息を吐いたが、それ以上何も言わなかった。
「抱きしめてもいいが、その代わり、後ろからな。胸や、腰より下に触るのは厳禁だ」
「そ、それ以外の場所なら、触ってもよろしいんですの?」
「ああ。キスもほっぺと首筋までなら認める」
「恩に着ますわ」
葵が目を血走らせて、魔理亜に迫る。
「あ、葵ちゃん、怖いです」
「うふふ、魔理亜、魔理亜……」
うっとりした顔で、葵が後ろから魔理亜の腰を抱きしめた。
「いい匂いですわ」
魔理亜の髪に指を絡めながら鼻を近づける。
「大好きですわ、魔理亜……」
「あぅ、そんなぁ……」
葵が耳元で囁くと、魔理亜がぴくんと震えた。葵はそのまま耳たぶをかじり、首筋から鎖骨をとおって肋骨まで指を這わせていく。葵の指の動きを応じて、魔理亜が、あふっ、くぅん、と、可愛く鳴く。美少女同士の絡みというのは、滅多に見れるものではないし、なかなかよいものだ。欲を言えば、俺も混じりたいところだが……。
しかし、そんなチャンスはなかった、葵は完全に二人の世界、いや、寧ろ魔理亜を置き去りにして一人だけの世界を楽しんでいる。これほど清純そうな美少女なのに、実は俺にも負けない変態だとは、葵め、侮れない。
「魔理亜、魔理亜ぁ……」
遂には葵が自分の胸を魔理亜の肘に擦りつけ甘い声を出し始めた。これは流石にまずいだろう。途中、いい感じに喘いでいた魔理亜も、今は完全に怖がってしまっている。無理矢理でも葵を引き離すか、そう考えた時……。
「ぶはっ」
葵が盛大に鼻血を噴いて倒れてしまった。
「あ、葵ちゃん!?」
魔理亜が駆けよる。葵は顔を血まみれにしながらも、満ち足りた顔で失神していた。
「安らかに眠らせてやれ。葵ももう、思い残すことはないだろ。魔理亜も気持ちよかったんじゃないか?」
「し、知りません! 葵ちゃんにあんなことさせるなんて、ご主人さまの、ばかぁ」
ほっぺを膨らませて怒る魔理亜は、怖いというよりも可愛かった。