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プロローグ

「ねぇ、お兄、起きてよ、起きてってば」


 熟睡している俺こと此処之月(ここのつき) (そう)を叩き起こしたのは、妹の桃園(ももぞの) (こう)だった。苗字こそ違えど、正真正銘、血のつながりのある妹だ。パジャマ姿の紅が、ベッドで眠る俺の腹の辺りに馬乗りになって俺の身体を揺すっている。


 俺は寝ぼけ眼を擦りながら時計を見た。草木も眠る丑三つ時だ。よくあることではあったが、迷惑なことこの上ない。夏休み中だから、朝早く起きる必要がないのがせめてもの救いだ。理由はいつもの通りだろうが、一応文句混じりに聞く。


「深夜に起こすなと何度言ったら分かるんだ、紅。どうせまたこんな時間に、食糧の買い出し依頼だろ? 太るぞ」


「お兄の分際で、口答えなんて生意気だよ。分かってるならさっさと行ってきてよ」


 紅が頬を膨らませる。まあ、紅は中2の女子にしてはかなり華奢な方だし、ちょっとやそっと食べたくらいでは太るとも思えない。寧ろ、胸も含めてもっと太ってもいいくらいだろう。


「ったく、可愛くねぇなあ」


「いくら女に飢えてるからって、妹に可愛さを求めるとかキモいよ、お兄……」


 どん引きの様子で憐れみの目を向けられた。まったく、口が減らない。


「で、何を食いたいんだよ?」


「とりあえず、チョコとぽてちと炭酸飲料とバニラアイス」


「待て待て、さすがに夜中に食いすぎだろ。兄の財布にも遠慮しろ。アイスだけにしとけ」


 一応、一人暮らしを始めてからは、ある程度は自由になる金がある。桃園家から毎月生活費を振り込んでもらっているし、高校に入ってからはバイトもしているからだ。とは言え、毎度これでは紅に食いつぶされてしまう。


「むー、お兄のけちんぼ」


 べー、っと紅が舌を出す。


「じゃあまあ、アイスとポテチくらい買ってきてやるよ」


 神社の宮司を務める桃園家に養子に貰われてから、紅が何やら苦労していそうなのは雰囲気でわかる。生意気で、兄を兄とも思わない言動はむかつくが、一応唯一の血縁だ。何のかの言っても、俺は紅に甘いのだろう。


上に乗った紅から抜け出すようにして、俺は起き上がった。


「やっぱりそのかっこで行くんだ。いい加減、ダサいよ」


 パジャマ代わりのジャージで出かけるのは、紅的にはNGらしい。紅の住む神社の隣とは言え、パジャマ姿で公道を歩いて俺の家まで忍びこんでくる紅には言われたくないのだが。


「ほっといてくれ。行ってくる」


 俺の家はS県富貴市の北東に位置する貴谷山の中腹にある。家から麓にある最寄りのコンビニまでは徒歩で20分ほど。帰りの上り坂が辛いため、普段は自転車は使わない。


 山道の、少し開けたところまで出て、俺は異変に気付いた。不自然に静かなのだ。夏だというのに、虫の音が聞こえない。


 耳を澄ますと、ほんのごく微かに、女性の呻き声のようなものが聞こえる。ひょっとして、アブナイシーンに出くわしんたんだろうか? 好奇心を抑えきれずに、俺は声のする方へ忍び足で近づいていった。


「だめ……だめです……やめなさいっ」


 確かに、危ない場面だった。少女が襲われている。ただし、性的な意味というよりは暴力的な意味のようだ。少女に迫る男は3人。いずれもボロボロの服を着ており、動きも緩慢に見えた。


「おい、お前ら、何してるんだ!?」


 関わり合いになるべきではなかったのかも知れないが、俺は思わず叫んでいた。


 少女がこちらを見る。……可愛い。ふわふわの綿あめのような髪と、うっすらと涙で濡れた碧い瞳と、雪のように真っ白な肌が月明かりの下で輝いて見える。


 少女は尻餅をついており、もう逃げることもできなさそうだ。追い詰められて涙目で震えるその姿は、何故か保護欲よりも別のものを刺激した。俺の中でむくむくとイケナイ感情が芽生える。い、いぢめたい……。


「だ、だめ。きちゃ、来ちゃだめです!」


 そんな俺の邪な心に気付いたわけでもないだろうが、少女が俺の接近を拒む。不思議なことに、男たちは俺には目もくれない。


「は、早く、早く逃げて!!」


 少女が俺に来るなと言った理由、それが俺の身を案じてのことだったと知って、俺の身体は無意識に動いていた。一番少女に近い男の元へ一瞬で間を詰めて、居抜く(・・・)。男が、ぐげぇ、と不気味な呻き声をあげて崩れ落ちる。


「え……?」


 少女は信じられないものを見たように茫然としている。俺は残りの二人も一気に斬り捨てた(・・・・・)


 少女には俺が何をしたか分からなかっただろう。俺は刀を持ち歩いてはいないから。しかし、この程度の動きしかできない奴らが相手なら、刀がなくても同じだ。刀を振るう要領で繰り出す手刀で十分だった。


「大丈夫か?」


 少し気取って聞いてみる。少女は大きく頷いた。


 やっぱり、可愛い。見たところ中3、いや、高1か? つまりは、中2の紅よりは上に見えるが、高2の俺よりは下に見える。胸の前で両手を握りしめているせいでよくはわからなかったが、修道服のような黒っぽい服を着ているようだ。


「ほら、立てるか?」


 俺が差し出した手を取って、少女が立ちあがる。


 予想通り、少女が着ているのは胸に十字架をあしらった修道服だ。露出度の少ないかっちりとした修道服だが、それを着ていても分かるほど、少女のスタイルは抜群だった。


 身長は中肉中背の俺よりも頭一つは低いが、胸はかなり大きく、腰回りはきゅっと締まって見える。この甘ふわロリ顔でこの胸の大きさは、反則だろう。修道服姿なのがかえってエロく見えるほどだった。


「すごい……こんなに簡単に奴らを仕留めるなんて……」


 俺の冷静な観察と分析に気付きもせず、少女は俺の体術の腕に感心しているようだ。


「大げさだな。仕留めるったって、俺は別に……」


 言いながら、気絶させたはずの男たちを見やる。どういったトリックか、男たちは崩れ去っていた。比喩ではなく、実際に、粉々に……。


「な、何だよ、これは!?」


 俺は手刀をお見舞いしただけで、何も特殊なことはしていない。何が起こったのかわからず、パニックになりかけた俺に、少女がおどおどと問いかけてきた。


「こんなに簡単に吸血鬼(ヴァンパイア)たちを屠るなんて、あなたはひょっとして吸血鬼王(ヴァンパイア・ロード)ですか?」


 この少女は、こんなに可愛いのに頭のねじが緩んでいるのだろうか? 確かに男たちはいずれも生気のない青白い顔をしていたが、この現代社会に吸血鬼など時代錯誤も甚だしい。


 仮に、百歩譲って、この崩れさったように見える男たちがヴァンパイアだったとして、どこの世界にジャージを着てつっかけを履いてそのヴァンパイア達をやっつけるヴァンパイア・ロードとやらが存在するのだろうか? 


 本当は、相手になどすべきではないのかも知れない。この種の少女に近づくのは、リスクがあまりにも高すぎる。どんな美少女であったとしても、だ。しかし、解ってはいても、この怯えたような潤んだ瞳で声を震わせている美少女に、俺は湧き出る嗜虐心を抑えることができなかった。


「バレてしまったら仕方がない。いかにも、俺様はヴァンパイア・ロードだ」


 思わず、言ってしまった。少女は、俺の期待どおり、今にも泣き出しそうなほど恐怖に顔を引きつらせながらも必死で耐えている。やばい、こんな顔されたら本気で襲いかかってしまいそうだ。


 そんな俺の煩悩を他所に、少女は勇気を振り絞るように言った。


「お願いします、不死の王よ。わたしと……この罪詠(つみよみ) 魔理亜(まりあ)と契約してください!」


 これが、俺とこの不思議な少女、魔理亜との出会いだった。


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